3-6 2018年9月4日 - 俺、一目惚れしたんだ

 そのとき、公園の入り口に小学校低学年の男の子が三人いた。真ん中の男の子はリーダー格らしく戦隊物のレッドの仮面を頭に斜めにかけている。

 来たか。今日の俺のbocketの呪い。

 俺は佐倉さんの前に右手をかざして佐倉さんと三人の間に入った。

「佐倉さん、今から起きること、そばで見てて」

「何かあるんですか?」

「見てれば分かるから」

 三人は俺たちの前にやってくる。実に堂々とした態度で。真ん中のレッドの子が名乗りを上げる。

「見つけたぞ。悪の手先め。そのじょせいをどうするつもりだ?」

 よし、こうなったら受けて立とう。

「止めろと言われて止める気はないなあ。おまえらに俺が倒せるかな」

 ちっちゃい子どもと戦隊物ごっこしている形になったけど、あれ、佐倉さんが前に出てきた。そうか、ノリが分からないのか。佐倉さんが三人の顔をのぞき込んだ。

「あの、この人は私に優しくしてくれたの。悪いことしてないから、大丈夫よ」

「悪の手先に脅されてるな。もう大丈夫だ。俺たちが助けるから」

 佐倉さんに向けて、小声でそっと。

「この子たち、bocketで操られてる」

「え?」

 三人は俺を取り囲むと、後ろからロープを取り出した。重い荷物を縛るために使う太さ一センチ近い白いナイロンロープだ。二人が俺の両手を押さえ、レッドの子が俺の手首を後ろ手に縛る。正直、ぶん殴ってやりたい。でも小学校低学年相手に中学生が手を出せば俺が補導される。畜生、社会から守られてることをフルに使いやがって。あれ、ロープの結びが結構堅いな。もしかして家ではきちんと手伝いしている真面目なよい子なのか。俺がちっちゃいときはこんなにきれいに縛れなかったぞ。

 一人が手を離すと、俺は後ろから蹴られた。バランスを崩して膝をつく。ちょっと待て。そっちは手どころか足まで出すのかよ。そこに一人が俺の背に馬乗りになり、俺は地面に這いつくばった。もう一人が俺の足の上に乗り、最後の一人が俺の足首を後ろでのところまで折り曲げて縛り上げていく。相手が子どもじゃなかったら、絶対許してない。そんな相手に俺の腕力で勝てるかどうかはともかく……

 両手首と両足首をがちがちに縛られたところでレッドの子が俺にまたがる。

「いっぱんしみんを離すす気になったか?」

 一般市民。結構難しい言葉を知ってるじゃないか。

 ここはあくまで「ごっこ」だ。

「参りました。お許しください」

「正義は勝つのだ」

 三人揃えて雄叫びを上げた。右手を空に突き上げる。格好良く決めると、え? そこで帰っちゃうの? 縛り上げられた俺はほったらかし。三人は達成感に包まれて明るく公園を去って行く。

 あとには、地面に横倒しになった俺と、どうしていいのか分からない佐倉さんが残された。

 佐倉さんはしゃがんで俺の顔をのぞき込む。優しいからなあ。

「どうして何もしなかったんですか?」

「佐倉さん、笑っていいから」

「え?」

 俺の言葉は答えになってない。戸惑うのは当然だ。ここで背中を押してあげる必要がある。

「こういうとき、相手がかわいそうで気持ちを分かりたいと思うんだろうけど、普通の人は結構冷淡で、馬鹿なことをやってる相手を笑うものだから」

「でも……」

「他人を笑っていいんだよ」

 あ、俺、いいこと言った。のかな。

 佐倉さんは少し無理をして笑い顔を作る。ハハ、ハハ、と小さく声を振り絞る。

「いいんだよ。見ても無様だし。それに、これはごっこだから。分かってやってるんだよ」

 佐倉さんの声から力みが消えて、自然にハハハと声が出る。おとなしいけど、他のものに縛られていない笑い。俺は笑顔でうなずいて、佐倉さんを許した。

 佐倉さんが笑い疲れて、言葉をなくす。佐倉さんが立ち上がったとき、俺は不意に不安に襲われ、哀れに懇願した。

「お願い。ロープをほどいて。俺の力じゃほどけないから」

 俺の格好良さは、結局どこか抜けていた。

 ロープをほどかれた俺は、再び佐倉さんとベンチに座り、大変だったねと声を掛け合った。緊張は解けたかな。これからのことを話し合おう。

「佐倉さん。あと、俺のグループには女子の相沢さんがいて、三人だけなんだ。人数が少ないから『ウケた』が集まらないけど、いい人ばかりだから、すぐに輪に入れると思うよ」

 佐倉さんの表情が少し堅くなった。

「佐倉さん、そんな緊張しなくていいから」

「はい……」

 きっと、急に対人関係が広がることに緊張しているんだろう。

 佐倉さんと俺はしばらく雑談して、もう日も落ちてきた。ここら辺でいいよねとうなずき合うと、佐倉さんは立ち上がって俺に礼をした。

「今日はありがとうございます。あ、今日は、じゃなくて、明日からよろしくお願いします」

「よろしくね。また連絡するよ」

 連絡、連絡…… あ、bocket以外の連絡方法を確認していなかった。

 佐倉さんは俺に背を向けて去ろうとしている。

「佐倉さん、ちょっと待って。俺たち、連絡方法知らないでしょ」

 振り向いた佐倉さんは目を丸くしていた。佐倉さんも言われて気づいたんだろうな。俺からアクションとらないと。

「佐倉さん、Stringは使ってる?」

「使ってますけど……」

「友達登録しよう」

 俺はスマホを取り出して友達申請の二次元バーコードを見せた。佐倉さんがスマホを取り出すと、ちょっと慌ててるようで手つきが危なっかしい。ようやく登録画面を出したところで、シャッターボタンを押してパシャリ。後は佐倉さんから友達申請を送ってもらって、俺は承認ボタンを押した。

 俺のStringの友達リストに初めて女の子が載った。

 と喜んでいたら相沢さんのことを思い出してげんなりしたけれども顔に出すわけにはいかなかった。

 佐倉さんがまた頭を下げる。

「いろいろありがとうございました。楠木君が親切で助かりました」

「いいんだよ。こっちだって困ってたしね」

「そういうところ、優しいです。うれしいです」

 佐倉さんが俺のそばから去って行く。

 空は赤から濃紺に変わりつつあって、佐倉さんの黒髪が空の色に溶けかかっている。分かれ道に入れば佐倉さんから離れていくんだけど、俺は曲がり角に立ち止まって、佐倉さんが見えなくなるまで後ろ姿を見ていた。

 俺、佐倉さんと友達になれたかな。明日、また話せるんだよな。あの明るい笑顔がもう一度見られるかな。いや、もう一度じゃない。毎日だって見られるんだ。

 俺の頭の中に佐倉さんの笑顔がエンドレスループする。笑顔が見られる場面をいくつもいくつも想像する。学校で校庭を見ながら。ファストフード店に入ってハンバーガーを食べながら。見たことのない佐倉さんの部屋で語らいながら。ずっと。ずっと。毎日だ。いつまでもだ。

 ふっと気がつくと、俺の顔は惚けていた。足が止まる。どうしたんだろう、俺。女の子を守れる男になりたいという、自分の欲望に佐倉さんを巻き込んだだけなのに。

 再び足を踏み出して三歩で真実に気づいた俺の足が止まった。

 俺、佐倉さんに一目惚れしたんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る