第15話 ファイヤーボールと青い空



 行き交う人々は皆活気に溢れ、ある者は溢れんばかりの果物を入れたざるを頭に抱え、ある者は鮮やかなジャグリングを披露しながら中空の野菜を観客に面白可笑しく売りつける。


 街の広場とも言える場所にある小さな噴水には暖かな日差しを受けた子供たちが無邪気に駆け回っていた。




 ここルカリオンはリオ共和国の端部に位置する田舎街だ。

 田舎と言ってもリオには数多くの宿場町や鉱山街が点在しており、それ以外にも地主によって治められた村町が幾つもある。その中ではまだ中規模に位置する場所で、成り立ての冒険者の間では登竜門的な街なのである。




 まだ時刻は昼前、街の活気はこれからが本番と言った所。




「よぉ!晴眼の弓士」



 噴水を囲う石積みに腰掛けていた赤髪の少年は、見知った顔を視界に捉え意気揚々と声を上げた。



「……恥ずかしいからやめて。全く、こっちは遠征帰りで疲れてるんだから誘うなら昼過ぎにしてよねぇ」

「何言ってんだよ、こっちはさっき北部の鉱山から戻った所だぜ?危うく間に合わねぇ所だった。ったく、ここまで若者をこき使うのがギルドだとは思わなかったわ。そりゃ村の奴等が戻ってくる理由もわかるってもんだぜ」



 どこかぐったりとした様子で愚痴をこぼす赤髪の少年の横に腰を下ろす栗髪の少女。

 その背には故郷の友人に作ってもらった複合短弓が紫檀色の布を被っている。



「北部の鉱山って……もしかしてアシッドスライムが溢れてるってやつ!?でもあれCクラス以上の案件じゃ……と言うかアシッドスライムは毒のガスを出すから特殊な魔導具か回復師がいないと厳しいってうちのリーダーが……あんたまさかヴィッセルさんから貰ったお金全部魔導具に突っ込んだの?それでどっかのパーティに売り込みかけたんじゃ」


「んな事しねぇって!やっぱり金は自分で稼いでなんぼだろ。何かよ、俺の活躍が認められてよ、Cクラスパーティに特別組み込んでもらえたんだよ。最初は後衛でって話だったけど、それじゃぁ面白くねぇからガンガン前出てよ!流石にアシッドスライムの毒には少しビビったが……まあ毒っつってもリタの丸薬がありゃ余裕だったしな!」



 ハハハと豪快に笑う赤髪の少年は、ギルドでも嫌煙されがちな依頼をこなしあっけらかんとしていた。


 赤髪の少年ラックと同様、一月前に故郷から出てきた少女ルーシアは「あの丸薬本当に効果あるのね」と言って村に残った友を追懐した。





 二人は村を出てからあまりに自分達が無知かを思い知らされたのだった。

 

 冒険者になるには一体どこへ行けばいいのか、そこに行くにはどうしたらいいのか。


 そんな事すら調べることなく村を出てしまったのは甘かったのか。

 だが幸運にもヴィッセルと言う商人を魔獣から救った事で事態は一転した。


 冒険者登録が出来る最初の街ルカリオまで運んでもらい、お小遣いまで貰ってチュートリアルには申し分ない冒険者のスタートを切ることとなったのだ。



 ルカリオの街に入ってしまえば、後はリタのマニュアル通りに冒険者登録から昇格への道程をなぞるだけ。

 二人は本来半年はかかるであろうEランクからDランクへの昇格を一月で果たし、更にはそれぞれ別のCランクが多く在籍するパーティで異例の活躍をみせていた。




 街道に乱立する信頼と実績の店舗達が商売を始める時間だと息づく。

 ラックとルーシアは互いの最近の活動を伝え合い、時に罵り合い、それは村でのやり取りを思い返すよう上機嫌で目的の店へと向かっていた。




 今日は互いの定時報告会と、ラックが武器を新調したいと言うただそれだけの為に、ご飯を奢ってもらうと言う条件付きでルーシアが付き合う事になっていた。

 ルーシアにとってそれは面倒と思いながらも、たまに会う同郷はまたパーティと違って気兼ねなく話せるいい息抜きになっていた。




「よっしゃぁ、オッチャン!やぁぁっとあれ買えるぜ」

「ん、おお赤髪の小僧っ子か、らっしゃい!わりぃなぁ……あれ売れちまったんだよ。ウチで打ったわけじゃねぇし、ものは良かったからなぁ」


「嘘でしょ」



 何やらいきなり始まるラックと武具店の店主のやりとり。どうやらラックは欲しい物があったようでその為にお金を貯めていたらしい。

 旅商人ヴィッセルから全額受け取る筈だった金貨700枚を二人で分けていれば恐らく余裕で買えるだろうそれは、ラックが必死にお金を貯めている間に売れてしまったようである。



 ラックの落胆ぶりは床に両手をついたまま動かない所を見ると余程のものかもしれなかった。



 貰った50枚の金貨と僅かばかりの貯金、ギルドでの依頼をこなしながら日々の生活費を補い、まだ下級ランクの冒険者が良質な武器や防具を新調するのは非常に困難だ。


 そんな中金貨100枚はするであろう武器を買おうとしたラックはそれなりに切り詰め苦労したのだろう。



 そう思うと少し申し訳なくなる。



「馬鹿なの?」



 ルーシアはそんなラックを見下ろし冷笑した。





「だがよ小僧っ子……お前のそのボウイナイフもなかなかのもんよ?それの下取り額に金20も出すのはよ……まぁなんだ、今だから言うが魔法コーティングがされてんだ。なんつうか、普通そんな短刀の類に魔法コーティングなんてしねぇからな。そっちの方が高く付いちまう。一体どこでんなもん手に入れかは聞かねぇが、大切にしたほうがいいぜ」



 店主は流石にラックを憐れんだのか、嘘だか本当だがの話を悪びれながらしみじみと語っていた。



「そ、そうなのか……確かにリタがたまに手入れとかしてくれたけど、けどよ!剣士がこんなダガーみてぇのじゃ格好つかねぇのよ!分かるだろ?これじゃあ駄目なんだよぉぉ!!」



 ラックは、床に長年使い続けているにも関わらず刃こぼれひとつないボウイナイフを置き、悔しそうに何度も床を叩きながら「俺がギルドでなんて呼ばれてるか?ファイヤーボールだぜ」などとのたうち回る。



 どんな現場でも我先にと一番に突入していくラック、それが斥候の役割としてギルド内のどんなルーキーよりも突飛して重宝されているのはルーシアも知っていた。


 だが噂のファイヤーボールが、まさか赤髪と鉄砲玉由来の同郷の友人だとは。流石に今後は他人のふりをしようかと考え改めるルーシアであった。











 

 鉄と古びた木材の臭いがする武具屋と打って変わり、白とオーシャンブルーに塗装された女子ウケ間違い無しの店内。


 アンティーク調を思わせる長椅子にラックとルーシアは向かい合わせで腰掛けていた。



 結局武具屋でラックお目当ての剣購入は見送りとなってしまった。

 ヴィッセルの御礼を断ってしまったばっかりにと、なんだかんだ言いつつルーシアは多少の負い目を感じ自分の行きつけの店でラックにご飯をご馳走してあげる事になっていた。

 


「ほら、元気出しなさいよ!わざわざあんたの馬鹿騒ぎに付き合ってあげてご飯までご馳走してあげるんだから。ここのタピルカミルクのアイスティー凄いんだから!こうぷにぷにした食感のつぶつぶがお腹にも溜まるし、なんたってこの甘さが最高!」


「俺はそんなツブツブのぶっつぶつなんかよりゴツゴツでぶっつぶつしたかったぜ……」



「何言ってんのよ」



 ルーシアは一人ぶつぶつと呟く赤毛のファイヤーボールに呆れながら運ばれてきたタピルカミルクティーをちんまり味わう。



 一皿、二皿と運ばれてくる街ならではの料理に舌鼓を打ちながら話は最近の魔獣群発から隣国の情勢にまで広がった。




「まあ、魔獣ってもアレだろ?サンブラフ村じゃあ獣扱いだった奴もこっちじゃ危険度ダブルAだったりするからな。ぶっちゃけた話、都会のボンボン共がビビリ過ぎなんじゃねぇのかって話だぜ」


 

 ハッ、といつものように自信たっぷりで魔獣を危険視する冒険者達をあざ笑うラック。



「その自信、あんたの悪い癖よ?確かにサンブラフとルカリオでは随分常識が違うみたいね。でも討伐や遺跡探索、野営に盗賊、パーティでの戦い方はただ力があればいいってものじゃない。私はこの一月で実感したわ……今ならリタの用心深さとか思慮深さも理解できる」

「まぁ、な。確かにそれはある」



 ラックは少し継ぎ目に隙間があるテーブルへ「Sランク冒険者への道」と書かれた黒い革表紙のマニュアル本をドサッと置いて開く。



 マニュアルにはリタの妹ミサが兄の為に書いた冒険者の心得や、効率よくギルドのトップへとのし上がり、その後領主、爵位持ちになり世界を治める為の方法が順序立てて記載されている。

 クラスA冒険者〜領主への道程着手編からは既にラックとルーシアには理解出来ないレベルの話であったが、それはリタだからかと気にしない事にしていた二人。



 だがそんなつらつらと並ぶ文字と図解の中にちょいちょい出てくる赤字の注釈。マニュアルを片時も離さず見ていたラックはそれに何度無く助けられていた。



「この赤字にこんな依頼の時はこれを持ってけとか、注意しろとか書いてあるんだけどよ、面倒くさいからいいかと思っても、なぁんか見られてるような気がしてつい言うとおりにしちまうんだよなぁ」



「で、助けられる……って事でしょう?」




 そんな赤字を二人で改めて眺め「なんかリタみたいだな」と互いに笑った。



「そういや知ってるか?隣の国のなんたっけ?ランク不問で金貨1枚の依頼、何かあれに集った低ランクの奴等がこぞって旅立ったまま戻ってこねぇって」


「ルーテシアでしょう?サンブラフ村から山岳越えた所にも隣接する国よ。私も聞いてる、ランク不問で金貨って破格よね。私達の場合最初からちょっと金銭感覚がズレちゃったけど」




 Eランクで受けられるギルドでの依頼相場は凡そ銅貨〜銀貨数枚が限度だ。

 Dランクでも銅貨の報酬が消える位で、まだまだ生計を立てられるとは言えない。


 Cランクになってようやくスタート地点と行ったところ。月に銀貨1000枚、つまり金貨が稼げれば上等と言われている。


 隣国への旅費を差し引いても、ランク不問で金貨が払われるならそこへ低ランクが群がるのも無理はなかった。



「噂だとルーテシア国の王女が行方不明になったとかって。それでその捜索費用だから糸目をつけないんだとか聞いたわよ」


「はぁん……まぁ俺はSランクになる男だからそんな安っぽい仕事に群がったりはしねぇけどな!ただそこのなんだ、ルーテシアにある嘆きノ森って所には鬼とか言うバケモノ級の魔獣が住んでるってよ。上位ランクの奴はそれ知ってるから多分そこも捜索範囲だったら割に合わねぇってんで嫌煙してるらしい。それだけはちょっと興味があるぜ」



 なんだかんだいいながらも話しているうちに上機嫌になったラック、だが相変わらずの戦闘狂いに「馬鹿なの?」とルーシアは再び嘆息する。



 

 そんな世間話をしながら同郷の二人は、ギルドでも期待のルーキーとしてその名を広めていた。

 あまりに精度のいい弓力と判断力から晴眼の弓士等と忸怩たる二つ名をつけられたルーシア。


 それでも目の前いる同郷につけられた二つ名に比べれば幾分マシかと思え、鼻で笑った。





「このつぶつぶうめぇ!」

「うるっさい!」



 声を上げるファイヤーボール。



 店内の内装のように、今日もルカリオの空はサンブラフと同じく青かった。




一章 ルーテシアの王女と暗殺者 完

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