3-1 2018年9月3日 - 関わり合いにならなくてよかった
bocketの猛威は土日も治まらなかった。俺はコンビニで酔っ払いに絡まれて酒を口に含まされそうになり、もがいたところで頭から酒をかぶった。酒をかぶるところまでがbocketのボケだった。ひでぇ。とぼとぼと帰るとき、あきらかにbocketにやられた人間を見かけた。あちこちで混乱が起きていた。
でも、殺気立っているのは、休みが明けて顔なじみが揃う月曜日の学校だ。
今日も俺たちが受け取った匿名のボケはグループ外から届いたものだった。高加良は新撰組映画さながらの階段落ちをやった。相沢さんは授業中に20回も電話がかかってきて全部不動産販売だった。そして俺は「女の尻に敷かれた、文字通り」と入っていて、4時間目が終わったところでまだ現実になっていない。
給食が終わり昼休みに入ったけれど、女子に近づくのが怖くて、自分の席で昼寝しようと思ったけれども、心配事があるからなかなか寝付けない。
そんなとき、教室の廊下側から、俺を呼ぶ声がした。
「楠木、佐倉さんが呼んでるぞ」
佐倉さんか…… って、あの佐倉さん?
学校一の美少女で、こないだエロビデオを学校に持ってきた、心が死んでる佐倉さん?
本当か? と思って顔を上げたら、確かに教室の入り口にいた。その瞬間、目が合った。佐倉さんは俺がいることに気づいたようで教室の中に入ってくる。俺はとっさに顔を机の上に突っ伏して手で覆った。つかつかと足音が俺の横まで近づいてくる。
「楠木君、起きてますか?」
寝てます、と言うわけにはいかないのでただ黙る。
周囲から男子の声が飛ぶ。
「楠木、顔を上げないと佐倉さんがかわいそうだろ」
それでも俺は寝たふりをする。
長かった。5分ぐらいたったろう。そのとき。
「楠木君、起きて」
佐倉さんの声がした。
おい、もう何分も経ってるんだぞ。その間、ずっと横で待ってたのか? 普通あきらめるだろ。このままだと本気で昼休み中ずっと俺の横で待ちかねないぞ。
俺は顔を上げた。佐倉さんは、あの日通学路で見たとおりの心がないかのような表情で俺を見ていた。不気味だったけど、女の子を立たせて自分だけが座っているのって失礼だから、佐倉さんと目線が合うように立ち上がった。その瞬間、横から男子の「美少女二人並んでるよ」と声が飛んだ。言い返したかったけれど女の子の前だからやめた。ただ佐倉さんとの話を済ませることだけを考える。
「佐倉さん、どうしたの?」
佐倉さんは表情を変えず。
「楠木君にお願いがあるんです」
「何?」
「bocketでお互いのボケにウケたをつけてほしいんです」
「bocketって、あのボケが現実になるbocketでグループを組みたいってこと?」
「そうです」
佐倉さんは、頼み事をしているにもかかわらず、心の動きが全くない顔をしている。俺より背が1、2cm高いから、わずかに俺の顔を見下ろす形になる。無表情な顔に見つめられるのは恐怖だ。
「他に頼む人はいないの?」
「楠木君がいいんです」
と、何もうれしくなさそうな顔で言う。
そのとき、ふと気づいた。今日のボケ、佐倉さんの下に敷かれるのかな? 佐倉さんだったらいいかもしれない。体つきはきれいだし、あまり重くなさそうだし。だったら他の女子よりはいいな。会話を続けるのは恐怖だけど、ボケが現実になるまで引き延ばした方がいいのか?
「佐倉さんはどこかグループには入ってないんだ?」
「どこにも入っていません」
「bocketやってるなんて意外だったけど、友達いるの?」
「同じクラスの人に誘われて入りました」
「その子たちのグループには?」
「呼ばれませんでした」
アプリに誘ったこのグループに誘われなかったって、何か触れてはいけない話題に触れたかもしれない。どう話を転がそう……
その瞬間、俺のすぐ上を女の子のものっぽいペンケースが飛んで、クラスの戸塚さんがそのペンケースを追いかけて走ってきた。ちょっと待って! 佐倉さんより体重が三割ぐらい重そうなんだけど!
ドカッ! と戸塚さんが俺にぶつかり、俺は倒れて、俺の背中の上に戸塚さんのお尻が乗っかった。うん、肉がついたやわらかいお尻。重い。
周囲から「何やってんだよ」と笑い声が上がる中、佐倉さんを見ると、それでも表情は死んでいる。戸塚さんが立ち上がって「楠木君、ごめん」と頭を下げてその場を去った間、ずっと顔色を変えなかった。そして俺が立ち上がったところで一言。
「楠木君、大丈夫?」
言葉の上では心配しているのだけれども、全く心配する様子の見えない顔で言われると、怖い。こんな怪物、仲間内に引き込んでいいのか? まずいだろ……
「ごめん。bocketの件だけど、お断りさせてもらえないかな。仲間がほしかったら、他をあたってくれない?」
「私、楠木君がいいんです」
と何もうれしくなさそうな顔で言われると断るのに罪悪感がなくなる。
「やっぱり、できないよ」
「そうですか」
佐倉さんは表情を変えず俺の横から去っていく。正直、関わり合いにならなくてよかった。
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