第23話 アガスティア山脈攻略計画
パチパチと炭の爆ぜる音がする。DODにおける最難関迷宮「神々の墓場」(通称
「なぁ、勇者の敵っていうと、魔王がテンプレだよな?」
金髪の男が瓶ビールを飲みながら呟いた。赤茶髪の男は、紅白色の紙の箱からフライドチキンを取り出して、頬張った。
「まぁ、そうだな。もっともここでは〈神〉が敵なんだが……」
「少し考えたんだがな。魔王っていうのは、魔物とか魔族とかの王様だろ? なら、魔物や魔族からすれば、魔王こそが〈勇者〉なんじゃないか?」
「おいおい、どうしたんだよ。厨ニ病が発症したか?」
赤茶髪の男の茶化しに、金髪の男は真剣な表情で首を振った。
「真剣な話なんだ。俺たちはDODのトップランカーだ。俺たちは、他のプレイヤーを狩っている奴らを潰している。襲われている無課金者や、低レベルのプレイヤーにとっては文字通り〈勇者〉だろうさ。だがPK者から見ると、俺たちは何だ? 魔王なんじゃないのか?」
「俺らが間違ってるって言いたいのか?」
「いや、そうじゃない。嫌がるプレイヤーを無理やり襲って装備を奪う奴はどうかと思うし、襲われている奴を守りたいっていうのは俺も同じだ。だが、襲っている奴らにも、奴らの理屈がある。これはゲームだ。PKもシステム上は認められている。だったら問題ないだろ。そういう理屈もある」
「あぁ。身勝手な理屈だな。だから俺は相手の理屈に合わせている。だったらお前をPKしてやるってな」
「俺たちには俺たちの理屈があり、
「………」
赤茶髪の男は暫く沈黙し、そして呟いた。
「正義と、それと相反するもう一つの正義か……」
口にしたあとに首を振った。アイテムボックスから瓶ビールを取り出して一気に呷った。
「お前の考えは解るが、俺に迷いはねぇよ。〈強大な力を持つ者は、それに相応しい責任がある〉 俺はこの言葉が好きだ。餓鬼の頃から、勇者に憧れてた。たとえ仮想現実でも、それを
「ブレないな。お前は」
金髪の男は苦笑して、石床に置かれた「髭老人が描かれた円筒箱」に手を入れた。
ゴールドシュタイン帝国国務尚書フリッツ・エレンフェストは憂鬱な表情を浮かべていた。皇帝アレクサンドルによって決められた方針「アガスティア大山脈の回復」の達成は、掛け声だけでできるものではない。金貨五〇万枚という予算を捻出するためには、軍部や各貴族たちにも協力を要請しなければならない。そして予算以上に、重大な問題があった。
「やれやれ。陛下の冒険者好きにも困ったものだ。教育予算と民生予算には手を付けるわけにはいかんからな。国是に反する。かと言って臨時徴収というわけにもいかん」
英雄王ルドルフ・ゴールドシュタインは王国を打ち立てた時に一つの国是を定めた。「教育の義務」である。帝国民は6歳から12歳までの6年間、各街に置かれた「学校」で読み書き計算を学ぶ。学費は無料で食事まで出る。そのため、帝国民の識字率は他国と比べると驚くほどに高い。字が読めないのは、東西から流れてきた流民くらいである。
「何をお悩みなのですか? お父様」
顔をあげると、金褐色の髪をした美しい女性が扉の前に立っていた。娘のエルデガルド・エレンフェストである。「エルダ」という愛称を持ち、帝国の重鎮の愛娘であることから、深窓の令嬢と思われがちだが、エルダはそれとは真逆の性格をしている。髪を短く切り、男性服を来て剣術や馬術などを趣味としている。その一方で行政官としての手腕は父親すら舌を巻くほどであった。現在は、エレンフェスト家内を切り盛りしているが、帝国の人事局から引き抜きの声まで掛かっている。
「いやなに、大したことではないよ」
「あら、それは頼もしいですわね。英雄王以来、帝国800年の悲願を〈大したことない〉とは」
父親は苦笑した。この娘の舌鋒は、父親に対しても遠慮はない。男であったら、と思ったことは幾度もある。実際、自分の仕事の一部を手伝って貰ってもいるのだ。国務省に入れるべきか悩んだことも幾度もあった。
「アガスティア大山脈の回復と、それに必要な資金の捻出。そして具体的な工程の作成…… お父様の役割は重大ですわよ? 特に今回は、冒険者を巻き込むのですから」
「そうだな。帝国の兵士たちだけで行うのなら、或いは楽なのかも知れん。だが今回、陛下の勅命を受けたのは一介の冒険者だ。歴史上初めての、単身での
「陛下のご判断は正しいですわ。それ程の冒険者を野に放っておくなど、国家の損失です。もし他国に流れでもしたら、国防の観点からも宜しくありません。陛下はきっと、この巨大
「確かに。冒険者ギルドの宗主国たる帝国にこそ、
国務尚書フリッツ・エレンフェストの最大の悩みは、今回の計画が帝国と冒険者との「合同計画」であるという点だ。冒険者もまた帝国の民である以上、法には従うだろう。だがそれ以上の強制はできない。ヴァイスハイト・シュバイツァーこそ、勅命を受けた名誉貴族であるため動くだろうが、他の冒険者まで帝国に協力する理由は無いのだ。彼らをどうその気にさせ、動かしていくかが問題であった。
「あら、簡単なことですわ。冒険者ギルドに依頼を出すのです」
フリッツは目を細めて娘を見つめた。その程度のことは自分でも考えられる。問題はその先であった。エルダは涼しい顔で言葉を続けた。
「冒険者は何によって動くか。人それぞれでしょうが、共通しているのは「箔」と「報酬」です。皇帝陛下からの依頼とあれば、それだけで箔が付きます。さらに満足行く報酬を提示すれば、多くの冒険者が集まるでしょう」
「それくらいは私も理解っている。だが冒険者は独立気風が強い。帝国の役人の指示に従うだろうか?」
「無理ですわね。彼らは役人嫌いというよりは、他人から指図されることを嫌います。自分の腕一本で生きていることに誇りを持っているのが冒険者ですわ。ですが、彼らが従っても良いと思えるものが一つだけあります」
「ほう。それは何かね?」
「力です。それも比べようもない圧倒的な力。つまり今回は、ヴァイスハイト・シュバイツァー殿の強さに従ってもらうのです」
「ふむ。それで、具体的にはどうするのかね?」
「シュバイツァー殿にその強さを証明してもらえばよいのです。そうですわね。例えば帝都の闘技場を借りて、冒険者たちを集め、シュバイツァーと戦ってもらうとか」
「おいおい。最低でも数百人は集まるのだぞ? それを一人でなど……」
「あら。かの英雄王はたった一人で数万もの魔物を相手に戦い、傷一つ負わずに
フリッツは溜息をついて首を振った。この娘は英雄王の伝説を本気で信じているのである。そんな人間など存在するはずがない。今回のことで、この利発ながらも浪漫主義的な娘の目が覚めてくれると良いのだが。フリッツはそう願っていた。
「シュバイツァー殿とは二日後に会う予定だ。お前も同席するかね?」
「えぇ。ぜひ……」
後にフリッツは、この時の自分の判断を恥じることになるのだが、彼が悪いわけではない。常識的な人間であれば、彼の意見に賛同したであろうからだ。彼が悪いのではなく、そもそも相手が非常識な存在だったのである。
「シッッ!」
ミュラーが空中で回し蹴りを右足で放つ。だがヴァイスは悠々とそれを躱した。だが驚いたことに、ミュラーは躰を空中で逆回転させ、今度は左足で回し蹴りを放ってきた。ヴァイスのコメカミを掠める。
「何だ、あの動きは。なんであんなに滞空時間を保てる?」
それを見ていたグラディスが呻き声を上げた。レイナや他のメンバーたちも驚きの表情を浮かべている。
「凄い。掠っただけだけど、ヴァイスに一撃入れた……」
ミレーユが手を叩いて称賛する。だが当の本人は、それどころではなかった。着地した瞬間、ヴァイスが眼前にいて横薙ぎの蹴りを入れてくる。肘と膝でそれを受け止めようとして、吹き飛ばされる。辛うじて防いだが、痺れるような痛みを感じた。着地してツバを吐くと、赤い色が混じっている。
「化け物がっ…… テメェ、人間じゃねぇだろ!」
「いや、それを言うならお前も大概だろ? レイナやグラディスでも、ここまでは戦えんぞ?」
二人が再び動く。およそ人の速度ではない。レイナたちも、目で追うのがやっとであった。他の冒険者たちは呆然として、ただ眺めることしか出来なかった。
「ウム…… ミュラーが本気で戦っているのに、まるで子供扱いとは。これが
パーティー「
「って言うか、ありゃ本当に人間じゃないよ。アタシの眼にはあのヴァイスって奴が三人に見えてるんだけど?」
「ミュラーって、小柄な割には結構重かったよな? なんであんな軽そうな蹴りで吹き飛ぶんだ? 俺はもう考えるの止めたぜ? 俺は人間だからな。化け物と比較しても意味ねぇよ」
ポーター兼素材回収役のゾルタン・リッケンは肩を竦めていた。そしてミュラーの妹であるロベルタ・カウフマンは、小さく呟いた。
「父さん……」
ミュラーの突きをアッサリと躱し、ヴァイスは掌をミュラーの胸に押し当てた。
「奮ッッ」
腰の動きと体重移動で放つ「寸勁」で、ミュラーが吹き飛ぶ。DODの頃に、中国拳法に憧れて見様見真似で使っていた技だ。誰かに習ったわけではない。圧倒的ステータスに任せた、ただの押し出しである。
(拳法スキル「大功夫」は海王にしか使えないからな。まぁ格好だけの似非だが……)
ミュラーは片膝をついて肩で息をしていた。ヴァイスは片手を上げて試合を止めた。兄に肩を貸しながら、妹が小さく呟いた。
「まるで、父さんみたいね……」
「いや、親父以上かも知れねぇ。両方とも差がありすぎて比べようもねぇがな」
そこにヴァイスが近づいてきた。奇妙な眼鏡を顔につけている。兄を見て、そして妹を見た。
===================
Name:ロベルタ・カウフマン
Level:481
Job:魔道士
最大HP:13677
最大MP:28045
状態異常:無
===================
「魔道士か。だが支援魔法なども使えるそうだな。できるだけ均等にレベリングしていこう」
「…… 貴方は、一体何者なの?」
「………」
ヴァイスは沈黙して、黒髪の美少女を見つめた。やがて小さく呟く。
「アガスティア山脈に行く前に、話してやる。お前たちの力が必要だからな」
兄弟は顔を見合わせ、頷いた。
帝都郊外の屋敷に馬車が向かう。乗っているのはヴァイスだけであった。レイナたち「六色聖剣」は「
「我々もヴァイスと共に、アガスティア山脈に入る。
ミュラーは黙って頷いたそうだ。ヴァイスの見立てでは、六色聖剣のほうがパーティーとしてはバランスが取れていた。
無論、こうした動きを苦々しく思っている存在もいる。紅の騎士団からはギルド本部に苦情が出されている。だがギルド本部長は歯牙にもかけていないようであった。そしてそれはヴァイスも同じである。
「紅の騎士団の……誰だったかな?
やがて馬車は瀟洒な屋敷の前で止まった。馬車を降りると、金褐色の髪をした男装の麗人が出てきた。美青年なのか美女なのかで判断が迷った。
「
「娘」と聞いて、美女の方だと判断し、ヴァイスは会釈した。そして先程の言葉を訂正する。
「ヴァイスハイト・シュバイツァーです。では私のことばヴァイスと読んでください。それと一つ誤解があるようです。私は
「確かに。ですが私は、貴方は
「そのほうが、面倒に巻き込まれずに済んだと思っていたんですよ。もっとも、勘違いだったようですが」
そう言ってヴァイスは肩を竦めた。エルダは笑った。
「かの英雄王はこう残しています。〈強大な力を持つ者は、それに相応しい責任がある〉 貴方はお強いのですから、たとえ面倒であっても担って頂かないといけませんわ」
(いや、その台詞はそもそも俺がNEOに言ったんだが……)
ヴァイスは頭を掻いて溜め息をついた。
「シュバイツァー殿、よく来てくれた」
「陛下との謁見においては、お世話になりました。何分、礼儀作法などに疎い冒険者ですので、本日も失礼があるかも知れません。ご容赦ください」
国務尚書フリッツ・エレンフェストは、表面上は朗らかにヴァイスを出迎えた。応接間に通され、重厚な椅子に座る。ヴァイスの目の前にはフリッツが、そしてその横には娘のエルダが座った。
「娘は行政官として優秀でね。特に事務処理の速さは帝国一とも言われている。今回の攻略計画は帝国全体を巻き込んだ大掛かりなものだ。娘に事務面を担当させようと考えている」
「それは助かります。正直、私はそうした事務の仕事が苦手です。迷宮討伐なら得意なんですが……」
「ハッハッハッ 帝国一の冒険者にも苦手はあるか。卿に人間らしいところが見れて良かった」
「欠点だらけですよ。細かいカネの計算や書類の整理整頓なんか大嫌いです。そもそも私は、文字すらろくに読めないんです。そうした仕事はできれば他の人に任せて、迷宮に潜って討伐することに集中できたらと思います」
エルダに顔を向けて、ヴァイスはそう告げた。金褐色の髪を持つ美女はニッコリと微笑むと、何枚かの紙を机に並べた。
「計画の素案は、既に出来ています。私の方からご説明しますね」
文字が読めないという先ほどの一言で、エルダは気を利かせた。ヴァイスが読めるのは冒険者ギルドに貼られている依頼書と報酬の数字くらいである。ここは素直に、謝意を示した。
「今回の計画は、大きく三つに分けられます。〈準備〉〈実施〉〈維持〉です。アガスティア大山脈は
〈大〉と付くだけあり極めて広大です。大陸公路を維持するための砦が山脈の両端に築かれていますが、内部については殆ど不明です。ルドルフ王やその後の冒険者たちが残した僅かな情報しか残されていません。迷宮数も不明です」
机の上に地図が広げられた。アガスティア山脈の地図らしいが、その形状や縮尺は曖昧で、あまり信用できないとのことだった。「
「アガスティア山脈は帝国の北東部に位置します。ウィンターデン北東部に山脈の西端があり、そこから東に伸び、そして南へと続き、リーデンシュタイン公国の東端で終わっています。山脈の麓には広大な原生林が広がり、強力な魔物が生息していると考えられています。この原生林および山脈全ての迷宮を討伐し、帝国の管理下に置くこと。これが、今回の計画の最終目標です」
改めて考えると、途方もない計画であった。迷宮を片っ端から潰せばよいというものではなく、人の手で管理できるようにしなければならないのだ。サラリーマンをやっていた「
「迷宮は一箇所を討伐しても、別の場所に再び出現します。ヴァイス殿がどれほど討伐されようとも、たった一人ではアガスティア山脈の回復は不可能です。そこで、皇帝陛下のお名前で冒険者ギルドに依頼を出し、帝国中の冒険者を集めたいと思います。それをヴァイス殿に束ねていただきます」
「フンフン…… はぁ?」
ヴァイスは思わず、素っ頓狂な声を上げ、〈無理無理〉と手を振った。
「いやいや、束ねるなんて無理でしょ。百歩譲って〈六色聖剣〉なら、これまでの付き合いから一緒に動いてくれるかも知れないけど、他の冒険者パーティーが俺に従うはずがない。冒険者が一番嫌うのは、他人から命令されることなんだから!」
素の言葉遣いになるほどに必死だった。そんな面倒は御免だからだ。だがエルダはクスクスと笑って、ヴァイスの退路を絶ち始めた。
「今回の依頼は、ヴァイス殿に対する皇帝陛下直々の〈指名依頼〉です。帝国の歴史上、そうした前例はありません。それだけで、ヴァイス殿は冒険者たちから一目も二目も置かれています。さらに、ギルド本部長から声明を出していただきます。ヴァイスハイト・シュバイツァーは英雄王に匹敵する実力を持っている。彼は
「やめてくれぇぇっ」
ヴァイスは頭を抱えた。そんなことをすれば目立って目立って仕方がないだろう。娼館どころか街中を出歩くことすらできなくなる。エルダは首を少し傾げて頷くと、代案を示した。
「ヴァイス殿が〈気ままさ〉を大切にしていることは承知しています。それでは、ギルド本部からの声明は取り止め、別の案でいきましょう。ヴァイス殿には、冒険者たちと戦っていただきます」
ヴァイスは深く息を吐いて、背もたれに寄り掛かった。少し目を細めて、涼しい顔をしている美女を睨む。その様子から、最初からソッチの案が本命だったんだろうと確信した。
この女…… いつか押し倒してヒイヒイ言わせてやる。そう思った。
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