第12話 ルーン=メイルへ

 氷雨のような冷たい雨が降る中、至る所で戦闘が続いている。雄叫び、悲鳴…… 様々な声が飛び交う中で、二人の「Brave勇者」が向かい合った。この数年間、共に切磋琢磨し、高みを目指してきた二人であった。だが今は、互いは異なる立場にいる。


「なぜだ? なぜお前はそっち側・・・・に行ってしまったんだ!」


 赤茶髪の男が叫ぶ。金髪の男が嗤った。


「決まっているだろう? そうした方が面白いからだ!」


「何だと!?」


「これはゲーム・・・だぞ? ゲームは拮抗した敵がいるから面白いんだ。俺たちが同じ側にいたら、拮抗状態にはならない。ランキング一位のお前を止められるのは、二位の俺だけだからな!」


「ッ…… 一緒に高め合ってきた。無法状態の世界を変えようと話し合った! それなのにお前は!」


「考えても見ろ。もし秩序が生まれたらどうなると思う? 敵対するプレイヤーがいなくなればどうなると思う? 間違いなく、つまらなくなる。平坦で平凡な『ただの作業ゲー』になってしまう! 混沌を求める者と秩序を求める者…… この両者がぶつかり合うから面白いんだ!」


「違うっ! VRの可能性はそんなに狭いものではない! 誰もがこの世界DODを楽しめるようになるためには、秩序が必要なんだ!」


「だが俺は楽しめない。お前もそうだ。俺たちは、あまりにも強くなり過ぎた! ジョブレベルもスキルレベルもカンストした。装備レベルもステータス拡張も上限に達した。第三位だった『ハインリッヒ』と闘った時に確信したよ。もう、俺と五分で戦えるのはお前だけだとな! どんなに強くなろうとも、全力をぶつけられる相手がいなければ意味が無い! これ以上の議論は不要だ。俺を止めたければ、力で止めてみせろ!」


「バカ野郎がぁぁッ!」


 二人の剣が激突した……





 目を覚ましたヴァイスは瞼を押さえ、溜息を吐いた。久々に見た夢である。


「昔のことを語ったせいだな。所詮は夢…… 埒も無いことだ」


 寝台を出たヴァイスは窓から外を眺めた。空が白み始めていた。ウィンターデンの街はまだ目覚めていないらしく、静寂に包まれている。今日は冒険者ギルドからの呼び出しを受けている。迷宮討伐の依頼だそうだが、ウィンターデン近郊にある有害な迷宮は全て討伐したはずであった。また、新たな迷宮が出現したというのだろうか。目が冴えてしまったため、アイテムボックスから自分の装備を取り出した。DODでの激闘で自分の生命を守った「唯一無二」の鎧である。


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装備名:最高神の聖鎧

種類:鎧

装備Lv:999

装備ランク:赤

物理防御力:+881

魔法防御力:+903

効果:HP上昇(極大)

   物理防御力上昇(極大)

   魔法防御力上昇(極大)

   状態異常耐性(極大)

   HP自動回復(極大)

製作者:Conrad Solingen

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「この鎧があったから、勝つことができたんだが…… こうしてみると、殆どチートだな」


 素材を求めて、一定時間しか出現しない「レア魔物」を討伐すること二千回以上、さらに一回五百円の課金ガチャを回すこと一千回でようやく全ての素材が揃い、それをLv999の生産職「神匠」が手掛けることで鎧が完成する。完成直後はランダムであった付与効果を課金によって変更し、一万回を超える戦闘で少しずつ希望する効果に近づける。

膨大な時間と努力課金によって、この鎧が完成した。だがその効果は絶大だ。HP自動回復(極大)が付与された装備は、自分の知る限りこの鎧だけである。HP自動回復(極大)は、10秒毎にHPが5%ずつ回復していく。この鎧のお陰で、Lv999のPK者五人を相手に完勝することができた。余りにも理不尽であるため、滅多なことでは装備しない。ヴァイスは鎧を確認するとアイテムボックスに収め、代わりに普段使っている鎧を取り出した。


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装備名:黒飛竜アイトワラスの革鎧

種類:鎧

装備Lv:700

装備ランク:橙

物理防御力:+400

魔法防御力:+350

効果:HP上昇(中)

   物理防御力上昇(中)

   魔法防御力上昇(中)

製作者:Conrad Solingen

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「この世界ではこの鎧で良いか…… 「伝説勇者の剣」は装備成熟レベルを上げるためにも使っておこう。あとは……」


 指輪や腕輪など細かい装備類を確認する。この世界に来る直前のDODでも、PvPの機会が減少したこともあり、強力な装備で身を固めることは滅多になかった。ましてこの世界はDODと比べると殆ど「チュートリアルレベル」である。ゾディアックのような強力な魔物が出現した場合だけ、装備を切り替えれば良い。ヴァイスは立ち上がると小さく唱えた。


装備エクイップド切り替えスイッチ


 机の装備が一瞬で装着される。DODでは装備をいちいち脱いだりしない。アイテムボックスに付随する機能「装備切り替え」によって、好きな装備を一瞬で着脱することができる。「見事な冒険者姿」になったヴァイスは冒険者ギルドに向かうべく、部屋を出た。





 冒険者ギルドの三階にある会議室には、すでに六色聖剣が揃っていた。応接用の椅子にはレイナが座り、対面するようにギルド長のロベールが座っていた。ヴァイスは部屋に入るとレイナと横並びになるように、肘掛け椅子に座った。


「全員揃いましたね。本日はお忙しい中、お呼び立てをして申し訳ありません。帝国に知らぬ者無しと言われるオリハルコンパーティーとリューンベルクの気鋭の冒険者がこうして並ぶなど、我がギルドも立派になったものだと感無量です」


「ロベールさん。世間話やおべっかはいらないわ。用件はだいたい察してる。ルーン=メイルに出現した迷宮の討伐依頼ね?」


 扉の側に並んでいる五人がレイナに視線を向ける。何故、レイナが知っているのかはヴァイスも疑問に感じた。だがその前にロベールが頷き、言葉を選ぶように尋ねた。


「エルフ族から当ギルドに依頼がきました。その中には『レイナ殿にはお父君から個別で依頼を出している』とありました。ですが、そのご様子では……」


「えぇ、お察しのとおりです。お断りします。私はルーン=メイルから追放された者です。『半端者』『穢し者』と石を投げたのは彼らです。それを、どの面下げて依頼をしてくるのですか? 滅びれば良いんだわ」


「レイナ……」


 グラディスが声を掛ける。ヴァイスはレイナを一瞥して、ロベールに顔を向けた。


「で、俺はなんで呼ばれたんだ? 六色聖剣への依頼なら、俺を呼ぶ必要はないと思うが?」


「正直に申し上げましょう。たとえ六色聖剣であっても、今回の討伐は難しいのではないかと考えたからです」


「なに?」


 グラディスの顔色が変わる。レイナや他のメンバーたちも目つきが鋭くなった。六色聖剣はオリハルコン冒険者としての「誇り」を持っている。「お前らには無理だ」と言われて黙っているはずがない。アリシアが冷たい笑みを浮かべてロベールに問いかけた。


「ロベールさん。それは私たちへの侮辱かしら? 私たち六色聖剣がこの一年で、どれだけの迷宮を討伐したと思っているの?」


 だがロベールは深刻な表情のままであった。ヴァイスは無表情のまま、内心で思っていた。


(これは引っ掛けだな。意図的に六色聖剣を侮辱して怒らせる。グラディスあたりが「巫山戯るな!」とでも言おうものなら、「なら討伐して下さい」となるわけか。交渉術としては見え透いているが……)


「ヴァイスさん。貴方はゴールドランクですが、その実力は単独でオリハルコン以上のはず。調べましたよ。貴方がリューンベルクで冒険者として登録したとき……」


 ヴァイスは右手を挙げて、ロベールの言葉を止めた。別に知られても困らないが、目立てば余計なトラブルを呼びかねない。ヴァイスが止めたことで、ロベールは納得したように頷いた。どうやらここまで計算していたらしい。秘密を漏らされたくなければ協力しろ、と言外で言っているのである。ヴァイスは内心で舌打ちした。


「六色聖剣でも討伐できない…… そう判断した根拠は何だ?」


 ロベールは羊皮紙を取り出した。黒尽くめの男が描かれている。レイナたちは顔を見合わせたが、ヴァイスは得心した。先程の言葉は、あながち引っ掛けでも無いようである。羊皮紙の絵について、ロベールが説明した。


「これはルーン=メイルの迷宮から生きて戻ったエルフが描いたものです。五人で迷宮に入り、戻れたのは一人だけだったそうです。青白い肌をした黒尽くめの男に襲われたそうです。また他にも、三つ頭の巨大狼や黒色のアースマンなどが出たそうです」


「見たことが無い魔物だな。それに黒いアースマンだと?私たちが全く知らない魔物だ。ヴァイス、これはゾディアックと同種の奴ではないか?」


「いや、違うな。黒いアースマンについては俺も知らないが、この魔物は知っている。コイツが出たのなら、確かに六色聖剣でさえ荷が重いかも知れん」


「ヴァイス。その魔物はそんなに強いの?」


 レイナの問いかけに頷いた。


「コイツの種族名は『吸血鬼ヴァンパイア』と言う。吸血鬼は強くなるほど、外見が黒くなる。黒尽くめとなると、おそらくは『真祖』だろう。高い知性と強い魔力、再生力がある肉体を持ち、様々な魔物を眷属として操る。だが妙だな。コイツは強さから考えるとダンジョンマスターのはずだ。最下層まで辿り着いたのか?」


 ロベールが首を振る。


「いえ、第三層でこの魔物と接触したそうです」


「第三層か……」


 ヴァイスは顎を撫でながら考えた。ダンジョンマスターは通常、最下層の「マスターズ ルーム」にいる。だが別に鍵が掛かっている訳ではない。ゲームという軛から解き放たれた魔物は、ダンジョンマスターでも自由に徘徊するのだろうか。ブツブツと呟くヴァイスの横で、レイナが首を振った。


「いずれにしても、六色聖剣には関係ないわ。この依頼はお断りします。帝都の『紅の騎士団』に頼めば良いわ」


「彼らはできるだけ少人数での討伐を希望しているのです。ルーン=メイルにはあまり人を入れたくないようですから」


「つまり、まだそんなことを考えられるくらいの余裕があるってことね。本当に追い詰められているのなら、そんなことは言ってられないでしょうから」


 後ろの五人は複雑な表情を浮かべたが、何も言わない。ロベールが救いを求めるようにヴァイスを見た。「やれやれ」と思いながらも、ヴァイスがレイナに告げる。


「この依頼、俺が引き受けよう。少し気になる点がある」


 レイナの表情が険しくなった。





「ヴァイス、気になる点って何? その『吸血鬼』とか言う魔物のこと? それともエルフ族のこと?」


 レイナがイライラした様子でヴァイスを問い詰める。


「そうだな。俺が気になっているのは、ダンジョンマスターであるはずの魔物が、迷宮内を自在に動き回っている、という点だ。ハッキリ言おう。もしコイツが本当に『真祖トゥルー吸血鬼ヴァンパイア』だったら、そのレベルは八〇〇を超える。ゾディアック級の魔物だ。しかもコイツは魔法を使う。そんな奴がダンジョン内を自在に歩き回れるのだとしたら、地上にだって出られるかもしれない」


 そう言われ、グラディスの顔色が変わった。


「ギルド長っ! ルーン=メイルに迷宮が出現して、どの程度だ?」


「出現したのは半年前とのことです。最初は自分たちで討伐しようとしたようですが、手に負えないと判断したため、現在は結界で封じているそうです」


「結界で封じている? バカなっ! 半年近く誰も入らず、ずっと結界で蓋をしているのか? いつ『魔物大行進モンスターパレード』が始まるか解らないぞ!」


 初めて聞く言葉にヴァイスが首を傾げた。


「待て。『魔物大行進モンスターパレード』? 何だそれ?」


 六色聖剣全員が顔を見合わせた。どうやら冒険者にとっては常識らしい。咳払いをしてルナ=エクリアが説明した。


「迷宮は高濃度の魔素によって魔物を生み出していきます。魔物を討伐すれば魔石が生まれますが、これは魔素の結晶のようなものです。魔物の創出や冒険者による魔石の回収によって、迷宮内の魔素濃度は一定を保っています。ですが誰も入らず、あまつさえ結界で蓋をしようものなら、魔素はどんどん濃くなり、ついには臨界点を迎えます。魔素そのものが迷宮から大量に排出され、それに伴い魔物が地上に生まれるようになります。また迷宮内からも、魔物が地上に溢れ出てきます。地の果てまで続くほどの大量の魔物が一気に出現するのです。これが『魔物大行進モンスターパレード』です」


「そうなったら、ルーン=メイルどころではない。ウィンターデン、いや帝国そのものが危機に晒されるぞ」


 グラディスが唸った。ヴァイスは決断して立ち上がった。


「なるほど。ならば急いだほうが良いな。レイナ、色々と思うところがあるのだろう。だが、オリハルコン級のリーダーとして、今回の件を見過ごして良いのか?」


「………」


「今ならまだ間に合う。だがこのまま動かずに万一の事が起きれば、お前は一生、後悔し続けるぞ?」


「レイナ。私もヴァイスの意見に賛成だ。ルーン=メイルのためではなく、ウィンターデンの人々のために行こう」


 グラディスに促され、レイナも決意を固めた。





 エルフ族の代表者は、六色聖剣にヴァイスが加わることを最初は渋っていた。だが「黒尽くめの魔物を知るのは彼だけだ」とロベールが説得したことで得心したようだ。ウィンターデンの街から馬を疾走らせる。通常なら一週間は掛かる距離だが、途中の集落で馬を替えながら五日間で駆け抜けた。エルフ族が縄張りとする森林「ルーン=メイル」に到着する。代表者が何らかの合図を送ったようで、森から何かの緊張感が消えた。


「一時的に結界を消しました。すぐに戻りますので、急いでください」


 森を進み続けると、やがて広い空間に出る。石造りの家々や草花を育てている畑などが見える。空気が違った。ヴァイスは思わず深呼吸する。


「これが、エルフ族の集落か……」


 広場には何人かが集まっていた。そのうち一人が、歩み出てきた。馬を降りたレイナがその男に向き合う。あらかじめ聞いていたので、それがレイナの父親であることは解った。


「久しぶりだな。レイナ……」


「ウィンターデンの冒険者パーティー、六色聖剣のレイナ・ブレーヘンです。討伐依頼を引き受けました。早速ですが、出現した迷宮に案内して下さい」


 父親と世間話をするつもりは無いらしい。レイナは硬い表情のまま、事務的な口調で依頼を受託したことを伝えた。ヴァイスも馬を降りて、レイナの横に並んだ。


「リューンベルクの真純銀ミスリル級冒険者、ヴァイスハイト・シュバイツァーです。六色聖剣の迷宮討伐を支援します」


「エルフ族合議会の一員、オリドスです。しかし真純銀ミスリルとは? これは…… ちょっと失礼」


 オリドスはその場を離れ、エルフ族代表者と何かを話していた。ヴァイスは思わず目を細めた。横にいるレイナも苛ついているようである。肩に手を置いた。


「……俺がやる」


 それだけで、レイナは何かを感じたようで黙って頷いた。オリドスが戻ってくる。


「いや、失礼しました。六色聖剣に依頼をしていたので、他の冒険者まで一緒に来るとは思っていなかったのです」


「あぁ、まあいいさ。で、確認するがアンタが族長なのか?」


 ヴァイスの口調が一変していた。細まった眼にはある種の怒りがあった。オリドスは首を横に振った。


「いえ、エルフ族には族長というものはいません。長老として『大婆様』がいますが、お年を召されているため、動けないのです。普段は合議会で物事を決めます。私はその一員です」


「なるほど。では合議会の他の連中はどうしているのだ? 取りまとめ役の議長なんかもいるんだろう?」


「彼らは…… その、所用がありまして……」


「所用? いつ魔物大行進モンスターパレードが始まるかも解らないような切迫した状況で、俺たちを出迎える以上の所用があるのか? つまりアンタがたにとっては、迷宮討伐は大したことではないってことだな? だったら俺たちは帰るが?』


「いえいえ! 誠に申し訳ありません。少しお待ち下さい」


 オリドスは慌てて走っていった。レイナが横で小さく呟いた。


「ウンザリするほど、何も変わっていないわ。本当に……」


「お前はリーダーだ。待っている間、他のメンバーに説明しておけ。心配するな。ちゃんと着地は付けるさ」


 少し微笑んで頷き、レイナは後ろを振り返った。





 エルフ族合議会の議長ゲルクは不機嫌そうな表情で現れた。他のメンバーたちもあまり良い表情はしていない。六人の美女と一人の男の前に立つと、ゲルクは露骨に嫌そうな表情を浮かべた。


「私が議長のゲルクだ。一体何の用だ? 迷宮の情報は全て渡した。早く討伐してもらいたい」


「あぁ。迷宮討伐なんだが、やっぱり止めようかと思っている。どうもアンタがたは、俺達に討伐して欲しくないような様子だからな」


「何だと! 依頼は出した。この森にも立ち入らせた。それなのに今更、帰るとでも言うのか!」


 怒りの表情を浮かべるエルフに、ヴァイスは傲然とした態度を取っている。


「あぁそうだ。アンタがたから肝心の言葉を聞いていないからな。それを聞くまでは討伐はしない」


「何だ? 私らに何を言わせたいんだ?」


どうかお願いしますプリーズだよ。アンタたちお偉方が雁首揃えて『どうかお願いします。迷宮を討伐してください』と六色聖剣に頭を下げない限り、依頼は受けられんなぁ」


「ッ…… お前はッ」


「何か勘違いをしていないか? 俺たちは迷宮討伐をさせてもらう・・・・・・んじゃない。迷宮討伐をしてやる・・・・んだよ。助けを乞うからには、それを態度で示してもらわんとな」


「………」


「フンッ、無理なようだな。エルフの誇りなど魔物に喰われろだ。みんな、帰るぞ」


 ヴァイスが踵を返す。レイナが何か言いたげな表情を浮かべる。グラディスは冷たい表情のままフンと鼻で嗤った。「まるで子供…」と青髪の少女までもが呟く。ゲルクは歯ぎしりして呻いた。


「ま、待て…… 待ってくれ」


 ヴァイスの足が止まり、振り返る。ゲルクは顔を伏せたまま呻くように言葉を吐いた。


「ど、どうかお願いする。我々を救ってくれ……」


 激情を必死で抑えながら絞り出したのだろう。だがヴァイスは右手の小指で耳を穿った。


「はぁ? 何だって? 聞こえんなぁ。もう一回、言ってくれ。顔を上げて、眼を合わせてな」


 ゲルクは瞑目し、息を吐いた。両手を一度固く握り、手を開いた。背を伸ばしてヴァイスと視線を合わせる。ヴァイスはレイナを横に並べた。


「どうかお願いする。この森を…… 我らエルフ族を救ってくれ! 頼むっ!」


 深々と頭を下げた。ヴァイスはその後ろを見た。合議会の他のメンバーたちが揃って頭を下げた。その中にはもちろん、オリドスも含まれている。レイナは呆然と、その光景を見た。


「よし解った! 俺たちが助けてやる。みんな、討伐開始だ!」


 ヴァイスが大声を出して、頭を下げ続けるゲルクの横を通り過ぎた。その時に肩に軽く手を置いたのをレイナは見逃さなかった。自分が惚れた男が、こうした細かい気遣いができるのが嬉しかった。





 エルフ族の集落から少し外れた場所に、一際巨大な樹がある。樹齢数千年以上の大木は森の中で最も背が高く。大地に伸びる根だけでも、人の背丈を優に超える。その根が形成した「洞窟」の中に、一人の老女が横たわっていた。老女といっても、その容姿はせいぜい三十前である。エルフ族の長老「エゼルミア」は、通常のエルフとは違う。輪廻のことわりを離れ、永遠に生き続ける存在となっていた。千年の時を生き続けているが、退屈な時の流れの中で次第に動かなくなり、今では殆どを眠り続けている。ヴァイスたちが森に入った頃、エゼルミアの指が震えた。薄っすらと瞳を開ける。鈴のような美しい声が漏れた。


「…… 懐かしい気配を感じる。妾がまだ、ことわりの中にいた頃に出会った気配じゃ。どうやら再び、プレイヤーがこの地に舞い降りたようじゃな」


 エゼルミアの口元が微かに変化した。そこには、数百年ぶりの笑みが浮かんでいた。




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