第21話 諸勢力の蠢動
〈About 800 years ago〉
美しきエルフが5本の矢を同時に放った。出現した魔獣の剣すら通さないほどに堅い外皮を簡単に貫く。ドワーフの男が、音を立てて倒れた魔獣から素材を抜き取る。
「アガスティア山脈の迷宮か…… 確かに平地とは違うな。魔物がより強くなっている」
「でも俺らの敵じゃねぇな。あー、なんて言ったかな。レベリング? やっぱ、冒険者ギルドにもやり方を教えてやったらどうだ?」
とても王に対する言葉遣いとは思えないほどに気軽に話しかけてくる。だが英雄王は、特に気にする様子もなく答えた。
「楽をして強くなっても、本当の意味での強さは身につかないさ。俺の師匠が言っていた。レベルは強さを示す指標の一つに過ぎない。真の強さは別のところにあるってな」
「それだけではありません。強い冒険者が増えれば、それだけ迷宮の力も強くなります。九大賢者物語でも描かれていますが、超常の力を持つ者が増えれば、大きな災厄を招きかねません」
セルビット族の女性が「ライト」の魔法を操作しながら意見した。操作と言っても手で動かしているわけではない。頭上に3つの光球を浮かべ、迷宮内を照らしている。手には紙束と羽ペンを持ち、討伐した魔獣の姿や素材などを熱心に書き付けていた。
「リスティ、コイツの皮は使えそうじゃわい。良い皮鎧になるじゃろ」
ドワーフ族の戦士ドルファンが嬉しそうに皮を剥いでいく。英雄王は
「ウム、やはりルドルフの酒は効くわい。お主とこうして潜らんと、飲めんからのぅ」
ドルファンは嬉しそうに琥珀色の酒を呷っていた。英雄王ルドルフ・ゴールドシュタインが直々に料理をする。騎士団などがいたら卒倒するような光景だが、仲間たちにとっては見慣れたものであった。
「この世界に来て、20年近くになるから、そろそろ酒も尽き始めているんだ。早いところ蒸留技術を確立して、酒造りをしないとな……」
自分の師匠は、百年分はあるのではないかと思えるほどに大量の食材をストックしていたが、2年ほどのプレイ期間でこの世界に飛ばされたことと、元々が
「それにしても、この程度で撤退するとは…… 冒険者ギルドとやらは、些か温いのではないかの? その
ルーン=エルフ族の
「うーん、僕の十分の一くらいかな?」
エゼルミアは溜息をついた。この男は今になっても、自分の強さを理解していないフシがある。
「汝の十分の一なら、かなりの強さであろう。我とて、汝にはただの一撃も入れられないのじゃぞ? 百分の一の間違いではないか?」
「いや、エゼルミアは強いよ。実際、レベルはすでに600以上だし……」
「そう言われても分からんがの?」
エゼルミアは苦笑するしかなかった。眼の前の男は、顔に装着する奇妙な装備によって、人や魔物の強さを測ることができる。以前に見せてもらったことがあるが、文字が読めなかった。だがこのパーティーで迷宮を次々と討伐し続けた結果、有り得ない程の力を手に入れたのは事実である。そして、それと共に迷宮が徐々に変化していった。
「おいおい、地下四十層以上かよ。なんかドンドン、迷宮が深くなってねぇか?」
「妾も噂でしか聞いたことがないが、九大賢者時代は八十層の迷宮もあったと聞くの。やはり、人々が強くなるに連れ、迷宮も深くなっていると考えるべきかの」
「フンッ…… アタシらに掛かれば、大したことはないよ。さぁ、とっとと潰しちまおうぜ!」
ヴァリ=エルフ族の女戦士プリゾアが、巨大な剣を振るった。男性であれば二人掛かりでも持ち上げるのが困難な大剣を軽々と振る。夥しい魔物を屠り続けて進み、やがて最下層に辿り着いた。
「
「待てっ!」
セルジオが扉に手を掛けようとしたのをルドルフが止めた。いつになく厳しい口調に、セルジオを始め全員が驚いた。ルドルフの顔は蒼白で、信じられないといった表情を浮かべている。
「どうしたのじゃ? 汝らしくもないの? 我らの心配を余所に、いかなる魔物をも恐れずに突っ込み、軽く屠り続けてきたではないか?」
エゼルミアが怪訝そうに尋ねる。だがルドルフの耳には届いていないようであった。眼を見開き、目の前の巨大な扉を食い入るように見つめている。
「……みんな、撤退だ。絶対にこの扉を開くな」
「あん? なに言ってんだよ。ここまで来てそりゃねぇだろ?」
セルジオが眉間を険しくする。だがルドルフは鋭い声をあげた。
「これはリーダーとしての命令だっ! 絶対に開けるな!」
これまでにない厳しい口調に、全員が沈黙した。ドルファンが咳払いをして聞く。
「まぁ、
「あ、あぁ…… 済まない。みんな、ゴメン」
軽く頭を下げ、ルドルフは理由を話した。
「僕は、この扉を知っている。僕がいた世界にあった扉だ。もし、中にいる魔物が僕の知っているヤツなら、危険だ。開ければ、恐らく僕たちは全滅する」
そう言って、ルドルフは扉に視線を向けた。重厚な石の扉には、老人が杖をかざしている姿が描かれている。杖からは何本かの線が放射状に広がり、扉の下方には人々が苦悶の表情を浮かべ、両手を天に伸ばしていた。
「なんで……
英雄王は、小さく呟いた。
満天の星に、月が浮かんでいた。DODでは、月は4つもあったが、この世界は1つだけである。「元の世界」の月よりも少しだけ大きい。
月明りの中で、ヴァイスは酒を飲んでいた。平原に、アウトドア用の折り畳み椅子と机を設置し、酒が入ったデカンタを置いている。この世界では見かけない「清酒」であった。肴には、イカの活造りを用意した。半透明のイカがまだ動いている。それを甘口の醤油に付けて口に入れ、冷えた大吟醸酒を飲む。
(この世界も悪くない。俺よりも先に来たプレイヤーたちが何を見て、何を遺したか…… 世界を冒険してみるのも良いな)
月を眺めながら考えていると、人が近づいてきた。それほど身体は大きくない。自分よりも背は低いだろう。黒髪の中に、蒼い瞳が光っている。月明りに映し出された顔を見て、ヴァイスは思い出した。ここに来た時に、少し離れた場所から自分を観ていた男であった。
「ヴァイスハイト・シュヴァイツァーだったな。お前に話がある」
鋭い瞳をした男であった。ヴァイスは
「飲むか?」
そう言って器を男の方に放る。すると男の手が動いた。腰に刺した剣がパチンと音がする。すると器は宙に留まって、真っ二つになった。目にも留まらぬ速さで斬ったのである。ヴァイスは思わず、口笛を吹いた。DODで流行った「曲芸斬り」を観た気分であった。
「いい腕だ。レイナたちでもこうはいかないかもな」
「立て……」
ヴァイスは肩を竦めて立ち上がった。向き合うと男がいきなり斬りかかってきた。首を狙ってきた剣を躱すと、男は身体を回転させながら斬ってくる。止まることなく、流れるような剣筋であった。
(速い……
だがヴァイスもまだ、身体強化を外していない。男以上の速度で剣を躱していく。月明りの中、二つの影が高速で流れ、入れ替わる。時間にすれば数瞬であろうが、十回以上は斬り掛かられた。そしてやがて、男は止まった。
「随分な挨拶だな? いきなり斬り掛かってくるとは」
「フンッ…… 殺せないことくらい、最初から解っていたさ。お前、『ぷれいやー』だな?」
ヴァイスの片眉が動いた。
================
Name:ミュラー・カウフマン
Level:607
Job:海王
最大HP:62011
最大MP:2207
状態異常:無
================
ヴァイスは目を細めて、
「お前も、プレイヤーなのか?」
ヴァイスの問いに、ミュラーは首を振った。
「俺は違う。だが俺の父親は、そうだったかも知れねぇ」
「詳しく聞かせてくれ。ホラ、お前もやれよ」
新たな椅子と器を取り出した。
ミュラー・カウフマンの半生は、迷宮と共にあった。物心がついた時から、黒髪の父親に連れられて、迷宮へと潜っていた。やがて妹も合流してきた。母親の顔は覚えていない。迷宮に潜っては魔物を倒し、素材を回収して街で売る。そうした生活を続けていた。
「お前の父親は、冒険者だったのか?」
「いや、ギルドには登録していなかったみてぇだな」
「帝国出身ではないのか?」
「あぁ。俺と妹は一年前に、帝国から東にある都市国家連合から流れてきた。あそこは帝国みてぇにしっかりしたギルドじゃねぇからな。モグリの冒険者も多かった」
「東か…… で、プレイヤーだったかも知れない、とは?」
「親父が言っていた。いつの日か、この地に『ぷれいやー』と呼ばれる強者たちが来るかもしれない。彼らは世界の常識から逸脱した力を持つ人間であり、時として〈悪〉の場合もある。奴らに対抗する力を身に付けろ…… そう言って、迷宮漬けの日々を送った」
(パワーレベリングか…… DODでも後発プレイヤー向けに行われていたな。上位プレイヤーと一緒に高レベルダンジョンに潜り、大量の経験値を得て一気にレベルアップする……)
「潜らねぇときは、親父との稽古だ。技だのなんだの、叩きこまれた。妹には魔法だ。回復魔法だの攻撃魔法だのを教えていた。あまり喋らねぇムカつく親父だったが、化け物みてぇに強かったのは確かだ」
(「海王」「僧侶」「魔法使い」「魔導士」…… 恐らく「英雄」だな。無課金プレイヤーの最高峰だが、DODにはそれなりにいたからな。これだけの情報では誰かは判らん)
「その父親は、いまは何処にいるんだ? 過去形で話していたが?」
「鈍い野郎だな…… 死んだよ。殺された」
「なに?」
ヴァイスは表情を曇らせた。仮にJobが「英雄」のプレイヤーだとしたら、そのレベルは990であり、自分の弟子、すなわち英雄王ルドルフと同じである。もっとも、ルドルフとは装備の質が違うので単純な比較は出来ないが、この世界では最高位の強者であることは間違いない。それを殺せる存在となると、同等以上のプレイヤーしか考えられない。
「殺した奴の顔は見たのか?」
「いや、俺と妹は親父に言われて地下に隠れていた。思い返せば、親父は誰かに追われていたのかもしれねぇ。言い争いの声だけが聞こえた。『お前らのせいで、
「<迷宮が蘇える>…… どういう意味だ?」
「それからしばらくして、あちこちの迷宮が、突然強くなり始めやがった。それまで二十層程度だった迷宮が二十五層に拡大した。そして最近ではそれ以上に深い迷宮まで出てきやがる…… ちょうど、お前が現れたころからな」
「何が言いたい?」
「心当たりが無いとは言わせねぇぞ? テメェ、どこから来た? そもそも、『ぷれいやー』ってのは何だ? 迷宮が強くなってるのは、お前のせいなんじゃねぇのか?」
「………」
ヴァイスは黙って目の前の男を見つめた。白目の多い冷たい瞳がヴァイスを射貫く。今すぐにでも、先ほどの斬り合いの続きが始まりそうであった。だがヴァイスはそれを避けるように視線をそらし、清酒を干した。
「いずれ話してやる。言っておくが、お前の父親を殺したのは俺ではない。俺がこの地に来たのは、つい最近だ。お前の父親のことは知らん」
ミュラーは冷たい眼光のままヴァイスを見つめたが、やがて目を伏せて立ち上がった。
「取り敢えずは信じておいてやるよ。話す気になったら教えてくれ。妹にも聞かせたい」
「わかった。約束する」
ミュラーは振り向かずに立ち去った。
大きな空間であった。石の床には緋毛氈が敷かれている。その上を黒尽くめの男が歩いていた。その前に山羊の角を生やした妖艶な女が現れた。
「頭は冷めたかしら? ヴィラゴニア……
「アスモデススですか。我らは元々、個々独立の存在です。貴女に咎められる謂れはありませんな」
「自由を謳歌してやり過ぎて、殺されそうになって逃げてきたってわけね? 犬のように……」
黒尽くめの男ヴィラゴニア・ツェッペリンの眉間に血管が浮かんだ。
「貴様…… 我が輩を侮辱するか!今ここで貴様を解体して、黒狼の餌にしてやろうか!」
「面白いわね。アンタの駄犬如きに、
暗黒の気配を昇らせて対峙する二人に、野太い声が掛けられた。
「騒々しいぞ。汝らはいつまで戯れ合うつもりだ…… ヴィラゴニア、久しいな」
「やぁゾディアック。千年ぶりですね。元気にしてましたか?」
「久しく忘れていた<戦士の滾り>で身体が焦げそうだ。汝もそうであろう?」
「我が輩の場合は<憤怒>ですがね。貴方と我が輩、どうやら同じ敵と出会ったようです。我が輩の実験成果を灰としてくれた男…… いずれ必ず、この手で解剖してみせましょう」
「ならば競争だな。我も彼奴との決着を望んでおる。次こそ、我が剣の錆としてくれよう」
二柱それぞれが笑みを浮かべ、闘気と殺気を昇らせる。
「ハイハイ、二人ともその辺にしてちょうだい。今日は三柱が集まっての顔合わせよ? 主は<鋼の>が合流してから、今後について考えると仰られたわ」
「それで、
「迷宮に潜っていらっしゃるわ。なんでもこれからの戦いに向けて、勘を取り戻すって…… タイムアタック? なるものをするそうよ?」
二柱は、聞き慣れぬ言葉に首を傾げた。
灰色の髪を短く刈り上げた男が、白亜の豪壮な神殿内を歩く。左右には名工が掘り上げたと思える見事な彫像が八体ならんでいる。そして神殿の奥には、一際美しい女性の像が鎮座していた。男は女性像の前に膝をつき、祈りの言葉を唱える。
「聖女フェミリアよ。この弱き小羊に、歩みゆく力をお与え下さい……」
一〇分ほど祈りを唱え、男は横の扉を潜った。この神殿の奥へは、選ばれた者たちしか入れない。通路のところどころに、二人の兵士が向かい合うように立っている。書類を抱えた神官らしき男たちが通り過ぎる。ここでは、政治も外交も裁判も、全て神官が行っているため、こうした「政庁」が必要なのだ。
やがて男は、部屋の前で止まった。ノックをすると秘書官らしい女性が扉を開ける。
「聖騎士グラハム、入室します」
部屋には少し痩せ気味の初老の男が、執務机に向かっていた。書類から顔を上げた男が口元に微かな笑みを浮かべる。
「聖騎士グラハム、よく無事に戻りました。貴方の働きには、教皇猊下も満足されておられます」
「危うい相手でした。お借りした神器が無ければ、あるいは使命を果たせなかったかも知れません」
「全ては、聖フェミリア神の御導きでしょう。それで、今回の収穫は?」
「残念ですが、それほど多くはありません。何点かの武器や上位ポーションなどは手に入れましたが、神器は持っていませんでした。ですが、『戦女神の像』は手に入れています」
机の上に女性の像が置かれる。腰に手を当てて胸を張り、笑っている像だ。この奇妙な像は極めて価値が高い。使用制限なくダンジョン内に結界を張ることができるからだ。
「十分です。そもそも貴方の使命は『混沌の種』を取り除くこと。神器はオマケのようなものです。さて、貴方は遠方から戻ったばかり。少し休養していただこうと思っていましたが、そうも言っていられなくなりました。予言にあった通り、迷宮が変化し始めています。八〇〇年前のルドルフ王の登場以来の、教国の危機が迫っています」
「新たな種が落ちてきたと?」
「恐らくは…… 帝国に超常の力を持つ冒険者が出現したそうです。まだ調査中ではありますが、恐らくは『プレイヤー』でしょう。ですがそればかりとは思えません。迷宮の変化が急激すぎます。ひょっとしたら、複数の種が落ちてきたのかも知れません」
憂鬱な表情を浮かべる男に、グラハムと呼ばれた男は凄みのある笑みを浮かべた。
「ならば一粒ずつ取り除いていけば良いだけのことでしょう。まずはその冒険者から始めます。早速、帝国に向かいましょう」
そう言って、グラハムは部屋を出た。
荒涼とした礫砂漠地帯の真ん中に、迷宮への入り口がポッカリと開いている。その中から、金髪の男が出てきた。左腕に巻かれた機械を操作する。ピッという音がした。黒々とした輝きを放つ剣を鞘に収めた。
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装備名:神殺しの魔剣
種類:片手剣
装備Lv:999
装備ランク:赤
攻撃力:+580
効果:力上昇(極大)
速度上昇(大)
クリティカル率上昇(極大)
MP自動回復(中)
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『地下三十五層で、二時間と三四分か。二時間半を切ると思ったんだが、久々だからこんなもんか……』
金髪を風に靡かせた男は、討伐し終えたダンジョンを一瞥し、何処かへと消えた。
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