4-3 2018年9月6日 - ごめんなさい、母さん

 俺は帰ってからテレビの電源を入れた。大人五人が丸テーブルで険しい顔をしてののしり合っていた。別のチャンネルに変えると、病院のベッドで若い女性が人工呼吸器をつけてインタビューアからの言葉にうなずいていた。電子番組表を見ると、すべてのチャンネルが、討論とドキュメンタリーで埋め尽くされていて、題材が足りないテレビ局は再放送のビデオを持ち出していた。

 日本中が急に真面目人間になったようだった。

 そこにはただ一つ「笑い」が消えていた。

 その時間に一局だけニュースを放送していたので、チャンネルを合わせると、最初の事件のテロップに「スマホアプリのトラブル」と字幕が出て、奇妙な事件との因果関係が疑われるが状況証拠から「呪い」などは「あり得ない」と結論づけられていた。

「皆さん、デマに注意して、冷静に行動してください」

 でも番組から「笑い」を排除したテレビ局自身が「呪い」は「現実」と認めていて、冷静ではなかった。

 日本中が「笑い」を忌避していた。

 日本中が「笑い」を忘れたがっていた。

 日本中が「笑い」とは無関係だと無実を主張していた。

 現実世界が全く笑えないものになっていた。

 俺はテレビの電源を切った。

 夕食を食べているとき、母さんが俺に聞いた。

「ねえ、最近呪いのアプリが広まってるらしいけど、あなたはやってない?」

 夕食を終えた後に俺はスマホを母さんに見せた。

「やってないよ」

 母さんはドロワーをたぐった。そこにbocketはなかった。そう、知られたらプレイヤーをゲームから降ろしかねない人間には「見えない」のだ。

「やってなくてよかったわ。巻き込まれたら大変なんだからね。興味本位で始めたりしたらダメよ」

「わかってるよ。心配しないで」

 そして俺は自分の部屋に戻ったら友達のためにbocketのボケを作るのだ。

 ごめんなさい、母さん。

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