第24話 学年末試験


 バイクを走らせること数十分、俺は何とか学校までたどり着くことができた。

 

 試験時間には間に合いそうだったが、いつも登校時には生徒でいっぱいの正門が今日はテストだからかギリギリの時間に登校する人はいなかった。


「わざわざこんな所までありがとうございました」


 俺は深々と一礼した。


「ああ、これから君はどんな目に遭うか分からない。私が共にいてあげられたら話が別なのだが、そうもいかなくてね。十分気をつけてほしい」


 そう言うと男は一つの小さなボタンのような小型の装置を渡してきた。


「もし何かあったらこのスイッチを押してくれ。すぐに駆けつける」


 こう話しを添えると男はすぐにバイクに乗った。


「あ、あの……」

「ん?」

「あなたは一体何者なんですか? なぜ俺があの場所にいたことを……」

「まぁ色々あってな。まぁそれも直にわかる。とにかく今はじっとしておくことだ」


 男はそう告げると、大きなエンジン音と共に消えていった。


「直に分かる……か」


 俺は男にもらったスイッチを見つめた。


「しまった。もうこんな時間か」


 試験開始5分前までもう時間がない。

 俺は急いで教室へ向かった。


 もう全員、個人の試験室に移動しているらしく教室には福園だけがいた。


「す、すみません先生。諸事情で遅れてしまいました」

「ああ、話は聞いている。災難だったみたいだな」

「え? 誰から聞いたのですか?」


 福園は答えず、試験への催促をした。


「それより早く試験の準備をしろ。一人が遅れれば、学年全体に支障が出るのだぞ」

「あ、はい。すぐ準備します……」


 なんとかテスト開始には間に合い、無事にテストを終えることができた。

 マイナスになったポイントは福園の計らいによって元に戻してもらった。


 試験が終わると生徒が続々と試験室から出てきた。

 早めに試験室を出た俺は、教室でHRが始まるのを待っていた。


「金山く~ん」


 聞き慣れた声が俺を呼んだ。

 振り向くと星宮さんが俺の方に向かって走ってくるではないか。


「金山君、大丈夫? 何があったの?」


 相当心配してくれていたようだ。他人に心配されるなんて生まれて初めてだ。


「心配かけてごめんね。ちょっとトラブルがあって」

「そうなの? 怪我とかしてない?」

「全然、この通りだよ」

「無事でよかった。朝、金山君が男たちに連れていかれるのを白峰さんが見ていたみたいだから」


(なるほど。そういうことか)


 どうやらその一部始終を白峰さんが目撃し、先生に伝えてくれていたようだ。

 その後、正が試験室から帰ってきた。


「おい、剣人! 大丈夫なのか?」


 正が心配そうな顔をしながら歩み寄る。


「この通り大丈夫だよ」

「夕ちゃんからお前が誘拐されたと聞いて驚いて……」

「俺も驚いたよ。いきなりあんなことがあったから」

「全く……心配かけさせやがって」


 正はニッコリしながら俺の首を絞めた。


「し、死ぬ、正やめ……」

「うるさい! 心配かけた罰だ!」


 その後、しばらくすると白峰さんが試験室から帰ってきた。


「あ、お疲れ~夕」

「夕ちゃん、お疲れさん」

「二人ともお疲れさま」


 白峰さんが下を向きながらやってきた。なにやら元気がなさそうな感じだった。


「お疲れさま、白峰さん」


 俺がこう言うと、白峰さんはすぐに顔を上げて俺を見た。


「か、金山君、無事だったの!?」


 さっきまでの元気がない雰囲気から一気に変わった。


「おかげさまで。白峰さんが助けを呼んでくれたんだよね」

「え、ええ。ごめんなさい……」


 彼女は俺の顔を見て謝罪をする。


「どうして謝るの?」

「あの場にいながら何もできなかった。まだ朝も早くて周りに人がいなくて私しかいなかった。私しか助けることができなかったのに怖くて力が出なかった」


 彼女は自分が無力であったことを凄く悔やんでいるみたいだった。するとまた彼女は下を向いてしまった。


「顔を上げてよ、白峰さん」


 白峰さんはゆっくりと顔を上げた。


「俺も逆の立場だったら同じことをしていたのかもしれない。俺こそ怖くて何もできなかったと思う」


 俺はさらに続けた。


「でも白峰さんがすぐに助けを呼んでくれたおかげで今俺はここに立つことができている。少し遅ければ俺はとっくに殺されていた。白峰さんの迅速な行動が俺を救ってくれたんだ。俺こそごめんね、助けてくれてありがとう」


 白峰さんの透き通った瞳から一滴の涙が頬を伝っていた。


「し、白峰さん!? ど、どうしたの?」

「違うの、今まであまり感謝されることがなかったから」

「……」


 その姿はいつもの白峰夕としての姿ではなく、一人の女の子としての白峰夕として俺の目に映っていた。

 

 しばらくすると試験管理をしている教員が試験室から出てきた。


 どうやら試験結果が出たようだ。

 学年を分けて、一人一人試験結果が渡される。

 そして遂に俺に順番が回ってきた。


 最初は緊張して手が震え、中々開けることができなかった。

 だが俺は「いや、あれだけ頑張ったんだ」と自分に言い聞かせ、恐る恐るテスト結果を開いた。


 結果は――


「……よし、乗り切った……!」


 見事進級できる合格ラインまで達することができた。

 かなりギリギリのラインだったけど。

 取得ポイントは700AP中110AP。


 前回より60APほど増えてはいるが、ギリギリの結果だった。あとは来週の頭に行われるポイント決算次第だ。


「――終わった……」

「――私の人生って……」


 所々から悲痛な叫びが聞こえた。

 一番初めに帰ってきたのは正だった。


「おう、剣人。どうだった?」

「ギリギリ。でも現時点ではなんとかいけそうかな」

「よかったじゃねえか」

「まあ、何とか生き残れたのは大きいな。正はどうだった?」

「安定の200AP。前と変わんないわ」

「相変わらずすごいな」

「ん? 夕ちゃんとかの方がよっぽどすごいと思うが」

「いや、そういう意味じゃない」

「どういうことだよ」

「いつもお茶らけているのに結果が出せるなんて凄いねって意味だよ」

「皮肉を言っているのか? 俺はやるときはやる男だ。何回言わせる」

「ふーん」


 しばらくして二人も結果を持って帰ってきた。


「ふぅ~よかったよかった」

「この一年でだいぶ稼ぐことができたわ」


 星宮さんは前期から200APアップの350AP。

 白峰さんは怒涛の650APで合計が1000APを超えると言う偉業を達した。

 1000APを超える生徒は歴代の生徒の中でも三本の指に入るらしい。


「さすが白峰さんだね」

「当然よ。落ちこぼれクラスから脱却するために必要なことだわ」


 白峰さんは真剣な顔で言う。


「あとは来週のポイント決算が肝になるわね」

「この一年でどれだけ減点対象となる行動をしたかというわけだね」

「俺は良い行いをしていたぞ」


 正はどや顔で自信満々に言う。


「本当かよ」


 信用がない俺に正が不満をぶつける。


「今まで一緒にいたなら俺の頑張り分かるだろ?」

「例えば?」

「街角で困っている女の子にお菓子分けてあげるとか、荷物が重くて持てないおばあちゃんの代わりに持ってくれる人を近くで呼んであげるとか」

「いや一つ目は喜ぶかもしれないが、解決してないじゃないか。二つ目に関しては自分がやれよってなるわ」

「人助けなんて直接やらなくても間接的にやれば助けていることになるんだよ」

「助けるの面倒なだけなんじゃないのか?」


 正は一瞬だが、目をそらした。


「おい……」

「まあ、あれだ。その……忙しいからな。俺はさ。」

「言い訳が苦しいぞ」


 俺はため息をつきながら、正にそう言う。

 だがまぁ、色々あったが何とか全員乗り切れてよかった。


 俺も今のところは大丈夫そうだし、一先ず安心だ。


 それよりも……


(あの城岩って男が言っていたことが少し気がかりだ……)

 

 もしかすると、俺はとんでもないことに関与しているのかもしれない。

 そう思うと、先が思いやられる。

 

 だけど今は噛みしめることにする。

 こうやって、みんなとともに運命のテストを乗り切ることができたってことをね。


 こうして、最初の学年末テストは全員リタイアすることなく無事終えることができたのであった。

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