第13話 装備変更

【小解説】DODの装備について

 VRMMO-RPG「Dead or Dungeon」は極めて自由度の高いゲームであるが、その中でも特に「やりこみ要素」として考えられていたのが「装備類」である。

 装備類はNPCが経営する武器屋においても手に入るが、より高レベルの装備は鍛冶屋に素材を渡して作成してもらうのが一般的である。NPCの鍛冶屋に作成を依頼した場合は最高で装備ランク「紫」までしか作成されない。より高い装備ランクは生産職を極めたプレイヤーによって作成される。

 装備ランクには「白」「緑」「青」「紫」「オレンジ」「赤」の六段階があり、赤に近いほどランクは高くなる。同じ武器であっても、白と赤とではその性能の大きな違いが出るため、プレイヤーは出来るだけ赤に近い装備を求め、高レベルの生産系プレイヤーに依頼する。大ギルドには、そうした生産系プレイヤーが所属している場合が多く、それがギルドをより大きくする原動力にもなっていた。

 一方、装備ランクの他にも「装備レベル」と呼ばれるものがある。装備レベルは最低でレベル100から始まり、10レベルごとに高くなり、最高はレベル999となる。レベル百以下の装備は装備レベルが存在せず、誰でも装備できる。装備レベルもランクと同様、その装備のステータスを大きく左右する。だが、プレイヤーレベルが装備レベルを下回る場合、その装備を使うことは出来ないという制限がある。つまりレベル799のプレイヤーは、レベル800の武器は装備できないのである。また同様に、レベル800の生産系プレイヤーがレベル810の装備を作ることも出来ない。

 こうした制限の結果、レベル999、装備ランク赤の武器などは、ごく一部の重課金者のみが手にするような極めて希少な装備となり、より高ランク、高レベルの装備を求めてのPPlayerKKillingを誘引したのである。





 ルーン=メイルの中を進むと、明らかに周囲とは様子が違う場所が出現する。木々は枯れ、地面は黒色に変化していた。およそ五十メートル四方の土地がむき出しになり、その真中に、どす黒い霧のようなものに包まれた迷宮への入り口がある。結界によって瘴気を押さえ込んでいるが、それも限界に達しているようだ。上位エルフ族であるエルフィーナは思わず口元を抑えた。


「酷い。こんな状態になるまで放置しておくなんて……」


 ここまで案内をしてくれたエルフの若者は、暗い表情を浮かべていた。


「何もしなかったわけではありません。森を回復させようと、何人ものエルフが潜ったのです。ですが私たちの力では…… どうかお願いします! この森を助けてください!」


「任せて。必ず討伐してみせるわ。みんな、行くわよ!」


 レイナが力強い表情で返答し、結界の前に立った。薄い膜のような結界に男が手を翳すと、一人分が通れる程度の広さが開く。中に入ったヴァイスは思わず顔を顰めた。魔物の気配と腐臭で満ちている。毒は無いだろうが、このままでは精神が激しく削られると感じた。

 ヴァイスはアイテムボックスから毒罠を潜るための道具「マスク」を取り出した。DODでは基礎的な道具として金貨千枚で手に入る。一度使ったら消えてしまう消耗品であるため、大抵のプレイヤーは保有限界数まで持っていた。自分にはより高位のレアアイテムがある為、装備をしなくても大丈夫だが、それでは六色聖剣たちが信用しないだろうと判断し、アイテムボックスから七個を取り出す。


「こいつは毒を防ぐ装備だ。俺のように顔に装着しろ。いくぞ」


 鼻と口を覆う防毒マスクをつけて、ヴァイスと六色聖剣は迷宮へと入った。





 第一層からいきなり激闘が始まった。ただのゴブリンだが二回りほど体躯が大きくなっている。本来ならレベル五前後のゴブリンが、レベル五〇を超えていた。六色聖剣にとっては敵ではないが、これから先の苦戦を暗示するかのようであった。


「なるほど。これが魔素の影響か。第二層はさらに手強くなるだろう。俺も参加する」


 第一層の掃討を終えて第二層に入る。三つ首の狼が出てきた。「ケルベロス」である。グラディスが舌打ちした。


「もうケルベロスが出てくるのか。普通は二十層以下の魔物だぞ!」


「一年前に潜った迷宮以来ね。ヴァイス、強さはどの程度?」


「どうなってんだ? 一体……」


 レイナの問いに応えず、ヴァイスは独り言を呟いて、六色聖剣を退かせた。唸り声を上げて、ケルベロスが飛びかかってくる。剣を一閃させ、三つ首を同時に刎ね飛ばし、胴体を両断した。奥からさらに複数のケルベロスが襲い掛かってくる。火炎系魔法で焼き尽くした。険しい表情を浮かべるヴァイスに、レイナが声を掛ける。


「大丈夫?」


「あぁ…… だが、この迷宮は厄介だな。ゴブリンの次にケルベロスが出てくるなんて、順番が滅茶苦茶だ。ケルベロスのレベルは通常は一二〇程度のはずなんだが、今のやつは二〇〇を超えていた。魔素で強くなっていたんだろうが、それだけではない。下層から昇ってきたと見るのが妥当だな。いきなり吸血鬼ヴァンパイアが出てくるかもしれん」


「上層であっても油断できないってことね。ミレーユ、精霊でこの階を探ることはできる?」


「無理…… 魔素が濃すぎて、精霊たちが嫌がってる」


「出たとこ勝負になるわね」


 ヴァイスがアイテムボックスから薄茶色い巻物を取り出した。


「コイツは課金アイテムだから、あまり使いたくないんだが……」


 何もない薄茶色い生地に、黒い線が浮かび上がる。その中に青い点と赤い点が表示された。レイナが横から覗き込む。


「これは「迷宮地図生成ダンジョンマッピング」という巻物スクロールだ。迷宮内の様子が映し出される。青い点が俺たちで、赤い点が魔物だ。こうして赤い点を指で押すと……」


 「ケルベロス」の名前とレベルが表示された。魔法「迷宮探査メイズサーチ」では、ダンジョン内の構造は解るが魔物の所在や種族までは解らない。レア魔物を効率的に探すために、このアイテムを良く使っていた。


(「迷宮地図生成ダンジョンマッピング」なんて名前だけど、単純に「NAVI」って呼ばれてたんだよなぁ)


「こんなアイテム、初めて見た。いいの? すごく高そう……」


「まぁ貴重なアイテムなのは確かだな。しかも使い切りだ。この迷宮を出たら燃え尽きてしまう。まぁ気にするな。まだ予備は持っている。それと、これは恐らくだが魔眼イビルアイと同様に、黒いアースマンなどは表示されないだろう。あるいは表示されてもレベルは不明のはずだ」


(たしか、一本一〇〇ルーンだったか?二〇%の消費税込で一二〇円か。ガチャとかでも出たし、あと三〇〇本くらいは残ってたか?)


 ヴァイスたちは第三階層に降りていった。





 第三層ではケルベロスの他に、黒いアースマンが登場した。さらにその後ろには、上位アンデッド「旧き魔術師エンシェントマギ」がいる。ガード役二体の後ろに物理攻撃役三体、その後ろに指示および魔法攻撃役という構えであった。この様子に、六色聖剣は絶句した。


「嘘! 魔物が『パーティー』を組んでるの? こんなことって……」


「ヴァイスの言うとおりだな。この迷宮は可怪しい。後ろのアンデッドは魔法使いか?」


「あれは『旧き魔術師エンシェントマギ』と呼ばれる上位アンデッドだ。高い知性と強い魔力を持つ。これはもうNPC戦じゃ無いな。「PartyP vsv PartyP」だ。レイナとグラディスはケルベロスに当たれ。得体の知れないアースマンは俺がやる。エンシェントマギはアンデッドだ。火系と神聖系が効く。アリシアとエクレアが担当しろ。エルフィーナとミレーユは補助攻撃だ。精霊魔法は使えなくても、補助魔法は使えるはずだ』


 全員が一斉に動き出した。ヴァイスがアースマンに突っ込むと、ケルベロスが後ろから飛び出してくる。素早さと防御系魔法を受けたレイナとグラディスがケルベロスに斬りかかり、アリシアとエクレアが遠距離からエンシェントマギに魔法を打ち込む。アースマンは物理耐性が高いが、ヴァイスはLv999である。一撃でアースマンは飛散した。レイナとグラディスもケルベロスを斬り伏せる。だがエンシェントマギは想像以上の力を持っていた。アリシアとエクレアの魔法を結界で防ぎつつ、暗黒系魔法を放った。


「チィッ! 『聖なる防御ホーリープロテクション』!」


 神聖系のB級魔法で全員に防御結界を張る。肉体と精神を腐食する暗黒の霧が吹き抜けるが、結界によって辛うじて防ぐことが出来た。あと一秒でも遅ければヴァイスはともかく他のメンバーたちは生きながらアンデッドになっていたかもしれない。


「暗黒系A級魔法『暗黒神の闇霧バスタードダークネス』か。コイツ…… 自分のパーティーもろとも飲み込むつもりだったな? みんな、大丈夫か!?」


 六色聖剣の様子を確認する。結界で腐食は防げたようだが、目の前の強敵に戦意を保つのがやっとの様子であった。ヴァイスは安堵の息を吐くと、左手を構えた。


「消えろっ!アストライアの聖炎!」


 神聖系と火炎系を重ねたS級魔法を放つ。エンシェントマギの周囲に聖なる炎の竜巻が発生し、完全に浄化する。以前、グレーターデーモンに放ったときとは威力が違う。今回は出力全開であった。エンシェントマギが消滅したことで、六色聖剣も落ち着きを取り戻した。だがその表情は暗い。第三層程度でここまで苦戦したのは初めてであった。


「ヴァイス、少し早いけどキャンプを取りたいわ」


 レイナの提案にヴァイスは黙って頷いた。





 第三層階の手ごろな場所にキャンプを張る。警備アイテム「地上最強女子の加護」を取り出して起動させる。六色聖剣全員がランタンを取り囲んだ。口重げにグラディスが呟く。


「参ったな。第三層でコレか……」


「魔物が異常に強くなっています。恐らく、下層に行けばもっと強くなるでしょう。今の私たちでは、せいぜい進めて第五層までかもしれません」


「さっきのアンデットだって、私の魔法を完全に防いだわね。これでも、魔術師として少しは自信があったんだけど、ショックだわ」


 ルナ=エクレアが憂鬱そうに漏らし、アリシアも珍しく弱音を吐く。六人の美女たちが重苦しく沈黙する中、ヴァイスは鼻歌を唄いながら、食事の支度にとりかかっていた。玉葱を取り出してざく切りにし、ニンジンや熟成肉なども用意する。深底鍋に牛脂とバターを放り込み、刻んだ大蒜と生姜を炒め、色が変わったら玉葱を放り込む。ダンジョン内とは思えないような香りが広がる。

 レイナが咳払いをして睨む。


「……ヴァイス、何をしているの?」


「見ればわかるだろう。食事の支度だ。少し早いが、ここでメシにしよう」


「何を言ってるの? 貴方も解ってるでしょう! このダンジョンの魔物は異常よ! 私たちでは、もう先には進めない。貴方はいいわよ、強いから!」


 レイナがムキになって怒る。六色聖剣はこれまで多くのダンジョンに潜り、幾つかを討伐してきた。そしていつしか、自分たちは帝国最強のパーティーと呼ばれるほどになった。だが今、その自信と誇りが揺らいでいた。六人全員が「撤退」の二文字を必死に否定しているのである。

 それなのに目の前の男は、平然と食事の支度を始めた。苛立ちが出ても仕方のないことであった。だがヴァイスは、レイナの苛立ちなど無視するかのように料理をしながら右手を差し出した。


「お前の持っている剣、見せてみろ」


「……え?」


「剣だ。その腰に下げているヤツ」


 レイナは顔を怒らせながら、乱暴に鞘ごと自分の剣を渡した。玉葱を炒めながら、剣を抜く。


道具アプレイザル鑑定アイテム



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装備名:ミスリルの剣

種類:片手剣

装備Lv:ーー

装備ランク:緑

攻撃力:+12

効果:なし

================



(うん。解っていたけど再確認。これは……)


「ハッキリ言って、ゴミだな」


 鞘に納めて投げ返す。自分の愛剣を馬鹿にされ、レイナの怒りは頂点に達した。


「なっ……なっ…… ふざけないでっ!」


 激高するレイナの目の前に、白い鞘に納められた剣が差し出された。DODにおいて無課金者に配っていた装備の一つである。サブキャラで自作したものだが、大した装備ではないので銘すら入れていない。だがレイナは、その一振りに目を見開いた。



================

装備名:アダマンタインの魔法剣

種類:片手剣

装備Lv:200

装備ランク:紫

攻撃力:+100

効果:力上昇(中)

   魔力上昇(中)

================



「な、なに…… この剣……」


 レイナが震えながら剣を抜く。その剣身は銀色に輝き、濡れたような艶を帯びている。軽く一振りをする。まるで空気を切り裂いたかのように、離れた場所の地面に一筋が入った。

 ヴァイスは大きめに角切りにした熟成肉をフライパンで焼きながら、渡した剣について説明した。


「その剣は俺がいた世界の…… まぁ少し強くなり始めたかな、くらいの奴向けの剣だ。ハッキリ言おう。お前たちの成長に武器がついて行っていないんだ。強くなったのなら、それに伴って武器もより良いモノに変えていくべきだ。レイナの使っていたその剣だが、いったいどこの鍛冶見習いが作ったんだ?」


「これは帝都でも最高の鍛冶師に鍛えてもらった名剣よ! 幾らしたと思ってるのよ!」


「名剣ねぇ…… まぁいいや。いずれにしても、これからはその剣を使え。更に強くなったら、また別のを渡してやる。グラディスには……」


 空間から再び剣を取り出す。レイナに渡した剣よりもずっと太く、大きな剣であった。



================

装備名:アダマンタインの豪剣

種類:両手剣

装備Lv:200

装備ランク:紫

攻撃力:+150

効果:力上昇(大)

   速度上昇(小)

================



 これまで自分が使っていた剣との隔絶した違いに、グラディスは言葉を失っていた。その場で振ろうとしたため、ヴァイスが慌てて止める。


「止めろっ いま振れば、鍋が倒れる!」


「う、うむ。本当に、この剣を使っていいのか? こんな剣、国宝級だぞ!」


「そのために渡したんだ。両手剣は俺の好みではないしな」


 鍋に肉、ニンジン、茸類を入れ、さらに水を注ぎこむ。アイテムボックスから「林檎と蜂蜜」が描かれた箱を取り出す。鍋を火にかけている間に、他のメンバーたちにもそれぞれ「自作の装備」を渡していく。無課金で手に入る素材から出来る装備の為、全く惜しいとは思わない。


「取り敢えず、渡した装備に馴れる為にこの層を回ってこい。今なら余裕で倒せるはずだ。俺はその間に、食事の支度をしておく。それと、この腕章を付けておけ。万一の時には、これで居場所が判る」


 二の腕に巻きつける腕章を渡す。クラン戦などの大規模PvPの時には、誰が敵か判らなくなる。味方がどこにいるのかを識別するためのアイテムだ。六人全員が左腕に腕章を付けた。レイナは、先程の不機嫌な表情から一変して、明るい声を出した。


「行ってくるわ。みんな、いいわね?」


 六色聖剣が結界から出ていく。一人残ったヴァイスは、箱の中から茶色い塊を取り出して鍋に入れた。スパイシーな香りが食欲をかき立てる。火加減を調整しながら木ベラで混ぜていると、あることに気づいた。


「しまった。メシを炊き忘れた……」





 ヴァイスたちがルーン=メイルの迷宮に入った頃、大陸の何処かにある地下の施設において、超常的な力のぶつかり合いが起きていた。巨牛の貌をした魔物「ゾディアック」が金髪の男と剣を交えている。激しい戦いはしばらく続き、そして止まった。肩で息をするゾディアックと比べ、金髪の男は涼しい顔をしている。互いに一撃は入れていないが、どちらの力が上かは一目瞭然であった。


「どうだ。お前が戦った『ヴァイスハイト』なる男は、俺と比べてどの程度だ?」


 黒光りする剣を鞘に収め、金髪の男が尋ねる。ゾディアックは一礼して感想を述べた。


あるじの方が上です。ですがあの男は、まだまだ力を隠していました。実際のところは何とも……」


「ふむ。身体強化ブーストを使っていなかったのか。装備の違いか。それとも単純にレベル差か。アスモデウスの話では赤茶色の髪だったそうだが…… まさかな。アイツなら梃子ずるはずがない」


 金髪の男は何かを懐かしむかのような表情を浮かべ、そして首を振って笑った。



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