エピローグ 2018年9月15日~10月21日
bocketが止まって、真っ先に変わったのは、テレビにお笑い番組が復活したこと。収録が終わっていた番組を一気に放送したから、数日間テレビがお笑いに占拠された。それでも、過去のbocketの苦しみをネタにした芸人が「嫌なことを思い出させる」と炎上するなど、後遺症は残っていた。
学校では、檜原が誰とも会話せず黙々と勉強だけするようになった。まわりも檜原を友達扱いする奴はいなかった。檜原は「こいつらが行けない場所に行ってやる」と言ったとか言わなかったとか。
一番人を苦しめた吉崎と子飼いは……
「見ろ、吉崎が囲まれてる」
男子の中で血の気の多い奴らが十数人で、吉崎と子飼いの3人に喧嘩を売った。吉崎は凶器をちらつかせたけど、襲う側も当然準備していて、吉崎らは多勢に無勢でボコボコにされた。でも、大半の生徒は、自分の手を汚さず、その喧嘩を校舎の中から文字通り高みの見物をしていた。
佐倉さんは、bocketの最終日のまま、人に心を明かせる、表情豊かな人になった。男子からの人気は日ごとに上がっていった。いじめていた女子は向きになって押さえつけにかかったけど、佐倉さんに味方ができて、いじめていた側が無視されるようになった。本来佐倉さんが得るはずだったものを取り戻したのだ。
俺と高加良と相沢さんは、高加良がボケて、相沢さんがのろける、通常運転
に戻った。佐倉さんの話は一時の夢だった。
でも、俺と高加良が二人きりになったとき、高加良が俺に言った。
「佐倉さんのこと、諦めなくてもいいんじゃないのかな。もしかしたら、楠木は神様と取引をして、佐倉さんと別れたのはその条件だと負い目に感じているかもしれない。でも、あんな神様、出し抜いていいんじゃないのかな?」
それから俺は佐倉さんにもうプッシュした。言い寄る男子が多いから、近寄るだけでも大変。俺をおかしな人だと思っているから、話を聞いてもらうのも一苦労。それでも、15秒聞いてもらえたのが、30秒になり、1分になり、2分になり、5分になったところで、俺はあることを切り出した。
「佐倉さん、最近よく笑うようになったね。なにかあったの?」
「ずっと私は笑い顔が汚いと思っていたんですが、人が、私の笑い顔は汚くないって言ってくれたんです。それで気が楽になりました。私の恩人です」
「言ってくれたのは誰?」
佐倉さんは思い出そうとするも引っかかって出てこない様子で。
「それが、思い出せないんです。年は同じくらいなんですが…… そのとき男の子の友達はいなかったから、女の子のはずです」
俺はピンときた。
その女の子に、心当たりがある。
「俺、その子知ってるよ。今度の日曜日、その子を連れてくるから、プレオ(※街のショッピングセンター)に行かない?」
佐倉さんの顔が明るくなる。
「本当に知ってるんですか?」
「知ってるよ。だから、約束して」
そして日曜日にプレオで待ち合わせた。俺が行くと、佐倉さんは先に待っていた。そして俺を見て、絶句した。
俺は、ブラウスを着てスカートをはき、女の子の姿をしていた。高加良と違って、すね毛の処理もバッチリだ(もともとあまりないけど)。
「楠木君、どうしたんですか?」
「佐倉さんを励ました女の子を連れてきたよ」
「そんなはずないじゃないですか。楠木君は男子なんですから」
「嘘は言ってないんだけどなあ」
俺の姿を見ていた佐倉さんが、次第に顔がほころんで、笑いをこらえ始めた。
「楠木君のその格好、似合いすぎてて、男子だと知ってると、おかしくておかしくて」
「ねぇ佐倉さん、今日はこのまま一緒に遊ぼうよ」
佐倉さんは笑いながら答えた。
「もう。楠木君のしつこさに負けました」
俺と佐倉さんがショッピングセンターに入ると、周囲の男が俺たちを二度見する。そりゃそうだ。美少女が二人並んでるんだから。面っ白れぇ。
「佐倉さん、次は俺、男の格好でいいかな?」
「もう次のことを考えてるんですか?」
「そりゃあ考えるよ。仲良くなりたいんだから」
「気が早いですね」
佐倉さんは微笑んだ。この分だと許してもらえそうだ。
佐倉さんが笑う。
俺は、その横にいて佐倉さんの笑顔を見る。
それができたら、
女の子に間違われてもいいや。
この状況でどうボケろと 村乃枯草 @muranokarekusa
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