2-7 2018年8月31日 - ぶちこわしだ。なにもかも

 心配して眠れないんじゃないかと不安だったけど、大変な目にあったことの疲れが勝っていて、俺は朝に目が覚めてから自分が着替えもせず寝落ちしたのだと気づいた。目覚まし時計はかけなかったけどほぼいつもと同じ時間だった。

 机の上のスマホのLEDが点滅している。メールが届いたかな。

 いや、メールだけじゃない。bocketのボケが届いてるんだ。

 伸ばした手がスマホの手前20cmで固まった。

 もし、相沢さんのボケが『ウケた』の数で負けてたらどうなる? さんざん馬鹿にしきった内容のボケが選ばれてたら、それが現実になるんだろ?

 いや、待て! もし見ないで学校に行って、いきなりボケが現実になったら、準備も何もできないぞ。

 スマホを手にとってbocketを開いた。まず高加良のボケを確認する。きちんと届いていた。俺はどうか他の人間に勝てますようにと念を送りながら『ウケた』ボタンを押した。そして、匿名のボケを探そうとして、指はつっかえつっかえで、目はさまよっていて、でも最後に否応なしに文字が目に入った。


  俺、男に公開告白するんだ


 ちょっと待て。

 百歩譲って、俺が男から告白されることはあるだろう。見かけが女の子みたいだから。自分で言ってて悲しいけど。

 しかし俺から男に告白するほどとち狂ってるわけじゃないぞ。

 これがbocketの魔力にかかれば現実になるというのか? 俺、狂うのか?

 嘘だと言ってくれ。この言葉を人生で初めて使った。

 頭が混乱して、朝ご飯は喉を通らなかった。家を出たけど足はとぼとぼとしていて、本当に遅刻しそうになって走って無理矢理に学校に滑り込んだ。

 朝礼が終わるとスマホの画面を高加良と見せあった。高加良も他人のボケを押しつけられていた。当たり前だ。今日まで俺は「ウケた」ゼロだったんだから。

「高加良、すまん」

「謝ってたら切り無いさ」

「そんなに事態は悪いかな」

「燃えるくらいの逆境さ」

「高加良、明るいな」

「俺は笑いを求めに行くのさ」

 と言っていた高加良は、2時間目から3時間目に爆睡して誰が揺り動かしても起きず、顔に油性ペンで落書きをされまくった。どうしてそんなに寝ていられたのかは分からない。それがbocketの呪いの力なのだろう。

「描く奴の顔を見たかったんだけど、無理だったな。寝てたから」

 と高加良は落書きだらけの顔で笑った。今日一日は落ちないだろう。

 俺はといえば、男子という男子をにらみつけていた。あいつには告白しねえ。こいつには告白しねえ。そう思って怖い顔を作っていたら、周囲から相当白い目で見られた。構うもんか。男に告白することに比べたら。

 だから昼休みに吉崎が教室に入ってきたときにもにらみつけてしまった。

「ガンとばして、喧嘩売る気か、俺っ娘?」

 血の気が引いた。謝るべきか強く出るべきか、迷って何もできないままに吉崎から手招きされた。

「お前失礼だからさぁ、ちょっと来いよ」

 その手にしかたなくついて行くしかなかった。

 連れて行かれたのは校舎の裏。そこには吉崎の取り巻き二人が待っていて、なぜか地面に白いシーツが敷かれていて、土でシーツの一部が茶色に染まっていた。

 吉崎はシーツを指さした。

「俺っ娘、乗れよ」

 何が始まるのか分からない。思わず口に出た。

「どうして?」

「聞けると思ってんのかよ」

 3人に囲まれて、俺はシーツの上にのった。逃げ出したいから、土足でシーツが汚れるのは構わなかった。

 すると3人はシーツを端から持ち上げ、俺の上にかぶせかけた。

「なにする?」

「礼儀を教えてやるんだよ」

 シーツの端は結びあわされ、俺は袋詰めにされた。

「誰か、助けて!」

 ゴス!

「絶対しゃべるんじゃねえぞ。もう一回欲しいか!」

 俺が叫んだ瞬間、誰かの靴底が俺の腹を踏みつけた。俺は痛さと怖さでうずくまった。

 そして人の足音が遠ざかっていく。これで逃げられる。

 そのすぐ後に、人の足音が近づいてきた。

 あいつらが戻ってきたのかもしれない。俺は黙った。

 そして、俺は持ち上げられた。持ち上げているのは2本の腕。男の胸板に身体を預けさせられている。そうだ、お姫様だっこだ。これから何をするつもりなんだ。吉崎とその取り巻きにしては、体格がやたらといいけれど。

 しばらく持ち運ばれると、周囲から男子のはやし立てる声が聞こえてきた。

「連れてきたか」

「開いて見せろよ」

「一気に告白しちゃえ!」

 告白? ここで? どうして?

 俺は下ろされ、シーツの結び目がほどかれた。視界に入ってきたのは、10人ぐらいの男子の冷めた顔。後ろを見ると、野球部のエースの藤代が茫然自失の顔をしていた。お姫様だっこをしたのは藤代か。体格がいいはずだ。

 周囲で見守っている男子がため息をつく。

「俺っ娘、やっぱりお前、男が趣味か?」

「そんなことない。俺、何も言ってないだろ」

 周囲の男子は呆れた様子だ。

「お前、手の込んだことしたなあ。今朝、女子に頼んで、藤代を好きな女の子がいるから、告白したいし、できればたくましい身体でお姫様だっこして欲しいって言づてしたじゃねえか。そのシーツ、俺っ娘だってばれないための策だろ」

「違う。吉崎に閉じ込められただけだ」

「好きだからって、何でもやっていいわけじゃないんだからな」

「やりたい放題なのは俺じゃなくて吉崎だって」

 後ろを見ると藤代がボソリと一言。

「楠木は無理だわ。かわいいけど……」

 昼休みが終わるまでに誤解は解けなかった。

 誤解は別のところから解けた。俺が藤代に告白したという噂が、藤代を呼び出した当の女子まで伝わったのだ。その子は、藤代を待っていたら吉崎がやってきて追い払われたという。これで事態は分かった。だが、校内にあらぬ噂を立てられた藤代がどうしてもわだかまりを水に流せず、二人の溝は埋まらなかったという。

 ぶちこわしだ。なにもかも。

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