第20話 タイムアタック

〈About 800 years ago〉


 国ができてからまだ一〇年しか経っていないが、ゴールドシュタイン王国・・は活気に満ち溢れていた。魔物から逃げてきた人々が続々と集まり、様々な産業が生まれようとしていた。


「陛下、聖ファミリア教国から文句が来ております。例の塩業の件で……」


「無視しろ。九大賢者の志は偉大だが、今の教国はそこから外れているとしか思えん。〈塩の独占〉など、認められるか!」


 行政官の報告に、黒髪に口髭を蓄えた中年の男が眉間を険しくして答えた。元々、ゴールドシュタイン王国は内陸国であった。迷宮討伐の最中に立ち寄った集落が始まりである。人々が集まり国としてまとまり始めた頃に、最初に手を付けたのが南進であった。海までの路を切り拓き、塩の安定生産を図った。


「彼らが言うには、塩は生きていく上で欠かせないもの。だから値段が高いのは当たり前とのことなのですが……」


「違うな。塩は生きていく上で欠かせないもの。だから誰もが、必要十分な量を安価で買えるようにせねばならん。それが為政者の役目であり、国の役目なのだ。もう良い。教国がこれ以上文句を言うのであれば、力で止めてみせろと脅してやれ」


 ゴールドシュタイン王国の建国者「ルドルフ・ゴールドシュタイン」は、凄みのある笑みを浮かべた。無論、戦争などは望んでいない。だが喧嘩PKを吹っ掛けられたら買うくらいの気概はある。その迫力に、行政官は震えた。


「止さぬか、ルドルフ…… 普通の者にとって、汝の覇気は強すぎるのじゃ。大体、汝がその気なら教国などとっくに潰しておろう? 連中は文句を言うことしか出来ぬのじゃ。無視すれば良いではないか」


 執務室から行政官が出ていき、ルドルフ一人になったところで、金髪の美しいエルフが柱の陰から出てきた。ルドルフは途端に、相好を崩した。立ち上がり両手を広げる。


「エゼルミアッ やっと僕に抱かれる気になってくれたのかい?」


 そう言って近づくと、エゼルミアは溜息をついた。


「口髭を生やした中年男が、未だに〈僕〉などと言っておるのか。まったく、汝は変わらんな。人々から英雄王と崇められる男とは、とても思えん」


 ルドルフは肩を竦めた。


「僕だって別に、王になりたかったわけじゃない。立ち寄った集落にいた美人を口説いたら、たまたま長の娘だったので、責任を取らされて仕方なく滞在してたら、気がついたら国になっちゃったんだ。あー もうこんなの嫌だ。迷宮行きたい!」


「ほほう? 責任とな? その割には妾の寝所に夜這いを仕掛けてきたり、村々の女子おなごを手当たり次第に食い散らかしたりと、ずいぶんと派手にやっておったがの?」


「そそそ… それはほら、男の甲斐性というか! 悩みを抱える男には癒やしが必要なんだよ! うん、そうだ。そういうことだよ」


 一人で勝手に説明して、勝手に納得している。エゼルミアは横目でジトと睨んだが、本心から嫌っているわけではない。こうした部分も、この男の美点の一つだと思っていた。


(まったく、もう少し節操があれば、一度くらいは肌を許してやるものを……)


「ところで、今日はどうしたんだい?」


 ルドルフは思い出したように、エゼルミアに顔を向けた。





「陛下っ! どうかお待ちくだされ! 御自ら迷宮討伐に向かわれるなど、言語道断ですぞ!」


 王国の重臣たちがルドルフの腰にしがみつき、止めようとしている。だがルドルフは気にする様子もなくズルズルと引き摺りながら歩いていた。


「離せっ! せっかく最初の真純金オリハルコン級が生まれたというのに、迷宮討伐に失敗して深手を負ったのだぞ! アガスティア山脈だったな? 余が自ら討伐して、神鋼鉄アダマンタインの力を示してやる!」


 謁見の間には、既に5人が揃っていた。ルーン=エルフ族、ドワーフ族、人間族、ヴァリ=エルフ族、セルビット族の仲間たちである。いずれもルドルフが信頼する超級の冒険者たちだ。


「久しいな、みんな! さぁ、迷宮に行こうか!」


「いや、その前にまずソイツらを何とかしようぜ? さすがに一緒には行けねぇだろ?」


 人間族の冒険者で冒険者ギルド長の「セルジオ」が苦笑いしている。王に対してではなく、仲間に対しての言葉遣いである。彼らは仲間であって臣下ではない。そのため相手が英雄王であろうとも、砕けた口調を使っていた。


「陛下…… 我が君…… せめてお教えくだされ。何故なにゆえ、それ程までに迷宮に行こうとされるのですか。討伐であれば、お仲間の皆様にお任せすれば良いではありませんか?」


 重臣の一人が、涙ながらに問いかける。偉大なる王に仕え、国を支えることを誇りとする忠臣の、心からの叫びであった。さすがのルドルフも、足を止めて真摯に向き合わざるを得ない。忠臣の前に片膝を付き、両手で肩を支え、しっかりと目を合わせて諫言に応える。


「教えよう。余がなぜ、迷宮を討伐するか…… そこに迷宮ダンジョンがあるからだ!」





「ヴァイス、大丈夫かな? リューンベルクだって、夜明けの団と一緒に攻略したんでしょ? 単独なんて初めてなんじゃないかな?」


 パンを齧りながらミレーユが呟く。アリシアやエルフィーナも心配そうな表情を浮かべる。幾つものダンジョンを攻略してきた六色聖剣だからこそ、迷宮の単独討伐がいかに難しいかがわかる。ダンジョン内は前後左右から魔物に襲われる。背中を護る者がいるのといないのとでは、大違いだ。彼女たちの常識からも、単独討伐など不可能に思えた。


「ヴァイスは確かに強い。あり得ない程に強い。だがそれでも、迷宮内では何が起きるかわからん。ゾディアックのような魔物と出会わないとも限らないしな」


 グラディスまで、不安の声を上げた。レイナが首を振って、その声を否定した。


「私は信じるわ。ヴァイスならやり遂げる。ルドルフ王以来の単独攻略者に、きっとなるわ!」


 自分に言い聞かせるように、そう宣言した。





 オークたちの横を風が通り過ぎる。グガ?という声と共に、首と胴体が破裂した。下へと続く階段を十段飛ばしで駆け落ちる・・・・・。魔物が落とす魔石もアイテムもすべて無視し、ヴァイスは止まることなく駆け続けた。目指すは最下層のダンジョンマスターである。魔法を連射して遠くの魔物たちを次々と吹き飛ばし、曲がり角などで出会った魔物は両断する。直角の曲道は、余りの速さに止まれず、壁を駆けた。

魔法「迷宮探査メイズサーチ」を常時発動させているため、迷宮の構造はわかる。魔物の位置など知る必要はない。とにかく最短ルートを選んで突き進む。


「なるほど。確かに魔物が強くなってる。だが所詮はこの程度か。ルーン=メイルのダンジョンの方が、まだ歯ごたえがあったな」


 地下十層に辿り着く。この層から、腰に挿していた小太刀「風神」「雷神」を抜く。だが進む速度は変わらない。風となって突き進むと、ミノタウロスがいた。こちらに顔を向けた時には、もう首が飛んでいた。地下十一層ではサイクロプスが出た。一本道に四体が並んでいる。こちらに向かおうとしたときには、四体が同時に真っ二つになった。割れた胴体の間を一陣の風が通り抜けた。地下十二層ではエビルオーガの群れが出た。一本道を埋め尽くし、棍棒を振り上げて雄叫びをあげる。だが次の瞬間には灼熱の豪炎によって道の端まで全てが焼却され、群れは一瞬で灰と化した。地下十三階ではレッサーデーモンが三体出た。放たれた火炎系魔法を無視して一直線に進む。常時発動パッシブスキルによって魔法は消滅し、風が通り過ぎた後、レッサーデーモン三体は四つに分かれて落ちた。


「舐めすぎだろ。俺はタイムアタックLv999スリーナイン世界記録保持者ワールドレコードホルダーだぞ?」


 一層あたり四分以下という常識を遥かに超えた速度で、ヴァイスは進み続けた。





 ヴァイスが迷宮に潜ったときには、既に日が傾きつつあった。たとえ単独討伐が成功したとしても、それは数日後のことである。六色聖剣や帝国騎士団たちはそう考え、キャンプの準備をしていた。

パチパチと炭が爆ぜる音がする。三百人以上の男女が、それぞれに火をべ、食事の準備を始める。ダンジョンに最も近い場所には、六色聖剣がテントを張り、その周囲を帝国騎士団や紅の騎士団が囲む。

やがてレイナたちは、物を収縮して収納することができる「魔法の革袋」から肉を取り出し、塩と香辛料を振りかけて鉄板で焼いていた。肉の脂が音をたて、芳ばしい香りが広がる。焼いた肉を木皿に取り分け、口いっぱいに肉を頬張る。その様子を二つの騎士団の面々が羨むように眺める。ヴァイスと行動を共にして以来、六色聖剣の全員が「グルメ」になった。


「六色聖剣というのは、ダンジョン討伐をピクニックか何かと勘違いしているのか?」


 男が声を掛けてきた。紅の騎士団団長のアルフレッド・シュナイダーである。その後ろには、副団長のエンリケと鋭い目つきをした黒髪の男が立っていた。レイナは立ち上がってアルフレッドを睨んだ。他の五人も冷たい視線を送る。


「なんの用? 悪いけど、あなたがいると食事が不味くなるの。用が無いなら話しかけないで」


「これは、随分と嫌われてしまったな。勘違いしているようだが、俺が気に入らないのは、あのシュバイツァーという冒険者だけだ。君たち六色聖剣のことは高く評価しているし、敬意も持っている。新参の冒険者がいきなり真純金オリハルコンとなり、俺たちを飛び越えようと調子に乗っている。君たちは、それで良いのか?」


 クックックッ、と笑いが聞こえてきた。グラディスが低く笑っていた。アルフレッドが眉を顰めると、グラディスは座ったまま、嘲るように顔を向けた。


「無知というのは恐ろしいものだ。もっとも、我々もつい数ヶ月前まではそうだったが…… ヴァイスハイト・シュバイツァーという冒険者はな。これまでの常識を完全に超えた存在だ。仮にここにいる六色聖剣、紅の騎士団、帝国騎士団の全員が、ヴァイスに斬り掛かったとしよう。一人ずつではなく、一斉にだ。だがそれでも、あの男にはかすり傷一つ付けられずに全員が撃ち倒されるだろう。立っていられるのは、まあせいぜい一〇分といったところだな。言っておくが、これは推測ではない。確信だ」


一〇分ヒュッヒュン言い過ぎヒュイヒュイヴァイスヒュイヒュヒャ魔法を使ったらヒュヒョウヒョヒュヒュッヒュヒュたぶん五分ヒュヒュンヒュヒュン……』


 ミレーユが肉で頬を膨らませた状態で喋った。何を言っているのか解らないが、言いたいことは全員に伝わった。六色聖剣の皆が頷く。


「ヴァイスを嫌うのはあなたの勝手だけど、私たちを巻き込まないで。もう話は良いかしら?」


 アルフレッドに背を向けようとしたレイナをエンリケが止めた。


「あぁ、いやいや! 私たちだって、彼の実績は調べたんだよ? ただどうにも信じられなくてね。知ってたら教えてくれないかな。彼は一体、何処から来て……」


「おい、女ども」


 黒髪の男、ミュラー・カウフマンがエンリケの言葉を遮った。「女ども」と言われて、レイナの表情が険しくなる。グラディスに至っては剣の柄に手を掛けていた。


「教えろ。アイツは一体何だ? なんであんな奴が存在している。知っていることを話せ」


「……無礼な人ね。名前くらい名乗ったらどう? もっとも、聞かなくても判るわ。〈クラン 紅の騎士団〉随一の冒険者ミュラー・カウフマンね?」


 だがミュラーはレイナの確認を無視するように、一歩近づいた。


「お前ら、解ってるのか? それとも解っていて無視してるのか?」


「何のこと? 貴方のような……」


「チッ…… どうやら知らねぇみたいだな。ならいい」


 ミュラーは舌打ちして踵を返した。レイナは怒りの表情で呼び止めた。


「ちょっと待ちなさいっ! なに? 私たちに喧嘩売ってるの? だったら買うわよ? 六色聖剣を甘く見ないで!」


「レイナ、もういいだろう。さすがの私も我慢の限界だ!」


 グラディスが剣を抜いてミュラーに斬り掛かった。だがミュラーは親指と人差し指で摘むように、振り下ろされる剣を掴んだ。左手で剣を防ぎ、右手でグラディスの腹部を軽く撃つ。それだけで、グラディスは思わず息が止まった。レイナや他から、ザワッと殺気が立ち昇る。だがミュラーは冷たい目でそれを一瞥して呟いた。


「お前たちは知らないのさ。 迷宮の秘密を……」


 そう呟いて、立ち去っていった。さすがに拙いと思ったのか、エンリケは何度も謝ったが、レイナたちはいま見た技のほうが気になっていた。グラディスが信じられないといった表情を浮かべて呟いた。


「なぁレイナ…… 今の、見えたか?」


「見たわ。グッディの斬撃を片手で、しかも指二本で掴むなんて、普通じゃない。できるとしたら、ヴァイスぐらいじゃないかしら……」


「迷宮の秘密? 一体、何を言ってたんだ?」


 金髪と銀髪の美女は、薄気味悪そうな表情を浮かべて、ミュラーが立ち去った方向を眺めていた。





 その頃、迷宮内を破壊の烈風が吹き抜けていた。ヴァイスは既に、地下二十層に達していた。広い部屋には、スケルトンの上位であるエルダー・スケルトン数百体が待ち構えていた。鋼鉄の盾とミスリルの剣を持ち、隊列を組んで迫ってくる。だが風の勢いはまったく止まらない。


身体強化ブースト!」


それはまるでスローモーションのようであった。集団に突っ込んだヴァイスは、最初の一体を盾ごと蹴り上げた。モノ言わぬスケルトンが打ち上げられ、宙を舞う。のっそりと動く他のスケルトンたちの間を、別次元の速度で吹き抜ける。まるでチーズのように鋼鉄の盾ごと両断し、剣ごと砕き、首を撥ね、あるいは頭頂から縦に真っ二つにする。宙を舞ったスケルトンが落ちてきた。後ろ回し蹴りを放ち、落ちてきたところを盾ごと蹴り飛ばす。紙を折り畳むように鋼鉄の盾が圧し曲がり、床に水平に吹き飛ばされたスケルトンは、他を巻き込みながら通路の彼方に消えていった。


「ふぅっ…… あと五層か? 疲れを感じるのは、やはりこれがVRでは無いからか」


 二十一層に降りる階段部で息をつく。DODでは地下百層まで走っても息切れしないが、現実世界ではそうはいかない。壁に寄りかかり、口に水を含む。左腕につけたストップウォッチを確認する。地上からここまで、およそ一時間半で辿り着いた。今日中・・・には攻略できるだろう。


「飯は……やめておくか。戻ってから食おう。たぶん、晩飯には間に合うだろ」


 小休止を終え、ヴァイスは再び走り始めた。第二十一層を駆け続けると、九つの頭をもつ巨大な蛇が現れた。ヴァイスは魔眼で確認し、首を傾げた。



===================

Name:ヒュドラ

Level:Unknown

種族:Unknown

最大HP:Unknown

最大MP:Unknown

状態異常:Unknown

=================== 



「ヒュドラだと? だがDODのヒュドラとは違うぞ?」


 シャーッという甲高い声をあげて迫ってくる。同じように急速に接近し、右手に持った小太刀「風神」を中に放り投げ、S級の純粋魔法を放つ。属性が無いため、相手の弱点を付いた時に発生するクリティカル効果は無いが、逆を言えば大抵の魔物には通用する。


「イヴ=ガーラッ!」


 ヒュドラの目の前に光の玉が出現し、極小まで収縮すると弾けた。全てを巻き込む巨大な爆発が起きる。あまりの破壊力に天井や床、横の壁までも吹き飛ばしてしまう。DODではダンジョンの壁を破壊することは不可能だが、現実世界では可能であった。

爆心地となったヒュドラは一瞬で消滅したが、爆発に巻き込まれて自分の足元まで崩れ始める。ヴァイスは崩れる直前に飛び上がり、放り投げた風神を掴み、そのまま下の階層に落ちていった。





「地震か?」


 食事中、大地の揺れを感じてグラディスが身構えた。だがすぐに収まったため、混乱はない。ミレーユとエクレアが、それぞれの方法で探った。


「地震じゃない。土の精霊たちが違うって言ってる。ダンジョンのせいだって……」


「微かに、魔力の波動がありますね。恐らく、ヴァイスさんが魔法を使ったのでしょう。系統からいって、爆発系と思われます」


「魔法一発で、地震を起こせるのか? そんな魔法なんてあったか?」


「恐らく、九大賢者物語とかで語られている最上位魔法ね。伝説の大魔法として魔導書に名前だけは書かれているけど、大昔のおとぎ話だし術式も不明だから、誰も見たこと無いんじゃないかしら?」


 王国でも屈指の魔法使いであるアリシアは、笑って首を振った。超人的な身体能力を持ち、達人級の剣術と伝説上の魔法を同時に操る存在など、もはや笑うしかない。まさに今、英雄王の伝説が再現されようとしていた。


「思ったより、早く戻ってくるかも知れないわね。寝るのはいつでもできるわ。少し遅くまで、待ってみましょう」


 やがて、ダンジョンの出入り口から土煙が出始めた。





 ヴァイスの放った純粋魔法は上と下の階層を巻き込み、そこにいた魔物たちも消滅させた。未知の魔物であったため念を入れたが、どうやら杞憂だったようである。


「カケラも残らないとなると、あのヒュドラのレベルはせいぜいLv400程度か? 少しやり過ぎたか」


 地下二十二層も吹き飛ばしていた。二十三層には這地竜リムドドラゴンがいた。口から炎を吐く前に、その首が飛んだ。二十四層にはグレーターデーモンがいた。リューンベルクではダンジョンマスターだった魔物である。だが本気になったヴァイスの前では、戦闘にすらならなかった。四本の腕が同時・・に斬り飛ばされ、首を落とされた上で胴体は四分割された。


「やはり、常時発動パッシブスキルに「身体能力向上ブースト」を入れると楽だな。もっとも、時間制限があるから頻繁には使えないが……」


 常時発動スキル「身体強化」は、超高速移動を可能とする。だがそれに慣れてしまうと、現実世界に戻った時に、生活に重大な支障が出かねなかった。そのため、DODを含めたVR-MMORPGでは、高速移動に時間制限と待機時間リキャストタイムを設けていた。DODの場合、連続12時間以上は使用できず、使用時間と同等の待機時間が必要であった。


(そう言えば、この世界の迷宮は壁が壊れるんだったな。いっそのこと、極大魔法で迷宮ごと吹き飛ばすか? いや、止めておこう。以前、Lv999スリーナインで「天地爆裂メガデス」を使ったバカがいたが、自分まで巻き込まれて蘇生リログする羽目になってたからな……)


 この迷宮も、第二十五層よりさらに下があった。だがヴァイスにとっては慣れたものである。DODでは八十層以上の上位者向けダンジョンで遊んでいたのだ。二十層も三十層も、大して違いはない。

結局、ダンジョンマスターの階層は第三十三層であった。一本道の先に、ダンジョンマスターの部屋がある。ヴァイスはストップウォッチを確認した。およそ二時間二十分で最下層に辿り着いた。

獣臭がする。ピリピリと刺すような殺気と、強い魔力が漂う。ヴァイスが部屋に入ると、真紅の身体をした巨大な龍が待っていた。真紅地竜クリムゾンアースドラゴンであった。



===================

Name:クリムゾン・アースドラゴン

Level:611

種族:地龍族

最大HP:54660

最大MP:31300

状態異常:なし

=================== 



 血のように紅く、鋼鉄を遥かに超える強度の皮膚を持つ強力な魔物である。その力は城壁を紙のように打ち破り、口から放つ炎は森を一瞬で荒野に変える。人というものがいかに儚く、弱い存在であるかを思い知らせるかのような威容であった。多くの人々が龍を畏れ、そして敬う。人の力では決して届かない「神域」の存在だからだ。

だがヴァイスはむしろ嬉しそうな表情を浮かべた。


「クリムゾン・アースドラゴンか。いきなりレベルが跳ね上がったな。こりゃ素材が楽しみだ」


 ドラゴンがヴァイスを見下ろしてくる。念話によって声が聞こえてきた。


(よくぞここまで辿り着いた、冒険者よ。我が迷・・・)


 言い終わる前に、真紅地竜クリムゾンアースドラゴンの首が落ちた。ズゥゥンという地響きと共に、目の前の巨体が倒れ、やがて塵のように消えた。

巨大な魔石と大きな牙が二本、残された。それを拾い、アイテムボックスに収納する。念のため周辺を見回し、取りこぼしや忘れ物が無いことを確認すると、脱出エフギウムをつかって地下一階に戻る。


「ダンジョンマスターがLv600超えだったが、全体で見るとLv300ダンジョンといったところか? レイナたちだけなら厳しかったかもしれんが、まぁこんなもんだろう」


 地上に戻ると、日は既に沈んで、空には星が煌めいていた。左腕のストップウォッチを止めた。ほぼ二時間半である。ヴァイスに気付いた全員が、唖然とした表情をしている。


「三十三層で二時間半か…… 討伐完了だ。確認してくれ」


「「「……はぁ??」」」


 そこかしこから驚愕の声があがる。そんな中、レイナが駆け寄り、抱きついた。





「魔素が消えています。もうここは、ただの洞窟ですね。そのうち消滅するでしょう」


「うん。精霊たちも討伐されたって言ってる。間違いない」


「魔物の気配が消えてる。し、信じられん。本当に討伐されてるぞ。こんなことが……」


 帝国騎士団、六色聖剣、紅の騎士団の確認者たちが、ダンジョン第一層に降りて確認した。地上では、各組織のリーダーが幕舎に集まっている。机の上に置かれた真紅地竜クリムゾンアースドラゴンの魔石と牙を食い入るように見つめていた。

椅子に座ったヴァイスは、DOD世界で「大人買い」していたPIZZA-LUのマルゲリータピザMサイズを頬張りながら、ヴァルドヴァイザーの瓶ビールを飲んでいた。無論、付属のスパイシーハーブも振りかけてある。この世界ではあり得ないような美味そうな香りが天幕内に広がり、既に夕食を終わらせたレイナたちでさえ、思わず唾を飲み込んだ。


「ドラゴンは他にも、這地竜リムドドラゴンがいたな。まぁ雑魚だからサックリ殺してそのまま放ってきた」


「魔石も、素材も捨ててきたのか! ダンジョン一つ分だぞ!」


 アルフレッドが叫ぶ。伸びたチーズが溢れないよう、下から食いつくように食べながら、ヴァイスは「それがどうした?」という表情を浮かべた。


「俺が受けた依頼は〈最短でダンジョンを討伐せよ〉だ。魔石や素材の回収は含まれていない。だから全部捨ててきた。欲しいのなら今から降りればいい。そこら中に転がっているだろうよ。あー、だが途中でデカイ魔法をぶっ放したから、崩れてるかも知れんな」


 手についたソースを拭こうと思っていたら、レイナが布巾を差し出してくれた。有難く受け取り、指を拭う。アルフレッドが目の前に立った。


「……一体、どんな手品を使ったんだ? 紅の騎士団が百人がかりでも討伐できなかったんだぞ! それをたった一人で…… しかもこんな短時間で討伐なんて、できるはずがない! イカサマだっ!」


 レイナが何か言おうとする前に、帝国騎士団長のヨブフリードが厳しい声を上げた。


「見苦しいぞ、シュナイダー殿! 現にこうして、ドラゴンの魔石と素材が目の前にあり、我々も確認しているのだ! これ以上を語るは、己を貶めることと心得られよ!」


「クッ……」


 アルフレッドは悔しそうに拳を握りしめた。俯き、唇を噛み、肩を震わせている。ヴァイスとっては、目の前の男など有象無象の雑魚NPCと同類であったが、年上に怒鳴られて落ち込んでいる若い青年の姿は、なんとも哀れみを誘った。現実リアルでは、自分のほうが歳上なのである。叱られ、落ち込んでいる年下の若者を慰めるため、数切れ残されたピザを指差した。


「……食うか?」


「結構だっ!」


 アルフレッドは不機嫌な表情で、幕舎から出ていった。いつの間にか戻っていたミレーユが、ヴァイスの横から机に手を伸ばした。

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