第24話 冒険者たちとの出会い
王都の酒場を借り切っての立食パーティーが開かれている。屈強な男や気の強そうな女が、思い思いに料理を盛って食べていた。その数は百人を超える。帝国中から集められた
「壮観な光景ね。名の知れた冒険者パーティーの殆どが参加しているわ」
レイナが周囲を見回す。帝国南方の港町ブラーノからは「渦潮」、西方国境近くの城塞都市バルマから「閃光」、その他にも多くのパーティーが駆けつけてきた。
「一人あたり金貨数百枚の大仕事だからな。成功した場合は、皇帝から参加者全員に感状も渡される。冒険者としても箔がつく。この条件なら俺でも参加するな」
「来てないのは〈紅の騎士団〉くらいか。だが傘下の〈
肉に眼のないグラディスだが、流石にこの場では人目を気にして、飯を貪ったりはしていない。エレオノーラとルナ=エクレアは、食事に夢中になっているミレーユの面倒をみている。アリシアは見た目の良い男たちと談笑していた。
「よぉっ! ヴァイス、久しぶりだな」
リューンベルクの
「一度、お会いしていますが改めてご挨拶を…… リューンベルクの真純銀級パーティー夜明けの団のリーダーをしているトマスです」
「
「グラディス・ハーゲンハイムだ。夜明けの団の活躍は耳にしている。一緒に戦ってくれるのは心強い」
挨拶が終わると、トマスはヴァイスの肩に手を掛けた。レイナたちに背を向け、耳元で尋ねる。
「おい。レイナとデキたってのは聞いてるが、まさか、あの銀閃グラディスにまで手を出してねぇだろうな?」
「ん? ままま、まさか…… うん、手はぁ…… 出してないぞ?」
「……お前、いつか刺されるぞ?」
ヒソヒソと男たちが話をしている。レイナはふぅと溜息をついた。そこに金褐色のショートカットの女性が近づいてきた。動きやすそうなズボンを履いた男装の麗人である。
「楽しそうですわね、ヴァイスさん。それに、六色聖剣のレイナさん、グラディスさん。そして夜明けの団のトマスさんですわね? 私はエルデガルド・エレンフェストと申します。事務の面から、皆様の御支援をさせていただきます。どうぞエルダと呼んでください」
「……おいヴァイス。この美しいお嬢さんは、お前の何だ?」
トマスが肘でヴァイスを突いた。本人はそのつもりは無いのだろうが、それは爆弾に等しかった。レイナの表情が消える。
「エレンフェスト嬢、この度はこうした場を設けていただき、有難うございます。ですが、ここは冒険者たちが互いの理解を深めあう席……
「あら。私はヴァイスさんが苦手とされている書類作業を担います。いわば、
エルダは意図的に、レイナを刺激する言葉を使っていた。金髪美女のアイスブルーの瞳に火花が走る。
「いい度胸しているわね。迷宮に入ったこともない、ただのお嬢様のくせに……」
「感情に任せて言葉を使われるのは、淑女として端たないですわよ?」
二人の視線が交錯し、バチバチと火花を散らせていた。ヴァイスは助けを求めるために顔を横に向けた。こうした場合はトマスの下品なジョークが効くだろうと思ったからだ。だが、いつの間にか姿が消えていた。気がついたらグラディスの姿も見えない。ヴァイスは六色聖剣の他のメンバーを探した。
(アリシアあたりなら……)
男たちと談笑している赤髪の美女が、チラとこちらに視線を向け、そして笑顔のまま話に戻った。
(あっ、いま視線逸らせやがった!)
「おい、女ども。喧嘩なら外でやれ。酒が不味くなるだろ」
黒髪の男が、いつの間にかレイナとエルダの間に立っていた。ミュラー・カウフマンであった。無表情のまま冷たい視線を左右の美女に送る。二人は冷水を掛けられたように冷静になった。エルダは咳払いをして一礼し、その場から離れた。
「スマン。助かった」
「ご、ゴメンさない。つい、熱くなっちゃったわ」
「チッ…… お前らもしっかりしろ。迷宮で痴話喧嘩なんてされたら堪らねぇからな」
感謝と謝罪を述べる二人に、ミュラーは舌打ちした。宴も
「本日は20を超える冒険者パーティーの方々に集まっていただきました。明日の午後一番に、冒険者ギルド本部にてこれからの予定をお伝えします。皆様もお聞きの通り、帝国はアガスティア大山脈を本気で手に入れようとしています。そのための具体的な計画と現場での役割分担についてご説明します」
「宿代は払ってくれるのかい?」
「10人ばかり手下ども連れている。せっかくの王都だ。それなりの宿に泊まらせてやりたいんだよ。コッチは呼ばれて来たんだ。メシと酒は馳走になったけど、できれば宿代も欲しいねぇ」
「ギルド近くの宿三つを借り切っています。流石に最高級とはいきませんが、それなりの宿です。後ほど、宿に泊まれる手形をお渡ししますので、受け取ってください」
「ふーん。気に入ったよ、嬢ちゃん。ちゃんとそこまで考えてるんだねぇ。ブラーノに来たらアタイらに連絡しな。上等な酒場を紹介してやるよ」
「ありがとうございます。今回は王国の歴史上でも類を見ない大きな作戦です。糧食の手配など後方事務はお任せください。皆さんは迷宮で力を発揮して頂きたいと思います。では明日午後に、ギルド本部にお集まりください」
そこでその場は解散となった。
「あの女に手を出したら、許さないんだからっ!」
その夜、レイナは激しく燃え上がった。喜悦に金髪を振り乱しながら、嫉妬と快楽の炎に身を焦がしている。ヴァイスは苦笑しながら耳元で囁いた。
「心配するな。俺の女はお前だけだ」
役割分担をどうするか。快楽の中でも、ヴァイスは脳裏の片隅で冷静に考えていた。
翌日の昼過ぎ、ギルド本部の会議室には冒険者パーティーのリーダーたちが集まっていた。会議室といっても、学校のような整然としたものではなく、ただの広間である。己の腕一本で自由に生きている冒険者に秩序を求めるのも無理な話であった。
ギルド本部長のリヒャーゼンとエルダ、そして何人かのギルド職員が入室してきた。リヒャーゼンが冒頭のあいさつを行い、その後でエルダが前に出てくる。
「皆さん、お集まりいただき有難うございます。早速ですが、アガスティア山脈攻略計画のご説明を致します。私は、本計画の事務を統括しますエルデガルド・エレンフェストです」
壁に大きな紙が貼られた。帝国北東部の地図である。
「今回の計画の最終目標は、帝国北東域全てを帝国の支配下に置くことです。そのためには、ウィンターデン東方の大森林地帯、そしてアガスティア大山脈、これらを完全に踏破し、全ての迷宮を討伐しなければなりません。迷宮の数は不明ですが、百を超える可能性もあることを覚えておいてください」
全員が沈黙している。何年掛かりになるかも解らないような巨大な計画である。白髪の男が手を挙げた。「閃光」のリーダー、レオナルド・フォークナーである。
「それほどの大掛かりな作戦ならば、誰かがまとめ役をしなければならないだろう。この依頼を受けたヴァイスハイト・シュバイツァー殿がまとめ役ということになるのか?」
「そうです。具体的には、数箇所の迷宮を下調べし、その結果をもとにどの迷宮をどのパーティーに任せるかを決めていきます。ヴァイ……シュバイツァー殿は遅れが出ている迷宮への支援役となっていただきます」
その場の冒険者たちがざわめく。つまりヴァイスが指示役となり、実際に現場で汗を流すのは自分たちということであった。迷宮に潜るのは構わないが、潜らない奴の指示など受けたくない。これが冒険者たちの共通の認識であった。先程のフォークナーが咳払いして反論する。
「申し訳ないが、その案は承服しかねる。シュバイツァー殿は優れた冒険者なのだろうが、我々も冒険者としての自負がある。一緒に潜るのならば構わないが、地上で待機する彼の指示など、受けるつもりはない」
「だいたい、遅れてるパーティーの支援っていうけど、追いつくまでどれくらい掛かるのさ。アンタが到着する頃には、討伐なんて終わってるよ」
ラファエラ・リードが腕を組んでヴァイスを睨む。だがヴァイスは小指で耳を穿った後に、肩を竦めて反論した。
「お前ら、迷宮討伐舐めてない?」
その言葉に、冒険者たちの表情が凍った。
「今回の計画をザッと説明するとこうだ。集まった冒険者パーティーから上位九組を選出する。そしてさらに、それを三つに分ける。同時三箇所の迷宮討伐。一つの迷宮につき三つのパーティーが討伐に取り組むってわけだ」
ヴァイスはそこで、アイテムボックスから冊子を取り出した。初めて見る異空間収納の能力に、フォークナーもリードも目を剥いた。
「コイツは英雄王ルドルフが書いた回想録だ。この中に、アガスティア山脈の迷宮について述べた部分がある。一つの迷宮につき、平均して四〇層はあったそうだ。八〇〇年前でそれだぞ? 今なら五〇層を超えているかも知れない。解るか? お前らがこれまで討伐してきた
「へぇ…… 言うじゃない。まるでアタイらが素人冒険者って言いたそうだね?」
「そこまでは言わないさ。だがお前ら、五〇層の迷宮を経験したことがあるのか? 出現する魔物はどれも、これまでの二倍以上の強さを持っていると考えてくれ。そうだな。迷宮主は最低でもドラゴン以上だと思っていればいい。ハッキリ言って、三組掛かりでも厳しいと思ってる」
「シッッッ!」
ヴァイスにいきなりレイピア剣が襲いかかった。
「いい突きだ。だがその程度では俺には届かないよ?」
自分の刺突を止められたリードは、怒りの表情を浮かべて蹴りを放った。だがその蹴りも、ヴァイスの頭に命中する直前で見えない力によって止められた。
「な、なんで……」
リードが困惑の表情を浮かべる。ヴァイスは自分の顔の左側にある美しい脚を丁寧に退けた。
「防御結界のようなものだ。ある一定以上の強さがなければ、俺には当てられない。アガスティア山脈の迷宮主の殆どが、その一定を超えているはずだ」
「……そんな妙な手品だけでは納得できないね。アタイに指示するんなら、それだけの力を見せてもらわないとね」
「あぁ、そのつもりだ。そこの白髪の奴も納得しないだろ? だから俺の力を見せてやる。エレンフェスト殿……」
ヴァイスに促されるかたちでエルダが説明を引き継いだ。
「ヴァイスハイト・シュバイツァー殿は
「へぇ。サシで戦うってのかい?」
「いや。各パーティー単位で、メンバー全員で一斉にかかって来い。無論、本気でだ。剣も槍も弓矢も魔法もなんでもアリだ。持てる力の全てを使って、全力で俺を殺しに来るがいい。安心しろ。手加減はしてやる」
冒険者たちの眉間に血管が浮かんだ。ラファエラ・リードは殺意を帯びた瞳をヴァイスに向けた。
「了解。せいぜい後悔させてやるよ。アンタの下半身を切り取って犬に食わせてやる」
リードはそう言って、背中を向けた。一方、約一組のパーティーが恐る恐る手を挙げて事態を申し出た。
「あー…… 俺たちは遠慮するわ。ヴァイスと戦うなんて冗談じゃねぇ」
〈夜明けの団〉のトマスであった。他の冒険者たちが白い目で見る中、夜明けの団のメンバーたちは全員が頷いている。「リューンベルクの奴らは腰抜けかよ」という陰口が聞こえた。トマスは肩を竦めて反論する。
「何とでも言いな。俺はヴァイスの力を知っている。だから勝ち目のない戦いはしねぇのさ。勇気と無謀は違うからな。断崖絶壁から飛び降り自殺する奴を勇気があるって言うか? 同じようにヴァイスを知る六色聖剣はどうすんだい?」
「あら、私たちはヤルわよ?」
レイナは笑みを浮かべた。
「ヴァイスと本気で戦う機会なんて滅多にないもの。ところで、さっきの手品だけれど、アレは使わないのよね?」
ヴァイスは片眉を上げた。「上位物理攻撃無効化」を外せと言っているのだ。無論、外したところで何の問題もない。実際、DODではこの常時発動スキルは殆ど役に立たなかった。戦う相手が全員Lv999だったからだ。スキルに頼って勝てるほど、PvPは甘くない。
「あぁ、使わないから安心しろ。〈Grand Brave〉の力を見せてやる」
そう言って、低く笑った。
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