第22話 元プレイヤーからの警告
帝都にある冒険者ギルド本部は静まり返っていた。買取りのカウンターに、巨大な魔石と二本の牙が置かれている。
「依頼は達成した。これはダンジョンマスターだった「
「……ド、ドラゴン? 本当に、本当にドラゴンなんですね?」
「疑うのなら鑑定でもなんでもすれば良いだろう? 依頼の報酬は皇帝から直接貰うが、素材買取りはここでやるんだろ?」
「とは言っても簡単には買い取れんよ」
口髭を生やした初老の男が姿を見せた。ギルド本部長のユリウス・F・リヒャーゼンである。既に引退した元冒険者だが、単身でミスリル級冒険者となった強者だ。紅の騎士団出身ではない。政治の干渉を嫌う先代のギルド長から指名を受けた「
「間違いなく、ドラゴンの牙だ。記録では六百年前に、北東のアガスティア大山脈に潜った冒険者が、ドラゴンを討伐している。その冒険者も単身でダンジョンを攻略したそうだ」
「ほう? それは初耳だ。アダマンタイン級にならなかったのか?」
「理由は解らんが、その冒険者はその後、鍛冶職人となった。剣などに付与効果を与える技術を確立し、巨万の富を築いたそうだ」
「
受付嬢が驚いた声を挙げた。ヴァイスは首を傾げ、少し記憶を遡った。DODの
「それで、カネツグさんは幾らで売ったんだ? 俺としては、早く皇帝陛下に報告しなくちゃいけないんだ。買取価格を教えてくれ」
「買い取っていないよ。彼はその素材を使って、自分の剣を作ったんだ。ドラゴンの牙と解ったのは、その剣がこのギルドにあるからだ。私の部屋に掲げられている」
「だったら言い値でかまわん。アンタが価格を決めてくれ」
ヴァイスの言葉に、ユリウスは苦笑した。「言い値」と言われても、下手な価格を付けたら他の冒険者たちにも悪影響が及ぶ。そもそもドラゴンの牙を加工できる者など、いないのではないか? 少し悩んだ挙句、スミスはヴァイスに少し頭を下げた。
「済まない。魔石だけ、買い取らせてくれ。この牙には値は付けられん。そもそも、加工できる者がいない」
「そうか…… だったらこの牙はギルドに寄付する。研究材料してくれ」
「ヴァイス! なに考えてるの? ドラゴンの牙よ? 御伽噺でしか出てこない伝説の魔物の牙となれば、金貨千枚でも安いくらいだわ」
レイナが引き止めたが、ヴァイスは笑って首を振った。
「俺にとっては、ドラゴンは大した敵じゃない。必要になったら、また狩ればいい。役に立たない素材など、ゴミと同じだ。で、魔石の価値は幾らだ?」
「この魔石一つで、帝都の下水処理施設を数年は動かせるだろう。金貨二千枚、二百万ルドラの値を付けさせてもらう」
「なら、あの場にいた全員に均等割りしてやってくれ。討伐したのは俺だが、彼らもダンジョンの外で待機していたのだ。タダ働きをさせるのは可哀想だろう?」
気前の良すぎるヴァイスの発言に、周囲から呆れの声が漏れる。帝国騎士団副団長のエリザベスが、ヴァイスを窘めた。
「ヴァイス殿。私たちのことまで考えてくださるお気持ちは嬉しいですが、ヴァイス殿の行動は、悪しき慣習を生み出しかねません。私たちは陛下の命を受け、職務としてヴァイス殿に同行したのです。冒険者に同行すれば、売却利益を山分けする、などと勘違いをする輩がでるやも知れません。私たちの分は遠慮します」
「私たち六色聖剣も同じよ。冒険者としての仕事は何もしてないわ。私たちは友人として同行しただけ。それに対してお金を支払うのは、返って失礼よ?」
「ふむ。そういうものか…… 解った。取り敢えず二千枚は受け取っておこう。まぁカネが多すぎて困るということはないからな」
白金貨二百枚が入った革袋が置かれた。無造作につかみ、それをアイテムボックスに入れた。
白い肌に汗を浮かせ、金髪の美女が喘ぐ。
「好きっ! 好きなの、ヴァイスッ! どこにも行かないでっ!」
女は不安だった。目の前の男は異邦人である。この世界のどこにも根を張っていない。ある日フラリと、何処かへ消えてしまうのではないか。女は常に、その不安を抱えていた。男は身体を起こした。女の背に手を回して見つめ合う。
「……俺の子を生むか?」
それは女の不安を解消する手段であった。この男の子を孕めば、男はこの世界に根を張ることになる。そして、自分の側にいてくれる。男の言葉に、女は狂った。
「生むぅっ! 生むわっ! お願いっ、私を孕ませてぇ! 貴方の子を種付けてぇっっ」
首に腕を回し、しっかりと抱きつく。女はハーフエルフである。人よりも寿命が長いが、簡単には妊娠しない体質だ。だが精を受け続ければ、いずれは子ができるだろう。
二人は明け方まで、子作りに励んだ。
「まさかこれほど早く戻ってくるとは思わなかったぞ。東方の迷宮の討伐、見事であった」
皇帝アレクサンドルは上機嫌な表情で、ヴァイスと六色聖剣を労った。冒険者ギルドから、ドラゴンの牙一本が皇帝に献上されるらしい。数百年ぶりにドラゴンを討伐したという知らせは、国内はおろか近隣諸国にまで伝わっているそうだ。実際、今朝宿を出た際には貴族の使いだの大商会の番頭だの、多種多様な人々に囲まれ、いささか辟易したのである。
「とは言っても、大した戦いなどではありませんでした。ダンジョンマスターは部屋に入ると〈よくぞ最下層まで辿り着いた云々〉と喋ります。時間が惜しかったので、喋ってる途中でパスッとヤッちゃいました」
「ハッハッハッ! パスッとか! 卿の前では、紅の騎士団も六色聖剣も形無しだな。ルドルフも巨大なドラゴンをたった一人で討伐したそうだ。こうして考えてみると国祖ルドルフの御伽噺は、事実なのやも知れぬな」
事実だろう。自分の元弟子は、DODの数多のプレイヤーの中で、トップ30に入っていたが、それ以上に戦闘技術に長けていた。VRMMOでは目に見える戦闘数値よりも、目に見えない技術の方が重要であった。ダンジョンや闘技場でのPvPで、
「さて、討伐完了の報酬についてだが、望むものを口にせよ。余の力の及ぶ範囲で、叶えよう」
「そうですね…… では、陛下から貴族の方々や商会の人たちに、ヴァイスハイトを誘うなと伝えてください。今朝は宿の前が人だかりでごった返していました。帰りもアレなのかと思うと、正直疲れます」
「ハッハッ! 卿は余の依頼に応え、余人では成し得ぬ偉業を成し遂げたのだ。卿と
「へ、陛下っ! それはあまりに過分かと……」
皇帝の直臣ということは、すなわち「貴族」である。戦場などで大きな働きをした者への報奨として、貴族呼称を許す制度はあるが、皇帝直々の誘いというのは極めて異例であり、身分のみを許される「名誉貴族」というわけにはいかない。きちんとした領地を与え、貴族社会に入れなければならない。大変な富と名誉が約束される。だがヴァイスは手を振って断った。
「ご冗談を! 私は〈伊達と酔狂〉で冒険者をやってるんです。貴族なんて窮屈なものを身に着けたら、迷宮にすら入れませんよ」
「だが余の直臣となれば、そうした有象無象の誘いが無くなるぞ? 余の臣下に手を出すなど、すなわち余への反逆だからな」
「なるほど…… それは確かに、一理ありますね」
胡座を掻いて腕を組んで悩む男に、周囲は呆れた。この男は、ここが何処で誰を目の前にしているのか、解ってるのか? ヴァイスは暫く悩み、そして首を振った。
「私としては、貴族の社交界などに入るほうが、よっぽど面倒で悩みそうです。それならまだ、誰かに追いかけられる方がマシですよ」
「ふむ…… ならばどうだ? 名誉男爵の称号だけ得ぬか? 一代限りの名誉称号で領地もない。そのため社交界などに出る必要もない。名ばかりではあっても、余の臣下になることには変わりはない。そうした有象無象の声も消えよう。その上で、余から卿に命じる。ウィンターデンに拠点を構え、北東アガスティア大山脈を回復させよ」
「アガスティア大山脈ですか。カネツグさんって人が潜ったとか?」
「カネツグ? それは知らんが、国祖ルドルフが挑戦し、失敗している」
「失敗した? あの、英雄王ルドルフが失敗したと?」
ヴァイスは思わず聞き返した。自分の弟子はレベル990の「英雄」であり、
「理由は判らんが、途中で引き返したそうだ。以来、アガスティア大山脈の深奥は〈禁断の地〉とされている。あの山脈はアダマンタインやミスリルといった希少鉱石が豊富で、麓の森林を開拓すれば肥沃な土地にもなる。歴代の皇帝にとって、アガスティア山脈の回復は悲願でもあるのだ。どうだ? 必要経費として、金貨五〇万枚を用意しよう」
レイナたちは息を飲んだ。金貨五〇万枚は、帝国としても決して安い金ではない。帝国を挙げての一大プロジェクトである。その責任者ということは、大変な重責を担うと共に、途方もない名誉を手にすることにもなる。
「お受けするに当たり、一つ、お願いがあります」
「何だ? 申してみよ」
「英雄王ルドルフの記録は残されていませんか? あればぜひ、読ませていただきたいのです。特に読みたいのは〈読めない文字〉で書かれた記録です」
「………」
皇帝アレクサンドルは沈黙した。他の者たちは、ヴァイスが何を言っているのか、理解できなかった。〈読めない文字〉で書かれているのなら、そもそも読めないではないか。
暫く沈黙した皇帝は、溜め息をついて呟いた
「卿は、不思議な男だな…… 本当に、ルドルフ王の再来なのかも知れぬ……」
皇帝は頷き、近日中に用意する約束をした。ヴァイスはこの依頼を引き受けることにした。アガスティア大山脈などどうでもいいが、自分の弟子が失敗したという迷宮に興味が湧いたからである。
「必要とあれば、六色聖剣の力を借りるが良い。卿にとっても、彼女らとの縁は大切であろう?」
皇帝は自分の後ろに視線をやり、ニヤリと笑った。まるで自分とレイナの関係を知っているかのようである。ヴァイスは改めて決意した。貴族などには絶対になりたくないと。
数日後、ヴァイスハイト・シュバイツァーに名誉男爵の称号を贈り、合わせて皇帝アレクサンドルの勅命として、アガスティア大山脈の回復の命が正式に下された。
名誉男爵に皇帝の勅命が下るなど前代未聞である。だが大多数の貴族たちは、嫉妬どころか同情した。アガスティア大山脈とはそれ程に危険地帯であり、まず不可能だと考えたからだ。その中で一名だけ、今回の発表に血を上らせる男がいた。
「クソッ! 名誉男爵だと? 勅命だと? たった一度、ダンジョンを攻略しただけで、俺を飛び越えて貴族になりやがって……」
酒を煽りながら、紅の騎士団団長アルフレッド・シュナイダーは呪怨の言葉を吐いた。
宮殿の一角に部屋を与えられたヴァイスは、運び込まれた「ルドルフ・ゴールドシュタインの記録」を読んでいた。案の定、自分の弟子は後世のプレイヤーのために、記録を残していた。自分が同じ立場なら、やはりそうしただろう。
〈この文字を読めるということは、君は私と同じく、日本国の出身者なのだろう。私はDead or Dun-geonというVRMMO-RPGから、この世界に転生してきた。君が、私と同じゲームから転生したのかどうかは判らない。だが私はこの世界に転生した先達者として、私が知ったことを遺す必要があると考えた。この世界の全てを回ったわけではないが、君のこれからの旅に少しでも役に立つことを祈り、筆を取る。私は、DODでは「NEO」という名であったが、本当の名は……〉
記録は、まずはルドルフ・ゴールドシュタインの正体から始まった。ルドルフはやはり、DODで自分が鍛えたプレイヤー「NEO」であった。漢字、平仮名、カタカナ、アルファベットが交じる世界一複雑な言語を久々に眼にし、ヴァイスの中には郷愁の念が過った。
〈この世界はDODと似ているが、まったく違う点もある。まず未知の魔物が存在する。相手の種族や強さを測る道具「
〈また、
どうやらこの記録は、ルドルフが老齢になってから書かれたものらしく、日記というより回想録に近かった。
〈エゼルミアという美しいエルフが仲間になってくれた。ただし、あくまでも「仲間」であって、女としては付き合ってくれないようである。口説いたがアッサリと断られてしまった……〉
「……なに考えてんだ。お前は?」
ヴァイスは失笑しながらも想像した。未知の土地にいきなり飛ばされた黒髪の青年が、苦労しながらも人々と交流し、やがて信頼を勝ち取り、そして王となっていく。この回想録には淡々とその様子が綴られているが、途方もない苦労があったに違いない。
〈北西部のドワーフ族の集落にあった古代遺跡からは、明らかにDODとは異なる道具が見つかった。「銃」である。DODには火器は存在しないはずだ。そして銃は、この世界の科学技術力では作れないはずである。これは何を意味するのか? 未知の魔物、未知の道具の存在から、私は一つの仮説を立てた。この世界は、DODというVR-MMOと、他のVR-MMOが混ざり合っているのではないか? DODのようなゲームは、他にも数多くあった。その中の一つ、あるいは複数が混ざり合って、この世界を形成していると考える〉
(確かに、この世界は可怪しい。ゾディアックやアスモデウスといったキャラは、DODでは見たことがない。他のゲームと混ざり合う…… つまり、未知の魔法やスキルもあるのか? そして、他から来たプレイヤーも……)
やがてヴァイスは、アガスティア大山脈について書かれた部分を見つけた。
〈アガスティア山脈は鉱物資源が豊富で、王国に多くの富を齎すだろう。私は冒険者ギルドに依頼し、アガスティア山脈の征服に乗り出した。だがあの山には、極めて危険な迷宮が存在していたのだ。私がいた世界DODの最難関迷宮「
「なん……だと?」
ヴァイスは手を震わせながら、口元を覆った。もし事実なら、自分でも踏破は不可能だ。
ヴァイスは記述を読み続けた。どうやらDODの
〈最初はごく普通の迷宮だった。だが第50層、迷宮主の階層に入った私は、我が眼を疑った。老人が険しい表情を浮かべて杖を掲げ、欲に溺れる愚者たちを罰している画……
ヴァイスは本を閉じて天井に顔を向けた。確かに、「全能神の扉」はここに記述されている通りであった。
「無理だ。もし本当に全能神がいるのなら、俺一人では討伐できない」
かつて総合戦闘力一位と二位が、たった二人で
「あれで夏季休暇が全部潰れたんだよなぁ……」
ヴァイスは盛大に溜息をついた。いずれにしても、この眼で確認しなければならない。もし本当に
「いずれにしても、あんなデカイ山脈を俺一人で制圧するのは無理だ。取り敢えず、人手が必要だな。宰相のオッサンにお願いするか」
少し迷い、手にしていた回想録をアイテムボックスに収納した。
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