2-8 2018年8月31日 - 笑えばいいと思うよ

 俺と高加良と相沢さんはこれからのことを話し合うために放課後に昨日と同じ児童公園に集まった。今日は、俺はスポーツドリンク、高加良は無糖緑茶、相沢さんは昨日と同じミネラルウォーターを買って飲んでいた。

 俺は、話し始めてすぐ、二人から話題をもぎ取って俺の受けた仕打ちを愚痴った。

「俺がやられたことってさあ、bocketなくっても吉崎がいじめれば実現したんじゃね?」

 相沢さんは押し黙っていたけど、高加良はあまり深刻でなさそうな顔をしている。

「楠木、考えてみよう。女の子が告白しようとしたのが、どうして今日だったんだろうな?」

「今日に噂を聞いてから俺をからかう気になったんだろ?」

「だけどbocketのボケは今朝6時までに書いてるわけだよな?」

 あ!

 高加良がうなずいた。

「女の子が恋バナをするのに吉崎とその仲間達と一緒にするはずがない。きっと昨日の段階では吉崎は知らなかったと思う。それが、たまたま今日、吉崎の耳に入って、これはちょうどいいと思ったんだろうな」

「そんな後からでうまくいくのかよ」

 相沢さんが割り込む。

「それに、他にも偶然うまくいった条件があるらしいわ。楠木君を袋詰めにしたシーツ、学校から盗まれたものじゃないらしいし、どこから持ち込まれたのか分からないんですって。でも、あいつらがわざわざ自分の家のシーツを汚すわけないでしょ。どこかからくすねたはずよ。シーツなんて大きなものがたまたま落ちていた、というのが本当だと思うわ。それは普通だったらあり得ないほどの偶然よね」

「それがbocketならうまく条件が重なるのかよ?」

「そういうこと」

 相沢さんは断言して、ミネラルウォーターを一口飲んだ。

「でも、吉崎は自分で書いたからなにをすべきか知ってるんだろ」

 高加良が首を横に振る。

「意外と、今日まで知らなかったりして」

「なんで?」

「そもそも吉崎が書いたかどうか分からないんだから」

「じゃあ誰が?」

「吉崎に脅された誰かかもしれない。匿名のボケは一人一通しか書けないんだから、多くの人間を攻撃したければ、手下を使うしかない。もしかしたら、吉崎だって、bocketの呪いにはまって楠木をいじめることを思いついたのかもしれないくらいだ」

 そりゃあ、細部を見ればそうかもしれない。みんなbocketがお膳立てしたこと。

 しかしさあ、人を陥れる準備をしてきたのは吉崎や俺を誘った檜原(もう「君」なんかつけるもんか)じゃないか。あいつらのあくどさを認められるのかよ。

「俺、ほんと怒った。どっかで仕返ししてやる」

 すると高加良が悲しげな顔をしたし、相沢さんは呆れていた。

「楠木君、あんた『ウケた』がないくせに、どうやってやり返せると思うの? 現実上でもbocketでも無理よ」

「じゃあ、どうすればいいんだよ」

 高加良が穏やかな表情を作って、落書きの描かれた顔で、こう言った。

「こういうこと言うとやおいっぽいけど、こういうときは、笑えばいいと思うよ」

 プチッ。

「俺と高加良の仲でそんなこと言うな。それこそ腐女子の格好のネタだ。笑いをとるのはTPOを考えろ」

 怒ってる俺を高加良はなだめようとする。

「笑いをとる気じゃなくて、真面目に言ってるよ。いいか楠木。お前が怒ったって、吉崎は罪悪感もなにも感じない。もう人の心は持ってない。それは楠木も分かってるだろ。そんな人でない存在にやり返すことはできないんだ。だったら同じレベルに降りちゃダメだ。人の心を持ってない連中を、遠くから笑うんだ。俺たちはあんたらとは違うぞ、って」

 おい? おまえ、誰だ?

「高加良、悪いものでも食ったか? お前がいつ、そんな人生の師のような人間になった? これ、bocketのボケか?」

「楠木、俺のスマホの画面は朝に見せたろ」

「なんか高加良らしくないなって」

「笑いが好きなのは変わらないよ」

 相沢さんが高加良をまぶしそうに見ている。

「悠一はそういう人間よ。どういうときに笑うべきか、いつも真剣に考えてる。そんな人間だから悠一を信頼しているわ」

 相沢さんを見ていると、高加良が立派な人間に見えてくる。

「相沢さん、高加良がこんな人間だって、いつ知ったの?」

「そりゃまあ、色々と」

 その「色々」がなにを差すのか不安だけど、そういうことなんだろうなと、納得するしかなかった。

「高加良、今までお前のこと誤解してて悪かった。全然お前の本心分かってなかった。こないだ言った、江戸幕府の将軍の話、実は本当なんだろ?」

「いいや。楠木は俺の本心を分かってるよ。将軍の話、あれは嘘だから。見破った楠木が正しい」

「やっぱり嘘ついてたのか!」

「俺、笑いが好きだから」

 高加良はかんらかんらと笑った。

「だから、まあ、楠木。悔しいのは分かる。やり返したいのは分かる。でも俺たちがやるべきことは笑うことだ。ここで見てるから、思いっきりはき出せ」

 俺は、ついさっきまではらわたが煮えくりかえっていたから怒鳴り声に近くなるけど、吉崎へのからかいを思いっきり言ってやることにした。

「吉崎って、bocketが人をもてあそぶのに使えるって分かったら、必死になって徒党組んで、笑っちゃうよな。人を踏みつけにすることしか考えてないんだな。実際、シーツの上から俺を踏んだし」

「そうだなあ」高加良が相槌を打った。

「多分さあ、内心、やり返されるっておびえてるんじゃないの? 自分が人をいじめてばっかりだから、他人がみんなそう見えるんだよ」

「だろうね」高加良が応えた。

「檜原も似たようなもんだよ。いっつも上から見ててさあ。自分が得するんだったらつきあう人間お構いなしじゃないか」

「まあ、それがほんとだね」高加良は許してくれた。

 俺は一分ほど笑ってやった。本気で笑うと疲れるものだ。数分も続かない。疲れた。はぁ。

 物事は解決していない。明日も他人からのボケに翻弄されるだろう。だけど、向かっていく心の準備は、ちょっとだけ、できた。

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