3-3 2018年9月3日 - 笑い顔が汚いんです
児童公園は俺と佐倉さんが合流した通学路からは斜めの方向にある。
佐倉さんは周囲をきょろきょろ見渡している。
あれ、慣れない道に来て不安なのかな? 佐倉さんにも、不安という感情があるのかな?
佐倉さんにも、心があるのかな?
途中でコンビニによって、俺と佐倉さんの分のペットボトルを自腹で買った。佐倉さんは無糖紅茶が好きだと言った。佐倉さんにも好みがあることを、初めて知った。
児童公園に着いて、二人でベンチに座ると、佐倉さんは俺から渡されたペットボトルを両手で持ったままだ。
「飲んだら?」
佐倉さんは反応しない。
俺は自分のダイエットコークのふたを開け、一口飲んで佐倉さんにペットボトルを見せた。
「佐倉さんもどう?」
佐倉さんはおずおずと無糖紅茶のふたを開け、二口ほど飲んだ。
さて、そろそろ切り出す頃合いだ。
「佐倉さん、bocket してたんだ。友達はいるの?」
「友達って、どのくらいなら友達ですか?」
佐倉さんは無表情のまま俺の顔をのぞき込む。
「そんなに深く考えなくても」
「どのくらいなら友達ですか?」
不意を突かれた。確かに佐倉さんには友達は……いなさそうだ。
「そうだなあ。学校が終わってから一緒に遊ぶぐらいが友達で、学校で会話するだけならクラスメイトかな」
「クラスメイトなら、います」
「何人くらい? あ、学校で会話する人数じゃなくて、bocket の友達リスト……友達じゃなくてクラスメイトだけど、リストに何人いる?」
佐倉さんは鞄からスマホを取り出して操作し始めた。確認しているのだろう。だいたい何人、で答えればいいのに、律儀なのか忘れているのか、どっちか分からない。
「12人です」
「その人たちから、『ウケた』をつけ合おうという話は出なかったの?」
しばらく間が空く。もうだめかな、と思ったところで佐倉さんの口が動いた。
「誰も私と話をしませんでした」
「何か、クラスメイトを怒らせることした? 匿名のボケでひどいのを送ったとか?」
「匿名のボケを送ったことはありません」
「じゃあ、何もしてないの?」
「私、いるだけで、だめなんです」
「いるだけでって?」
「いるだけで、怒らせるんです。楠木君、もしかして、お昼から、怒ってませんか?」
佐倉さんの顔は無表情だ。顔だけ見ると変わらない。だけど、言葉が、おかしい。
どうやったら近づけるんだろう。俺と佐倉さんの間が、夜に霧が出ているみたいな闇の中に見えた。手探りで、踏み込む。
「怒ってないよ。いるだけで怒るようなら、怒る他人が勝手なことしてると思うけどなあ。理由がないんでしょ」
「理由はあります」
「悪いことしたの」
「してるんです」
「何を?」
「言いたく、ありません」
佐倉さんはうつむいて俺から顔を背けた。佐倉さんが「うつむく」というネガティブな感情を持っていることを初めて知った。顔は無表情だろうけれど、傾いた首のラインがおびえを表していた。
少し間を空けて、呼びかける。
「言ってくれないと、帰らないよ」
反応がない。
「正直、俺は、佐倉さんが何をしたのか分からない。だから聞いてるのに、黙ってると……」
この一言は言ってはいけないけど、膠着状態を打ち壊すにはこの一言しかないと思った。
「怒るよ」
佐倉さんは動かない。
だめかな。
あきらめてダイエットコークに口をつけたとき、佐倉さんが顔を持ち上げた。
「私、笑い顔が汚いんです。子供の頃から、笑うたびに周りの人を不愉快にさせて、迷惑をかけてきたんです。bocket は笑うためのアプリですよね。私が笑ったら、みんなが嫌な気分になるんです。私がボケを送ってみんなが笑うのはいいって、見たいって、言ってもらえたんです。でも私が笑っちゃいけないんです。楠木君も、私の笑い顔が汚いって思いますよね?」
淡々と語る佐倉さんの顔は無表情だけど、俺の目には、頬が震えているように、感じた。
「俺、分からないよ。だって、佐倉さんが笑ったところ、見たことないもの。ちょっと、笑ってみて」
佐倉さんが首を左右に振った。初めて、自分の意思で身振りをつけた。
「嫌です。楠木君に嫌われたくありません」
「笑い顔がちょっとよくない女の子なんていっぱいいるから、それだけで怒ったりしないよ。佐倉さんの顔、別に変なところないし」
最上級の美少女だし、とは、事実であっても、歯が浮くような台詞だから重い空気の中では言えなかった。
「やっぱり、できません」
佐倉さんはまたうつむいてしまった。
この話は、もうだめなんだろう。
「じゃあ、話を変えるよ。今日のあれ、バケツをかぶったのだけど、あれ、匿名のボケ?」
佐倉さんは首を左右に振った。
「どうしてあんなことしたの?」
佐倉さんは小声で。
「したいから、です」
「バケツの中に紙を貼ったのも、自分で?」
佐倉さんは動かない。
一分、二分。時間が流れる。
「佐倉さん、今日は黙っててもいいから、飲み物飲み終わるまでここにいよう。今のままだと佐倉さんが仲間に入ることに俺の友達を説得できないから、明日、また話そ?」
佐倉さんはこくんと頷いて、ペットボトルに口をつけた。俺はゆっくり飲もうとしたけれど、佐倉さんはペットボトルを水平に近い状態にしてのどに流し込み、むせて美少女なのに醜態をさらして、俺が送るのも断って帰っていった。
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