第29話 ミーフェルの万能鍛冶屋


「なんと言う事だ……私というものが付いていながらこの失態は! くそ、キルレミット卿の御身に何かあれば私は……どうか後無事で」


「ガハハハ、まぁ坊っちゃんなら大丈夫だろう。ああ見えて腕は立つんだ、周りに女が数人いても守れる位の器量もある。それより問題はこっちだぜ?」



 レオンハルト騎士団、仕えるべき主君から逸れてしまったロレンスとカッチョル。

 その前には同じくパーティのリーダーを失って右往左往する女子軍があった。



「ど、どーすんのよ!? メルリジョバーンがいないのに私だけでこんな森抜けられっこないわ!」

「だ、大丈夫じゃ無いわ。もう戻りましょう? 私彼がいなきゃ無理、絶対ついてなんか来なかった」

「ジョバンヌ……」

「森が、ざわついてる、何か嫌な予感」



 皆リーダーのメルリジョバーンと言う者に頼りきりだったのか、精神安定剤的な役割だったのか、既にチームは錯乱状態であった。


 だが森は既にダンジョン化が進みつつあり、これ以上深部に一歩でも踏み込めば、戻る事は更に困難を極めるだろう。



「カッチョル」

「ああ、聞こえた。ゴブリンだな、恐らくこれだけ女がいりゃ匂いに惹かれて当然だ。おう嬢ちゃん、俺の後ろに隠れてろよ」


「え、あ、は、はい」



 カッチョルはリタパーティから唯一逸れてしまったミーフェルをその大きな背中に隠し、戦斧を構える。



「い、いやぁぁ!!」

「く、黒……いや、来ないで!!」


「ゴブリン、黒、お、おかしい」



 ふと前方で揉めていた女性陣パーティの悲鳴が響いた。恐らくは敵の襲撃が開始されたのだろう、ロレンスとカッチョルの勘は戦場において寸分の誤差もなかった。



「やっぱりそっちを狙ったか。ロレンス、一人で行けるか? こっちは高々魔物クラスDが五体だ、問題ねぇ」



 だが当然のごとく、狙われているのは前方だけでは無い。

 

 此方も既に五体のゴブリンに囲まれていた。

 しかし前方のパーティの戦力は恐らく皆無、このまま見殺しという訳にも行かないだろう。


 女がゴブリンの餌食になるという事は、それは死を意味しない。

 精神が崩壊するまで一生苗床と言う絶望の人生が待っているのだ。



「クソ、世話が焼ける。カッチョル、耐えろよ」

「は! 誰に言ってやがる、こっちが先に片付くさ。終わったら手伝ってやるよ、ゴブリンがお初じゃ目も当てられないもんな?」



 茶化すカッチョルにロレンスの本気の一閃が煌めいた。


 それをカッチョルが戦斧で受け止めると、二人はフッと笑いロレンスは前方のパーティの元へと駆けたのだった。



「さぁて、やっぱり休暇なんてもんは俺にゃ似合わねぇよな」



「か、カッコイイ……」

「あぁ?」



 ふとミーフェルがそんな二人の一連のやり取りを眺めボソッとそう呟く。



「お二人は、そ、その、おつつ付き合いさささされてるんですか? その、それはどういった経緯であれば、なれれるのかと」


「あん?」


 カッチョルは何やら吃りまくるミーフェルの言いたいことを理解し大笑いしていた。



「はっはっは、そんなんじゃねぇよ。それに俺ぁこう見えて嫁も子供いるんだ、あいつはまあ……同じ主君に仕える、戦友ってとこだな」



「戦友……」


 

 ミーフェルの呟きに「ああ」と一つ答えてカッチョルは戦斧を大きく螺旋状に投擲する。


 持ち手には長い鎖が繋がっており、それを巧みに操って再びその手に斧を戻した。


 戦斧は木々にぶつかる事なく、二体のゴブリンの首をいとも容易く落とし、青黒い返り血を付けてカッチョルの手に収まる。



「嬢ちゃんも気になる男がいんのかい?」

「へっ!? え、は、あ、いそそそそんなそんな私みたいな奴隷の猫如きがそんな滅相もないです。私は生かされてるだけでも十分過ぎるくらいで……本当は、生きる価値なんて」


「生きる価値をてめぇだけで決めんじゃねぇ!」


「ひぃうっ!!」



 カッチョルはミーフェルの言葉に強く反応し、戦斧の鎖を勢い良く回して返り血を飛ばした。

 ミーフェルはその迫力に殺されるのではないかと恐怖し尻もちをついた。


 それは周りを囲い自分を苗床にしようとするゴブリンなど可愛く見えるほど、カッチョルのその表情はまさに鬼であった。



「一人でもいい、嬢ちゃんの側に誰かいるならそれが答えさ。そいつ等の為に生きてやれ、それぐらい出来るだろ。居なきゃ俺に頼れ、それだっていい。もう嬢ちゃんは、一人じゃねぇんだからな?」



 カッチョルはゴブリンの一体に再度戦斧を投擲しながらそう言い、微笑んでいた。

 ミーフェルの方を見てはいなかったが、その笑顔はミーフェルの心に深く染み入った。



 自分はもう一人じゃない、仲間がいるのだと。


 全財産を投げうち助けてくれた、その上対等に接してくれる仲間が。


 一緒にいたいと願った彼も。



 もし誰もいなくなったとしてもこの人が。



 自分はこんなにも沢山の人に恵まれている。

 目を開けばそこに希望は幾らでもあったのに、それを今まで自分が見ようとしなかっただけ。


 ミーフェルは今それに気付かされたのだ。


 そしてそうなって初めて強く思う。


 生きたい、と。



「じゃあ生きようぜ、苗床にゃされたくないだろ?」



 そう言ってカッチョルが最後の投擲をかますと、残った二体のゴブリンの首が落とされた。


 ミーフェルが笑顔でカッチョルに「はい」と答えたそんな刹那、ロレンスが向かった筈の前方から悲鳴が再度響く。



「っち、何苦戦してんだあいつ。行くぞ嬢ちゃん!」

「はい!」



 


 前方ではロレンスが一人、四人の女子達を庇いながら決死の一騎当千を行っていた。


 周りを囲むのはカッチョルの所にいたゴブリンとは少し毛色の違う、全身が黒いゴブリンの集団であった。


 その数はざっと数えて十体はいる。


  

 そこへカッチョルの戦斧が飛び、二体のゴブリンを叩き伏せて通り道ができた。



「おいおい、何だコイツら。こんな黒ゴブリンがいるなんて聞いてねぇぞ」


「いや、いやぁ!! 姉様、姉様!!」

「姉様、どうすれば、どうすればいいんですか私達」

「死にたくない! 死にたくない」

「苗床です、一生ゴキブリみたいな化物の子を孕まされるのです」



 カッチョルはミーフェルを連れてロレンスと背中合わせで状況を確認する。

 中心で震える女子達はしきりに姉様姉様とロレンスに縋り付いて泣きじゃくっていた。



「森の瘴気に喰われたんだろう、動きが段違いで上手く手が出せない。慕ってくれるのはいいが、こいつらもこんなだからな」



 ロレンスはそう言いカッチョルとの間に守られるよう蹲る女子達を一瞥した。


 どうやら今までのゴブリンとは違い、動きが早く少女達を守るので手一杯の様子であった。



「任せろ、お前が守ってりゃいい。こいつらは俺一人で十分だ」



 そう言いカッチョルが戦斧を振り回すが、黒ゴブリンは知恵も回るようだった。

 戦斧がどうやっても入り込めない木々の隙間にタイミングを合わせて逃げ込み、その間に狙われていないゴブリンが此方へと近づく。



「Gryauuu!!」

「ロレンス!」


「っちぃ、こっちはいいカッチョル――」

「いや姉様ぁぁ」


「あ、お、馬鹿、待て」




 迫りくるゴブリンに恐怖した女子は、慌ててロレンスの背中を掴む。

 迎撃の態勢に入ろうとしていたロレンスはそれによりバランスを崩し大きく隙を作る事となった。


 それを見逃す黒ゴブリンではなかった。

 手に持つ鋭いサーベルでロレンスの甲冑の隙間を狙う。



「GunyAAA!!」



 刹那ロレンスを狙った黒ゴブリンの顔面に戦斧が炸裂し、後方の木々までゴブリンと共に吹き飛ぶ。


 カッチョルの援護だ。



「か、カッチョルお前……」


「へっ、ま、まだ傷モンには出来ねえだろう?」



 そう言って笑うカッチョルの額には大粒の汗が流れている。見ればロレンスを援護した事で反対際にいたゴブリンの斬撃を受けていたのだ。


 素早く投擲した斧を戻し、自分の腕を手酷く痛めつけてくれた方のゴブリンへ再度戦斧を投げつける。



「馬鹿お前! 何で私を庇って……くっ、そういうヤツだ、お前は。こんな所で死なせはしないぞ、お前の妻に合わせる顔がなくなる」

「へっ、そんな辛気臭ぇ顔しなさんな。俺は休暇の最終日は家族サービスって決めてんだからよ!」



 カッチョルはそう言い、こんな状況でもまた笑っていた。


 ミーフェルは必死に考えた。

 事態はジリ貧、強がってはいるがどう考えてもこれだけの人数を守りながらの戦闘は困難だと素人目にも分かった。



 何かしなければと。

 自分のようななんの取り柄もない奴隷でも、何かしたい。

 やっと生きたいと思えたのに、こんな所で諦めたくはなかった。



 ふとミーフェルはリタに預けられた二つの薬の事を思い出す。



「は、カッチョルさん! これを、これを飲んでください。傷に早く効きます」



 そう言ってミーフェルは自分の怪我を僅か数瞬で治してくれた丸薬の方をカッチョルに渡す。



 カッチョルは多少訝しんだが「ありがとよ」と言って、ミーフェルの言葉を信じリタの丸薬を飲み込んだ。



 だがこれだけでは事態は好転しない。

 また元の状態に戻るだけ、何か、何かないかと。



 その時カッチョルの戦斧バトルアックスの刃先に穴が二つ空いているのが見えた。

 一つだけ埋まっている緑のマテリアルは恐らく風の魔鉱石。追加で幾つもマテリアルが装着出来るタイプの代物である。



「カッチョルさん! それ、そのバトルアックスを少し貸して下さい、すぐ終わりますから!」


「あ? 何だ急に、そんなことしたらおめえ……大変な事に」

「何か策があるのか、いい。私が間は受け持つ、カッチョル。この娘等を頼むぞ、得意だろ年下の娘を諭すのは」


「おいおい人を変態みたいに言うなよ? 嬢ちゃん、なんだか知らんがほれ」



 ミーフェルはカッチョルからバトルアックスを受け取る。

 それはミーフェルの背丈に届きそうな程大きく、大木のように重い。


 こんな物を軽々振り回せるのは風のマテリアルが付与されているからか。ミーフェルは素早くその戦斧を検分し始めた。



 風のマテリアルは随分古く、使い込まれたようで所々ひび割れを起こしている。

 その為使い手の魔力漏れが起こり、マテリアルは均衡状態を保とうと外部の様々な元素魔力を取り入れてしまい純度が下がる。


 

 ミーフェルはそのマテリアルの上にリタのもう一つの丸薬。劇薬と言っていたそれを置き、唯一自分が行使出来る熱魔法を行使した。


 時間は刻々と経過する。


 カッチョルは周りを警戒しながら女子達を一人一人慰め、冷静さを取り戻させていく。


 自由に動けるようになった女騎士のロレンスはその間一騎当千の動きで皆を護ってはいるが、十のゴブリン達は辺りの瘴気によって痛覚が麻痺しているのか一向に衰えを見せなかった。



 

「だれか、緩衝魔法の術式がわかる人は居ませんか?」



 ミーフェルは熱魔法をマテリアルに行使しながら集まる女子達にそう尋ねる。



「え、緩衝、緩衝って?」

「補助魔法の事じゃないの、私は攻撃専門だし」

「攻撃専門って言える程役に立ってはいなかった……デバフならそっちのが」

「何、何なのです、デバフっていっても単体用低速付与スローしかないです」


「それ、一番いいです」



 ミーフェルの口角が上がった。

 


 片手でマテリアルを溶融させながらリタの劇薬を溶かし混ぜ、純粋な元素マテリアルから効果型マテリアルに錬石させる。


 それを戦斧のマテリアルスポットに当て、型取り。


 その傍らで、少女に描いてもらった単体低速付与スロー魔法の術式を真似て戦斧に刻む。

 



「く、こいつら……全く怯まないぞ」

「ロレンス! くそ、こうなりゃステゴロだ、俺も加勢する。鬼のカッチョルと呼ばれた俺の」


「――出来た!!」



 カッチョルがロレンスの動きに痺れを切らして飛び出そうとしたその時、ミーフェルが戦斧に両手を当て叫んだ。

 その額には熱魔法によって大量の汗が滴っていた。



「出来たって、嬢ちゃんおめぇ……何を小細工したってんだ」


「バトルアックスのマテリアル鉱石を修復して少し錬石しました。ついでに魔法付与です、少しは役に立つ、かと」



 ミーフェルは重そうにその戦斧を持ち上げカッチョルに渡す。



「な、な……うほ! 嘘だろおい!」



 カッチョルに戦斧が渡った途端、フワリと斧が宙を舞う。

 緑色のマテリアルに魔力が通り、風の力が戦斧の重量を皆無にさせていた。



「このマテリアルはもう限界だったんだぜ! 修理に行く時間も無かったからよ、しょうがねぇ腕力でカバーしてたが、こりゃ、なんだよ。枝っ切れより軽いじゃねぇか」


「バトルアックスを対象に向けて旋回させて下さい、その際風の魔力を展開させると効果型マテリアルが起動し、更にスローの魔法と連携します」




 そこに居た六人がキョトンとした目をミーフェルに向ける。



「おい、今何つった?」

「効果型マテリアル……カッチョル、お前のマテリアルは元素型じゃなかったか」



 断片的に話を聞いていたロレンスが何事かとゴブリンの動きを捉えながらカッチョルに問いかける。



「あ、ああ……効果型ってまさか嬢ちゃん、マテリアル改変したってんじゃ、いやこんな短時間で出来る訳がねぇ。普通買い直しか、やっても数カ月の大工事だ」


「え、いえ、難しくはありません、コツを掴めば。因みに効果は、あまりわからないんですけど、多分、即死?」


「即死効果ってなんだよおい! んなもんあっちゃたまらんぞ、軍事バランスがおかしくなっちまう」


「あ、あと、さっきも言いましたけど、スロー魔法が連携されるので少し魔力を強めに」



「「「術式連行マテリアル!?」」」



 

 その場にいた数人が声を上げる。

 ミーフェルの行った鍛造技術は主にマテリアル特化鍛造である。



 マテリアルには魔力鉱石本来の力を引き出すだけの元素型と、それに特殊な効果を付けた効果型マテリアルが存在する。


 元素型マテリアルに比べてその値段は桁違いに跳ね上がり、元素マテリアルからの改造は基本不可能と言うのが常識だ。



 だがそれはあくまで買い手側の話であり、作り手側では日常的に行われている。


 それを無理と嘯いて儲けるのがマテリアル鍛造屋なのだ。



 だがマテリアルに他の魔術公式を連動させ、他の魔法効果を武具に発現させる技術は国家魔導士でもそういない。



 そもそもその全てを行えば白金貨で足りるどころでは無く、軽く半年は見積もる作業量であった。



 ミーフェルはだが、奴隷として日夜休む事なく作業を強いられた。

 店の溶鉱炉を止められても作業しろと言う無理難題に応える為に、少しの材料と自分の腕一つで完璧な仕事をする。



 ブラック職場で命を懸けた者だけが成せる荒業だった。




「どうなってるのよ! なんなのこの猫ちゃん」

「ありえません、ありえません、詐欺師です」


「どうだっていい! 今はこの状況が問題だ、カッチョル!」

「お、おうよ!!」



 カッチョルはロレンスにそう急かされ、呆ける頭を振り払って戦斧を大きく旋回させた。

 

 カッチョルの魔力が今までよりスムーズに流れ、戦斧のマテリアルが一際強く輝いた。


 黒ゴブリンはそれを相変わらず木々の隙間に入り躱すが、その後の行動が今までと変わっていた。



「すっげぇぞこひゃぁ!! ふぅぉ!!」


「ゴブリンの動きが遅くなってる……まさか本当にスロー付与か」

「あわわ、私の単体魔法が……全体化してる」



 

 カッチョルはその戦斧のあまりの軽さと魔力導通に狂喜乱舞し、魔術公式を提供した少女は口を開けていた。



「カッチョル! 奴等の動きが鈍ってる、一気に行くぞ!!」

「おぉうよ!!」



 カッチョルが戦斧を再度旋回させながら全体へ大きく投擲する。

 ロレンスもこれ勝機とばかりに飛び出そうとして、だがその足を慌てて止めた。

 


 それは戦場の経験とも言うべき、死と生の境目。これ以上進んではいけないとそんな勘がロレンスの足を止めた。



 刹那カッチョルの投擲を躱すことの出来なかった十体の黒ゴブリンが、致命傷を受けた訳でもないのに次々と泡を吹いて倒れていく。



「な、なんだこれは」

「待て、致命傷は二体ぐれぇだった筈だぞ」


「はわ……ほ、本当にげ、劇薬だったんだ」



 マテリアルに入れた効果はリタの劇薬の効果である。ミーフェルは本当に仲間へ劇薬を渡したリタに震え、恐怖するのだった。



 

 全てのゴブリンが息を引き取った後、皆は危機を脱した喜びよりも何か恐ろしい他のものに身震いしていた。

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