第37話 二重の罠
ラックはルーシアとその兄が立ち上げたギルドからの支度金をその手に首都バイゼルをその足で出ていた。
本来であれば目的とする南の田舎町ザッカルまで馬車で半日程度の道程になる予定だ。
だがラックは自分なら走った方がもっと早く行けるんじゃないかと言う気持ちと、支度金を使わずに貯めれば今度こそこのボウイナイフを新調し、大剣エクセカリバーを購入出来るかもしれないと考えていたのだった。
方角はリタ達と森で培った感覚で大体南へ、最悪途中で人に聞けばいいだろうとその程度で考えていた。
時刻は昼頃か、太陽に向かって平原をひたすら駆けているとそれだけで身体中にエネルギーが漲った。
自分ももうすぐBランクの冒険者、そうなればすぐそこにはもう最大限の栄誉であるAランクが待ち受けている。
これだけでも十分に誇って村へ凱旋できるだろう。
夢のように思っていたまさかの冒険者ランクSと言う希代の称号も。
Sランクを欲しいままにするは、この世界でも稀な者。このリオ共和国の首都バイゼルに居てもお目にかかる事のできない最強の異端児。
少しでもそこへ近づけるならどんな危険も冒そう。
ラックは冒険者になってから、ただ一つそんな思いを抱きどんな場所でも我先にと突っ込んでいった。
それが結果不名誉な二つ名を付けられようとも、今となればファイアーボールと言う名前さえ愛しく思える。
「っしゃあああ!! 俺はSランクになる男だぁ!」
そんな大声を上げながら、目の前に林道の入り口を見つけたラック。
轍が二本ある所から見るに此処を荷馬車が通っているのは明らかだった。
「おっし、多分こっちだな」
ラックは迷い無く林道へと進む。
平原に比べて薄暗いが、木々の合間から差す日は緑葉に反射してキラキラと光っていた。
途中荷馬車が脇道にそれて停車しているのを見つけた。よく見れば荷車の片輪が粉々に砕けている。
壊れて動けなくなってしまったのだろうか。
荷車の横で尻餅をつき項垂れる商人のような男にラックは思わず声を掛けていた。
「大丈夫か、おっさん」
「へ……あ、あ!?」
「あぁ!」
憔悴しきった恰幅のいいその男は、いつぞやにラックとルーシアがファーラビットから助けた旅商人、ヴィッセルであった。
ヴィッセルは気落ちした表情から一転、驚きを顕にしてラックの肩を抱いた。
「ラックさん! ラックさんじゃないですかぁ! ああ、お元気そうで!」
「お、おう……お、おっさん久しぶりだな。そんでまた荷車ぶっ壊したのかよ」
ラックはむさ苦しいからとヴィッセルの身体を押し退け、壊れた荷車の車輪を観察していた。
車輪はあの時ラックが直した時に使った材木だ、あれからもずっと頑張ってこの荷車を運んできたのだろう。
ラックはそんな車輪を見て感慨深そうにしながら、近くの手頃な低木をボウイナイフで切り倒す。
斬る瞬間にはボウイナイフへ魔力通す事を忘れない。これができるかどうかで、切れ味は全く異なるものとなるのだ。
このボウイナイフ自体にも魔力コーティングはされているが、それはあくまで耐久性アップの為である。
そこへ自らの魔力を効率よく、薄く伸ばすよう通す事で大概のものは自分が斬れると思えばまるで水に刃を立てるが如く簡単に斬る事が出来た。
だがもし少しでもそこで躊躇い魔力導通に歪が生じれば、ナイフは折れ自らの腕も痛めるだろう。
このやり方はサンブラフ村に代々伝わる魔力鍛錬法の応用だった。
「おっし、これを削ってこの辺に穴を彫ってぇ……と、差し込んでオッケぃ!! 我ながら天才だぜ。蝋がありゃ艶も出せてもっときれいになるんだがな」
「こっ……こ、これは、あ、た、あ」
「あんだよおっさん。毎度ブッ壊しやがって、次は金取るからな!」
すっかり守銭奴と化したラック。
だがヴィッセルはラックが新たに作り上げた車輪に文句を付けたい訳ではないのだ。
むしろその反対を更に一周回った状態の混乱に近かった。
まずその短いナイフでどうしたら低木を切り倒せるのか。
そこからあっという間に木を削り出し、組み合わせ車輪を完成させる手際。と言うかどうやったらそんなにスパスパと木材を加工できるのか、この木は豆腐か何かかと。
先程まで盗賊に襲われ、金品、財産を奪われた挙句に荷車を壊された絶望などこの青年を前にすれば全て吹き飛んだ。
「なんだおっさん、また襲われたのかよ」
「そ、そうなんです……お恥ずかしい限りで」
「んならさ、俺をザッカルまで連れてってくんねぇか? このSランク冒険者になる男が道中ついててやるぜ!」
「ほっ、本当ですかラックさん!? お、お安い御用で、と言うか本来なら荷車の修理と護衛でお礼しなければならないのに……持ち合わせがまたも無く、申し訳ないっ!!」
「なんだよ、おっさんと俺の仲だろ? 水クセェ事言わずにパァーっと行こうぜ、パァーっと!!」
ヴィッセルは豪胆なラックのその空気にすっかり飲まれていた。
否、魅了されていたと言っても過言ではない。
それだけの器がこの青年にはあると。
一度ならず二度までも助けてもらい、満足に御礼も出来ない事など気にせず。
この大きな心、どんな時でも前向きに生きるであろうその表情。
彼にはそれだけの自信と、目標があるのだろうと。
ヴィッセルは二周りは下であろうラックにだが、尊敬と憧れの念すら抱いていた。
ヴィッセルが手綱を取り、舗装の甘い林道を走らせる。
ラックは何故か荷車の中には乗らず、幌の上で差し込む日差しを受けながら寝転んでいた。
途中、木々に擬態したトレントや魔獣化したキラーマンティス等がポツポツ現れた。
どれも魔獣化さえしてなければCランク冒険者二、三人で十分相手出来るようなものである。Sランクになる予定のラックにとっては食料にもならない敵だ。
だがその度にヴィッセルが「ひぃぃっ!!」と奇声を上げると馬が跳ね、ウトウトしかけたラックは幾度となく夢現から叩き起こされる羽目になった。
「なぁおっさん、頼むからもう少し落ち着いて走れんもんかね? これじゃ睡眠不足だ、こう見えて連日依頼こなしてもう三日は寝てねぇんだぜ」
「そ、そうは言ってもラックさん! こ、こんなに化物が出るなんて私も聞いてなかったんですよ! 本当に、本当にラックさんが居てくれて良かった。そうじゃなきゃな今頃は……くわばらくわばら」
ヴィッセルは心底彼処でラックに出会えたことに感謝している様子だった。
小声で「今頃あの盗賊共、食われてるに決まってる」等と呟いていたが、確かにこんな林道に魔獣が当たり前のように出現する事には違和感を感じていたラック。
ギルドの情報やルーシアの話からしてもここリオ共和国で獣の瘴化が頻発していると言うのは間違いなさそうであった。
よく考えればそのせいで自分は三日も出ずっぱりだったのだと今更気付いたラックである。
この分では魔物は勿論、本当に
◯
「ありゃイイカモだ。リーダーさんは元貴族ときてる……お前ら、いつも通りだ」
「「へい!」」
「おい、新人。お前らもしっかり目に焼き付けとけよ、俺等盗賊団の手際ってやつをよ……へへへ」
それはもちろんダンジョン攻略で素材を手に入れたり、ましてやギルド依頼の討伐を行って市民に貢献する為などではない。
ダンジョン攻略に向かうパーティを襲い、身包みを剥ぐ為。
それが盗賊団の主な収入源なのだ。
先まで既に幾つかの旅商人を襲い、そこそこな利益は出そうな所である。
此処で装備潤沢な貴族パーティを襲えば当面数日は豪遊出来ると言う算段だった。
このダンジョンは冒険者で言う所のCランク相当を推奨している。
討伐系の依頼を受けられるのが凡そCランクからと言う事を鑑みれば、言わば初心者用のダンジョンだ。
先に潜ったパーティは重装備でお供は三人が女。
リオ共和国では共和制を敷いていることから貴族の階級特権は廃止されている。
そもそも本当の貴族がこんなダンジョンに潜るはずも無い。
どこぞの没落した元貴族階級が残る財産を使い、冒険者にでもなったのだろう。
仲間達が女というのもただの下心である可能性が高いと。
盗賊団の頭はそんな情報から、入っていく人間までの全てを計算していた。
「うぉっ、なんだコボルトの死体かよ。ったく魔物っつっても死んでりゃ世話ねえやな」
「へへ、こっちにゃゴブリンもいるぜ。ギルドはこいつら魔物扱いしてるけどよ、俺らから言わせてみりゃあの嘆きの森で出くわしたキラーマンティスの方がよっぽどやばかったぜ」
盗賊団はミカヅチとタケオミ含む五人で先行した冒険者の後を追う。
既に多少の整備はされているのか、ダンジョン内はマテリアルの発光でそれなりに視界がはっきりとしていた。
通る道には既に先行組が倒したであろう魔物の死体が所々転がって、それを見た盗賊団の二人はかつての武勇伝を交えながらああでもないこうでもないと楽しげに談笑していた。
「……てめえら、ちったぁ静かにしろ」
「へい」
「す、すんません」
ふと盗賊団頭が何かの異変を感じたのか地面を凝視しその場に留まる。
「彼処で痕跡が無くなってる……っち、感づかれたか?」
見れば今まで辿ってきた地面の土荒れが、ある場所から見当たらなくなっていた。
このダンジョンは地下三層、現状はまだ二層目だ。確かに魔物の死体は見られたがそれはコボルトやゴブリンばかり、最下層に着いた所でそこまで凶暴な敵は出現しない筈である。
しかも遺品も見当たらないとなれば、冒険者が盗賊団の事に気づき一度身を隠した恐れがあった。
「どうしやす頭? ちょっと様子見てきましょうか」
「……ああ、その先はマテリアルが弱いな。四半で戻れ」
「へい」
盗賊団の一人はそう言うとほぼ無音の走りで薄暗いダンジョンを駆けていく。
「怖ぇかよ」
「ぅ……べ、つに」
盗賊団の頭目がふとタケオミを見てそう問う。
強がるタケオミを見てその内心を読んだのか、頭目は二人を嘲るように笑った。
二人はダンジョン等入るのも初めて、多少の剣稽古程度なら倭国でも父に仕込まれたが、獣相手の実戦経験すら皆無なのだ。
そんな中初めて殺したのが人間と言うのも皮肉な話である。
ミカヅチとタケオミは何とか恐怖を胸の内に抑え込んだが、本心では一刻も早くこのダンジョンを出たいと願うだけだった。
――ズジャ
「「!?」」
「なに……」
そんな中、通路の奥で何かが砂に擦れたような音が聞こえた。
それは明らかにこれから進もうとしている、先程盗賊の一人が先行して様子を見に行った方からである。
敵の出現か、それとも何らかの罠か。
頭目は一瞬の間逡巡したようだったがすぐ様危険を察知し残った三人に声を上げた。
「撤収だ! てめぇらすぐに――――」
「え」
「な、なんだゴブリン!?」
撤収しようと踵を返した頭目は眼前にゴブリンの群れを見て凍りついた。
「おい、囲まれてるぞ!!」
「何だって」
タケオミは先程物音がした方からもゴブリンが二体。
そして更に一回り、二回りも大きなゴブリンと、色の違うゴブリンを目に留め叫んだ。
それはゴブリン達の罠であった。
彼等は個では力が無い、だからこその知恵知略を磨いた。それは最早人間の盗賊を上回る程と言うべきか。
「こい、つは……ゴブリン、
「い、いや、待て!! か、頭ぁ!! ああ頭に、草冠だ、杖も持ってやがる」
盗賊の一人が通路の先を指差し、震えながら尻を付いた。
後ろには数体のゴブリンと明らかに毛色の違う、瘴化によって更に邪悪さを増した黒きゴブリン。
前にはその通路を完全に阻む
そしてその後ろまるで棍棒のような太さの杖を地につけた巨体が。
頭には草冠を被り、その顔は他のゴブリンよりも知的な笑みを浮かべる。
遥か昔、魔王が世界に降り立ち魔物が世界を支配しようとしたその時代。
知恵だけではない、それは本当に力のあるモノだけに許された頂点の証。
五人に残された道は既にただ一つしか残されてはいない。
「ハハハ……女を残して、掃討しろ」
「「!?」」
女を残して。
この場では
ゴブリンは臭いでそれに感づいたのか、タケオミがミカヅチを盗賊団から守るために隠した真実はだが、既にもう必要の無いものであった。
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