第5話 生まれて初めての……

 

 辺りがすっかり暗くなってきた。

 疲労困憊だった俺はいつの間にか寮の前に立っていた。


「これ、本当に寮か?」


 寮というよりはちょっとお高めのマンションという感じだった。完全オートロックでセキュリティもばっちりで一人で暮らすには申し分なかった。


 この学園に入ったことで寮生活を強いられることになり、少し不安の念を抱いていたのだが……


「下手したらこっちのほうが快適かもな……」


(とりあえず中へ入ろう)


「ああ……疲れた」


 そういって俺は部屋の鍵を開けて中に入った。


 だがその瞬間、バスルームの扉が開いて一人の女性と目が合ってしまった。


「え……」

「あ……」


 最初は白い湯気で誰かわからなかったが、よくみるとその女性は白峰さんだった。


「な……なんであなたがここにいるのよ!」


 白峰さんは持っていたタオルで急いでその白い肌を隠した。


「え……でもここは俺の部屋のはずでは?」


 俺は、美少女の裸を目の前に高まる気持ちを抑えつつこう言った。


「ここは私の部屋よ! 男子は向かい側の棟よ!」


 よくみると同じマンションが向かい側にもあった。


(やばい! 疲れていて男女別だってことを忘れていた)


「ご、ごめん! 知らなかった」


 こう言うと慌てて扉を閉め、戻ろうとした時だ。


「金山くんだったわよね。入って」

「え……なんだって?」 


 少しだけ開けたドアから首元だけ外に出す白峰さん。

 彼女は理解できていない俺に少し恥じらいを見せながらこう言う。


「だから、かなり疲れているみたいだから少し休んでいきなさいって言っているの」

「え、本当にいいんですか?」

「……何回言わせる気?」


 白峰さんの表情の雲行きが段々と怪しく変貌していく。


(ま、マズイ。なんか断ろうにも断れんことに……)


 だが正直なことを言えば、入ってみたいという気持ちもある。

 

 本来なら女子寮には男子禁制で決して入れないのだが……


「じゃ、じゃお言葉に甘えて――」


 まさかの言葉に俺は動揺してしまったが、実際のところかなり疲労がたまっていたため、遠慮なく家に上がらせてもらった。

 

 いや、嘘じゃないぞ。実際にもうクタクタだし、別にこれは「女子の部屋に合法的に入れる絶好の機会なのでは!?」とかそんなことは思っていないからな!


 心の中で自分にそう念じ、少し震える足で部屋の中に入る。


(異性の子の部屋に入るなんて生まれて初めてだな)


 俺は少し期待しつつ靴を脱いで上がった。

 部屋に入ると白峰さんとのイメージとは少し違う可愛らしい部屋だった。


 ベッドには可愛い動物のぬいぐるみが沢山置いてあった。


「白峰さんってこういう可愛いものが好きなんだね。ちょっと意外だった」


 こういうと白峰さんは、


「私は可愛いものがすごく好きなの。触っているだけで癒されるから」


 一見クールで近寄りがたい人だと思っていたが、中身は普通の女の子で少し安心した。


「どうぞ」

「あ、ありがとう」


 少しお高めな雰囲気のある紅茶が出された。


「あなたはなぜこの学園に入ろうと思ったの?」


(あのKDとか言う男が言っていたことは言わない方がいいよな)


「いや、なんとなく興味があって……」


 俺は真実を語らず適当にごまかした。


「なんとなくって理由でこの学園に入れたってあなた何者なの?」

「――いや! 俺もなんでか分からないけど受かってしまったというか」


確かに無理のある返答だった。

俺は紛らわすためにすぐ白峰さんに質問をした。


「白峰さんはなんでこの学園に入ろうと思ったの?」


 すると彼女は真剣な顔で答えた。


「家族を取り戻すためよ」

「それってどういうこと?」


 白峰さんはその透き通った声で、


「私の家系は代々古くから伝わる質屋の名家で昔はものすごく繁盛していたらしいの」


 質屋の白峰と言ったら全国的にも有名な超一流企業だ。


(俺はこんなお嬢様と対等に話しているのか)


「ご、ごめんそんなすごい人だなんて知らなかったからつい馴れ馴れしく」

「いいのよ。私はそういうの気にしないし、私はもうあの家を語ることはできない」

「白峰さん……?」


心配そうに見つめる俺に白峰さんは、


「ごめんなさいね。あなたに関係のない話ばかりしてしまって」

「い、いやこちらこそごめん! 変な質問しちゃって」

「ふふっ……あなたは面白い人なのね」


 初めて笑った白峰さんを見て俺の心は彼女の笑顔に釘づけになっていた。


 そして俺はこの笑顔をもう一度見たいと思った。


 時計はもう午後の8時を回っていた。


「もうこんな時間か。ごめん長居しちゃってもう帰るね。紅茶ごちそうさまでした」

「ええ。私もあなたと話せて楽しかったわ」


 こう言うと俺は自分の部屋へと戻った。そして体が引きずられるように帰って早々にベッドに倒れ込んだ。


「――ああ、色んなことがありすぎて脳がパンク寸前だ」


 俺はいつの間にか深い眠りについてしまっていた。

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