第12話 仕事と勉強会


 ――地下都市研究施設内、某所


「スゴイな……本当に学生がこんな所に入っていいんですか?」


 様々な機械が立ち並び、白衣を着た沢山の研究員が右往左往する廊下を俺たちは進む。

 まさか地下都市のさらに下にこんな施設があったなんて……しかも学園の隠し扉から侵入できるとは驚きだ。


 一体、ここで何が行われているのやら。

 謎は深まるばかりである。


「我々は特別だ。むしろ私たちは学生という小さな領域で見られていない」


 会長は俺の方を向きもせず、そう答える。


「どういうことですか?」

「それほど信頼された精鋭ということだ。現に生徒会宛てに送られてくる運営費などの一部は国が出してくれている。だからそれに見合う者でなければ生徒会に入ることは許されないのだ」


 俺はこの時、物凄く身震いをした。

 なぜなら今、俺が一緒に行動しているのは紛れもないエリートの中のエリートなのだから。

 自分と比べたら雲泥の差があるような人物と俺は同列を歩いていることに只ならぬ罪悪感を感じたからである。


 前から思っていたことだが、俺が場違いな人間であることがこの時にはっきりと分かった。

 俺は今まで疑問に思っていたことを会長に聞いてみた。


「会長」

「なんだ?」

「会長はどうして俺を生徒会に誘ったんですか? 自分で言うのもあれなんですけど、俺は生徒会役員に見合った人間じゃないし、人より突出した能力があるわけでもありません。こんな平凡な人間をなぜ生徒会に入れようと思ったんですか?」


 すると会長は沈黙をおいた。

 辺りが静まり返る。聞こえるのは研究所から聞こえる微々たる機械音だけだ。


 数秒だけ沈黙を置いた後、会長はようやく口を開いた。


「金山、私がお前をなぜ生徒会に誘ったのか。それはお前が普通じゃないからだ」


 俺はその答えがよく理解できなかった。


「会長。それってどういうことですか?」

「まだ話す時ではない。だが……いや今は書類を持ちこむぞ。長居はしていられない」


 その言葉を聞いた時、俺も星宮さんたちとの約束が脳裏を過った。


(そうだった。俺もこんなことしている暇なんてないんだった)


「そうですね、早く行きましょう!」


 俺も会長にそういうと二人の歩くスピードが二段階くらい上がった。


≪金山剣人……モルモットに選ばれた男。さて、どうしたものか≫


「会長? どうしたんですか?」

「ん? あ、いや、なんでもない。もうすぐ着くぞ。準備しておけ」

「は、はい!」


 資料部屋に着き、会長は生徒会室から持ってきたセキュリティカードをかざし、鉄製の重いドアが開いた。

 そして俺たちは資料部屋から必要な資料を持ち運んだ。


「よし、これだけあれば十分だ。帰るぞ」

「はい!」


 俺たちは資料部屋を出て、来たところ戻っていった。


 すると俺はなにやら不審な扉を発見した。


(あれ? 行きに来た時あんな扉あったか?)


 確かにあの時は急いでいたため、周りの事をよく見ていなかった。

 俺は立ち止まり、会長に問いただしてみた。


「会長」

「どうした?」

「あそこにあるちょっと変わった扉は何の部屋なんですか?」


 すると会長は一気に顔色を変え、


「お前が知る必要はない」


 普段顔色をあまり変えない会長があそこまで動揺するということはなにか秘密があるのだろうと思った。

 よくよく見てみると俺はその扉に見覚えがある気がした。


(そうだ。あの夢だ)


 数か月前に見た夢に似たような扉を見たことを思い出した。

 そして思い出した途端、俺の脳内に声が響いた。


 ♦


「私をどうする気なの? ねえやめてよ! やめて!」

「おとなしくしろ! このモルモット風情が。おい、その女を取り押さえとけ!」

「痛い! 助けて……だれ……か……」


 するとその直後、会長の大きな声が聞こえた。


「おい、金山! どうした? しっかりしろ!」


 俺はその声と共に現実に呼び戻される。


「あれ、俺は一体……」

「いきなり倒れて気を失ったんだ。覚えてないのか?」

「あ、はい。全く」


(なんだったんだあの夢は……)


 数か月前とは少し違う夢だった。

 ただ女の子が誰かに襲われているというのは分かった。


『助けて』という声もこの前見た夢と似たような感じだった。


「とりあえず医務室に行くぞ」


 会長が俺の手を引っ張る。


「か、会長! 俺なら大丈夫ですから。ちょっと疲れているみたいなんで書類置いたらすぐ帰ります」

「大丈夫なのか? 辛かったら送迎用の車を手配するぞ」

「いえ、一人で大丈夫です。ご心配おかけしてすみませんでした」

「そうか。お前も貴重な生徒会の仲間の一人だ。活動を頑張るのはいいが、無理はするなよ」

「はい、気をつけます」


 いつも厳しい会長だけど本当は物凄く仲間思いの人なんだなとその時思った。

 身体は小さくても精神面は俺よりずっと大人だった。


 ♦

 

「ふぅ……やっと終わったぁ」


 俺は最後の書類を生徒会室に運び、ヘトヘトになりながらも学園を後にする。


 現在時刻は17時30分。

 約束の18時までにはなんとか間に合いそうだった。


 それにしても気になるのはあの夢だった。今回で2回目の出来事だった。

 しかも今回は前とはちがって大きな手掛かりを見つけることができた。


 それは地下研究施設内にあった奇妙な扉だ。

 夢にも似たような扉が出てきて、しかもその扉を見た時に俺は気を失った。


 そしてもう一つ謎を解くヒントになるものを得ることができた。


 それはあの時の会長の動揺だ。扉の話をした瞬間、彼女はなにかに脅えるかのような雰囲気を出していた。

 会長ほどの人間があのような素振りをみせるということはあの扉の先には知られてはいけない何かがあるに違いないと思ったのだ。


 恐らく、俺の知りたいことはあの中にある可能性が高い。


「もしかしたらあの夢と何か関係があるのだろうか?」


 そうこう考えている内に俺はアパートの目の前まで歩いていた。

 そしてふと時計を見るともう既に18時を回っていた。


「やば、考えすぎていて時間のこと忘れてた!」


 急いでみんなを招く準備をしようと自分の部屋まで行くとなにやら部屋の中から誰かの声が聞こえた。

 しかも部屋の鍵が空けっぱなしだった。


「ど、どういうことだ? 部屋の鍵を持っているのは俺以外にはいないはず……」


 俺は静かに部屋の中に入り、中の様子をうかがった。


 するとよくよく聞いてみると聞き覚えのある声が俺の耳に入ってきた。

 俺が勢いよくリビングの扉を開けると、既にみんなが集合していた。


「よう、金山! 遅かったな」


 こういうのは我がグループ一の陽気者、時宗正だ。初めて顔を合わせた時とはえらい違いだ。きっとこれが彼の素の姿なのだろう。


「お疲れさま! 金山君!」

「お邪魔しているわ」


 星宮さんと白峰さんも来ていた。


「え、でもなんでみんな俺の部屋に……?」

「えっとそれは……」

「その……」


 白峰さんと星宮さんが申し訳なさそうな顔をしている。


「んなこと気にするなよ! 早速勉強会始めようぜ!」

「お、おい……話をそらすな」

「まあまあ細かいことは気にするなって」


 と、その時、俺はバックの外ポケットにしまってあった鍵の存在を思い出した。


「あ、そういえば確かこの中に鍵を入れておいたはず……」


 そういって探し始めると、次第に三人の顔に焦りが出てきた。


「あれ? おかしいな。万一のためにこの中に入れたはずなんだけど」


 鍵を探していると、正が小さな声で、


「おい、金山。その鍵ならここに……」


 そう言われて見てみると確かに俺の部屋の鍵だった。


「ちょっと待て……なんでお前が俺の家の鍵を持っているんだ?」


 正は凄く焦った顔で、


「落としていったんだよ! 生徒会の活動に行く前に。教えようと思ったけど間に合わなくてそれで……」

「家で待機してたと? そしてついでに勉強会も俺の家でやろうっていう流れを……」

「そ、そんなことは……」

「じゃあ、この菓子の山はなんだ?」


「「「「……」」」」」


 正だけではなく、白峰さんや星宮さんまで黙り始めてしまう。

 確かにあの時の俺は約束の事もあったので急いでいたし、鍵を落としたことに気付く余裕もなかったけどさ……

 

「でも勝手に家に入ることはないだろ? 正直、びっくりしたよ」

「す、すまん。で、でもよ、悪気はなかったんだ。それに、近頃生徒会の活動とか忙しくて大変そうだったから何か出来ないかなって思っててさ」

「なにか……?」


 すると星宮さんがこの話に補足説明をする。


「今回の勉強会はいつも頑張っている金山君に少しでも疲れを癒してくれるような会にしようってさっきみんなで考えていたんだ」

「俺に……?」

「そうよ。まぁそうはいっても今日の朝、みんなで考えたことなんだけどね」

「本当に勝手に入ったことは悪かったよ金山。でもこの想いに嘘はねぇ。何せ俺たちが快適に過ごせてんのは生徒会のおかげだしな。毎日汗水たらして頑張っている姿を見てたら友人として何かできないかなって思ったんだよ。迷惑だったか?」


 正はそう言って俺の目を見てくる。

 

 だが俺は迷惑どころか今にも泣きそうな思いだった。こんなことされたのは生まれて初めてだったからだ。

 今までの人生で人にありがたみを感じられたことなんてないに等しかった。それ以前にあまり友人と呼べる人がいなかったとも言える。

 

 だからこの状況は今までに感じたことのない新鮮な感情を俺に与えていた。

 もう勝手に家に入ったこととか勉強会の会場が勝手に自分の家になったことなんてどうでもよくなっていた。


 ただ俺の中にあるのは、この状況を少しでも噛みしめておこうという欲望だけ。

 

 ボッチ道を貫いてきた俺にとっては少しだけ刺激は強かったものの、それと同時に温かい感情に包まれていた。


「……いや、迷惑じゃないよ。ありがとう、みんな……」

「お、おいおい……そんな情けない顔すんなよ。なんか俺たちがお前を虐めているみたいじゃないか」

「わ、悪い……」

「ま、んなこと今はどうでもいいか。じゃあ、気を取り直して始めるとしようぜ!」


「「「「「おーーー!」」」」」


 今にも爆発しそうな感情を何とか収め、俺はみんなの輪の中へと入って行く。

 そしてこの後、俺たちは勉強会という名のお疲れパーティーをし、鋭気を養ったのだった。

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