第43話 銀竜の鱗は何キロですか?
銀竜の広間に舞い戻った一行はその状況に口を開けていた。
あの広い寝床はカーマインの
広間を自らの場のように独占していた巨大竜も今や当然のように極寒の餌食。
銀竜は全身を凍らせ、驚愕の表情を浮かべたままの状態で氷の彫像となっていた。
「ってうぉぉぉいっ!! 何してんだよ、凍っちまってるじゃねぇか!」
「あ、あら……これは困ったわ。り、リタ君、その、悪気は無かったの、私……」
ゼオに壮大なツッコミを受けたカーマインは流石にこれはリタからお叱りを受ける、あ、でもそれもいいかも。等と考えながら上目遣いでリタを見る。
だが当のリタは何処か嬉しそうに薄っすらと笑って見えた。
不敵な笑みを浮かべながらリタはゆっくりと凍りついた銀竜の元へ歩み寄る。
すると徐に銀竜の鱗を氷共々剥ぎ取った。
「おっ、なっ! 何してんだよリタ!! おま、最低だぞ。人格疑うわ、お前には正義ってもんはねぇのかよ、こう言うのは正々堂々行くべきだろ!」
「何を言う、これは約束だ。俺はこの老耄の要望通りこの谷に巣食う魔物を成敗した。むしろ勝手に凍りついて約束を違えよう等……どっちが卑劣か、しっかりと鱗は頂戴して行く。さて一キロ、いや十キロだったか? 一鱗の重量が……まあいい、入るだけ入れて。面倒だな、この際全剥ぎでいいか」
「何かとんでもねぇ事言い出してんぞおぃぃ!? てかこの竜凍らしたのこいぶぼぶ」
「いい加減黙りなさい小童。ちょっと煩いわよ」
鬼の首を取ったかのような歓喜の表情で次々と氷漬けの銀竜からその鱗を剝がしていくリタ。
それを「コイツおかしいだろ、サイコパスだ」と言いたげに必死なジェスチャーで皆へ意見を求めるゼオだが、それはカーマインの手により抑えつけられていた。
「あ、私も次は氷の魔法がいいわ」
「ミュゼちゃんなら出来ます! 先ずはこの極寒の地を頭でイメージしてですね」
「どうせ頭を叩くんだろうが」
「わ、私も氷結、お、覚えようかな……そしたらゼオ君も」
「くっ、何で私はエルフなのに魔法が使えないの」
それを五人はただひたすらに見てみぬふりをしていた。
「んんもごごごぐもぁぁ!!」
「あははは、銀竜め! 銀竜めぇぇ!! 俺の名前を言ってみろぉぉ!!」
リタの長旅によるストレスはここで全て発散されることになったのだった。
◯
辺境の地。
それは広大な森と最古の竜が住むと言われる霊峰の間にある小さな村。
人が滅多に入り込む事のないその村の名前は『最後の村』とこう呼ばれている。
この世界で最も新しいと言われる英雄譚、ジェバ、マラーナ、ヴィナスの地としても有名なこの村だが基本的に何か特別な場所と言う事は無い。
かつてはただの現地民が住む集落でしかなかった。
世界を救った英雄の話を受けて僅かな期間だけ観光地のような扱いを受けたが、相当な腕利き冒険者がいくつもパーティを組んで漸くたどり着けるような立地だけに交易街道の開発も進まず、気づけば再びその村は忘れられた未開の地となっていた。
「全く、またこんな所まで来ることになるなんて……相変わらず何にもないなこの村は。またハズレくじだよ」
「そう落ち込んでも運気は上がらないぞシャイン、前向きだ、前向き」
「ああはいはい、と言うか君まで来なくても良かったんだよ。この近くは、あれだろ。その……」
ラーヴァナは「うっ」と辺りに満ちる邪神の瘴気に僅か怯えながらもシャインレイへ苦笑いを見せた。
勇者代理ことシャインレイは、魔獣の発生や危険な魔物の勢力が一向に収まらないと言う一報を受け、一度は魔王を討伐した者と言う事もあってか再度の魔王城調査をギルドより申し仕る羽目になったのだった。
こうなったのも自分の不運によるものと言えばそうだが、そもそもあのギルドの嘱託職員が……と言う気持ちを抑え、シャインレイは結局当の本人であった今となれば元魔王のラーヴァナと共にこの最後の村へ立ち寄っていた。
再調査とはいえ、瘴気が止まない原因など答えは分かりきっている。
魔王城にはその原因、邪神が生まれているのだ。
そんな状態で世界が平和になるはずも無い。
だがそれを何故自分が始末しなければならないのか。
誰かがやってくれると思ったからこそ逃げ帰ったと言うのにこれでは元の木阿弥である。
脳内で様々な愚痴を撒き散らし、前回もお世話になった宿場へと入る。
ここで出される食事だけが唯一この下らない旅路の楽しみであった。
「なぁぁんでよ!! まだ空いてるじゃない、何で四部屋しか貸せないのよ!? 私は王族よ! こんな淫乱ババアと一緒になんていられないわ!」
「それはこっちの台詞だから! 私とリタ君で一部屋、後は適当にやって!」
「わ、わ、私はゼオ君と一緒でも」
「ゼオ、仕方ないわ。わ、私とその、ベッドを共有すれば」
「う、わぁ……なんでよりによってこんな辺鄙な所にこんなに観光客が。ほんっとついてないよ」
「お、落ち込むなシャイン。私達はどうせ一部屋でいいんだ。まだ空いているさ」
廃れた辺境の村、かつて観光地になった時代の名残りで作られた宿場には何故だが今日に限って八人の男女が詰め掛けていた。
この宿場の部屋室は一階に二部屋と二階に三部屋で全てツインベッドになっている筈であった。
つまり八人なら四部屋で足りる計算だが、ここにいる八人は誰と誰が一緒の部屋で寝るかと言う事で揉めているようだ。
このままでは埒が明かない、部屋が埋まっても困ると揉める八人の後ろでシャインレイは手を上げて宿場の親父に一部屋貸せとアピールする。
「おぉ、こりゃ勇者のあんちゃんじゃねぇーか。そっかまた来たのか、全然魔獣も減ら無くてな、困ってたんだよ! また一階の奥使ってくれや」
「ああ、悪いね。行こうか」
「そ、そうじゃな。妾は王であるからな、勇者と共に同じ部屋でい、い、一夜を過ごそう」
また口調の変わるラーヴァナに「いつもの事だろ」と呆れながらシャインレイは喚く八人を避けて奥の部屋へと向かう。
「ってぇちょーぃちょいちょいちょーい!! そこの若い衆、なぁんで私達が居るのに先に案内されてんのよ。一部屋埋まったじゃないのよ、どぅしてくれんのよ!?」
「そうだぜ、こっちが先客なのにそりゃ正義じゃねぇ、男らしくねぇぞ」
「と言うか勇者ってなんなわけ? 随分と幸薄そうな勇者ね、勇者ならリタ君一人で十分よ。と言うかそっちの女が気に食わないわ、その程度のスタイルで勝ち誇った顔をされても困るのだけど」
完全にただの言い掛かりであった。
ミュゼとゼオはシャインレイの行く手を遮り、カーマインはラーヴァナに対してその胸をアピールして優劣を競っている。
「何だと、妾にその程度の胸と尻で勝ろうなど片腹痛いわ!」
「はぁ……どうあっても絡まれるのか。まったくどいつもこいつも勘弁してよ本当に。大体君達は八人だろ? 四部屋で足りるじゃないか、悪いけど関わらないでくれないか? 面倒だよ」
「なっ、何ですってぇ!! 勝負よ、勝負しなさい! 私達が勝ったらアンタそのスカした態度改めなさい! その俺は強いけど争いはゴメンみたいな態度が鼻についてしょうがないわ」
「やめろ馬鹿王女。すいませんね、うちのが……まだ幼いもので」
「私も気に入らないわね、大体何その破廉恥なエロメイル!? 騎士なら騎士らしく甲冑でも被ってればいいのよ」
何度も言うが完全な言い掛かりである。
質の悪い客が来たなと宿場の店主も困り顔でシャインレイに助けを求めていた。
シャインレイは大きく溜息をつきながら「どうせまたいつもの不運か」と自分の人生を酷く呪うのだった。
観光がてらに来た人間とは言え、ここまで来れると言うならそれは一般人ではない。
この人数なら大方BかCランク冒険者の寄せ集め、自分の実力であれば一割も出さないまま勝敗は見えるだろう。
可哀想だがとっととこのおかしな連中には帰って貰う事にして静かに食事でもしよう。
シャインレイはそう考えていた。
「はぁ……もういいよ、じゃあ外に出て。面倒だから八人纏めて相手するね、僕が強いと理解したら直ぐに帰ってよ」
シャインレイは何度目かの溜息を吐きながら首をポリポリとかいて宿場を出ようとする。
「待ちなさい! やるのはうちのリーダーよ、私は無理、全然無理だから!」
「え、リーダーって俺じゃねぇよな? 俺は無理だぜ。弱ぇんだからよ! リタ、リーダーの実力を見せてやれよ」
皆の視線が、入り切らない銀竜の鱗を巾着に詰めながら文句をつけるリタへと向いた。
「おいリタ、まだやってるのかそれ。何だかお前のパーティが他のパーティに絡んで争いごとになってるぞ」
「あぁくそ、入らないな。老耄の皮膚片如き圧縮を掛ければと思ったんだが……小癪な。ん、部屋は取れたのか? 別にこんな村に立ち寄る必要もないと思うが、あと少しでクライマックスなんだ巻きで行きたい」
「私はやるわよ。そっちの女、どっちが魅力的かこの際はっきりさせましょう」
「ハッハッハ、いいだろう小娘が生意気だ。妾の覇気で人類を魅了してくれるわ!」
村から少し外れた幻惑の森入り口近く。
相対した二対八は互いに睨み合い、不穏な空気が漂った。
日も沈みかけた夕闇、木の葉が一枚風に運ばれ中空を舞う。
一体このおかしな連中は何なんだろうか、何故こんな事にと思いながら嘆息する勇者代理シャインレイ。
また例によってこいつ等は余計な問題を持ち込んできたのかと、解消された苛立ちを再度纏わせる勇者候補リタ。
互いにやる気のない呆れ顔で睨み合うシャインレイとリタの横で、元魔王のラーヴァナと自称魔導士のカーマインは腰をくねらせながら自分のスタイルの良さを競い合っていた。
村にいた人間達も「なんだ、喧嘩か?」等と野次馬根性で集まっていたが、そんな事より美女二人の艶めかしい動きに釘付けであった。
「……何かよく分からない事になってるけど、早く夕食にしたいんだ。大人しく村を出るかしてくれると助かる」
「どうでもいいが、瘴気を感じるな。配下は全て倒したはず、だとすれば万が一お前が魔王と言う可能性も捨てきれない。そうなればここでクライマックスだ」
周りにけしかけられただけで特にやる気も無かった筈の二人だが、不思議と争う理由が個々に出来てしまったシャインレイとリタであった。
刹那リタは一足でシャインレイまで距離を詰め、腰の木刀を正面堂々薙ぎ払う。
コンマ数秒レベルのそれに反応したシャインレイは、低い跳躍でそれを躱すと手に素早く魔力剣を創り上げそれをリタの肩へと振り下ろした。
「かっ」
「なんっ!?」
リタが木刀でそれを受ける。
シャインレイは魔力剣で打ち付けた
互いに驚きを隠せないまま、それでも鍔迫り合いは続く。
ジリジリと徐々に木刀を切り落とそうとする魔斬刀。
このままでは不味いと久し振りの危機を感じたリタは、一度距離を取ろうと木刀を斜めに傾け衝撃を受け流す。
だがリタがそのままバックステップで逃げようとした直後、シャインレイの魔斬刀がくんっと湾曲した動きを見せた。
それによりリタの木刀は真ん中からスッパリ斬り飛ばされ、その衝撃でリタ自身も地面を転がる羽目になっていた。
「り、リタっ!?」
「はっ、リタ君!! てめぇ、許さねぇぞゴラあ!!」
「おいまじかよ。あのリタがやられてんのここに来て初めてだな、まあこれで少しは正義を学ぶってもんだろ、成長だぜ、成長」
「お前誰目線だ、お前ら馬鹿のせいでリタがああなってるんだろうが!」
「……いい気味です」
リタは散々な言われようであった。
もし聞こえていたら全員リタパーティを追放されていたか、劇薬を飲まされてもおかしくはないだろう。
シャインレイはふぅと冷静さを取り戻し、魔斬刀を消して腰に手を当てた。
「よくあの態勢から衝撃を逃がせたね。君の木刀斬っちゃったね、ゴメン、弁償するよ。なんか魔力コーティングとか掛けてるのかな? 凄い硬さだったけど……まぁ元が元だし金貨十位でいいかな。と言うわけでもう僕達に関わるのは止めてくれ」
シャインレイはポケットから適当に硬貨を広げてそこから金貨を十枚摘む。
その様子にカーマインがキレた。
その手には既に膨大な魔力が錬成され、周囲にはいくつもの魔法陣が浮かび上がっていた。
「う、うわわわ、ちょちょちょっとなにしてんのこの人!! り、リタおい、お前の女だろ、何とかしろぉ」
「ひぇぇ! こ、これは多重多元素同時錬成ですぅぅ……古の魔力錬成、カーマインさん一体何者だって言うんですかぁ!!」
「え……うっそ、なんだよこの魔力量。ラーヴァナの比じゃないよこれ? てか、村無くなっちゃうって。もぅ何なんだよ」
「死ねぇぇ、この脱力系男子がぁ!!
漆黒の雷雲が空を埋め尽くし一箇所に集約する。
帯電した巨大な隕石が雲間から覗いたその刹那、それはシャインレイに向かって流星の如く振り落ちる!
そこにいた者達の視界は一瞬の間白で遮られ、そして何事も無かったかのように空が晴れた。
空には既に満天の星が輝いていた。
「……マイン、そんな魔法を気軽にぶっ放すのは止めてくれ。世界が滅びかねん」
そこには黒煙を上げながら、シャインレイのそれよりも輪郭の際立つ青白い魔斬刀を振り抜くリタが立っていた。
リタお得意の魔力相殺、ver.魔斬刀である。
「「「「いや! うそぉぉんっっ!!」」」」
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