第10話 Unknown

「ハァァァッ!」


 黒髪の男が戦っている。久々に出現したPK者三人を倒し、白銀に輝く剣を一振りして鞘に納める。赤茶髪の男が苦笑しながら歩み出てきた。


「どうやら、手を貸すまでもなかったな。お前が無課金者非VIPだから勝てると思ったんだろ」


「一応、これでも上位三〇名サーティーズなんですけどね」


「その剣の使い心地はどうだ?」


「最高ですよ! 赤ランクの剣なんて、無課金者ではまず手に入りませんからね。ただ……」


「ん?」


「その…… 剣の名前が…… どう考えても厨二病ですよ。『●●●の聖剣』って……」


「何を言う。格好良いじゃないか。Braveじゃないお前に相応しい名前は何か、悩んだんだぞ? 他にも候補としては『ペンドラゴンの聖剣』とか『超絶正義の剣』とか『無双神剣 俺tueee!』とか考えたんだが……」


「……今のままでいいッスよ」


 この二年間、VR内での遊び方、戦い方を教えてくれた師匠は、キャラクター戦闘力だけでなく、信念を貫く在り様まで尊敬できる人物であった。ただ、十代中頃の青少年が罹患する病を未だに患っていることだけが、唯一の欠点であった。黒髪の男は溜め息を吐いた。





 ゴールドシュタイン帝国領ウィンターデンは、アガスティア山脈西端に程近い場所にある。アガスティア山脈は帝国北方から東方まで、弧を描くようにそびえる大山脈であり、山脈東端はリューンベルクに近い。山脈には無数の迷宮が存在していると考えられているが、危険な魔物が数多く出現することから、討伐はおろか山脈踏破でさえ成し遂げられていない。遥か八〇〇年前、国祖ルドルフが山脈の完全制覇目前まで迫ったが、次々と出現する迷宮に手を焼き、やむなく撤退したと言われている。


「なるほどな。八〇〇年にわたり放置されてきたため、ウィンターデンからアガスティア山脈までは魔物が溢れている。それを討伐するために、腕に自信のある冒険者たちが集まってくる。その結果、様々な素材がギルドに持ち込まれ、ギルドも潤うというわけか」


「そういうわけです。真純銀ミスリル級に昇格されたばかりとはいえ、ヴァイスさんは六色聖剣お墨付きの冒険者。ここはぜひ、アガスティア山脈の迷宮討伐を……」


「だが断る」


「何でですかっ!」


 ギルドの名物受付嬢レベッカは、キャンキャンと喚きながら机を叩いた。アガスティア山脈に近いウィンターデンは、月単位で新しい迷宮が誕生している。六色聖剣全員を相手にして楽勝できるヴァイスに、討伐を期待するのは当然のことであった。だがヴァイスは、この世界の迷宮ダンジョンに興味を無くしつつあった。


(ゾディアックといった未知の魔物には興味があるが、たかが三〇層程度の低レベルダンジョンなんか、どーでも良いわ。ルドルフとかいう「プレイヤー(推定)」も、数が多すぎて諦めたってのが本音だろ? Lv999ダンジョンスリーナインとは言わないが、せめて八〇層以上あるダンジョンを用意してくれ)


 山賊や、ダンジョン外の魔物など、非冒険者に被害が出かねない場合は積極的に討伐PKKを引き受ける。だが迷宮ダンジョン自体は放っておいても問題ない。何もしなければ魔物が溢れ出てくるそうだが、それはそれで他の冒険者にとっても稼ぎ時だろう。自分が出しゃばる必要はない。


「正直言って、迷宮討伐に興味がない。伸びしろのある冒険者たちが集まってクランを結成し、時間を掛けて攻略すれば良いだろ。レイナたちも徐々に強くなってきているしな」


「ですが、ヴァイスさんなら今すぐにでも可能なのでは?」


「言っておくが、俺が討伐した場合、素材は全部諦めてもらうぞ? 俺は回収が苦手だ。全部棄てることになる」


 それが決め手だった。レベッカは溜息をついて、それ以上の説得を諦めた。





 ゾディアックがいた「ウィンターデン南東の迷宮」を討伐する日程が固まった。僅か十日間だが、六色聖剣全員のレベルが上がっている。これなら前回よりも楽に進めるはずだ。だがこの数日間のレベ上げで、ヴァイスの中に疑問も生じていた。DODとは違い、JOB選択の明確な基準が無いのである。またレベル向上の速度も疑問だった。DODでは、一日八時間として十日間も掛ければ、レベルは百近く上がる。だがレイナたちはせいぜい二〇程度しか上がっていない。あまりにも遅いのだ。


「レベル上昇の仕組みが違うのか? そもそも、ここが現実世界だと仮定すると、レベルと強さの因果関係が違うはずだ。ゲームではレベルが上がれば強くなるが、現実では強くなった結果・・がレベル値に反映されていると考えるべきか」


 VRMMOが登場する以前は、経験値稼ぎなどの地味な作業をプログラムに任せる「BOTTER」と呼ばれるチートツールユーザーが存在したが、VRの登場以降はほとんど姿を消した。その理由は、自分で操作しなければプレイヤースキルが身につかず「レベル999の素人」になってしまうからだ。剣術フェンシング格闘技マーシャルアーツなどの、現実世界の「戦闘技術」を身に着けなければ、VRでも真の強者にはなれない。爽快ウォッカがゲーム内最強位に君臨し続けられたのは、プレイヤースキルによるところが大きかった。


「まぁ少しずつレベルも上がっているし、いずれLv999に達するだろ。ダンジョンでは六色聖剣を前に出して、俺はサポート役に徹するか」


 独り言を呟きながら、ギルド裏手の訓練場へと向かった。





 リューンベルクヴァイス&ウィンターデン六色聖剣合同討伐隊が迷宮を降りる。前回は五階層までしか降りられなかったレイナたちだが、謎の魔獣「ゾディアック」の姿は既に消えていた。慎重に降りてきた一行も、六階層を超えたあたりでようやく安心したようだ。黒髪のルナ=エクレアと青髪のミレーユ・カッフェンが周囲を確認する。


「ヴァイスさんの言っていた通り、どうやらゾディアックは姿を消しているようです。魔素の活動が落ち着き、以前ほどに魔物も活性化していません」


「精霊たちも落ち着いてる。これなら私たちでも行けそう」


「そう。ならペースを上げましょう。一気に迷宮を討伐してしまうわよ!」


 レイナたちが活気づいた。ヴァイスは腕を組んだまま頷いた。今回の討伐では、ヴァイスは余程のことがない限り、手を出さないつもりであった。レイナたちは個別のPvPでレベルが上がっている。その効果の検証も兼ねているためだ。一層あたり一時間弱という(普通の冒険者にとっては)ハイペースで攻略を進めていく。第八層でキャンプを張り、数時間の休憩後に再び動き始める。第十一層でレッサーデーモンが出現したが、グラディスが一刀両断した。自分の剣を見て呆れた表情を浮かべる。


「驚いた。これまではレッサーデーモンはそれなりに手強かったんだが、アッサリと勝ってしまったぞ」


「この一月で、全員が飛躍的に強くなっている。レッサーデーモン程度なら余裕だろう」


 ヴァイスの言葉に、レイナたちも頷いた。力、速度、体力、魔力の全てが一ヶ月前とは比較にならない。


「でも、そんな私達が束になって掛かっても、ヴァイスにはかすり傷一つも付けられないのよねぇ。自信を持ってよいのかしら。なんだか複雑……」


 笑顔を浮かべながらもアリシアが軽く愚痴る。ヴァイスは迷宮攻略の殆どを六色聖剣に任せていた。ここまで自己防衛以外に剣を抜いていない。六色聖剣の戦いぶりを見ることで、今後の鍛え方を見極めようと考えたからだ。六色聖剣はバランスの良いパーティーであった。連携がしっかり取れているため、より上位の魔物が出現しても十分に戦うことができるだろう。

 一方、現在潜っている迷宮について、ヴァイスは首を傾げた。DODとは規則性が異なるからだ。


(リューンベルクの迷宮では、レッサーデーモンは地下二十一階で出現した。だがここでは十一階か。これは、この迷宮だけなのか?)


 地下十二層に降りる。四つの光球が迷宮内を照らす。床には、ところどころに発光石があるため、真っ暗というわけではない。ミレーユが精霊を操り、この階の魔物を探査した。


「ん…… この階はレッドアースマンがいる。火系魔法は使わないで」


「大したことは無いわね。行きましょう」


 レイナが進もうとした時に、ヴァイスが手を挙げた。


「ちょっと待て…… レッドアースマン?なんだそれ?」


 DODでは日毎に新しい魔物が出現していた。そのため「DOD百科事典Encyclopedia of DOD」のモンスター欄をコンプリートしたプレイヤーはいない。十年近くに渡って毎日DODにログインしていたヴァイスでさえ、コンプリートは出来なかった。自分に知らない魔物がいたとしても不思議ではない。

だがレイナたちの反応を見ると、それほど珍しい魔物でも無いようである。ヴァイスは首を傾げた。


「レッドアースマンとはどんな魔物だ?」


 六色聖剣全員が顔を見合わせた。エレオノーラ・セシルが少し笑顔を浮かべる。


「ヴァイスさんにも知らないことがあるんですね。レッドアースマンはそれほど珍しい魔物では無いのですが……」


「むしろ冒険者なら知ってて当然。ヴァイスは無知。字も読めないし」


「ミレーユ、それ文盲は関係ないわ。ヴァイスだって最近は少しは読めるようになってきてるのよ?」


 レイナが庇ってくれるが、ヴァイスは真剣な表情のままだった。その様子を見て、グラディスが少し驚いたようであった。


「本当に知らないようだな。その様子では『アースマン』も知らないのか? 暴走した土精霊が魔素を吸収して生まれる。泥上で、物理攻撃に高い耐性を持っている魔物だ」


「アースマン? ゴーレムのようなものか?」


「土系という意味では似ているが、外見と攻撃手段が違う。ゴーレムは硬化した肉体による破壊攻撃だが、アースマンは自分の体内に相手を取り込んで精気を吸収する攻撃をする。魔法による遠距離からの攻撃が効果的だ」


「……そうか。なら一度戦ってみるか」


 ヴァイスはこの階層ではじめて、六色聖剣の前に立った。暫く歩き続けると目の前に魔物が出現した。2メートル程の躯で、赤い泥上の液体が流動している。地面を這いながら進むようだ。ヴァイスは魔眼イビルアイを取り出した。


===================

Name:レッドアースマン

Level:Unknown

種族:Unknown

最大HP:Unknown

最大MP:Unknown

状態異常:Unknown

===================


「……『Unknown』だと?」


「ヴァイスッ!」


 理解不能な現象に、ヴァイスは呆然としてしまった。その隙きにレッドアースマンが急速に接近し、ドロドロの腕を伸ばしてきたのだ。間一髪でレイナが雷系魔法を放ち、レッドアースマンを退けた。


「どうしたの? 魔物を前にボーッとするなんて、貴方らしくない!」


「……スマン。切り替える」


 怒りを含んだレイナの声に、ヴァイスは素直に謝罪した。それからヴァイスは魔眼を掛けたまま、出現するレッドアースマンを狩り続けた。物理攻撃、雷系攻撃、水系攻撃などを試す。まるで憑かれたように、レッドアースマンを探しては様々な攻撃を試した。さすがに見かねたのか、グラディスがヴァイスの肩を掴んだ。


「ヴァイス、もう良いだろう。下に行く階段は見つかったんだ。降りるぞ?」


「………」


 ヴァイスは少し沈思したが、頷いた。再び六色聖剣の後ろに下がる。歩きながらヴァイスは考えていた。


(一体、どういうことなんだ? この世界の魔物はDODの魔物では無いのか? 考えてみれば、ゾディアックのステータスがUnknownだったのも可怪しい。オリジナルキャラに反応しないというのなら、レイナたちだってオリジナルキャラだ。ましてレッドアースマンは他の魔物と同様、迷宮に出現するNPCだ。グレーターデーモンや他の魔物のステータスは見れるのに、何故、レッドアースマンは見ることが出来ない? 一体、何が違うんだ?)


 第十三階層にはリザードマンが出現した。DODでも馴染みの魔物である。ヴァイスは魔眼を掛けた。ステータスは普通に、見ることが出来た。





「で、結局ヴァイスはリューンベルクの冒険者として、六色聖剣と一緒に行動しているってわけか」


 リューンベルクのミスリル級冒険者「夜明けの団」のリーダー、トマス・オールディンは笑ってエール麦酒を呷った。その隣でギルドマスター、アウグスト・ディールが溜息をついた。


「ヴァイスは六色聖剣に入ったわけではない。だが暫くの間、ウィンターデンで活動するそうだ。こっちに何か異変があれば、すぐに戻ると言っている。引き抜かれなかったのは良かったんだが、ちょっと噂を聞いてな」


「ヴァイスのか? 何だ?」


「六色聖剣のリーダー、レイナ・ブレーヘンと『デキた』らしい」


「マジか! あの超美人を落としたのかよ! こりゃウィンターデンの男どもは歯噛みしてるだろうなぁ」


「それよりも、これが本当ならヴァイスはウィンターデンに留まる理由が出来たということだ。『暫くの間』ではなく、『ずっと』になるかも知れん」


 冒険者は他の街のギルドでも任務を受けることが出来る。ヴァイスハイト・シュヴァイツァーがウィンターデンで任務を受け、ウィンターデンの迷宮を討伐しても、何の問題もない。だが冒険者はその街にとっては重要な生産者であり消費者である。武器や衣類、食料などは無論、移動のために馬車を借りたり、迷宮前のキャンプを維持するために地元民を雇うなど、冒険者の迷宮攻略は「公的事業」という側面を持っている。そしてその事業の結果、数多くのドロップアイテムをギルドにもたらし、それが医薬品や魔法道具などに姿を変え、人々の中に流通する。ヴァイスがウィンターデンに移れば、それだけリューンベルクの経済が停滞することになるのだ。

トマスもギルド長の悩みは理解していた。だが結局は、冒険者自身が決めることである。ギルドには、冒険者を縛る権利は無いのだ。トマスは杯を干すと、追加を注文した。アウグストの前にも杯が置かれる。


「仕方ねぇさ。アイツは一つのギルドに留まるような男じゃねぇよ。友人が最高の女を落としたんだ。祝おうぜ?」


「……そうだな」


 二人が杯を重ねた。





 ウィンターデン南東の迷宮討伐も、地下二十層まで進んでいた。ここまで潜ると、さすがに魔物も手強くなってくる。キャンプを張り、レイナは全員に状況を確認した。全員の顔色は明るい。何日も迷宮に潜り続ければ、どこか荒むものであるが、そうした様子は殆ど出ていなかった。強くなっていることもあるが、ヴァイスの「非常識キャンプ」も大きな要因であった。


「確かに手強くなってきているが、不安になるほどでは無いわね。今日出てきたミノタウロスの集団にもしっかり対応できたし、この分なら明日か明後日には終わるわね」


「魔素が濃くなって来ていますが、危険なほどではありません」


「一月前の私達だったら、ちょっと苦戦したかもね。迷宮自体が強くなっているっていうのは間違いないわ」


「ご飯が美味しいから楽ちん。ヴァイス、おかわり……」


 太い腸詰め肉ソーセージを平鍋で焼く。肉から出た油で刻んだキャベツも焼き、細長いバンズにそれらを挟む。上から辛い香辛料を振りかける。「ボスナ」という料理だ。グラディスが瓶詰めの麦酒を呷って、それをまじまじと見る。


「まったく、迷宮内で酒を飲むなど以前なら考えられんな」


「酔いつぶれても平気だぞ。アレがある限り、魔物が入ってくることはない」


 一箇所しか無い出入り口には珍妙な像が置かれている。「(通称)アルソーク」という道具である。レイナたちは、最初はその効果を疑っていたが、今は信用しているようだ。ヴァイスもボスナを齧りながら、麦酒を飲んだ。六人の美女たちは、この数日は風呂に入っていない。だがキャンプのたびに濡れた布で躰を拭っている。水は無尽蔵で使える。摂氏1度から99度まで、使用者の望む温度で水が湧き出す「魔法の水瓶(通称:象さんマーク)」のお陰であった。食事が一段落すると、レイナが真面目な顔でヴァイスに詰めてきた。


「寝る前に、ヴァイスに確認をしておきたいことがあるわ。このところ、貴方の様子が少しおかしい。あのレッドアースマン以降ね。何かが気になっているって様子だわ。何を気にしているの?」


 ヴァイスは懐から魔眼を取り出した。だがどう説明するかで迷った。ダンジョンに潜っている現在、全てを明かして惑わす必要もない。第一、信じてくれない可能性のほうが高いだろう。


「俺が気になっているのは、未知の魔物についてだ。この『魔眼』は、相手の名前や種族、強さなどが解るものだ。俺はこれで、この迷宮の魔物を見てきた。レッドアースマンとマンドゴリラ。この二つは、魔眼に表示されなかった」


「壊れているってこと?」


「いや、他の魔物は問題ない。お前たちも普通に表示される。だが先の二種については『不明』と表示された。これが一体、何を意味しているのかが気になってな……」


「どっちも、ヴァイスさんが知らなかった魔物ですね。ですがどちらも、他の迷宮でも見かける魔物です。マンドゴリラはそれなりに力を持っていますが、それでもダンジョンマスター程ではありません。ヴァイスさんが知らないということが、ちょっと信じられないのですが」


「そうだな。私も疑問に思っていた。ヴァイス、お前は本当に冒険者だったのか? 信じられない程に強く、見たこともない道具を普通に使っている。一方で、普通の冒険者なら知っているような魔物すら知らない。一体、お前は何者なんだ?」


「………」


 グラディスの質問に、ヴァイスは沈黙することしかできなかった。全員が注目する中で、ヴァイスは重い口を開いた。


「……今はタイミングが悪い。このダンジョンを攻略したら、俺のことを話そう』


 この場では、そう応えるしかなかった。





 翌日、ヴァイスと六色聖剣は地下二十五層でダンジョンマスター「ゴールド・ゴーレム」と対峙した。全身が金で覆われ、魔法全般に対して強い耐性を持っている。レベルは300を超えていた。六色聖剣はそれなりに苦戦したが、レイナとグラディスの連結技により討伐に成功した。大きな魔石とかなりの金を残し、ゴールド・ゴーレムは倒れた。


(やはり、DODの魔物は普通に魔眼が通じる。魔眼が通じない相手には、何か共通点があるはずだ。俺が知らない、つまりDODの魔物ではないのか? だがこの世界のオリジナルでもない…… 一体、何なんだ? 他の迷宮でも検証してみるか)


 討伐を終え、迷宮の出口へと向かった。





 ウィンターデンから北西に数日行くと、エルフの森「ルーン=メイル」に入る。ウィンターデンには四季があり、冬になれば雪がふることもあるが、ルーン=メイルの森は一年中、鬱蒼と茂っている。エルフ族の結界によって、一年を通じて一定の気温で安定しているためだ。エルフ族には大きく二つがある。一生の大半を森の中で暮らす「ルーン=エルフ」、一生の大半を闘いの中で過ごす「ヴァリ=エルフ」である。この二種は、対立こそしていないが積極的な交流はしていない。外見も大きく異る。ルーン=エルフは青い瞳と白い肌を持ち多くは金髪であるが、ヴァリ=エルフは褐色肌と茶色い瞳、そして銀髪をしていることが多い。


 ルーン=エルフの中には、他の種族との接触を役割としている者もいる。「代表者」と呼ばれる彼らは、人間族やドワーフ族と接触し、結界の境目で物々交換の交易を行う。人間と比べて長寿を持つエルフであっても、食べなければ生きていけない。ある程度の自給は出来るにしても、すべての素材が手に入るわけではなく、衣類や鉄製品などを外部から輸入し、エルフ族の薬品や森の恵みなどを輸出する。特に「サトウカエデ」から抽出されるシロップは、甘味料として人気があり、重要な輸出品となっている。


 他種族との接触があれば、その中で「混血者」が誕生する場合もある。ヴァリ=エルフ族では、人間との混血者をそれ程タブー視する文化は無いが、ルーン=エルフ族は人間との混血者を「ハーフ・エルフ」と呼び、森への立ち入りを禁じるなどの追放処分を行うことが多い。人間の世界においても異端者であるが、外見が見目麗しいことが多いため、奴隷としてハーフ・エルフを求める貴族も多いのである。





 鬱蒼と茂る大森林の中の開けた場所に、その集落はある。石と木で作られた家々が並んでいる。その中でも一回り大きな建物内で、男たちが集まっていた。蝋燭の灯りの中に影が揺れる。全員が一様に沈鬱な表情を浮かべていた。一人が溜息を漏らす。


「まさか、この森に『迷宮ダンジョン』が出現するとはな。この数百年、いや千年は無かったのではないか?」


「恐らくな。英雄王ルドルフの建国以前から、我らの森は結界に護られてきた。魔素の集密を防ぎ、迷宮が生まれるのを阻止してきた。大婆様でさえ、記憶に無いと仰っておられる……」


「討伐に潜った者たちの話はどうだ?」


「それが問題だ。森に稀に出没する魔物とは桁が違うらしい。石鏃の弓矢と短剣程度では、とても討伐は出来ん。現在は入り口を結界で塞いでいるが、このままでは魔物大行進モンスターパレードが発生してしまう。何とか手を打たなければ……」


「やはりここは、人間の冒険者を雇うべきではないか? 森への立ち入りを許すことには私も忸怩たる思いがあるが、背に腹は代えられぬだろう。少数精鋭の冒険者集団パーティーでなら、他の者も抵抗も少ないだろう」


「となると、ウィンターデンの『六色聖剣』か。だが六色聖剣のリーダーは……」


 全員が一人の男に注目した。男はしばらく沈黙していたが、意を決して頷いた。


「他によすがが無い。私が手紙を認めよう。だが、もう十数年も離別したままだ。それに娘は私のことを酷く恨んでいる。果たして動いてくれるかどうか……」


「他にも動いておく必要があるな。冒険者ギルドの方にも声を掛けよう。数日後にウィンターデンからの行商隊が来る。冒険者ギルドの方にも手紙を運んでもらうように手配しよう」


 方針が決まり、一人を除いて皆が退室した。薄暗い部屋の中で、男は辛そうな表情をして瞑目していた。


「ユリア……レイナあの子は、私を恨んでいるだろうな……」


 小さな呟きが漏れた。


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