3-8 2018年9月5日 - ウケたは0

 それからは高加良も混じって、互いに友達申請と受理。これで佐倉さんが俺たちのグループに加わった。

「ところで、誰が誰を守るかなんだけど」

 相沢さんがちょっと疑いの顔で俺と佐倉さんを見る。

「レディーファーストということで防御力が高い人が女子を守るというのもアリなんだけど、楠木君が佐倉さんを引っ張ってきたんだから、ここは楠木君が責任を持って佐倉さんを守るんじゃないの?」

 あ、そうだ。俺が佐倉さんを守る立場に立つのか。って、待てよ。

「このグループで二番目に防御力が高いのは相沢さんでしょ。相沢さんじゃなくて俺が佐倉さんを守るの?」

「当然でしょ。巻き込んだの、あんたなんだから。あんたみたいな人間を信じてついてきた佐倉さんには、自分の判断ミスの責任をとってもらわなきゃダメでしょ」

「判断ミスって……」

 そりゃたしかに俺じゃ防御にならないけど…… それを口に出すわけにいかないけど……

 高加良も相沢さんの意見に納得した様子だ。

「楠木、これで一人前に女の子を守れる男になったじゃないか」

 そうか。俺にも、いつも言ってた「女の子を守る男」の番が回ってきたのか。よし。なんとかしてやってやる。

「じゃあ、佐倉さんの防御は俺がやるよ。高加良と相沢さん、俺と佐倉さん。このペアで決まりだな。佐倉さん、俺、『ウケた』が6しか無いから弱いけど、信じてくれるかな。佐倉さんはどのくらい『ウケた』があるの?」

 佐倉さんが凍り付いた。

「わた……ケた……くて……」

「急に話を決めてごめんね。いったん落ち着いて、もうちょっと大きな声で言って」

「私、友達がいなかったから、『ウケた』をもらったことがないんです」

 俺が凍り付いた。

 動かない身体の中でかろうじて回っている脳が、ああ、そうだよな、ずっと四面楚歌、笑われることはあっても、助けてもらえることはなかったもんなぁ、と、分かっても意味の無い答えを出す。

 実質最弱の俺と、完全に最弱の佐倉さん。考えられる限り、ほぼ最悪の船出だ。

 相沢さんがため息をつく。

「喜び勇んで連れてきたと思ったらとんでもないお荷物じゃない。自分の目で見て選んだんでしょ? いいじゃない。お似合いの二人で」

 俺は何も言い返せない。ただ高加良をすがるように見る。高加良はにこやかな顔ではね返した。

「楠木、自分のことは自分でな。まあこれから立つ瀬もあるさ」

 俺らのグループは一人増えてもまだ四人。クラスのみんなとは毎日『ウケた』の差が開いていくんだぞ。どうにもならないじゃないか。

 ほら、佐倉さんが、先への不安と巻き込んだ自責の念で、両手を口元に当てて震えている。これって、いいのか?

「佐倉さん、俺でよかったの?」

 佐倉さんは下を向き、小さな声を絞り出す。

「楠木君が、いいです……」

「決まりだな」

 高加良が念を押した。

 ここに俺と佐倉さんのどうしようもないペアが成立した。

 そのとき、校内放送のチャイムが鳴った。

「三年二組の楠木君。今日の数学のミニテストの裏に、教師の頭髪を揶揄する落書きが描かれていたとのことで、先生が説明を求めています。繰り返します。三年二組の楠木君。今日の数学のミニテストの裏に、教師の頭髪を揶揄する落書きが描かれていたとのことで、先生が説明を求めています。至急職員室まで来てください」

 忘れてた。俺の今日のbocketの呪い。

 もちろん、ミニテストの裏に落書きを描いたのは俺じゃない。bocketに操られて生徒の誰かが描いたものだ。証拠はない。しかし罰は俺に降ってくるのだ。あの先生、見るに見事なバーコード頭だもんなあ。笑いのネタにしたかった奴の気持ちはよく分かる。

「繰り返します。三年二組の楠木君。今日の数学のミニテストの裏に、教師の頭髪を揶揄する落書きが描かれていたとのことで」

 もう止めろ。というか、そんな放送を続ければ、先生から大目玉が飛ぶぞ。それでも放送するところがbocketの呪いか!

 高加良と相沢さんが、笑いをこらえながらも、結局顔が笑っているし声も漏れている。一人、佐倉さんが深刻そうに黙っている。

 高加良と相沢さんには腹が立つよ。佐倉さんの方が人としてよっぽどまともだよ。

 だけど、こういうところで笑えないのは、過去を引きずってるからなんだ。人の失態を見て笑うのは、人の汚いところだけれど、それが普通の人の正直な気持ちなんだ。

「佐倉さん、ここ、笑うところだから」

「だって、楠木君、笑いものにされてかわいそうじゃないですか」

「佐倉さんだって、一緒になって笑っていいんだよ」

「でも……」

「佐倉さんが笑うところを見たら職員室に行くよ」

 佐倉さんは、戸惑いつつも、笑い顔を作った。

「なんだか、テレビのコントみたいです。ずっと笑えなかったんですけど、笑っていいんですか」

「笑うぐらいで普通だから」

 佐倉さんは「ハハハ」と声を漏らした。その声は澄んでいた。顔は、少々困った様子だけど、血が通っていて、元の作りの良さを最大限引き出した、とても好感の持てるものだった。

 佐倉さんを見た相沢さんが笑うのを止めて屈折した感情を見せた。

「佐倉さんを見てると、神様って本当に不公平だと思うわ。あの美貌で、どれだけの人を転がせるのかしら?」

 高加良もあからさまに笑うのはやめて平常に戻った。

「その分苦労もしたから、今ぐらいは許すところじゃない? 文佳」

 今ぐらいはって何だ! その笑顔は本来佐倉さんが持ってたものだ。やっと取り戻せたんじゃないか。

 高加良と相沢さんの態度に心の中で悪態をつき、佐倉さんの笑い顔をずっと見ていたかったけど、そろそろ行かないと本当に先生に怒られそうだから、俺は教室を出た。

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