第17話 弟子の足跡
「ウォッカさん、異世界転生モノって知ってます?」
Lv990の無課金プレイヤーながら、DOD世界の戦闘力ランキングでTOP30に入っている黒髪の男NEOが、肉を頬張りながら話し掛けてきた。上位プレイヤーが集まる「闘神の街」にある焼肉屋では、A5等級の肉を味わい、ビールを飲むことが出来る。VR世界ではビールを飲んでも酔うことは出来ない(無論、クラックツールは存在している)。NEOは2リットルジョッキを呑みながら、自分の趣味の話をしていた。
「確か、半世紀ほど前に流行ったジャンルだろ? VR技術が無い時代だったが、DODのようなVR-MMOの世界から異世界に転生した、なんてアニメが人気だったそうだな? AIも未発達だった当時は、アニメも人間が描いていたそうだが……」
「そうです。昨日、動画サイトでそれをたまたま見つけまして、つい夜更かししちゃいましたよ」
「で、感想は?」
当時と今の大きな違いは、AIとVR技術の違いである。AIの発達に伴い、アニメやマンガは楽に制作できるようになった。現在では言語で指示するだけで、自分が思い描く通りのアニメを
もっとも、爽快ウォッカにとってはDODに夢中であるため、そうしたサブカルチャーにはあまり興味がなかった。
「人間の想像力の逞しさって言うんですかね? 結構、良く描けてましたよ。ただ、やっぱりアニメの限界なのか、シモの場面は無かったですね」
「当たり前だ。その辺は今でも、公的には規制されてる」
ウォッカのツッコミを無視して、NEOは話し続けた。
「それを見ながら思ったんですけど、もしDODでそうした異世界転生なんて巻き込まれたら、どうするかなって……」
ウォッカは苦笑した。異世界転生モノというのは古典でもある。「ガリヴァー旅行記」や「不思議の国のアリス」なんかもそうだろう。ウォッカとしてはあまり興味のない話ではあったが、ここは年上の大人としてNEOの話に付き合った。
「で、NEOならどうするんだ?」
「もちろん『俺tueee!』しますよ! DODのレベルや装備をそのまま引き継いで、チート能力使い放題ヤリ放題……」
「……まぁ、転生先の住民が全員Lv999って可能性もあるがな」
ウォッカは笑って、焼けた肉を皿に取った。
ランタンを手にしたゲルクの後に続いて、ヴァイスは森の中へと入った。ゴールドシュタイン帝国の礎を築いた国祖ルドルフの仲間であったというエルフ族の長老「エゼルミア」に会うためである。
「それにしても、ルドルフという人物が生きていた時代となれば、八百年以上前だろ? エルフ族とはそれ程に長生きをするものなのか?」
「大婆様は特別じゃよ。儂らエルフ族は、人間と比べれば確かに長命ではあるが、それでもせいぜい四百年じゃ。エルフ族は寿命を迎えると、自らを大地へと還すために身を投げる。魂は森の神に誘われ、そして新たな命へと生まれ変わる。じゃが大婆様は、己の意思でその輪廻の理から外れられた。ルーン=エルフとしては異端の存在じゃ。それ故、集落には住まず、この森の長である大樹の下で静かに暮らされておる。儂らも余程のことでない限りは、大婆様のところへは赴かぬようにしておる……」
「何故、そこまでするのだ? 異端の存在としてただ生き続けるだけなど、辛いと思うが?」
ゲルクはチラと振り返り、首を振った。
「ルドルフ王との約束を果たすためじゃ。血を受け継ぎし者たちへ、ルドルフ王の教えを説く為と聞いておる」
ヴァイスは頷き、考えた。一人のエルフの生き方をも変えてしまう程の約束とは何なのか。そしてそうした影響を与えたルドルフとは、どのような人物なのか。興味が尽きなかった。
「教えてくれないか。ルーン=エルフ族では、ルドルフ・ゴールドシュタインとはどのような人物として伝わっているんだ? 帝国での話は俺も耳にしたが、他種族の伝承も聞いておきたい」
「ふむ…… 大筋では変わらぬとは思うが、確かに帝国では些か、脚色されておるようじゃな。大樹までもうしばらく歩く。道中の慰めに、語ってやろう」
ルーン=エルフ族に伝わる「ルドルフ・ゴールドシュタイン」について、ゲルクは静かに語り始めた。
遥か八百と余年前、四大魔王が滅びてから数百年後であっても、人々は出没する魔物に苦しめられていた。九大賢者の中で唯一生き残った聖女フェミリアによって「始まりの地」である大陸西方南部の海沿いの土地は、聖フェミリア大教会の勢力圏となり平穏であったが、それ以外の土地には無数の迷宮が出現し、魔物大行進も頻繁に発生していた。命知らずの若者たちが幾人も迷宮に潜ったが、その大半は戻ってこなかった。
やっと魔王が消えたのに、迷宮や魔物たちによって、安定した幸福な生活は望むべくもなかったのである。九大賢者のような偉大な勇者の出現を人々は希望した。そしてその願いを聞き届けたかのように、一人の英雄が出現した。
「ルドルフ王は何処からともなく現れたそうじゃ。じゃが東方出身ではないかと言われておる」
「その理由は?」
「髪の色じゃ。ルドルフ王は漆黒の黒髪をしておった。じゃがこの地ではそうした黒髪は珍しい。実際、ルドルフ王自身も東方出身と語っておったそうじゃ」
当初、人々は突如現れた黒髪の男を怪しんだ。だがそれはすぐに賞賛と尊敬へと変わった。ルドルフは単身、迷宮に潜ると瞬く間に討伐を果たしたのである。
「儂自身は眉唾と思わなくもないが、エルフ族でもこの話は語り継がれておる。ルドルフ王は信じ難い速さで迷宮を討伐した。一週間? 数日? いいや、僅か数時間じゃ。朝、日の出と共に迷宮に潜り、昼前には討伐し終え、午後からまた別の迷宮に潜り、夕食前には討伐を終えたそうじゃ。信じられるか? ルドルフ王は僅か三月の間に、六十を超える迷宮を尽く一人で討伐したのじゃ」
「………」
ヴァイスは何も言わなかった。だがそれが事実なら、ルドルフ王は間違いなくプレイヤーだと思った。
(DODの高レベルプレイヤーなら不可能ではない。ダンジョンの難度にもよるが、
「ルドルフ王は、滅びゆくしかないと諦めていた人々に希望を与えた。やがて彼を慕い、彼に憧れる仲間たちが集まり始めた。ルドルフ王は仲間たちと共に、危険な魔物を駆逐し、鬱蒼とした森を拓き、荒れた大地を耕し、そこに街を造った。法と呼ばれる決まり事を定め、無学の人々に教育を与え、病に苦しむ者を癒やした。道を整備し、物産を行い、それらを束ねるために国を興した。そして国王となったルドルフ王は、自分以外の者でも迷宮を討伐できるよう、ギルドを立ち上げた。四大魔王が消えてから数百年続いていた混沌の世界にようやく、秩序が生まれたのじゃ」
「大したものだな。俺にはとても真似できそうにない……」
ゲルクは当然だろうと言わんばかりの顔をした。だがこれはヴァイス、いや「爽快ウォッカ」としての本音であった。
自分が同じ立場であったら、同じことが出来るだろうか。迷宮は討伐できる。森を徘徊する危険な魔物も駆逐できる。だがそこまでだろう。そこから先はDODのレベルなど関係ない。人間としての器量の問題であった。
「秩序は徐々に広がった。ゴールドシュタイン王国の初代国王となったルドルフ王は、本格的な迷宮討伐へと乗り出した。現在、この西方から大陸中央まで様々な国があるが、その大半はルドルフ王によって礎が築かれたと言われている。実際、ルドルフ王によって迷宮が討伐されなければ、とても街など造れなかったであろうからな……」
「……正に、勇者だな」
ヴァイスがそう呟くと、ゲルクは低く笑った。
「当時の人々も同じ思いを持っておったのじゃろう。人々は『勇者様』と喝采したそうじゃ。じゃが、当のルドルフ王はどうもその呼称を嫌っておったようじゃな。自分は勇者などではない。呼ぶならば『英雄』と呼んでくれ、そう語ったと伝わっておる」
「英雄?」
ヴァイスは思わず、口に手を当てた。DODのJobの中には「
ヴァイスの脳裏の一人の男の姿が過った。自分の知り合いに、Lv990の
「まぁもっとも、ここまではルドルフ王の強さや素晴らしさを語った話じゃが、伝え聞くところによるとルドルフ王は欠点もあったそうじゃ。特に女性関係ではな……」
「ん? そうなのか?」
「関係を持った女性は四桁に達し、本人すら知らぬところに子供もいたそうじゃ。実際、この西方で見かける黒髪の人物は、ルドルフ王の血筋とまで言われておるからな。まぁこの辺の話は、帝国ではあまり語られておらぬそうじゃ…… おぉ、そろそろ着くぞ?」
ヴァイスは視線を前方に向けた。巨大な樹が、薄闇の中に浮かんでいた。
ルーン=エルフ族の集落から少し離れた場所に、驚くほどに大きな樹がそびえていた。その根は大地を這い、圧倒的に太い幹は天高く伸び、枝が四方に広がっている。根だけでも自分の背丈よりも高い。これほどの巨木をヴァイスは見たことが無かった。
根の一部分が洞窟の入り口のように開いている。ゲルクはそこで立ち止まった。
「儂の案内はここまでじゃ。ここから先は、お主一人で行くがよい。儂はここで待たせてもらおう」
「そうか。案内、感謝する」
ヴァイスは洞窟の中へと入った。暗闇の中、緩やかな下り坂を進む。やがて薄明かりが見えてきた。それを目指して進み続けると、広い空間に出た。学校の教室二つ分ほどだろうか。薄蒼い光が天井や壁から発している。なんらかの発光塗料のようであった。そして部屋の奥に台座があり、美しくも妙齢なエルフが横たわっていた。
《異なる世界からこの地に舞い降りし異邦人よ、よく来た……》
頭の中に響くような声であった。実際、目の前のエルフは目を閉じたままで、眠っているようにも見える。ヴァイスはゆっくりと近づいた。背丈はレイナほどだろうか。翠玉色の長い髪と透き通るような真っ白な肌、そして細長い耳をしている。クッションに近いものに、もたれ掛るように横たわっているため、薄絹の服の上からでも、その肢体が良く見える。絶世ともいえる美女であった。だがヴァイスは油断しなかった。
「すまないが、ちょっと道具を使わせてもらうぞ?」
懐から「魔眼」を取り出して顔に装着する。奇妙な形の眼鏡を通じて、目の前のエルフのステータスを視る。
==========================
Name:エゼルミア・リーフグレン
Level:892
Job:
最大HP:40214
最大MP:65317
状態異常:不老長寿
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(強ぇぇっ! 最大MPなんて俺より上じゃねぇか! って、なんだ? メッセンジャー? そんなJobあったか? あと「不老長寿」? それって状態異常なのか?)
驚きで顔色が変わっているヴァイスに、エゼルミアが語り掛けてきた。
《その奇妙な眼鏡も懐かしいのう。ルドルフもよく使っておったわ……》
ヴァイスは魔眼を取り外し、姿勢を正した。
「俺の名はヴァイスハイト・シュヴァイツァー。ヴァイスと呼んでくれて構わない。貴女の言われる通り、異世界から来た者だ。お招き、感謝する。また勝手に貴女を鑑定したこと、謝罪する」
《構わぬ。
ヴァイスは頷いて、その場に胡坐をかいた。エゼルミアに視線を合わせながら訪ねた。
「教えてくれ。ルドルフ・ゴールドシュタインは、俺と同じ世界から来た者なのか?」
《うむ…… ルドルフは言っておった。自分はDODという世界から来た「プレイヤー」だと。その世界で作られたという、見たことも無いような奇妙な道具を虚空から取り出しては使っておった。「異空間収納」と呼ばれる能力じゃが、あ奴は「アイテムボックス」と呼んでおったな》
「あぁ。俺たちプレイヤーはそう呼んでいる。俺も見せよう」
ヴァイスはそう言って、アイテムボックスから「地上最強女子の加護」を取り出した。エゼルミアが薄っすらと瞳を開け、床に置かれた奇妙なポーズをした女性の胸像を眺めた。
《それは、迷宮内に結界を張ってキャンプをするための道具じゃな? ルドルフも使っておったわ》
「そうだろうな。これはプレイヤーなら全員が持っている道具だ」
(初期チュートリアルで配布され、アイテムボックス内で固定されるからな。落とすことも無いし削除も出来ないという、ある意味呪われた道具だ。某セキュリティ会社がスポンサーだったため、とも言われてたっけ)
「教えてくれ。貴女から見て、ルドルフ・ゴールドシュタインとはどのような人物だった?」
《ふむ……》
エゼルミアは再び瞼を閉じ、少し間をおいた。
《ルドルフは……》
ヴァイスは身を乗り出した。だが続いた言葉に思わず身体がコケた。
《……あ奴はどうしようもない助平で、女っ
「いや、そういう話を聞きたいわけじゃ……」
《じゃが…… そうした部分も含め、愛すべき男ではあったな。妙に邪気が無く、人々の心にスッと入っていく男であった。そして何より、強かった。いま語り継がれているルドルフ王の強さについては、誇張はあっても虚構は無い。最初の頃など、あ奴について行くことすらままならなんだ》
「なるほど。やはり高レベルプレイヤーか。貴女がそこまで言うということはLv900以上、恐らく無課金カンストのLv990だろうな。もう一つ聞きたい。というか、これが本題だ」
ヴァイスはそう言って、魔眼を取り出した。
「これは
《………》
エゼルミアは沈黙したままであった。だがヴァイスもまた、黙って返事を待った。暫くして、エゼルミアは独り言のように呟いた。
「そうか。これのことなのか……」
「ん?」
《……確かに、ルドルフは時折、首を傾げる仕草を見せておった。その眼鏡をかけている時、あるいは遺跡から発掘した奇妙な魔法道具を手にした時、ルドルフの様子が可怪しくなる時があった。じゃがやがて、そうした様子は見せなくなった。少なくとも
「そうか。何か言っていなかったか?」
《うむ。それが恐らく、汝をここに呼んだ理由になろう。汝に向けて、ルドルフからの伝言を預かっておる。いずれ再び現れしプレイヤーに伝えて欲しいとな……》
「聞こう」
ヴァイスは姿勢を正した。エゼルミアは薄っすらと瞳を開け、虚空を見つめた。
《この世界は「交わりの世界」…… 「DOD」と「異なる世界」とが交じり合っている。他から来たプレイヤーもおるやも知れぬ》
「他から来たプレイヤー? どういうことだ?」
《解らぬ。ルドルフはあまり、DODについては語らなんだからな。じゃが、世界を旅する中で、あ奴は何かに気づいたのやも知れぬ》
ヴァイスは顎に手を当てて考えた。
(どういうことだ? 鑑定できない魔法道具。魔眼が通じぬ魔物、そして正体不明の強者、プレイヤーの陰…… 他から来た? DOD以外のVRMMOも混じっているという意味か?)
ブツブツと独り言を呟く。エゼルミアの深い息で思考が止まった。
《ふぅ…… 少し、喋り過ぎたようじゃ。「伝え人」としての
「出来れば、ルドルフの足跡を案内してもらえないか? 貴女ほどの強さがあれば、十分に可能と思うが?」
《無理じゃ。
「そうか。残念だ。やはり、時の経過と共に動けなくなったのか?」
《いや、単に面倒なだけじゃ》
「動けよっ! 不老長寿で引き籠りとか、どんなニートだよ、お前っ!」
思わず素でツッコんでしまったヴァイスだが、エゼルミアは愉快そうにクツクツと笑った。
《これほど笑うたのは幾百年ぶりじゃ。懐かしき友人の香りを久々に思い出した。感謝するぞぇ。さて、
言葉が途切れる。いつの間にか、エゼルミアは眠ってしまっていた。ヴァイスは溜め息を吐いた。
「まったく…… まぁ、参考になる話は聞けた。あとは直接確認するだけだ。一度、帝都に行ってみるか」
音を立てないよう、静かに立ち上がり、そして立ち去った。
ルーン=メイルの結界が解かれる。ヴァイスたち七人は馬を連れてその出口を目指した。ゲルクが手を差し伸べてきた。それをしっかり握る。
「お主らのお陰で、ルーン=メイルは救われた。本当に感謝しておる。もし気が向いたら、またこの地を訪ねてくれ。お主らなら大歓迎じゃ」
「我々は依頼された冒険者です。そしてその依頼の半分は達成できませんでした。にも関わらず、温かい言葉と持て成しをして下さったこと、御礼申し上げます」
レイナは父親のオリドスと会話をしている。柔らかい笑みが浮かんでいることから、葛藤は克服できたのだろう。過去に何があったのか、どのように克服したのかは聞くつもりは無い。
エルフたちに見送られ、結界の外に出た。ウィンターデンの街を目指して馬に乗る。エルフたちが見えなくなった頃、レイナが手を叩いた。
「さぁ、ウィンターデンで改めて祝勝会をするわよ? 勿論、ヴァイスの奢りでね!」
「……なんで俺の奢りなんだ?」
「あら、忘れたとは言わせないわよ? 迷宮の中で私を気絶させたのは、どこの誰だったかしら? みんな、最高の店を貸切にして、店の酒を全部飲むわよ!」
「うむ。それは良いな。タダ酒だと思うとなおのこと楽しみになる」
「まぁねぇ。ヴァイスはあの変態吸血鬼を取り逃がしちゃったし、それくらいはしょうがないわね」
「お酒よりもお菓子が食べたい。レイナ、お菓子も特注しておいて」
「上位エルフ族として、今回はヴァイスさんに御礼申し上げます。そして、ご馳走様です」
「主よ。多額の施しをする心広きこの者に、汝の祝福を……」
あれやこれやと勝手に盛り上がる六人の美女たちの後ろで、ヴァイスは肩を落とした。今回の報酬は、すべて酒代に消えることを覚悟した。
大陸某所、神殿のような豪奢な施設が地下深くにあった。皇帝が座る玉座のような椅子に、金髪の男が足を組んで座っている。虚空から妖艶な美女が姿を現し、男の前に跪いた。
「主よ。蝙蝠めが戻ってまいりました。どうやらエルフの森で遊んでいたところを、例の男に襲われたようです」
「赤茶髪の男か」
「蝙蝠はすぐにでも復讐戦を希望しておりますが、如何いたしましょうか?」
「その男に手出しをすることはならん。ヴィラゴニアには当分、自室での謹慎を申し付ける。俺に許しもなく、勝手にエルフ族を襲ったそうではないか。千年前も申し付けたはずだ。勝手な殺戮は許さんとな。頭を冷やせと伝えろ」
「は……」
女は首肯したが、そこから動かない。金髪の男が顔を向けた。
「まだ何かあるのか?」
「はい。鋼の行方なのですが、本当に捜索をしなくてよろしいのでしょうか?」
「構わん。アイツはお前たちとは立場が違う。こちらに敵対せぬ限り、本人の望み通りにさせてやれ……」
「畏まりました」
女は再び頭を下げ、そして暗闇に消えた。金髪の男は、十分に時間が経ったのを見計らって、誰にも聞こえないような小声で小さく呟いた。
「お前なのか? ウォッカ……」
ゴールドシュタイン帝国帝都レオグラードは、人口八十万人を超える大都市である。帝国の中央に位置し、大きくも穏やかな流れの河川の畔にあるその街は、ルドルフの時代から続く西方最大級の都市であり、冒険者ギルドの発祥の地でもある。政治と経済の中心地であり、東西南北の物産と情報が集まってくる。
「ママ~ あれ買ってぇ~」
「ダメよ。今度ね……」
夕暮れ時、母娘が微笑ましいやり取りをしている横を一人の男が通り過ぎた。赤茶色の髪と鳶色の瞳をしている。漆黒の外套を羽織っているが、その腰には凄まじい存在感の剣を挿している。誰もが一目で、冒険者だとわかるだろう。実際、男は冒険者ギルド本部に向けて歩いていた。
だが男の目的は、冒険者ギルドではなくその横にある「
「アレか……」
巌が見えてきた。周囲二メートル四方を鉄柵が囲っているが、見る分には何も咎められない。実際、ここは帝都でも有名な「観光スポット」になっているそうだ。待ち合わせ場所に使っていたのだろう。カップルと思わしき若い男女が、腕を組んで離れていく。男は柵の前に立った。
灰褐色の巌の上に、銀色に神々しく輝く剣が刺さっている。夕陽の光を受けて輝くその剣は、八百年の時を経ても些かも変わることが無く、男が挿している剣に優るとも劣らぬ存在感を放っていた。
「………」
男が何かを呟いた。鳶色の瞳に、西日の光と共に緑光が映る。見る者によっては、それは文字のようにも見えた。男の目が少し細くなった。その姿は何かに耐えているようであった。
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装備名:英雄王の聖剣
種類:片手剣
装備Lv:990
装備ランク:赤
攻撃力:+485
効果:力上昇(極大)
速度上昇(大)
状態異常耐性(大)
製作者:Conrad Solingen
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男は暫く剣を見続け、やがて俯いて瞑目した。口が僅かに動いた。
「お前は、凄い奴だよ。NEO……」
その言葉を聞き取った者はいない。男は瞑目したまま口元に笑みを浮かべ、そして立ち去った。
第一章 完
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