第7話 六色聖剣の危機

【小解説】 DODの装備

 VRMMO-RPG「Dead or Dungeon(DOD)」の装備は大きく四種類に分けられる。


1.「初期配布宝箱」やNPCの店で買える無課金装備

2.課金ショップやガチャなどで手に入る課金装備

3.ダンジョンの魔物が落とすドロップ装備

4.素材を組み合わせて出来上がるオリジナル装備


 装備には「レベル」と「ランク」の二種類が存在している。レベルは装備できるプレイヤーのレベルを意味している。たとえ重課金者であろうとも、キャラクターのレベルが低ければ高レベルの武器は装備できない。一方、ランクは装備の「質」を意味している。最低の「白ランク」から始まり「緑」「青」「紫」「オレンジ」「赤」と五段階のランクが設定されている。たとえば同じロングソードであっても「白ランク」と「青ランク」では上昇する攻撃力の数値が違ったり、状態異常耐性などの効果付与がされていたりする。


 基本的には、課金をすることによってより強い装備が手に入るが、DODで最も強い装備は、2~4の組み合わせと言われている。まず強力な魔物が稀に落とす「レア素材」を手に入れ、その素材を素に高レベルの鍛冶師、錬金術師に装備を作ってもらい、更に課金アイテムである「強化素材」によって装備を強化することで、オリジナルの装備が完成する。オリジナル装備は紫ランク以上が保証されており、効果付与が複数ある場合が多い。DODの高レベル鍛冶師の中には、ゲーム内通貨である「Loon」を受け取って装備を作る者もいる。無論、どれほど高レベルの鍛冶師であっても赤ランクの装備を作り出すことは容易ではなく、大抵の場合は成功報酬で取引がされる。


 このように、DODでは様々なJOBのプレイヤーが、それぞれの形でゲームに参画し、一つの経済圏を形成していた。こうした自由度も、DODが人気を博した一つの要因となっている。





「オォォォォォンッ!」


「ッ…… 密集迎撃陣!」

 魔獣の咆哮で空気が震えた。普通の人間であれば恐怖のあまり失禁し、その場で腰を抜かしてしまうだろう。だがさすがは真純金オリハルコン級の冒険者たちである。一瞬の驚愕の後は、たちまち陣形を整えた。相手の姿から「肉弾戦専門パワーファイター」と判断し、物理防御陣形を取る。近接戦闘を担当するレイナとグラディスが前に出て防御陣形を張り、後方からエレオノーラが弓を射掛ける。アリシアは魔術による物理防御結界を、ミレーユは精霊召喚によって攻撃と防御を担当し、エクレアが回復を担当する。


「みんな! 倒すことには拘らないで! 隙を見て一気に撤退するわよっ」


 レイナの指示を聞くまでもなく、勝てる相手ではないことは全員が察していた。それほどに、眼前の未知の魔獣から放たれる気配は圧倒的であった。額に汗を浮かべた美女たちが、確定的な「死」と対峙する。だが魔獣は襲い掛かってこなかった。ジッと伺うように、レイナたちを観察している。そしてフォンッと剣を一振りすると、驚いたことに言葉を発した。


「フム。我の姿を見て瞬時に『肉弾戦』の体制を取ったか」


「……喋った?」


 ミレーユが驚いたように呟いた。遥か太古の伝説では、人語を操る魔神や高位の竜族について語られているが、実際に言葉を発する魔獣は初めてであった。驚くメンバーたちをグラディスが一括した。


「気を抜くな! いつ仕掛けて来るか判らんぞ!」


 だが魔獣は言葉を続けた。


「我が名は『ゾディアック』…… 血と汗の芳香を感じて来てみれば、まさかこのような『ただの牝共』だったとはな」


 「牝共」などと呼ばれれば、気の強いグラディスなどは本来なら激昂する。だがこの時に限っては、そんな余裕は無かった。レイナは剣を構え、頬に汗を垂らしながらも何とか返答した。


「だったら、見逃してくれないかしら? 私たちはもう帰るところなの。貴方と戦うつもりは無いわ」


 相手に知性があるのなら、交渉によっては無傷で帰れるかもしれない。だがディアックと名乗る魔獣は、そんな期待を一笑に付した。


「悪いがそうはいかん。永きに渡る眠りから目覚め、久方ぶりに嗅いだ闘争の香り。獲物を逃すと思うか?」


「ッ……」


 「死の化身」が一歩を踏み出す。その瞬間、レイナが叫んだ。


「総攻撃ッ!」


 そレイナとグラディスが左右に分かれ、挟み撃ちで斬り掛かる。エレオノーラが強弩を釣瓶撃ち、アリシアとミレーユによる攻撃魔法、エクレアの神聖魔法が襲いかかる。どんな魔物も屠ってきた必殺の一斉攻撃であった。だがゾディアックは凄まじい雄叫びと共に、腕を振り回した。竜巻のような風が発生し、矢を吹き飛ばし、振り回した拳はレイナとグラディスを弾き飛ばし、咆哮が攻撃魔法を打ち消した。レイナとグラディスは壁に打ちつけられたがすぐに立ち上がると、再び斬りかかる。ゾディアックは圧倒的な速度で動くと、剣を横薙ぎしてグラディスを襲った。辛うじて剣で防いだが、弾き飛ばされ壁に激突する。その隙にレイナが背中を切りつけたが、その躰は鋼鉄のように硬かった。驚愕する間もなく、巨大な足が腹部を襲った。


「風の精霊よ。鋭き剣となりて邪を討ち滅ぼせ!」


「A級火炎魔法『炎戈竜アグナコトルの轟炎』!」


「大弓技『精密三連斉射』!」


「主よ、光翼を持って汝が正義を顕現し給え『神域の光柱』!」


 風と炎に神聖属性が加わり、ゾディアックを炎で包む。そこに魔力を載せた矢が襲いかかる。炎の中で、矢は確かに突き刺さった。だがゾディアックは燃え上がる炎の中で腕を交差させ、打ち消すように左右に広げた。炎は一瞬で掻き消され、胸に刺さったはずの矢も、筋肉によって押し出された。ズンッと一歩踏み出し、少女の前に出る。太く巨大な剣が振り上げられた。


「あ、あっ……」


 ミレーユは動けなかった。少女から見れば遥か上から、勢い良く剛剣が振り下ろされた。


 ギインッ


 ミレーユの前に、レイナとグラディスが立っていた。二振りの剣を交錯させ、剛剣を何とか防いでいた。


「四人とも撤退! ここは私たちで防ぐっ!」


「いや……」


 手を伸ばそうとしたミレーユをアリシアが抱えた。エレオノーラとエクレアも振り返らずに走る。


「いやーっ! レイナ! グッディ!」


「バカッ! 二人の想いを無駄にする気なの? ここは逃げるのよ!」


 抱えられながら叫ぶミレーユにアリシアが怒鳴った。すぐに動くことが出来たのは、日頃から撤退の順番を決めて訓練をしていた賜物である。階段を駆け上り、第四層を進む。後方では再び、大きな音がした。


「レイナ、グッディ…… ゴメンッ!」


 アリシアは走りながら呟き、目尻から雫を飛ばした。





「ガハッ」


 レイナとグラディスは血を吐きながら立ち上がった。脚がガクガクと震えている。目の前の怪物は全くと言って良いほど、何のダメージも受けていない。自分たちは此処で死ぬだろう。冒険者となった時から、こうした日が来ることは覚悟をしていた。ゾディアックは赤黒い瞳を二人に向けて頷いた。


「フム、『ただの牝』という先程の言葉は訂正しよう。我の剣を此処まで防ぐとはな。だがそろそろ限界であろう。せめてもの情け…… 次の一撃を以て汝らを屠ろう」


 金髪と銀髪の美女が互いに視線を躱す。お互いにハーフ・エルフとして生まれ、助け合いながらここまで来た。親は違えども、親友であり相棒であり姉妹であった。四人が撤退してから多少の時間は稼げた。今頃はきっと、脱出できているだろう。ボロボロになりながらも、二人の口元には笑みが浮かんだ。


「ありがとう。グッディ……」


「私もな……」


 巨体が目の前に立つ。剣が構えられた。トドメの一撃だからこそ、手加減はしない。それが「屠る者」が持つべき最低限の礼儀である。分厚く巨大な剣に闘気が宿り、そして振り下ろされた。


「さらばだっ!」


 二人は目を閉じた。





 三人の美女が第四層の中を走る。後ろから下級悪魔インプの群れが襲ってくる。エレオノーラは走りながら矢を射掛けた。


「ミレーユッ! しっかりしなさい!」


 だがアリシアに抱えられた少女は呆然としたまま、反応しなかった。ただ涙が止めどもなく溢れていた。


「クッ! 来たときよりも数が増え、強くなっています!」


「二人のためにも、こんな所で死ぬわけにはいきません!」


 上に登る階段を目指して一本道を走った。後ろから追いかけてくる魔物に気を取られていると、エクレアが立ち止まった。


「いけません。前からも……」


 第三層にいたアンデッド系魔物「スケルトン」が第四層にまで下りてきて、前から襲い掛かってくる。アリシアはミレーユを床に置くと、魔法杖を構えた。地べたに座ったまま泣いている少女を守るように、三人は前後に陣を組んだ。


「諦めませんよ。私たちは『六色聖剣』なのですから!」


 エクレアが檄を飛ばした。一本道の前後から、魔物が一斉に襲い掛かってくる。三人は死を覚悟しつつ、身構えた。だがその時、変化が起きた。ドカンッという音と共に、前方から襲ってきたスケルトンたちが弾け飛んだのだ。やがて、スケルトンを薙ぎ倒しながら凄まじい速度で駆けてくる赤茶髪の男が見えた。そのさまは文字通りの「粉砕」である。剣の一振りで、スケルトン数体が木っ端微塵に砕け散っていく。呆然とする三人の横を風の如く駆け抜けると、左手を構え魔法を発動させた。


「A級火炎魔法『炎戈竜アグナコトルの轟炎』!」


 爆音と共に、超高温の業火が一本道の果までを覆い包む。その威力にアリシアは眼を剥いた。自分が放った時と比べ、明らかに威力が桁外れている。魔法の威力は、術者の「基礎魔法力」に比例する。目の前の男は有り得ないほどの膂力を持つ剣士であると同時に、帝国最高位の魔術師を遥かに超える魔法力を持っていた。

 やがて炎が静まる。強化されたインプたちは一本道の彼方まで完全に焼き尽くされ、灰すら残っていない。突然現れた男は三人に顔を向けた後、床に座り込んだ美少女を見た。


「魔物……では無いな。冒険者か?」


「あ、貴方は……」


「俺か? 俺はヴァイスハイト・シュヴァイツァー。リューンベルクのギルドに依頼されて、調査のために来たんだが、何か様子が変だな?」


 三人は言い知れぬ安堵に包まれた。男がいるというだけで、こんな安心感を持てるのだろうか。いや、それもあるだろうが、この男が持つ雰囲気が違うのだ。圧倒的な強者の余裕。どれほどの敵が出現しようと、この男は泰然としたまま顔色一つ変えずに、アッサリと屠るだろう。まるで、巨大な山脈を目の前にしているかのようであった。

 ようやく落ち着き、アリシアが説明しようとすると、その前にミレーユがヴァイスにしがみついた。


「私達のために、レイナとグッディがまだ戦ってるの。お願い、助けて……」


 男は片膝をついて、泣きながらしがみつく青髪の美少女に視線を合わせた。その頭を撫でて微笑む。


「二人はどこだ?」





「さらばだっ!」


 剣が動いた。二人は目を閉じた。だがその瞬間、何かが風のように横を駆け抜けた。大きな金属音が響き、目を開ける。赤茶髪の男が剣を振り、ゾディアックの剛剣を弾き返していた。


「ダラァァァッ!」


 駆け抜けてきた勢いのまま、一瞬でゾディアックとの距離を詰め、腹部を蹴り飛ばした。三メートルはあるかという巨体が床に水平に吹き飛ぶ。岩壁にぶち当たり、壁ごと崩れ落ちた。


「生きてるか?」


 男の言葉に安堵したのか、レイナもグラディスもその場で腰を抜かした。だが左右の逞しい腕が二人を抱えた。逞しい雄の薫りがした。


「どうやら無事のようだな。しっかりしろ。四人が上で待ってる」


 そう言われ、レイナもグラディスも忘我から意識が戻ってきた。その時、ガラガラと石が崩れ、ゾディアックが姿を見せた。まるで二足歩行の牛のような顔には、嬉しそうな笑みが浮かんでいる。


「強い。強いな。嬉しいぞ強者ツワモノよっ! 汝の名を聞こう」


「俺の名はヴァイスハイト・シュヴァイツァー…… なんだお前? 初めて見るキャラだな。ダンジョンマスターか?」


「我が名はゾディアック。我の望みは血湧き肉躍る闘争の喜悦。強き戦士よ、刹那の悦びを分かち合おうぞ!」


 ゾディアックの肉体から闘気の嵐が昇る。抱えられた美女二人は再び、恐怖で身を固くした。だがヴァイスは平然としたまま二人を立たせると、懐から奇妙な眼鏡を取り出して顔に装着した。


===================

Name:ゾディアック

Level:Unknown

種族:Unknown

最大HP:Unknown

最大MP:Unknown

状態異常:Unknown

=================== 


「ゾディアック…… ステータス『Unknown』だと? この世界のオリジナルキャラなのか?」


 首を傾げて眼鏡を仕舞う。コキコキと首を鳴らし、ゾディアックの前に進み出た。その仕草はどこまでも余裕で、目の前の凶獣などまるで眼中にないかのようである。


「二人共、さっさと逃げろ。これからチョイと激しい闘いになる」


 振り向かずに、左手をヒラヒラとさせる。強大な魔獣と、それに平然と対峙している男に見惚れていた二人は、弾かれたように動き出した。


「シュヴァイツァー殿、死ぬなよ!」


 レイナが声を残し、二人の気配は消えた。ゾディアックは剣を構えた。先程まで戦っていた女二人はもはや眼中には無い。目の前の男のほうが獲物として遥かに価値があった。


「さて…… これで心置きなく闘えよう? 準備は良いな?」


「あぁ、ブッ殺してテールスープにしてやるぜ!」


 ダンジョン全体を揺るがすほどの巨大な力同士が激突した。





 第四層に昇ったレイナとグラディスを他の四人が迎えた。ボロボロになりながらも、何とか無事だった二人に、ミレーユなどは泣きながら抱きついた。他の三人も涙を浮かべている。


「胸が痛いけれど、私達がいても何もできない。ここはあの人に任せて逃げるわよ!」


「きっと大丈夫。あの人、強い」


「自分の意志で残ったのです。信じましょう」


 回復魔法により体力を取り戻した六人は、第三層へと戻り、異様な光景を目にした。魔石や素材がそこら中に転がっている。男が、一切を無視して最短を駆け抜けてきた証拠であった。だが回収している余裕はない。そのままダンジョンの出口へと急ぐ。


(もし再び会えたのなら、その時はしっかりと名乗ろう)


 走りながら、レイナはそう心に決めた。


 一方その頃、第五層では二つの怪物が超常的な力をぶつけ合っていた。互いの剣が火花を散らし、常人であれば一撃で死に至る力で、拳が交錯し合う。既に十数合を打ち合う中で、ヴァイスは相手のレベルを予測していた。


(近接戦闘に特化したパワーファイター。レベルは恐らく850前後か。剣術、格闘術ともに超一流。こっちは装備で底上げをしているから互角だが、純粋なHP、物理攻撃力、物理防御力は俺以上かもな。だが「身体強化ブースト」は使っていない。いや、使えないのか? DODのキャラでは無さそうだな)


 ヴァイスはLv999のGrand Braveだが、剣士や拳士以外にも魔法職も均等に取得している。「勇者」というJOBを取得するには、物理と魔法の両方のバランスが求められる。そのため、例えば「水無月綾瀬」のように物理攻撃に特化したプレイヤーと比べれば、HPや物理攻撃力/防御力は低くなる。無論、魔法による遠距離攻撃や虚動フェイントを入れることで、PvPでは優位に立つことができる。目の前の怪物「ゾディアック」も、総合戦闘力ではヴァイスよりも下である。「楽に」とは言わないが、勝てない相手では無かった。


「グハハッ! 素晴らしいぞ! 我とここまで互角に打ち合えるとはなっ!」


「全く…… やり難いんだよ。お前みたいなPlayerは……」


 ヴァイスは舌打ちした。これがPKKの闘いであれば、ヴァイスは遠慮なく魔法を駆使し、相手を屠ることに集中しただろう。DODの中でヴァイスが好敵手としていたのはPK者ではなく、こうした「特化型プレイヤー」であった。「剣を持たない者に剣を向ける」「魔法を使えない者に魔法を使う」ということに、ヴァイスは何処かで抵抗を感じていた。特化型プレイヤーの多くは、純粋に闘いを求める者が多い。全力で激突し、激しい戦闘の中で充実感を得るのが、彼らの特徴だった。

 そうした「戦闘狂バトルジャンキー」からの挑戦状メールは毎日のようにあり、時間を決めては闘技場で激突したものだ。彼らは闘争そのものが目的なので、不意打ちが基本であるPlayer Killingはしない。一緒にダンジョンに潜ることも多かった。ヴァイス自身は戦闘狂ではないが、彼らのようなプレイヤーは嫌いではなかった。


「オォォォォッ」


 ゾディアックの打ち込みを剣で受け止める。だが力は相手の方が上であった。受け流しながら横に飛び退くが、それはゾディアックも読んでいたようで、双角を向けて突っ込んできた。頭突きで吹き飛ばされ、壁に打ちつけられる。


「グハァッ!」


 振り下ろされる剣を側転して辛うじて躱す。だがヴァイスも負けてはいない。ゾディアックが振り向いた瞬間には懐に潜り込み、斬り掛かる。鎧のような筋肉が最上位の剣によって斬り裂かれる。

 胸を十字に斬られながらも、ゾディアックは左拳を突き上げた。ヴァイスの胴にめり込み、メキメキと音を立てて吹き飛ばす。ヴァイスは天井に激突し、そのまま床に落ちた。

 片膝の状態で迎撃態勢を取る。口端から血が流れた。一方、ゾディアックも深手を追っていた。拳の一撃を入れるのが精一杯だったようで、追撃はしてこない。胸を抑えながらゾディアックが呻く。


「グウッ! 速さでは汝のほうが上のようだな……」


「マジかよ。結構、手応えあったんだがな」


 血を滴らせながら、ゾディアックは嗤った。ヴァイスも口元に笑みが浮かんでいる。DODでは総合戦闘力第一位であったが、闘技場では幾度も負けている。「水無月綾瀬」とは肉弾戦で戦って負けた。「まーりんモンロー」には魔法戦で勝ったことがない。

 DODのJob「Grand Brave」は剣技も体技も魔法も使える。だがオールラウンダーであるが故に、何か一つに特化したプレイヤーにはその分野では勝てなかった。それでもヴァイスは、ステータスの不利をプレイヤーの技術で補いながら、相手の得意分野に合わせて闘った。それが「Grand Brave」としての誇りだった。


「面白ぇ。眼が紅いせいで、フェイントが読めねぇ。これがモンスター型プレイヤーとのPvPか。しょうがねぇなぁ……」


 これがゲーム内の闘技場であれば、このまま近接格闘戦に付き合っても良い。だがこれはゲームでは無く、現実である。ゾディアックとの闘いの中で初めて、ヴァイスは魔法を発動させた。回復魔法によってHPが回復する。ゾディアックは驚いたような表情を浮かべた。


「貴様ッ 魔法が使えるのか!」


「使えないと言った覚えはないぞ?」


「何故だ? 何故、今まで使わなかった? 我を舐めているのか!」


 技と技、力と力のぶつかり合い。混じりけのない純粋な闘争に酔っていたゾディアックは、男が本気を出していなかったことに腹を立てた。だがヴァイスは首を振った。


「舐めちゃいないさ。ただ、お前は魔法が使えないんだろ? そういう相手には、本当は使いたくないんだ。俺は使ったんじゃない。自分の主義を曲げてまで、使わざるを得なかった。そこまで追い込まれたのさ」


 回復し、立ち上がったヴァイスが構える。だがゾディアックは瞑目したまま動かない。肩を震わせ、やがて大声で笑いだした。


「ガァッハッハッハッ! コイツは驚きだ! まさか我が手加減されていたとはな! だが不快ではない。こんなことは初めてだ! ガァッハッハッ!」


 ひとしきり笑った後、ゾディアックは深く息を吐き、剣を構えた。


「生まれ落ちてより闘いに闘い、数多の強者を屠り続けて幾星霜…… いつの日か、敗れの日が来ると解っていた。さぁ、次が最後の瞬間ときぞ! 汝の最大の力を持って、見事、我を打ち破るが良い!」


 ヴァイスは剣を収めると、両手に魔法を込めた。最上級のS級魔法である。二人の「気」が横溢する。そして決着を迎えようとしたその瞬間……


「そこまでよっ!」


 二人以外の声が響いた。





 二人の間の空間が歪み、黒い穴が空いた。そこから妖艶な美女が現れた。ゾディアックと同じく、山羊のような角が二本、頭に生えている。紫色の長い髪を靡かせ、水着のような際どい服を着ている。背には黒い翼が生えていた。ヴァイスは緊張した。DODにもこれに似た姿をした敵キャラがいた。「魔神」である。もしコイツがゾディアック級なら、厳しい戦いを覚悟しなければならないだろう。だが魔神らしき美女はその気がないのか、ヴァイスを無視してゾディアックに話しかけた。


「ゾディアック、迎えに来たわよ? まったく貴方は千年前と変わらず、格闘バカね」


「アスモデウス…… 我が至福を邪魔するか? 汝といえども許さぬぞ?」


「至福? 私が止めなければ、貴方は死んでいたのよ? 私たちの命は『主』の為にだけある。勝手に死ぬことは許されないわ」


 ヴァイスは懐から「魔眼」を取り出した。


===================

Name:アスモデウス

Level:Unknown

種族:Unknown

最大HP:Unknown

最大MP:Unknown

状態異常:Unknown

=================== 


(これも『Unknown』か。魔神では無いのか?)


「私の確認は出来たかしら?」


 アスモデウスと名乗る魔物が、ヴァイスに笑みを向けた。魔眼を外すと、アスモデウスは左手を軽く動かした。魔眼が破裂するように砕けた。


「勝手に覗くなんて、あまり良い趣味ではないわね? 私の素肌を見たければ、ちゃんと口説かないと」


「口説いたら見せてくれるのか? やれやれ、この魔眼は二つしか持っていないんだぞ」


「まだ持ってるの?」


「得体の知れない相手に、たった一つしかない貴重な道具を出すと思うか?」


 実際には、アイテムボックスの中にはあと五つ入っている。相手のステータスを見る「魔眼」は、課金ガチャの「ハズレアイテム」である。DODでは、無課金者にタダであげたりしていた。だがそんなことを話す必要はない。相手に偽の情報を与えることは、PvPの基本である。アスモデウスは面白そうに笑った。


「フフフッ! 貴方、強いだけではなく頭も切れるようね? ここで潰しても良いのだけれど、それではゾディアックが不満でしょうから、見逃してあげる」


「アンタらの正体は何だ? ゾディアックといいアンタといい、まるで未知の存在だ」


「いずれ闘うかもしれない相手に、そんなこと教えると思う? 知りたければ自分で調べるのね。ゾディアック、行くわよ?」


 アスモデウスはゾディアックの腕に触れた。ゾディアックは真紅の瞳をヴァイスに向け、最後の言葉を残した。


「強き者よ、いずれ再び巡り会わん。次は汝の全能を賭けよ。さらばだ……」


 得体の知れない二つの怪物は、そのまま虚空に消えた。ヴァイスは暫く緊張していたが、やがて大きく息を吐いてその場に座り込んだ。体中の筋肉が徐々に弛緩していく。


「見逃してもらった…… のだろうな」


 そう呟き、地面に大の字になった。


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