第38話 ラックのターン
ダンジョン内に配置された弱々しいマテリアル光が一際輝きを増す。
それは魔力の共鳴。
そこに存在する者が持つ魔力総量が多ければ多いほどその魔力は外界へ漏れ、魔力鉱石から作られたマテリアルは過剰反応を起こす。
だがそこにいる人間達の中に、マテリアルを共鳴させる程の魔力総量を持つ者はいない。
つまりそれは敵側にそれだけの力を持つ者がいると言う事。
「あ、か……」
「ぶ」
「はっ、はふ、は」
魔物の中ではほぼ最弱と言われるゴブリンだが、
そんなジェネラルが二体。
それだけでも事態は異常を極めた。
更に輪をかけてその後ろには歴史の逸話程度でしか見た事もない巨悪の権化。
――ゴブリン
その瘴気に曝され盗賊団の二人は泡を吹いて昏倒した。
盗賊とは言え、冒険者ランクであればB程度の者達とギリギリ渡り合えるのではとまで賞賛される頭目も、自分の身体が既に恐怖で動かない事を理解していた。
どちらにせよ、もしここで動けたとて辿る道に変わりはないだろうが。
今ある光景が夢のようであった。
実戦経験が無い二人、意識があるだけでもそれは十分に誇れるものであろう。
「苗床にしては小ぶりなものばかりですな」
ふとゴブリンジェネラルの一体が、背後で静かにその覇気を漂わせるキングへと語り掛けた。
知恵を持ち、それを更に昇華し、あざとく人間と同じ言葉を話す。
それにより人間を更なる恐怖へ陥れる事ができるとよく理解していた。
「よい、まだ時間はあるのだ……世界に魔が満ちてきている。これは魔界の再来だ」
「ふふふ……ですな」
「ほうほう、そうなの」
「はっはっは、そうだとも――?」
ゴブリンジェネラルとキングの会話に違和感ある声が入り込む。
ゴブリン達の視線が刹那その声の主へと集まった。
「なっ、貴様、どこかラブぁぁあ!!」
「に、人間だとラバぁぁあ!?」
「っしゃあああおらぁ!! 何か知らねぇがでけぇゴブリンしゃぁおらぁあだぜぇ!」
ゴブリンキングの横、ゴブリンジェネラルの背後。
そこには一人の赤髪青年が短刀片手に喚き散らしていたのだった。
マテリアルに照らされ、狂喜に満ちたその赤髪男の表情はまさに鬼神のよう。
手に持つその刃が果たしてどのように獲物を捉えたのか、それを視認する事も叶わず二体のジェネラルはその場に青黒い血を吹き出し昏倒した。
「ば、馬鹿な……この我の配下を、一刀だと。はっ!?
「っしゃあぁおらっぐ!?」
あまりに突然の出来事、王と名乗る自らの横に軽々しく隙を与える日が来るなど考えもしなかった。
ゴブリンキングは配下を殺り、次はお前だとばかりに飛び込む赤髪を視界に入れ咄嗟に魔力錬成を行った。
赤髪はその障壁をボウイナイフで斬りつけようとして、魔力反発に驚愕の表情を浮かべたまま後方へ吹き飛んだ。
「つつつ……頭いってぇ、一丁前に魔法の壁ってか。これが
「貴様、ふざけるな。我は王也! 魔族ゴブリンを統べる王なる者ぞ!! 死すべし、力無き羽虫よ。
赤髪の発言が逆鱗に触れたのか、ゴブリンキングはついにその手の太い杖を振るう。
そこから迸るは大蛇のようにうねる黒煙。
その黒煙に吸われるかのようにダンジョン内のマテリアルが次々と光を失っていった。
「あっぶねぇ!!」
「お、わ」
「きゃ」
赤髪の少年はその黒煙に何か不吉な予感を感じ、そこにたまたま居合わせたミカヅチとタケオミを突き飛ばしながら通路端の窪みに突っ込んだ。
通路のど真ん中で倒れている盗賊、立ち竦む頭目、そして後方のブラックゴブリン達をキングの放った黒煙が覆っていく。
盗賊団の頭ともう一人の盗賊は瞬く間に骸となってその場に衣服だけが零れ落ちた。
同じく黒煙を受けた黒ゴブリン達は、その身体に瘴気を増し、燃えるような真紅の瞳で残る三人を睨み咆哮する。
「はひっ、わ」
「ど、どうなって」
「うへぇ! っておい、俺の短剣折れてんじゃねーかよ!」
見れば先程ジェネラルを斬り飛ばしキングに斬りかかった赤髪のボウイナイフは、亀裂が入っていたのか今の衝撃で真っ二つに折れていた。
赤髪は苛立った様子で欠片を黒ゴブリンへと投げつける。
「GUA!?」
刃先の欠片を投げつけられた黒ゴブリンは怒りを顕にして赤髪を睨む。
「お、怒らせてんじゃねーかよ! 何やってんだよお前!」
「ああ? お前こそ誰だ。俺様は直にSランク冒険者になる予定のラック様だ! ラックさんと呼べ」
「よ、予定かよ! あ、わ、こ、来る!」
「お、これでいいだろ」
ラックへの怒りを顕にし襲いかかるブラックゴブリン。
ラックは黒い長物をすぐ様拾い上げるとソイツの側頭部を殴り付けた。
「っしゃぁ! 何か知らねぇが何だ、細え剣かこりゃ!?」
「あ、おま、それ!?」
「はっ! だ、だめ、それは、抜いちゃ」
ラックは手に持つそれが黒い鞘に収められた剣の類だと思い刀身を抜き放とうと試みる。
それを見たミカヅチとタケオミはラックを止めようと声を上げていた。
「っと、んだこれ。抜けねぇな、やっぱただの棒か。まぁいいや」
「いや、違ぇぇよぉぉ!?」
「やっ、やっぱり抜けなかったのね。普通の人間に扱えるような物じゃないわ」
ミカヅチはどこか安心した様子で、代々受け継がれてきた妖刀乱刃・雪乃器から視線を落とした。
一度は盗賊に取られたものだが、頭目は常にそれを身に着けていた。
誰にもその刀は抜く事が出来ない、万が一抜けばその刀は使用者の命を吸い尽くすまで止まらない。
そんなミカヅチの話を聞いて余程悔しかったのだろう。
いつかその刀を抜いて試し斬りでもしたかったのかもしれない。
「で、でもミカヅチ……あの禍々しいゴブリンが、い、一撃で死んでやがる。まさか、これが妖刀雪乃器の力なのかよ?」
タケオミは先程鞘に収まったままの刀で殴られたブラックゴブリンが絶命しているのを見て、まさかこれが代々受け継がれた妖刀の力なのかと口を開けた。
他のゴブリン達も危険を感じたのか、その場でジリジリと攻めあぐねているように見える。
「そ、そんな訳ない……
「そんな話信じてんのかよ。そもそも親父だって使えねぇって言ってただろ。そ、そうだ飾りだあんなもん。あんまりにも古いから錆びて抜けねぇだけだ」
「ぬぬぬ……怯えるなゴブリン衆よ!!」
ミカヅチとタケオミが宝刀について語るのも束の間、キングが再び魔力錬成を行ったのかブラックゴブリン達の頭上に突如魔法陣が浮かぶ。
「「GRualaaaaaa!!」」
次の瞬間ブラックゴブリン達の体躯がみるみるはちきれんばかりの筋肉に覆われていく。
身体強化魔法だろうか。
体中には黒々しい血管が浮かび上がり、それは見ているだけでも卒倒しそうなほどの邪気だ。
そんなブラックゴブリンの半数がタケオミとミカヅチ、もう半数が先程の怯えなど嘘のようにラックへと向かう。
「まだ俺様のターンだろうがぁ!!」
ラックはその黒き鞘、妖刀雪乃器を持ち直し奮起するブラックゴブリンの中を一人突っ込んでいった。
視認することも困難なラックの縦横無尽な動きは束の間で二体のゴブリンの頭部を叩き潰す。
身体を反転させもう二体のゴブリンが背中を強打され、対面の通路にいたキングの元まで吹き飛んだ。
ミカヅチとタケオミを狙っていた二体のゴブリンも何事かと振り返ればその刹那に頭を飛ばされ、それは壁面にぶつかり脳漿をぶちまけた。
「な、な、な、貴様! ほ、本当に人間かぁぁあ」
ラックの赤髪は燃えるように立ち上がり、戦いに身を置くことを心底楽しむような表情はまさに鬼神。
タケオミはそんな光景に身体が動かなかった。
「す、すごい……うそ、本当にこれが、本来の、雪乃器の力なの……? 持ち主を選んだと言うの?」
「いやさっきまで違うって言ってたじゃねぇかよ! 大体鞘から抜いてねーし、てか何惚けてんだよ
ミカヅチの方は全く見当違いな思いを抱き、どこか惚けた熱い視線を赤髪の青年ラックへ向けていた。
「なぁ前々からも思ってたんだけどお前らさ。魔物ってすげえやべえってローグ老に聞いてたけど弱すぎねぇ? 大体さっきから地味な魔法ばっか打ちやがってゴブリンメイジかよ。そんなもんうちの妹のユーリにだって出来んぞ、リタの妹なんて出て来たらお前ら秒で消されるぜ?」
「なん、なぁぁんだとぉ貴様ぁぁ!! 我こそはゴブリンの王だ、王なのだぞぉ!! 見せてやる、世界もろとも滅びるがいい、死ねぇ、蛆虫がぁああ!」
ゴブリンキングはついにキレた。
かつての歴史を見ても魔族種で
魔力の障壁が砕ける。
最早そんなものは必要ないとばかりにゴブリンキングは自らの身体を黒い魔力に包み、両腕を振り上げる。
天井は崩れ、瓦礫が舞飛び、粉塵で視界が遮られる。
直後、キングの数倍に膨れ上がった腕が視界全土に広がった。
「ぶねぇ!!」
「きゃぁ!」
「やべぇよ、このままじゃ生き埋めだ」
僅かな隙間に入り込んだ三人はキングの餌食にならずに済んだものの、まだ事態は悪化の一途を辿っていた。
「GBAAAHaaa!!」
刹那、キングの口から円筒状の紫煙が放たれ、それはそのままダンジョン内を片っ端から薙いでいく。
その魔力砲は上層階にまで届き、ダンジョン内には巨大な風穴が空いた。
外界の空から暗いダンジョン内に光が差し込む。
「そ、外だ、でもどうやって逃げりゃ」
「無理よ、もう、こんなの。こいつから逃げられるわけない!」
地上が見えたところでそこまで上がることなど出来はしない。
ダンジョン内を迂回しながら戻るにしても、目の前にはゴブリン最強と銘打つキングの存在。
ましてや陽の光を受けてキングの力が弱まってくれる等と言う都合のいい事は起こらない。
「こロス、コロス……我を侮辱した事、万死に値するぞ……!!」
「こりゃちっと、やべぇしゃぁこらかもしれねぇ」
「何言ってんだよ、最初からやべえんだよ!」
ゴブリンキングはゆらゆらと紫煙を纏わせただならぬオーラをその身から漂わせている。
ダンジョンを一歩一歩進み、地を半壊していく。
ゴブリンキングの足が一歩地につく度、地面から砕砂がゆらゆらと宙に浮き立った。
「あ、もうだめだ、吐きそう」
「父様……祖国へ戻れず、申し訳有りません」
二人はゴブリンキングのその迫力に改めて人生の終わりを悟った。
思えばそもそもこうなるのが自然、途中であまりにも容易くジェネラル級が殺られた事で勘違いをしていた。
あれは敵が油断していたから、ただそれだけ。
本来であればこれだけの時間生きている事すらもおかしいのだと。
「おいお前ら、早々に諦めてんじゃねぇ。て言うかこの剣みてぇなもんはなんでこんなに切れ味がわりぃんだよ。クソ棒だな、リタの木刀のがよっぽどマシだぜ」
「だからそりゃ鞘から抜けてねーんだよこの脳筋馬鹿が!」
「……それは倭国の武具で
ミカヅチは虚ろな瞳で顔を上げる。
その視線の先には何やら長い詠唱と共に光る魔法陣の上に立つゴブリンキングがいた。
その顔はどこか勝利を確信したかのように笑ってさえ見える。
「ああ、マジで剣だったのかよ。んじゃ魔力通さねぇと駄目じゃねーか」
逝くがいい――
白蒼の陽炎が立つ。
その刃はうねり、紋となりて乱刃の如く。
一切断じて雪の塵、その器は
仕えしそれは妖の刀。
「抜けたぜ、しゃあぁおらぁぁ!!」
「いや、嘘だろぉぉ!?」
「そ、何……それが、妖刀乱刃、雪乃器なの……きれ、い」
ゴブリンキングが打ち下ろす暗黒の重圧、とてつもない高魔力。
だがそれが降りかかるよりも速く、ラックは既にその刀でキングの首を落としていた。
腹の底に響くゴトンと言う音。
「我、は……王……ぞ?」
ダンジョン全て覆うような重苦しい魔力は掻き消え、そこにはただ青白い光をゆらりと纏う一本の刀がその存在を主張していた。
それを手にするは焔のように燃える赤髪。
――蒼炎の鬼神。
倭国に伝わるある鬼の伝説。
妖刀は本来鬼の得物とも言われている。
ミカヅチとタケオミはそんな事を思いながら、轟音と共に倒れるゴブリンキングと、その横で咆哮する男をただ見つめる事しか出来なかった。
「――っっしゃァァオラァァ!! しゃぁぁぁおらぁぁああ!!」
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