3-2 2018年9月3日 - 俺はどこか抜けている
昼休みも終わりに近くなって高加良が教室に戻ってきた。教室に入ったところで他の奴が高加良に何か耳打ちした。席に座った俺のところにやってきて言う。
「佐倉さんが来たんだって?」
「bocketでウケたをつけてほしいって。断ったけど」
高加良が残念そうな顔をした。普通の人はこういう風に表情が変わるんだよなぁ、とほっとするけど、何かこちらが悪いことをしたのか?
「楠木、いつも言ってることは嘘だったんだな」
「嘘って、何が?」
「女の子を守れる男になりたいって言葉、もう言うなよ」
「どうして?」
「せっかく女の子がおまえを頼ってきたのに、こちらから振り払ってどうするんだよ」
……考えてなかった。
確かに女の子を守る男になるチャンスだった。日頃願っていたことが叶う寸前だった。それを相手が怪物じみていたから放り投げてしまった。強い男って、そんなときにもうろたえず相手を包み込めるんだろうか。俺、器が小さいな。
「俺、悪いことしたのかな?」
「十分悪い」
「もう遅いよ。断ったし」
高加良は明るい顔を作った。
「やり直すのに遅すぎることはないさ。後で佐倉さんのところに行け。悪かったのはこっちなんだから、きちんと謝ってな」
「そうする」
高加良は俺の肩をポンとたたいた。
「頑張れ。ただ、文佳が素性の知れない人間を仲間内に引き込むことに噛みつくかもしれないのが問題だな。佐倉さんの人となりと思惑、見極めるのは楠木の責任な」
「分かった」
ここで校内にチャイムが鳴った。
授業中、先生の言うことは全く耳に入れず、この後で佐倉さんの思惑を知るにはどうしたらいいかを考えていた。結構長く話し合わないと本当に思っていることは引き出せないだろう。となると10分の休み時間では無理で、放課後にじっくりと話し合わないといけない。佐倉さん、部活に入っているという噂はなかったな。俺と同じ帰宅部なら時間はあるな。女の子をいきなり連れ込んで怪しまれない場所。ファストフード店だと同級生にばったり会うかもな。やっぱりあの児童公園か。ああくそ、授業、早く終われ。
6限目の授業が終わり終礼が終わると、俺は佐倉さんのクラスに走った。まだいるだろうか。
果たして、そこに佐倉さんはいなかった。
そこには、掃除用のバケツを頭からかぶり演劇部の発声練習よろしく言葉を読み上げる女の子がいた。
「あめんぼ あかいな あいうえお
うきもに こえびも およいでる
かきのき くりのき かきくけこ
きつつき こつこつ かれけやき
ささげに すをかけ さしすせそ
そのうお あさせで さしました
あれ、これで終わりですか? 続きはないんですか?」
周囲では男子生徒も女子生徒も大笑いしている。「これが馬鹿だ」とか「もっとやれー」とかはやし立てている。
俺はその女の子の後ろに回ってバケツを持ち上げた。それが佐倉さんだった。男子生徒が「何するんだよ」と声を上げたけど手を出しはしなかった。
「佐倉さん、ちょっと話いいかな」
後ろを振り向いた佐倉さんは無表情で、声はつぶやきと言っていいほど小さかった。
「楠木君、何ですか?」
「いや、あの、昼休みの話だけど、一方的に断って悪かったから、もうちょっと話がしたいなって。ところで、何してたの?」
「詩を読んでたんです」
佐倉さんは俺の手からバケツを取り上げると、ひっくり返して中身を見せた。バケツの中に、さっき読み上げていた詩が書いてある紙が貼ってある。確かにサ行で終わっていた。
「で、何でそんなことしてたの?」
「詩を読んでたんです」
……この子と会話をするのか。前途多難だ。
「変なこと聞いて悪かった。bocket の話をしたいけど、立って話すのもつらいし、人にあまり聞かれていい話でもないから、二人でよそに行って話そうよ」
佐倉さんは無表情だけど、さっきよりは大きい声で。
「ここでいいですけど」
俺、ほとんど女の子だけど、一応、変なとこに連れて行こうとする男子として警戒されてるのかな。どうやって分かってもらおう。
いや、この子に分かってもらうのは無理だ。強引にいこう。俺、男だし。
俺は佐倉さんの手を取って教室の外へと連れ出した。佐倉さんの顔は無表情だけど、足が抵抗している。それでも強引にいかなきゃだめだ。
俺は佐倉さんの両腕をつかんで、佐倉さんの身体を俺と真っ正面に向かわせた。
「あの、bocket で仲間を組むとなると、人に聞かれちゃいけない話も出てくるの。だから、人が聞いていないところに行こう。このまま校外に出よう」
「あの……」
「何?」
「鞄を取りに戻っていいですか?」
俺が珍しく発揮した男らしさは、どこか抜けていた。
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