第32話 再会、そして此処から281歩先へ



 リタは悩む。

 

 もうすでに約200歩は泉から進んでしまった。


 このままこの幻惑の森を一人突き抜けてしまうべきか、それとも他の皆をこの迷宮森林の中捜索するべきか。


 魔光ノォォォと名乗った悪魔をこの世界から転移させた事が要因か、先程より森の瘴気は収まっている気はするがそれでも未だダンジョン化は残るこの森。


 普通でも困難な捜索、しかも他の四人が皆集まっているとは限らないのだ。


 早い所本編に移りたいとは思うが、今更あのポンコツ等をここで見捨てるのもリタには気が引けた。



「お前ぇぇ! さっきから俺様を無視してんじゃねぇ。悪魔の力、そろそろ一つお披露目と行こうじゃねぇか」


「ん、ああ。もう少し待ってくれ、今思考がイイ感じなんだ風のパズーズ」



 森の瘴気がまだ残る原因は、恐らく先程リタの前に現れ一人自己紹介したこの悪魔にあるのだろう。



 四枚の紫檀色の翼が特長的な緑髪の犬だか鳥面の男。風のパズーズと名乗ったその男はどうやら自分は六体いる魔王配下の一人だと言う。


 六体、と言う所に僅か疑問を感じたが所詮悪魔の戯言である。悪魔と人は対等ではない。


 言う事言う事を真に受けていては真実が見えなくなってしまうと言う事をリタはよく理解していた。

 何にせよ魔王の配下と名乗る者と二体連続で出会すのは何とも運がいいというべきが悪いと言うべきか。


 

 巻きで行きたいリタにとっては、相手が強力かどうかは別として好都合であった。




 風の悪魔パズーズはひたすらに自分の邪気や瘴気に触れているにも関わらず、全く微動だにしないこの少年に僅か臆している自分に苛立っている様子であった。


 だが人間に悪魔が後ろ手を取るなど有り得てはいけない事、ましてや目の前のリタからは大した魔力も感じない。パズーズにとって小物も小物な筈だった。



「ふくくくっ! ああもういいぜ、そのままボケた面で塵になるといい」


「ん……この気、魔力は!?」



 パズーズがその魔力の片鱗を解放した刹那、上空から一人の少女が舞い降りる、と言うより飛び込んできた。



「はいパズーズはっけーん、間引くよー!」

「あ、び、ば!!」

「ミサ!!」


「え、お兄、馬鹿な」



 上空からリタの前に突入してきた銀髪の少女は、魔王の配下だと名乗る風のパズーズをその腕に纏わせた魔力剣、魔斬刀で斬り伏せると背後から自分の名を呼ばれて振り返る。


 一体どういう事か、何故此処から数百キロは離れているサンブラフ村に居る筈の妹ミサがこんな森の中に飛び込んで来るのか。

 リタは僅か思考し、そして結論を下す。



「いや、まま有り得るか」

「お、さすが貴様。物分りが早い!」


「兄様だ。そろそろ覚えてくれ妹よ」



 ミサはだが何処か落ち着きの無い様子で、早くその場を立ち去りたいとでも言いたげだ。

 普段ならまる一日か数日も空けば「貴様ぁ!」と走り寄って来ると言うのに。


 これが話に聞く兄離れか、そんな事を考えながらリタはある一つの疑問をミサに問いかけていた。



「ミサ、こんな状況でいきなりだが聞きたいことがある」


「え、え、何? ちょっと今、急ぎと言うか、お兄もしかしてダンタリオン倒しちゃった?」

「ダンタリオン……何だそれは、まさか魔王の配下か。名は分からんが一匹魔界に送還した。これで残り二匹の筈だ」


「あちゃー!! まさかお兄がこっちにいるとはなぁ。まとめて二匹で丁度終わりだからいいと思ったのに、何か一個気配が消えちゃったからえぇ! って、まぢかぁ!」



 くそっ! 

 と、またミサの先を行き過ぎた話に着いていけない自分に腹立った。


 何故こんなにも妹は全てを見透かしているような、何もかもを把握している前提で会話を進めるのか。

 何故自分はいつまで経っても妹に追いつけないのか。

 


「話しの続きだが、ふと耳に挟んだ事で大した信憑性もないが魔王の配下が実は六体い――」

「だあぁぁ! な、な、な、なんなんの、なんだろ。よよよくわかんない。何それ、え? 六? ろっく? あぁ、ロックロック? 魔王の名前かな、うん。あ、そろそろ戻らないとお父さんが心配するから。じゃあ銀竜の鱗、忘れないでね貴様!」



 ミサはどう考えても明らかにおかしな態度で浮遊魔術を自身に展開させると、空を横切る飛竜に連れられその場から消え去った。

 去り際に「一キロだからねぇ!」とミサの声が木霊した。





「リタぁぁ!!」

「お次はなんの騒ぎだ」



 空を見上げ呆けていたリタは聞き慣れた呼び声に振り返る。アホ王女のミュゼプラチナムである。



「誰がプラチナムファイヤー!」

「うお!?」



 ミュゼは何やらアンナに頭を叩かせるとリタへ向けて謎の炎弾を飛ばしてきた。

 それを魔力コーティングさせた木刀で反射的に相殺すると、ミュゼのプラチナムファイヤーは跡形もなく消え去った。



「なぁんでよっ!!」

「見たかリタ、こいつ遂に魔法に覚醒したぞ」


「ま、魔法が、消えた……対魔力相殺?」

「おいおい君は折角の仲間の成長を無下にするのかい?」



 

 どうやら他にレオンハルト騎士団のキルレミットにマキナ、元暗殺者のアンナもミュゼと共に居たようであった。


 

 ミュゼとアンナはしきりに頭を叩き、叩かせ火弾を自慢気に撃ちまくる。

 それをリタがひたすら木刀で抹消するという状態が暫く続き「くだらん」と一蹴した所で、今度はキルレミットを呼ぶ声が響いた。



「キルレミット卿、後無事で!!」

「おお、ロレンスか。よかった、君も無事だったみたいだね」



 そこには四人の少女を侍らすレオンハルト騎士団のロレンスと、バトルアックスを担いだスキンヘッドのカッチョルがいた。

 後ろには奴隷猫のミーフェルが、何処か吹っ切れたような生き生きとした表情で立っている。



「これで全員揃った訳か、では巻きで行こう。泉はこの方向へ約283歩で到達するだろう。そこへ着いて目的を達したらこの月光蝶ミリアムを使って森を出ろ」


「「え!?」」


「え、リタはどうすんの」


「ま、待ってください! ゼオさんは、ゼオさんがいません!」



 ミーフェルがいつにも増してハッキリとした口調でそう主張する。

 そんなミーフェルの雰囲気の違いに少し違和感を感じたものの、確かに今回のリーダーであるゼオの姿がそこには無かった。



 その時、繁みから黒焦げでボロボロの何かを背負ったローブ姿のエルフが叫び此方へ必死に歩んでいるのが視界に飛びこむ。



「誰か、お願い! ゼオを、助けて……私、私のために」


「リーファか!」

「無事だったんだな」

「いや、そんな感じでもないなありゃ」


「ゼオ!?」

「馬鹿な」



 リーファはゼオを草の上に寝かせると、涙ながらに皆へ訴える。


 ゼオは既に目を見開き、全身をピクピクさせながら涎を垂らしていた。

 全身が焦げて、所々にみえる火傷や打撲痕は素人目にはもう瀕死の状態だ。



「一体、何があった!?」

「ゼオ君!」




 ミーフェルがゼオの元へ走り寄る。

 キルレミットはリーファに事の詳細を聞き、ゼオのその男気に涙した。


 そこへリタが跪き、開いたままのゼオの口に丸薬をねじ込ませる。



「麻痺薬を飲んだか。すまん、見間違えた、これを飲め」



 ゼオの目が、丸薬の苦味からか更に一際大きく見開かれる。

 数秒の間をおいてゼオが大きく咳込みながら身体をガバッと起こし叫んだ。



「仲間を殺す気かっ!!」


「ゼオ!」

「ゼオ君」

「あ、ゼオ……よか、よかった!」


「リタ、あんた今度は一体何したのよ」



 皆が見守る中ゼオはリタへと詰め寄り、罵詈雑言を浴びせている。

 ミーフェルは回復するゼオに勇気を持って飛び込もうとしたが、それは先にゼオを抱きしめるリーファによって阻止された。



 瞬く間に塞がれるゼオの火傷、裂傷、出血。

 一体この少年の薬は何なんだとそう疑問を持つ者もその場には多かったが、流石にこの場面ではと横槍を入れることは出来ないのだった。





 ゼオとリーファは森でオークジェネラルと対峙し、それを死闘の末リタの劇薬と正義をもって討伐した事を語った。

 そんなリタの劇薬には思う事があったミーフェルも告げ口を入れる。




 そんな劇薬を実際に渡されていたミュゼとアンナは身震いが止まらなかった。



「リタ、私たちが足手まといだからって何も殺そうとしなくてもよくない?」

「暗殺者かお前は」


「まあ、最悪の場合を想定して渡していたからな。その更に最悪の場合の応急処置も問題ない、しかし劇薬で魔物や魔獣を殺すと言うのは思い付かなかった。恐るべしだな」



「「「お前がな」」」





 いつものやり取りである。

 リタとしてもいくら足手まといとは言え、無駄な殺生は好まない。

 万が一劇薬を飲んだとしてもそこから生かそうと思えばそれも可能、所詮は自分が作ったものである、それによる人一人の蘇生など造作もない。



 だがゼオはそんな事よりもリタに伝えたいことがあった。

 



「な、なあ……その、真実の泉水なんだけどさ、こいつに届けさせてくれないか」


「え、ゼオ……なんで」




 ゼオは視線を上げリタとその他の皆にそう訴える。

 その表情は真剣で、奴隷のミーフェルを助けたいと言ったあの時と同じに見えた。



 リーファはそんなゼオに唖然とした表情で口を開ける。


 身を挺して魔物から自分の身を守り、その上皆が目的としている泉水を自分に譲りたいなど。


 しかも自分がなぜその水を欲しているかなど話した覚えもないのだ。



「こいつ、本当に真剣なんだ。何かどうしても譲れない理由がある筈、俺には分かるんだよ」


「ゼオ……君?」


 ミーフェルは真剣にリーファを思うゼオになんで? なんでその女がそんなにいいのと言った表情で今にも泣きそうだ。



「俺は水にも金にも用はないが、それぞれ何か目的があるからこうして危険な場所に来ているのだろう? (まあ特にこれと言って危険とは思わないが。)だったら皆の気持ちを聞いて、説得して、それで自ら欲しいものは手に入れればいい。(まあ、世の中の大半は必要のないものだが。)お前がそのエルフを助けたいというなら自ら全員を説得してみろ、それが正義というものじゃないか? まあ何度も言うが俺にはどうでもいい、と言うより俺はこの森の先に用がある」



 ゼオはリタに真意を突かれ、だがその通りだと言った決意をその目に秘め皆の説得を試みていた。



 レオンハルト騎士団の皆は今回の試験はただのキルレミットのお遊びに過ぎないから報酬などは要らないと笑った。


 そんな中、同じレオンハルト騎士団の冒険者マキナはお金がいると言ったがそれをキルレミットが制止した。



「僕は彼の男気に良いものを見れた気がするんだ。マキナ、金ならいくらでもレオンハルト領に戻ってから親父に払わせよう」

「キルレミット卿、またどやされますよ」

「だな、知らねえぞ?」


「はっはっは! 構うものか、私が認めた男に賭けるのだ。それに家は辺境だが金持ちだ。リーファもいい男を捕まえたものだな、ロレンスもそろぇずぶっ!!」



 

 ロレンスが剣の束で君主の頭を打った。



  

「えぇぇ!! 私たちはお金よね、水なんてどうでもいいわ、お金よ、お金」


「まあそういうなミュゼ、と言うかお前は金金と王族の風上にも置けんな。だがそう、私たちはその為にここに来ている。だから簡単に――」


「ダメです! と言うかいつまでゼオ君にくっついているんですか、精霊の種族だからってそんなに偉いんですか、私の方がおっぱい大きいんですから!!」



「な!?」




 ミーフェルの激高に皆目を見開く。

 リーファはミーフェルと自分のモノを見比べ唇をかんだ。



「なによそれ、と言うかメルリジョバーンはどこ行ったのよ? 私達は彼が居なきゃ判断できないわ」

「そうよ、そうよ。と言うかなんなのそこの二人、付き合ってるの? 相思相愛? ラブコメ爆発しろ」

「こっちは、ハーレム展開にされて、皆叶わぬ恋にイライラです」




 女子四人組はロレンスの陰であーだこーだと苦情の嵐をゼオとリーファに向けていた。


 

「く……」

「ゼオ、大丈夫だから。私、生きて、貴方も生きてくれて、それでいい。妹を、前にあのオークに攫われた妹を探してたの。今でも生きてるんじゃないかって、それで願望の鏡ならと思ったの。でもきっと妹はもう……仇、討ててよかった。ありがとう、ゼオ」


「リーファ、お前」



 

 何やらリーファがさらっと自分の過去と想いを語る。

 いい感じであった。



「んにゃぁぁぁぁ!!!」

「わ、ミーフェル!?」



「話重いわね、げんなりだわ」

「よくある復讐からの恋バージョンです」

「くそくそくそくそ」



 


 リタはどこかで聞いたような話だと思いながらいい加減進まぬ物語にイラつき始めていた。

 そもそも泉の水が目的ならこの試験に合格する必要はない。


 思うにこの試験には主に三パターンの欲望が渦巻いているのだ。


 金、願望の鏡、騎士団への入団。


 リタは皆に声をかける事にした。

 


「ちょっといいか? 今回ここへ来た目的別に整列してみてくれ。金が目的な者はこの列、願望の鏡が目的はココ、騎士団に入るのが目的な者はここ、それ以外はこっちだ」



 するとキルレミットは帝国騎士団への入団目的の列に立つ。カッチョルとロレンスもそれに倣った。


 ミュゼ、アンナはもちろん、マキナも金の列に並ぶ。


 そしてリーファとゼオが願望の鏡。


 ミーフェルがその他だった。


 その他の女子陣が「なんであんたに従わなきゃならないのよ」と文句を言い出しミュゼと揉めたが、リタが言う事を効かない奴は劇薬を飲ませると言い出し直ぐに皆整列した。



 

「完成だ」


「「「「何がだよ!!」」」」




 皆が一斉に突っ込みを入れるが、リタは淡々と各々の欲望を満たし話をまとめていく。



 つまり結果的に願望の鏡が欲しいものはキルレミットパーティのみとなった。


 水を手に入れ、願望の鏡を覗いてそのまま騎士団入って終わりだ。そして報酬だけを金目的の者に渡して分配すればこれで全てがうまく纏まる筈であった。



「あ、そっか」

「簡単過ぎて悩む事じゃない、正義はゼオに無かったな」


「なんでだよ!」

「何故お前はそんなにゼオに辛く当たるんだ」




 結果としてメルリジョバーン代表だった女子組は何をしに来たのか謎であったが、キルレミットパーティが外へ連れて行くと言うことで纏まった。



 兎にも角にも今は真実の泉へ行かなければ話にならない。

 リタは自分が蜃気楼を掛けて泉の場所を隠したことを思い出し、皆に250歩北北東に進み、南東へ20歩、その後北東へ11歩進んでから2つのマテリアルを解除するよう伝える。



「では俺はこの辺で」


「「「わっかんねーよ!!」」」






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