第11話 秘密の告白

「ウォッカさん! 一緒に、ダンジョン行きましょうよ!」


 黒髪の男が手を振って駆け寄ってくる。赤茶髪の男は鬱陶しそうに、それでいてちゃんと立ち止まって振り返った。孤高の単独ソロプレイヤーとして名は広く知られていたが、一部の上位ランカー以外から話し掛けられるのは珍しい。


NEOネオか…… また俺につきまとうのか?」


 DOD世界で数年に渡って繰り広げられた「混沌と秩序の戦い」も収束に向かいつつある頃、総合戦闘力ランキング第一位の「爽快ウォッカ」には、仲間というよりは弟子に近いプレイヤーが一人いた。数多のPK者を屠り、無課金者から羨望と尊敬を集めていた爽快ウォッカであったが、特定のギルドにも入っていないし、知人はいても「仲間」はいなかった。そんなある日、珍しくPKを受けていた新人を助けたことが、その後の爽快ウォッカを微妙に変えた。


「良いじゃないですか! ウォッカさん、どうせ暇でしょ?」


 助けた新人は「NEO」という名前であった。SF映画の登場人物から取ったベタな名前である。大学生になったばかりというNEOは親の許可を得てVRゲームに参画した。ネット上では依然として、DODについて問題視されている。それを選んだのは軽率というほかない。新規登録した初日に、いきなりPKを受けたのである。見回りをしていた爽快ウォッカが叫び声を聞きつけ、PK者四人を瞬殺した。

それ以来、NEOは爽快ウォッカに憧れてつきまとっている。これまでの爽快ウォッカであれば、同レベルの仲間を見つけて強くなれと言っていただろうが、秩序側の勝利が確定的となったため「何をするか」が定まらず、確かに暇であった。


「まぁ、たまには新人とダンジョンに入るのも良いか……」


 NEOは大喜びでLv100ダンジョンを指定した。爽快ウォッカからすれば目をつぶっても攻略できる程の低レベルダンジョンである。ダンジョンでは主にNEOが戦い、爽快ウォッカが後ろを守っていた。


「NEO、戦い方がなっていないぞ。NPCを前提とした戦い方をするな。常にPvPを意識して戦え」


 ウォッカが手本を見せる。出現した四体の魔物を流れるような動きで屠る。まるで水のように滑らかな動きで、全くムダがない。度重なるPvPの中で身につけた、複数の相手を想定した戦い方であった。


「いちいちステータス確認をするな。PvPはコンマ一秒の差で決まる。自分の攻撃力を把握し、相手にどの程度のダメージを与えたかを感覚で掴めるようにしろ」


 NEOはVRゲームの才能があったのか、真綿が水を吸収するようにウォッカの指導を自分のものにしていった。なんだかんだと言いながらも、ウォッカはNEOにDODでの戦い方や遊び方を教えた。娼館だけは「リアルで先に経験しろ」と教えなかったが。

およそ2年間、NEOはウォッカと行動を共にしていた。最初は潜れなかった高レベル者用のダンジョンにも入ることが出来るようになり、無課金者の中では上位ランクの戦闘力を持つほどになった。Lv990、十個のJOBでLv99に達した時、ウォッカは祝いの品として剣を渡した。本来であれば重課金者しか手にはいらないような剣である。


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装備名:英雄王の聖剣

種類:片手剣

装備Lv:990

装備ランク:赤

攻撃力:+485

効果:力上昇(極大)

   速度上昇(大)

   状態異常耐性(大)

製作者:Conrad Solingen

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 NEOは大喜びし、その剣を自分のものとした。このとき、総合戦闘力ランキング上位三十位サーティーズに入る「唯一の無課金者」が誕生した。それから暫くはNEOを見かけていたが、やがて姿を見せなくなった。MMO-RPGにおいては突然の引退はよくあることであったが、一言の挨拶も貰えなかった爽快ウォッカは、一抹の寂しさを感じたものであった。だがゲームを続ける中で、やがてそれも過去のこととなっていった。





 ウィンターデンの街の北東にはアガスティア大山脈まで続く森林地帯となっている。以前は街の手前まで魔獣が迫ってくる危険な森であった。だが今では、大山脈まで続く深奥はともかく、街の近くは小動物たちの楽園となっている。この森の魔獣を駆逐したのが、六色聖剣である。森の中に屋敷を建て、六名で共同生活をしている。レイナとグラディスがこの地に屋敷を構えた理由は二つある。一つは魔獣の森と恐れられていたため近くに民家が無く、剣や魔法の訓練をすることが出来るからであった。もう一つの理由は魔獣討伐中に偶然に発見した「モノ」にある。


「ふぅ…… やはり我が家の湯が一番だな」


 湯煙の中からグラディスの声が聞こえる。六名の美女が、自宅にある広い露天風呂に入っている。レイナとグラディスがこの地に屋敷を構えた最大の理由は、この温泉にあった。アガスティア大山脈があるためか、帝国北東部は温泉が多い。ウィンターデンには公衆浴場などもある。だがそれでも、自宅に風呂を持っているのは貴族や一部の豪商くらいであり、庶民には縁の無いものであった。六色聖剣全員が見惚れるほどに美しい一つの理由に、この温泉があった。


「ヴァイスさんは、明日の昼頃にいらっしゃるのでしたね。では入念に磨かないといけませんね」


「男が来るのは初めてね。さすがの私も、ちょっと緊張しちゃうわ」


「ヴァイス、お土産なに持ってくるかな」


 六色聖剣全員が、一人の男についてアレコレと話す。つい先日までは考えられないことであった。ヴァイスハイト・シュヴァイツァーという冒険者の出現は、六色聖剣にとって大きな衝撃であった。この一ヶ月は、その背に少しでも追いつくための修行一色であった。グラディスが楽しそうに笑う。


「私としては、あの男の強さの秘密が楽しみだ。あの規格外の強さ、有り得ないような道具類、それらを知ることができれば、六色聖剣は更に強くなる」


「みんな。私たちはこの一ヶ月間ずっと彼に世話になってるわ。明日はその御礼を兼ねているんだから、失礼の無いようにね?」


 ヴァイスが来ることを想像し、レイナは躰の疼きを感じていた。まだ数度しか関係を持っていないが、それでも自分の躰はあの男に染まっている。ヴァイスのいない生活など、もう考えられない程になっていた。


(好きな男に抱かれる。これが女の悦びなのかしら…グッディもイイ人を見つければ良いのに…)


 入浴とは違う理由で赤くなる。隠すように、レイナは顔を洗った。





 翌日の昼、ヴァイスは徒歩で六色聖剣の屋敷にやってきた。普通は馬を使うようだが、ヴァイスは乗馬が苦手であった。DODでは乗馬などの遊びも無課金でできたが、PvPに明け暮れていた自分はそんな遊びには縁がなかった。


「いらっしゃい。良く来てくれたわ。貴方が来るのをみんなも楽しみにしていたの」


 レイナが門まで出てきて、迎えてくれる。装備類はアイテムボックスに入れているため、ヴァイスは普通の服装をしていた。家に入るまでに僅かな間に、レイナが腕を組んでくる。


「今夜は、泊まっていくでしょう?」


 女の顔を見せる。随分と大胆になったものだと思う。つい一月前のレイナでは考えられない誘いた。絶世とも言える美女の処女を奪い、己の手で開発していくことに背徳的な快感があった。今すぐにでも押し倒し、この躰を隅々まで貪り尽くしたいという欲求にかられる。どうやらレイナも同じ想いのようだ。扉の前で立ち止まり、金色の髪を撫で上げる。


「ヴァイス……」


 頬が染まり、欲情した牝の表情を浮かべる。腰に手を回し、唇を重ねようとした時に咳払いが聞こえた。


「良い雰囲気のところ申し訳ないが、二人とも少しは自重して貰えんか?」


 何とも言えない表情でグラディスが立っていた。





 アイテムボックスから手土産を取り出す。テーブルの上にプルプルと震える黄色と焦げ茶色の菓子が置かれる。ミレーユが鼻をヒクつかせる。


「美味しそうな香りだけど、これは何という料理?」


「これは『プリン』という料理だ。砂糖、卵、牛乳だけで作ることが出来る。俺が作った」


「砂糖だと? 南方の高級食材ではないか! 良いのか?」


「高級なのか? 確かに街の雑貨屋では見掛けなかったが…… まぁ気にするな。水系魔法で冷やしてある。皿に切り分けて食べてくれ」


 ハーブティーが淹れられ、六名の美女が顔を綻ばせる。多めに作っておいて正解だった。


「さて、どこから話し始めようかな……」


 エレオノーラが淹れた茶を啜りながら、ヴァイスが呟いた。全員の視線が集まった。


「そうだな。まずはこの剣から見てもらおうか」


 そう言うと、アイテムボックスから自分の愛剣「伝説勇者の剣」を取り出し、テーブルの上に置いた。レイナとグラディスが息を呑む。


「改めて見ると、凄まじい存在感だな……」


「グラディス、この剣を持ってみろ」


 グラディスが柄を掴み、持ち上げようとする。だが剣はピクリとも動かなかった。


「なんだ、この重さは…… 全く持ち上がらないぞ」


「重い? だってテーブルの上に置いてあるし、そんなに重そうには……」


 レイナも柄を掴むが、同じように動かない。六色聖剣全員が同様であった。ヴァイスは軽々と剣を持ち上げた。


「この剣の装備レベルは999、つまり、レベル999の者にしか持つことが出来ない」


「何のことだ? レベル? 999とは?」


「ちなみにレイナのレベルは242、グラディスは240だ。俺とのPvPで経験値が増え、レベルが上がった」


「ヴァイス、何を言っているのか解らないわ? お願いだから、解るように説明して」


 ヴァイスは黙ったまま、アイテムボックスに愛剣を収納した。全員の顔を見渡す。


「俺は、この世界の人間ではない。別の世界から来た『異世界人』だ」


 全員が驚いた顔を見せ… なかった。何の話か、やはり理解できないようであった。





「俺のいた世界は、この世界と非常に良く似ている。魔物や迷宮ダンジョンが出現し、ダンジョンマスターを討伐すれば迷宮は消える。魔法の種類も同じだ。俺はある迷宮に潜っていた。そして迷宮を出たら、眼の前が草原だった。全く見たことのない世界に、戸惑ったよ。これは夢ではないか?元の世界に戻れるはずだ…そう思っていたさ。だがこれは現実だ。別世界に飛ばされてしまったことを、今では受け入れつつある」


 ヴァイスは「本当の世界」については説明しなかった。それこそ「気が狂った」と思われるのがオチだろう。それに、DODの世界から来たこと自体は嘘ではない。レイナたちが顔を見合わせた。ヴァイスは金貨を二枚取り出した。DODの金貨と帝国金貨である。テーブルの中央に二つを並べた。


「片方は、皆もよく知っている帝国金貨だ。もう片方は、俺がいた世界で使われていた金貨だ。金の含有量の違いから、この世界では千二百帝国マルク程度の価値があるらしい」


 ミレーユが両手で二枚を持ち比べる。光にかざしたり、端を擦ったりする。錬金術師として鑑定しているのだ。


「うん。ヴァイスの言うことは本当。金の含有量というよりは、質が違う。帝国の金は不純物が混じっているけど、こっちの金貨は不純物が無い。『純粋な金』なんて初めて見たし、そもそも今の技術では鋳造できないはず」


「『異世界の技術』ってわけね。ヴァイスが見たこともない道具を持っているのもそうした理由からだったのね……」


 アリシアが納得したように頷いた。ヴァイスは続いて、魔眼を取り出した。


「話を続けるぞ。俺のいた世界では『強さ』が全てだった。魔物の討伐のためというよりは、世界そのものが無法地帯だった。奪われ、犯され、殺される…… それが当たり前の世界だった。強くなければ生きていけなかった。そしてやがて、そうした弱肉強食の世界を歓迎する者と、弱者でも生きられる秩序ある世界を求める者とに分かれ、激しい対立が起こった」


「正義と悪の対立か。ヴァイスは当然、正義の側だったんだな?」


 グラディスの問いに、ヴァイスは首を振った。


「違うな。正義と悪ではない。正義と、もう一つの正義の対立だ。弱者を虐げ、奪い、殺戮する…… これを悪と考えるのは、子供の頃から徹底して、そうした『教育』を受けてきたからだ。お前たちはそれを『倫理』『道徳』と呼ぶ。なぜそれが必要なのか。それがなければ社会を維持できないからだ。人間は弱い生き物だ。だから集まって生活する。人々が集まり、助け合い、生産する。だが同時に、人間には欲望がある。考える力、判断する力がある。人間は個々独立の存在だ。多様な欲望を持つ人々が集まって暮らすためには『規範』が必要なんだ。それが倫理や道徳だ。お前たちはそうした教育を受けてきたから、奪い殺す者を悪とする。だが、生まれた時からそれが当然の世界であったら?『強者こそ正義』『弱者が悪』という常識の世界で育ったらどうなる?』


「そのようなこと、神がお赦しにはなりません!」


 聖フェミリア大教会の元聖女ルナ=エクレアが叫んだ。ヴァイスはエクレアの方を向いた。


「ここで宗教論議をするつもりはない。この世界ではそうなのかも知れんな。だが俺のいた世界では、神はいなかった。破壊と殺戮、弱肉強食の世界を変えたのは神ではなく、秩序と平和を求めた人間たちだった。先程のグラディスの問いだが、確かに俺は秩序と平和を求める側にいた。だが俺がいた世界では、俺たちはいわば『革命集団』だった。『世が無法ならば、そこに法を創る』…… 聞こえは良いが要するに、自分の価値基準を押し付けるということだ。善悪は絶対ではない。この世に絶対悪など無い。己の価値判断が正義であり、そこに適合しない価値判断が悪なのだ』


 グラディスもエクレアも、ヴァイスの言葉に沈黙するしかなかった。違うと否定することは簡単だ。だがそれは自分はこう思う、と相手に押し付けることでしか無い。これは算術の問題のように、正解がある問いでは無いのだ。価値観、考え方の相違である。自分の考え方が正しいと証明することは出来ないのだ。ヴァイスは茶を啜った。


「俺が単独ソロに拘るのも、そうした理由からだ。集団パーティーだって『多様な正義』の集まりだ。皆が受け入れられる範囲で正義を決め、それで行動する。俺は、あるパーティーが殺戮者たちを討伐している場面を見たことがある。正直、どっちが殺戮者なのか解らなかったよ。『止めてくれ』『許してくれ』…… そう叫ぶ者たちを笑みを浮かべながら殺している光景に、俺は戦慄した。『自分が絶対』と考えた時、正義の暴走がはじまる。俺は常に言い聞かせているよ。自分の正義は『自分だけの正義』だとな…… 』


 沈黙が流れる。憂鬱そうな表情を浮かべる五人・・がいた。約一名は、目を閉じている。寝ているのだろうか。気分を切り替えるように、エレオノーラが手を叩いた。


「お茶を淹れ直しましょう」


 んぁ?と青髪の少女が反応する。やはり寝ていたらしい。





 茶の香気が気分を変えてくれる。ヴァイスはアイテムボックスから「Mrs.Donuts」と書かれた箱を取り出した。DODでは様々な企業が「広告」の為に出店していた。これもその一つである。初めて食べる「チョコファッション」に、レイナがようやく笑顔を見せた。やはり美女は笑っている方が良い。気持ちが切り替わったところで、ヴァイスが話の続きを始めた。


「さっきも言った通り、俺のいた世界では強さが全てだった。必然的に『戦闘技術』が磨かれた。装備類もそうだが、相手を知ることも重要だ。そのために、こうした装具が生まれた」


 魔眼を見せる。それぞれが顔に装着していくが、皆が首を傾げた。表示される文字が読めないからだろう。


「その道具は、俺のいた世界の言葉で相手の情報が表示される。読めないのは仕方がないだろう。強さの基準を解りやすくするために『レベル』という言葉がある。最初は誰しもが1から始まり、最高値は999となる」


「私のおよそ三倍か。つまりヴァイスは私の三倍は強いということか?」


「一概にそうとは言えないがな。魔物を倒したり、さっき言った殺戮者たちと戦ったり、あるいは模擬戦をすることでレベルは徐々に上がる。その過程で力や速度、魔力、耐久力などが高まる。それ以外にも様々な能力が身につく。以前見せた「上位物理攻撃無効化」という能力は、レベル800で習得できる。もっとも、この世界ではどうかは解らんが……」


 実際のところ、グラディスとヴァイスを比較してもHPや魔力などは三倍ほどの大きな差は無い。むしろ使える魔法やスキルが違う。上位職である「Brave勇者」がレベル99で習得するM級職種系魔法「天地爆裂メガデス」は、一国を消し去るほどの破壊力を持っているだろう。詳細能力値やそうしたスキルまでは、魔眼では表示されない。一通り全員が魔眼を試し終わると、ヴァイスは魔眼を受け取った。


「この魔眼でわかるのは、相手の氏名、職種もしくは種族、体力、魔力、状態異常の有無だ。職種というのは、簡単に言えば『得意分野』と考えれば良い。レイナは魔法剣士、グラディスはガーディアンだが、パーティーで活動する中で、必然的にそうなったのだろうな」


「ヴァイスの職種は何だ?」


「まぁ、今となっては小恥ずかしいんだが……『Grand Brave勇者』だ」


 沈黙の後、誰かが吹き出した。やがて六人全員が笑った。ヴァイスは頭を掻いて、諦めたように積極的に話し始めた。


「言っておくけどな。ただのBrave勇者なら他にもたくさんいたんだ。Grandの冠を持つのは世界で唯一人、世界ランキング第一位、ワールドチャンピオン、世界最強の勇者だけなんだぞ? お陰で俺はやたらとパーティーに誘われるわ、無法者からは暗殺対象の筆頭にあげられるわ、街中で飯を食うのですら注目されるわ、散々だったんだ」


 グラディスが腹を抱える。目尻に涙を溜めながらヴァイスを慰める。


「ま、まぁしょうがないじゃないか。ヴァイスは強すぎる。ゆ、勇者か…… うん、立派だな!ハハハハッ!」


「い、以前ヴァイスから『Grand Brave』って言葉は聞いたけど、そういう意味だったのね。ヴァイスって案外、子供っぽいのね」


(悪かったですよ。そーですよ。どーせ俺は三十過ぎても勇者に憧れる「厨二病」ですよ!)


 全員の爆笑の中で、ヴァイスは溜息をつくしかなかった。





 夕食は六色聖剣全員による手作りであった。女性らしい華やかな雰囲気の中に、冒険者らしい荒々しさ(要するに豪快さ)もある料理である。鶏一羽を丸ごと焼いた「丸焼き」が出てきたが、さすがに首くらいは落としておいて欲しかった。だが味は悪くない。香辛料の複雑な香りが食欲をそそる。十二分に酒と食事を楽しんだヴァイスは、その夜は客室で泊まることになった。露天風呂があることに素直に驚き、風呂を馳走になる。


「風呂は久々だな。そういえばアイテムに露天風呂キットがあったな。使ったことはなかったが…… 俺もどこかに拠点を構えるべきか」


 頭を湯船の縁に載せ、頭を空にしていると気配が感じた。白い肌がヴァイスの視界に入る。布で前を隠したレイナが立っていた。


「背中を流すわ」


 白布一枚だけでは全ては隠しきれない。布の上からでもわかる豊かな胸。細く、それでいてしっかりと肉がついている見事な脚。シミ一つ無い真っ白な肌。輝くような黄金の髪…… ハラリと布が落ちた。湯煙の中に立つその姿は、神々しささえ感じてしまう。湯船から立ち上がる。当然、背中を流すだけでは終わらないだろう。





 ウィンターデンの冒険者ギルドマスター「ロベール・カッシェ」は、元々は商人であった。冒険者に憧れたが才能に恵まれず、アイロンランクの冒険者で終わってしまったが、本人は現状に満足していた。

ギルドマスターとは、冒険者たちを支える役割である。自分が冒険をする必要はない。ロベールには商人としての才能はあったため、ウィンターデンの冒険者ギルドは財政的に富裕であった。商才を活かし、素材の売り時を見極めて放出しているため、他のギルドより利益率が高い。その利益を設備投資や冒険者への報酬として還元している。同類の依頼でもウィンターデンの依頼は報酬が良いため、必然的に優れた冒険者たちが集まってくる。優れた冒険者が集まれば治安が良くなり、他の商売も盛んになる。結果として街全体が儲かり、ギルドは更に活性化する。

こうしたサイクルを作り上げているのが、ロベールの商才であった。そして今、新たな商売の種を見出そうとしていた。


「ルーン=メイルからの依頼か。六色聖剣をご指名だが、この機会にエルフ族との繋がりを太くしておきたい。『サトウカエデメープルのシロップ』だけではなく、メイルだけに自生する薬草類なども安定して手に入れば、ウィンターデンはさらに栄えるだろう。普段なら、レイナ殿に安心して任せるのだが、今回は少し不安だな」


 ウィンターデンの北西に広がる広大な樹海「ルーン=メイル」を縄張りとするエルフ族から、迷宮討伐の依頼が来ていた。「六色聖剣を派遣して欲しい」との要望だが、リーダーのレイナ・ブレーヘンはハーフ・エルフとして、ルーン=メイルを追い出されている。エルフ族の在り方に対して、あまり快くは思っていない。今回の依頼においては、レイナの抑え役が必要だと判断した。普段ならグラディスがその役だが、レイナに近い分、今回の場合は抑え役にならないだろう。


「ふむ、やはり『あの男』が適任か」


 ウィンターデンの、特に若い男たちの嫉妬を一身に集めている「話題の男」に依頼すべく、ロベールは筆を取った。





 月明かりの中で、レイナは寝台から身を起こした。隣で寝ている男の頬に口づけをする。自室に戻ったレイナは、机の引き出しを開けた。皺だらけの書状を取り出す。もう十数年も疎遠になっている男からの手紙であった。


「…ルーン=メイルに迷宮が出現した。どうか助けて欲しい…」


 要約すると迷宮討伐依頼である。最初は一読して握りつぶしたが、少し考えてシワを伸ばし、引き出しにしまっておいたものだ。この内容はグラディスですら知らない。レイナは憂鬱な表情を浮かべる。依頼を引き受けるべきかどうか、未だに悩んでいた。


「なによ。いまさら父親面して……」


 そう言いながらも、レイナは手紙を破くことは出来なかった。丁寧に折りたたみ、引き出しに入れた。



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