3-5 2018年9月4日 - 好きなんですね

「俺も、最初は驚いたけど、佐倉さんの事情を聞いたら気持ちが分かったから、無下に断ろうって気にならないしね」

 嘘だ。最初は怪物・佐倉さんのお願いなんて断る気満々だった。そんなこと言ったらムードが壊れるから、最初から乗り気だったことにしておこう。

「じゃあ、誰も誘ってくれる人はいなかったんだね」

 そのとき魔法が解けた。いつもの無表情な佐倉さんに戻った。そして黙り込んでしまった。

 三十秒。一分。沈黙が続く。

 こちらから促さないと。

「佐倉さん、落ち着こう。ほら、お茶飲んで」

 俺は佐倉さんのペットボトルに手を添えて口元に近づける。佐倉さんはおずおずとふたを開けて口をつけて、一口、二口。ペットボトルのふたを閉めて、誰もいない方向を見た。

「吉崎君が『俺とHなことをするなら守ってやる』って言ったんです」

 あの吉崎が? そりゃあ『ウケた』はいっぱい持ってるだろう。だけど条件がひどい。

「吉崎君につきあえって言われたの?」

 佐倉さんは首を横に振った。

「『つきあうんですか?』って聞いたら、『つきあうんじゃねえよ。Hなことさせろよ』って言ったんです」

 下衆だ。骨の髄からどうしようもない奴だ。恨みついでに、そんな約束守ってもらえるかどうかも分からないという疑いも添えておこう。

「それは、断って正解だと思う。悪いのは吉崎だ」

 佐倉さんは遠くを見たまま、

「ありがとうございます」

 とつぶやいた。

 こんな話はもうやめだ。

「俺が『ウケた』を集めているグループは人数が少ないんだ。トップは高加良。いつも笑いをとろうとしてる奴だけど、佐倉さん、知ってる?」

 佐倉さんが顔を上げた。

「面白い人だって聞いたことがあります。楠木君は友達なんですか?」

 まあ「友達だ」と言えばすむ話。だけど、ここは場を和ませる必要があるから、ここは俺のとっておきの恥ずかしい話を披露しよう。

「初めて会ったのは中学校に入ったときでさ。市外から高加良が転校してきたんだ。高加良は人付き合いがうまいから、すぐにクラスの中心になってさ、女顔でからかわれていた俺なんかどうでもよかったはずなんだ。それが、夏休み直前だったな、街の中心部にショッピングセンターのプレオあるでしょ、高加良が俺に向かって日曜日に一緒にプレオに行かないかって誘ったんだ。面白い奴だから友達になれたらいいなって俺も楽しみにしてたんだよ。それで先にプレオに着いて待ってたら、高加良の奴、女装してやってきたんだ。下半身なんかスカートだよ。中学生になってるから、そろそろ第二次性徴期始まってるでしょ。すね毛が生えてるのに剃らずにやってきてさあ。すっげえ見苦しいの。俺、『もうやだ、一緒にいたくねえ』って言ったんだよ。それを高加良の奴が強引に押しの一手で俺を説得して、滅多にないから記念撮影しようって、スマホで写真撮ったんだ。そしたら高加良の奴、Stringでクラス中の男子に『女の子二人でお買い物!』ってメッセージ回してさあ。月曜日に学校に来たら俺、変態扱いだよ。当然高加良も変態ってことになったけど、そりゃあいつが悪い。そうやって二人してクラスで浮いたところで、高加良が『俺、友達いないからさあ』って俺に声かけたんだよ。人を巻き込んで、全く迷惑な奴だよ」

 すると佐倉さんがクスリと笑ってくれた。

「高加良君、楠木君と友達になりたかったんですね」

「いや、俺、結構迷惑したんだけど。友達になりたいなら、もっといい手があると思うけどなあ」

「他の友達をなくしてもかまわないほどですよね?」

 言われてみれば、そうかもしれない。はめられた直後は怒りでいっぱいだった。つい最近まで、高加良のことはただの馬鹿だと思っていたから、笑いをとりたくてとち狂ったんだろうと思っていた。でも、最近のあいつを見ていると、実は高加良は地頭がいい。きちんと世渡りすればクラスの中心でいられたはずだ。それがどうしてあんな自滅的なことをしたんだろうかと考えると、俺と友達になりたかったっていう、とってもおこがましい考えが現実に思えてくる。

「そうかもしれないね。笑いの的だった俺とつきあって何が面白いと思ったのか、よく分からないけどね」

「高加良君、楠木君がよっぽど好きなんですね?」

 えっ?

「いや、それは、ちょっと、別の意味になるから。俺の顔だと、特に」

「いいことじゃないですか」

「そ、そうかな……」

 やっぱり佐倉さんは人づきあいに慣れてないな。世間は裏の意味で受け取るということを感づいて欲しいけど。

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