第25話 無双

【小解説】VR-MMOにおける「ステータス」の扱いについて


二十世紀末にインターネット技術が爆発的に普及し、それと共に様々なオンラインゲームが誕生した。仮想のキャラクターを操作し、育成し、戦い合うという遊び方は、プレイヤーの競争心を煽り、課金という行動に向かわせる動機要因の一つとなった。

従来、こうしたMMO-RPGはどこまでもゲームであり、PvPにおいてはキャラクターのレベル、ステータスが絶対的な影響力を持っていた。プロの格闘家が操るキャラクターであっても、ステータスに差があれば、女子小学生のキャラクターに負けてしまうのが、MMO-RPGの常識であった。


しかしVR-MMOの登場によって、この常識が大きく変わることになる。VR-MMOでは、キャラクターはプレイヤーの「感覚」に繋がっており、戦闘場面におけるプレイヤーの選択肢は殆ど無限である。

VR-MMOの戦闘では、プレイヤーの脳内反応速度や、プレイヤー自身の戦闘経験、格闘技や剣技等の知識に大きく左右される。レベルに大きな差があろうとも、戦闘技術によってステータスの差を埋めることが可能となったのである。実際、DODでは一〇〇以上のレベル差で負ける場合も珍しくない。ステータスは絶対的なものでは無くなり、目に見えない「プレイヤー自身の技量」が重要となったのである。


無論、開発側としてはゲームバランスを考えるため、ステータスを全く無意味なものにしないよう、数値差によるダメージの違いやスキル発動速度、魔法の影響範囲など様々な設定を工夫した。DODを含めた傑作VR-MMOの多くが、戦闘における影響は、ステータス五割、プレイヤー技量五割というバランスになっていると言われている。


プレイヤー技量が戦闘を左右するということは、新たな可能性を生み出した。つまりステータスが最大値になろうと、プレイヤー自身の努力によってさらに強くなることが可能となったのである。またそうした技術、知識は他のVR-MMOでも有用であるため、剣術や体術などを学ぶための専門ソフトまで存在している。VR-MMOは数多くの「素人格闘家」を生み出したのである。





 帝都レオグラードの中でも特に人気なのが、闘技場コロッセオで毎週末に行われる「武闘大会」である。国祖ルドルフが始めたとされるこの大会では、冒険者や帝国騎士などがそれぞれの技量を競い合うと共に、仇討ちや喧嘩の成敗などでも使われている。魔物が跋扈するこの世界では、身を護るすべを身に付けることは重要であり、義務教育段階で剣技と体技の基本は全国民が学ぶ。


「考えてみればそうだよな。魔物が普通に出る世界なら、誰もが戦えて当然だろう」


 闘技場に立ったヴァイスは、周囲を眺め回し、石造りの床を撫でた。直径三十メートルほどの円形の武舞台である。その周囲に六本の円柱が立ち、魔法の効果範囲を封じ込める低位結界が張られている。客席にはギルドと軍部の関係者しかいない。エルダは観客を入れたがっていたが、ヴァイスが強硬にそれを止めた。


「客なんて入れたら間違いなく死人が出るぞ? そんな結界で、俺の魔法が止められると思ってるのか?」


 無論、それは表向きの理由である。本音としては、ただ目立ちたくないだけであった。客なんて入れたら噂が広がり、帝都の高級娼館に通えなくなるだろう。


(レイナは最高の女だが、それ以外もツマミ食いしたくなるのが男ってもんだ)


 身勝手な言い訳を自分にして、コソコソと娼館に通っているのである。「勇者Braveと私生活は別」というのが、ヴァイスの考え方であった。


「武器や装備での優劣が無いようにするのが普通なのですが、本当に良いのですか? 六色聖剣の皆さんの装備は相当なものですが?」


「あぁ。俺はこの棒でいい。これくらいの差をつければ、アイツらも納得するだろ」


 ヴァイスが手にしているのは、ただの木の棒である。さらになめした革を巻き付けていた。たとえ打たれても大した怪我はしないはずである。

ヴァイスの側には、エルダしかいない。六色聖剣も含め、他の冒険者たちは武舞台から降りていた。冒険者ギルドの副本部長が審判役となる。


「それではそろそろ……」


「待てっ!」


 入り口の方から声がした。ゾロゾロと人が入ってくる。男が多いが女もいた。全員が同じ衣装をしている。「紅の騎士団」のメンバーたちであった。二〇〇名を超える冒険者たちが並んだ。


「パーティー単位での戦いと聞いた。ならば我々も参加が認められるはずだ。初戦は、我々に譲ってもらいたい!」


 紅の騎士団団長のアルフレッド・シュナイダーが怒鳴った。レイナたちは眉間を険しくしているが、他の冒険者たちはヴァイスの対応に興味があるのか、武舞台に視線を向けてくる。


「俺は構わんぞ。お前らから来い。ただ、お前らが相手となると装備を変えねばならんな」


「フンッ…… さすがにこの人数を相手には厳しいか? お前のどこが神鋼鉄級アダマンタイン……」


「勘違いするなよ? お前らは弱すぎるから、この棒でも死人が出かねん。素手で相手してやる」


 そういってヴァイスは手にしていた棒をエルダに手渡し、左手を前に差し出してクイクイッと手招きする。エルダは頷いて、急いで舞台から降りた。


「自分たちがいかに雑魚か、思い知らせてやる。まとめて掛かってこい」


「貴様ァァッ!」


 侮辱された二百人が怒りの表情を浮かべた。「ちょっと落ち着いてよ」と、エンリケだけが止めている。ヴァイスは口元に笑みを浮かべ、呆気にとられている審判に顔を向けた。


「開始の合図をしてくれ」


「は、始めぇっ!」


 雄叫びと共に二百人が一斉に駆け出し、武舞台へと昇った。だが昇った途端、馬に跳ねられたように吹き飛ばされた。十人近くが同時に宙を舞い、舞台の外にバラバラと落ちてくる。たった一発のパンチで数人が吹き飛んでいた。剣を振り下ろす前に、次々と場外に弾き出される。


「ダメだっ! 舞台の外から射掛けろ!」


 シュナイダーが焦りの表情を浮かべて指示を出す。クロスボウを持った数人が、舞台の外から構えた。完全にルール違反であるため、審判が止めようとするが、既に矢が放たれてしまった。何本もの矢が一斉にヴァイスに襲いかかる。


身体強化ブースト!」


その瞬間、時間が止まったようになる。ゆっくりと近づいてくる矢をペシペシと手で叩いて払う。同時にスキルを装填する。


「スキル装填。拳王スキル〈覇王氣功拳〉」


 時間の流れが戻る。ヴァイスの身体がブレたと思ったら、次の瞬間には全ての矢がパラパラと落ちていた。理解不能といった表情で、紅の騎士団たちがポカンとしている。ヴァイスは左足を前に出し、腰を落として右手を構えた。


「覇王氣功拳ッ!」


 右拳を突き出した瞬間、無数の拳が出現し紅の騎士団に襲い掛かった。男女関係なく、出現した拳に打ち倒される。既に半数近くが倒れているが、シュナイダーはまだ諦めなかった。


「魔法だっ! 魔法を使えっ!」


 何人かの魔法使いが手を構えた。だがヴァイスのスキルのほうが早い。


「勇者スキル〈勇者の覇気ブレイブオーラ〉!」


 白い光が全周囲に放たれる。レベル500程度の魔物であれば、圧倒されて敵意が消滅してしまう。雑魚の相手をするのが面倒な時にこのスキルを使えば、魔物に出会わずに進むことができる。DODゲーム内では中級ダンジョンでよく使っていたスキルだ。

 だがこの時の相手はレベル500にすら程遠い雑魚以下である。ヴァイスが放った気配に紅の騎士団たちは次々と失神して倒れた。いつの間にか、立っているのはエンリケ一人になっていた。それ以外は、シュナイダー以下全員が、意識を失っている。左右を見て、エンリケは頭を抱えて絶叫した?


「えっ? えぇぇぇっ? ちょっと、みんな? なに寝てんのぉっ?」


「お前は俺に敵意を持っていなかったから、覇気オーラの効果を受けずに済んだようだな。で、どうする? るか?」


 エンリケはブルブルと首を振って頭を掻いた。


「そもそも、戦うつもりなんてなかったんだよぉっ! 二百名を並べて交渉するつもりだったのに……」


「交渉?」


「そう。私たち紅の騎士団は、山脈の南側から攻略する。そちらは北側から攻略して欲しい。そうすれば時間も短くて済むって…… はぁ。これじゃぁ話にならないよぉ」


 エンリケは肩を落として、盛大に溜息をついた。





「では、紅の騎士団は公国東部にある、アガスティア山脈南端を北上する形で進んで下さい。ヴァイスさん以下、他の冒険者パーティーはウィンターデン北東部の山脈北端から南下します」


 一人ひとりのレベルは低いが、人数だけは多い紅の騎士団が加入したことにより、アガスティア山脈攻略作戦の修正を迫られた。話し合いの結果、騎士団参謀役のエンリケが主張する「南北からの挟撃」が認められた。紅の騎士団は貴族の子女が多く、その政治的影響力は無視できない。全体の調整役であるエルデガルド・エレンフェストも、その点を配慮せざるを得なかった。


黒い牙ブラックファングは騎士団に合流し、南端から攻めろ。アガスティア山脈の迷宮はかなり難度が高い。お前たちがいなければ、一歩も進めない可能性が高いからな」


 ミュラー・カウフマンが率いる「黒い牙」は、本来は紅の騎士団傘下である。ヴァイスと共に行動するというわけにはいかない。ヴァイスはミュラーに「パワーレベリング」のやり方を教えた。


「お前が途中まで戦って、トドメ・・・を他のやらせるんだ。それだけでメンバーは強くなれるはずだ。黒い牙は、お前と妹が突出しすぎていて、バランスに欠ける。それを修正するいい機会だと考えろ」


 無論、高レベルの魔物が出たらその限りではないが、レベル一〇〇から二〇〇程度の魔物であれば、ミュラーが出たところで大した経験値にはならない。むしろ前衛役のバルドスなどを鍛えるには丁度よいレベルだろう。


 結局、騎士団の乱入によって、ヴァイスとの試合は一旦流れてしまった。だが 真純金ミスリル級「渦潮」のラファエラ・リードや、「閃光」のレオナルド・フォークナーはメンバーたちに準備を命じている。百名以上を同時に相手にして、まったく寄せ付けること無く全滅させたのである。強さの証明としては十分だが、それだけに戦ってみたいという思いがあるのだ。


「話し合いは済んだかい? だったら、次はアタシらの番だね。アンタの強さは認めるけど、触れ合わないと男の価値は判んないからね」


 ラファエラ・リードが凄みのある笑みを浮かべて武舞台に登ってきた。





「いつもどおりの戦い方じゃダメだよ! ボリスも攻撃に加わんな! 素早く動いて、四方から同時に攻める!」


 普段は盾役をしているボリスも、盾を捨てて大剣を手にしている。ダンジョン・マスターなど格上の魔物を相手にする時のシフトを組み、パーティー「渦潮」のメンバーたちは一斉に走り出した。一方のヴァイスは、舞台の真ん中で泰然と構えている。DODでは集団相手に戦うことなど当たり前であった。たとえ数百人を相手にしようが、このレベル差で負けるはずがなかった。


「ウォォォッ!」


 背後から男が飛びかかってくる。ヴァイスは振り返ること無く僅かに動いて後ろからの袈裟斬りを躱し、男の体をトンと突く。男はそれだけでよろめき、左から飛びかかってきた男の邪魔をしてしまう。


「せっかく背後から飛びかかったのに、吠えてどうする? 低レベルのダンジョン・マスター相手ならともかく、高位魔物は知性も高いぞ? 視線だけで連携することを覚えろ」


 次に槍が突かれてくる。軸足を回転させてそれを僅かに躱し、柄を掴んで引っ張り、男を宙に飛ばす。


「ドラゴン相手ならともかく、人間を取り囲んで攻めるなら槍を使うな。邪魔になるだけだぞ」


 槍を投げ捨てるとラファエラが斬りかかってきた。分厚い長剣を軽々と振り回す。相手を叩き斬るための長剣だが、振り下ろされる剣を親指と人差し指で摘まんで止めた。信じられないといった表情を浮かべるラファエラに苦笑の表情を向ける。


「あのなぁ。そんな軌道が判りやすい斬り方で、俺を殺せると思ってたのか?」


「……化け物」


 押しても引いても、ヴァイスに摘ままれた剣はピクリとも動かない。そこに他の男たちが攻めてきた。剣を放したヴァイスは、左右からの攻撃を難なく躱し、木の棒でトントンと首筋を打っていく。それだけで男たちは白目をむいて倒れた。


「アホ。どうせ不意を突こうとするなら、左右からではなく前後上下から攻めてこい。ラファエラごと貫けば、一人は犠牲になるが目的は達成される……って聞こえてないか」


「アンタ、どんな生き方してきたんだい?」


 ヴァイスの非常識極まりない発言に、ラファエラたちは青褪めた。それは武舞台の外にいる他の冒険者たちも同じである。だがレイナたち六色聖剣は微妙な表情を浮かべるだけであった。もっともヴァイスがいた世界を知る彼女たちでさえ、そうした戦い方を許容することはできなかったが。


「さて…… 私たちもそろそろ準備しましょう」


 レイナたち六色聖剣は気分を切り替え、それぞれ武器を手にした。




「ふーん…… 彼、プレイヤーだよねぇ」


 闘技場の上空数百メートルのところから、武舞台で戦っている者たちの姿を見下ろしている男がいた。顔立ちは少年と思えるほどに若い。真っ白な髪と深紅の瞳が特徴であった。


「適当に遊びまわっていたら、面白い玩具に出会えたかな? 狩っちゃおうかなー」


 ペロリと舌なめずりをして、紅い瞳が揺らめく。だが、上空から一気に乱入しようとした矢先、自分に向けられた視線を感じた。その方向に目を向けると、青髪の少女が空を見上げていた。銀髪褐色の女性に頭を撫でられ、少女は視線を空から外した。その様子を見ていた少年は、フゥと息を吐いて首を振った。


「なんかヤル気削がれちゃった。ダンジョン何個か潰して、ホームに帰ろっ」


 そして東を目指して飛び去った。

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