第15話 未知のスキル

【小解説】DODにおける「迷宮ダンジョン」について


 VRMMO-RPG「Dead or Dungeon」は、Dungeonと名が付くだけあり、その部隊の多くが迷宮である。迷宮の魔物は素材やアイテムをドロップする。プレイヤーはそれらを集め、自分が所属するギルドや各都市の商店で売るか、あるいは鍛冶師などに頼んで武器やアイテムを精製してもらうのである。無論、街と街との間には平原が広がり、そこにも魔物が出現するが、希少素材を落とす強力な魔物は、迷宮の深層域に出現するため、平原では大抵の場合、Player Killingが行われていた。

DODには百を超える街が存在し、それぞれの街は複数の迷宮を抱えている。街の中にある転送扉で行けるのは、その街が抱える迷宮にのみであるため、他の街の迷宮に行くためには、街と街を移動しなければならない。そうしたプレイヤーがPKの対象となっていた。


 新規登録のプレイヤーは「始まりの街」からスタートする。チュートリアルで地下三層までの簡単な迷宮を攻略し、レベルを三十程度まで上げてから、Lv100魔物まで出現する迷宮に潜るようになる。始まりの街の迷宮は全てLv100以下であり、十層から二十層までしかない。ドロップする素材も高が知れているが、始まりの街およびLv100迷宮ではシステム上、PKができない設定となっているため、多くのプレイヤーはギリギリまで始まりの街に留まり、レベルを上げ続けるのである。


 迷宮の深さは、Lv200程度までは大体が二十層~二十五層であり、初級者用の迷宮と呼ばれていた。Lv300からは徐々に迷宮が深くなる。Lv300で三十層、Lv400で四十層と、レベルに正比例して深くなり、最終的にはLv999で百層となる。


 Lv999迷宮のダンジョンマスターは「最終ボス」と呼ばれ、強さの次元が違っていた。Lv999プレイヤーが二十人掛かりでようやく倒せる程であり、どれ程の重課金者であっても、単身ソロでの討伐はまず不可能である。DODの記録上、Lv999迷宮の討伐に成功した「最小集団パーティー」の人数は「二名」となっている。





「全員、識別腕章を付けたな? ステータスを確認しろ!」


 互いに手首を見せ合う。ステータスには「秩序オーダー」と表示されている。本来はダンジョン内で使用するアイテムだ。「迷宮探査メイズサーチ」に反応するため「転移の罠」などに掛かってしまった仲間を捜索するときに便利である。だが今回は「同士討ち」を防ぐために使用している。数年にわたって続いた「混沌カオス」側との最終決戦が近づいていた。DOD内でも最大規模のギルドのマスターが声を掛けてくる。


「ウォッカさん、よろしくお願いします!」


アイツ・・・は俺が止めます。他をカバーする余裕はないと思いますから、そのつもりでいてください』


 単独ソロプレイに拘ってきたが、今回ばかりは「巨大連合ギルド」に加盟している。「無課金倶楽部」「蒼の薔薇」「インデラ=ジョーンズ」などの大ギルドから、自分と同じような単独プレイヤーまで集まっている。


「フェオドラ大平原…… ここなら十分な広さですね」


 水無月綾瀬が話しかけてきた。ウォッカは振り返ることなく、平原の先を見つめる。ギルド間の大規模抗争から一騎同士のPvPまで、数年にわたって続いてきた「混沌」と「秩序」という二項対立も、最後の決戦を迎えようとしていた。


「秩序側三万、混沌側二万五千… 間違いなく、MMO史上最大のPartyP vsv PartyPですよ。DODの殆どのプレイヤーがログインしているようですね」


「俺の敵は唯一人ですよ。今度こそ決着をつける……」


 総合ランキング第一位「爽快ウォッカ」は、好敵手がいるはず方向を見つめて呟いた。





 鎖に繋がれたグラディスは、脂汗を浮かべて股を擦り合わせていた。堪え切れなくなり、喘ぐように大声を出す。


「お、おいっ! 誰もいないのか!?」


 カタンと音がして、扉の上部にある小窓からスケルトンが覗き込んだ。グラディスは顔を赤くしながら、必死の表情で訴えた。


「く、鎖を解いてくれ! そ、その…… 小用だっ!」


 だがスケルトンは何も言わずに小窓を閉じてしまった。スケルトンは主人から「そのまま放っておけ」と指示を受けている。耐えていたグラディスだが、もう限界に達していた。


「クゥゥッ…… だ、ダメだっ! もうっ…… あっ…… あぁぁぁっ!」


 股の間から雫が落ち始め、その勢いが増していく。足元から湯気が昇った。耐え難いほどの羞恥心に顔を伏せながらも、苦痛からの開放に、ある種の恍惚感を得ていた。


「クソッ…… 覚えていろっ! 必ず殺してやるっ」


 キシッという歯軋りの音が室内に響いた。





 目の前に出現したキングヒュドラ三体が、一瞬で肉片に変わる。全く速度を落とすこと無く、その横を走り抜ける。後ろからついてくる美女たちは、男の戦い方に呆れていた。立ち止まること無く出現した魔物を細切れにし、素材も魔石も一切無視し、とにかく下層を目指して走り続ける。第九層のキャンプからおよそ三時間で、第二十層に到達した。さすがの六色聖剣も息切れをしている。


「ヴァ、ヴァイスッ! 待って! ちょっと休ませて……」


 レイナが汗まみれになって、目の前の男を止める。ヴァイスは立ち止まると、腰に下げた「刻時機」を見た。DODのアバター設定にある「小物」の一つである。


「およそ三時間か。よし。ここらで休憩しよう。キャンプポイントに行くぞ」


 三方向を壁に囲まれた部屋まで移動する。レイナたちは崩れるように腰を落とした。ミレーユなどは完全に寝転がっている。ヴァイスはアイテムボックスから水の入った革袋を取り出した。全員が喉を潤し、ようやく人心地つく。


「いま二十層だから、せいぜいあと五階層…… もう少しね」


「いや、どうかな」


 水を飲みながらヴァイスは呟いた。全員の視線が集まったので説明する。


「俺がいた世界では、迷宮もレベル毎に分かれていて、上級レベルでは八十層以上の迷宮も珍しくはなかった。俺の知る限り、最も深い迷宮は百層まである。俺でさえ、単独ソロ攻略はできなかった」


「ヴァイスの感触では、この迷宮はどれくらい深いと思うの?」


「そうだな。中級レベルだと考えたら、三十層から四十層といったところか。だが『真祖・吸血鬼』がダンジョンマスターだとしたら六十層以上あるかもしれん」


「そんなっ…… だったら、休んでなんかいられないわ! 早く動き出さないと!」


「落ち着け。三時間で十層を降りるのなら六十層だとしても十二時間あれば着く。迷宮では焦りは禁物だ。お前もよく解っているだろう?」


 迷宮で命を落とす理由として、大抵は二通りある。自らの限界を把握せずに降り続け、強力な魔物に出会って死ぬ場合。もう一つは珍しい素材などを見つけて、燥いだ挙句に慌てて戻ろうとして、帰り道で死ぬ場合だ。慎重さと平常心と失った冒険者は死ぬ。帝国最高峰の冒険者パーティー六色聖剣ならずとも、それは常識であった。


「さて、ではそろそろ出発するぞ。次は、二十五層で一旦止まる」


 ミレーユとエクレアの回復魔法によって体力を取り戻し、六人は再び走り始めた。





 褐色肌が妖しい光沢を放つ。グラディスは唇を噛んで耐えていた。緑色の粘液が全身に纏わり付き、服の隙間から柔肌を直接、刺激してくる。


「これは私が愛好している魔物でね。緑プラテットを改良したものです。溶かす効果は無い代わりに催淫効果があり、絶妙な刺激を与えてくれます。気の強いヴァリ・エルフが堕ちるのを気長に待たせてもらいますよ。クックックッ」


「クッ…… 私は……負けん……」


「そうそう。そうやって抵抗してください。やがてこの快感が病みつきになり、自ら求める牝になりますよ?」


 下半身が耐え難いほどに熱くなっている。グラディスは顔を上気させ、荒く息をした。


(ハァッ…ハァッ…く、悔しいっ…でも…感じてしまうっ!)


 頭が真っ白になり、背中を震わせた。





 第二十五層の最奥、下に続く階段の前で、ヴァイスたちは立ち止まっていた。レイナが悔しそうに唇を噛む。アリシアが顔を青ざめさせて呟いた。


「なんてことなの。二十五層以上ある迷宮なんて、聞いたことが無いわ」


「魔物の気配が多い。私たちも戦うことになるかも……」


「でも、立ち止まる訳にはいかない。行きましょう!」


 レイナの檄に、四人が頷く。ヴァイスはミレーユを背負った。迷宮地図を渡すと自分の躯に縄で結びつける。


「ミレーユの歩幅では、ここから先はキツイだろう。文字は読めなくても、地図で場所は指示できるはずだ。頼んだぞ」


「任せて。さっきの魔物大行進モンスターパレードで魔素が薄くなって、精霊も動けるようになってる。魔物の位置も、だいたい把握できる」


 六人はゆっくりと、未知の領域。第二十六層へと降りた。





 第二十六層に出現したのは「魔獣グラバス」であった。DODでも初級と中級の間に出現する魔物で、レベルはせいぜい二二〇前後である。だがヴァイスが魔眼で確認すると、ステータス値がDODとは違っていた。


===================

Name:魔獣グラバス

Level:287

種族:魔牙獣

最大HP:27901

最大MP:5535

状態異常:無

===================



「200台後半のグラバスかよ。魔物全体が強化傾向にあるそうだが、原因は何だ?」


 飛び掛かってきたグラバスを一刀両断する。レイナたちは立ち止まって死体を見つめた。


「こんな魔獣は初めて見たわ。ヴァイスは知ってるの?」


「あぁ。コイツはグラバスという魔獣だ。通常はレベル220程度だが、レベルが三割増しになっていたな。そうだな、アークデーモン程度ってところだ」


「魔物が強化しているだけでなく、未知の魔物が出てきている。まるで英雄王伝説みたいね」


「ほう…… それは興味深いな。後で聞かせてくれ」


 ヴァイスは一つの仮説を持っていた。迷宮に出現する魔物が強くなっている理由は、自分の存在にあるのではないか、という仮説である。DODでは各迷宮にレベルが設定されていたが、パーティーの平均レベルによって、魔物のレベルも変動していた。無論、変動幅はそこまで大きくはない。せいぜい一割程度であった。一箇所に留まって、レベルを上げ続けるというプレイはできない。だがこの世界はゲームではなく現実である。DODのそうした迷宮設定が影響しているのではないかと考えていた。


(もっとも、正体不明の魔物が出現している理由は説明できないがな)


 魔獣グラバスのレベルが上がっているといっても、ヴァイスにとっては雑魚である。第二十六層を簡単に突破し、六人はさらに降りた。





 ヴィラゴニアに連れ去られてから十二時間が経過していた。だがグラディスは絶え間ない責めの中で、時間の感覚が胡乱になっていた。既に幾度も意識を失いかけていた。必ず仲間が助けに来るという希望だけが、理性を留める最後の砦となっていた。


「やれやれ…… 思いの外、粘り強いですね。ですが貴女の素晴らしい嬌声と薫りに、我が輩もそろそろ我慢の限界に達しています。そろそろ熟したようですし、貴女の躰、頂くとしましょうか」


 吸血鬼が指を鳴らす。躰を弄っていたプラテットが消滅した。ガクリと力が抜け、鎖に吊るされる格好となった。ヴィラゴニアは後ろに回り込むと、グラディスの服を破いた。粘液で濡れきった肌が露わになる。だがその時、地面が微かに振動した。ヴィラゴニアは秀麗な眉を顰めた。


「一体、何事です? 我が輩の食事・・の邪魔をするなど、許し難いっ!」


 吸血鬼は怒りの表情で、部屋から出ていった。





 第四十五層はそれまでの迷宮とは様子が全く違っていた。まるで貴族の屋敷のような豪華な造りとなっている。赤い絨毯が敷かれ、細密な彫刻が施された扉などがあった。


「どうやら、ここが最下層ね。でも、こんな階層は初めてみたわ」


 だがヴァイスにとっては、こうした階層は見慣れたものであった。DODでは、チュートリアルの迷宮においては味気ないマスターズルームであったが、中級以降の迷宮はそれなりの「意匠」が施されていた。ドラゴンの住処、悪魔城、氷結洞窟など多種多様な「最下層」で、ダンジョンマスターと戦うのである。

 六人はやがて、広い空間に出た。左右には大理石の柱が並び、天井には蝋を灯したシャンデリアが吊るされている。王宮の「謁見の間」のような雰囲気であった。そしてその最奥に、黒尽くめの男が立っていた。


「これはこれは…… 美しき獲物たちが、わざわざ捕まりに来てくれるとは」


 嬉しそうに嗤う男を見て、ヴァイスは魔眼を装着した。


===================

Name:ヴィラゴニア・ツェペリン

Level:Unknown

種族:Unknown

最大HP:Unknown

最大MP:Unknown

状態異常:Unknown

===================


「ヴィラゴニア・ツェペリン…ステータス『Unknown』か。真祖トゥルー吸血鬼ヴァンパイアではないのか? 全く、謎だらけだな。おい、お前に聞きたいことが……」


「グッディは無事なの!? よくも、私たちの仲間をッ」


 レイナが激昂した表情で前に出た。その時、ヴィラゴニアの躯が揺らいだ。ヴァイスは舌打ちして剣を振った。いつの間にか、吸血鬼はレイナのすぐ真横まで近づいていたのだ。黒い煙を巻きながら、漆黒の男が離れていく。


「レイナ、無闇に前に出るな。コイツはゾディアックに匹敵すると言った筈だ。ミレーユ、精霊を駆使して結界を張れ。エクレアは神聖魔法で防御結界だ。とにかく守りを固めろ! コイツは俺がる」


 形が戻った吸血鬼の頬には一筋の血が流れていた。指で拭うと傷が消える。指に付いた血を唇に塗る。青白い肌に浮かぶ真紅の唇を歪めて嗤った。


「クックックッ これは驚きました。まさか我が輩に傷を付けられる人間がいるとは……」


「ヴィラゴニア・ツェペリンだったな。長ったらしいからヴィラゴって呼ぶぞ。おいヴィラゴ、お前は『真祖トゥルー吸血鬼ヴァンパイア』なのか? それとも、ゾディアックやアスモデウスと同じく、未知の魔物なのか?」


 ヴァイスの質問に、吸血鬼は応えなかった。ただジッと赤茶髪の男を見つめる。瞳に赤い光が走る。ヴァイスは平然と、その瞳を見つめ返した。やがて、吸血鬼の表情に驚愕が浮かぶ。


「何故だ? 何故、我が輩の魅了チャームが通じぬ!」


「あぁ…… 『魅了の魔眼』を持っているのか。言っておくが、俺には通じんぞ?」


 ヴァイスは篭手を外して自分の掌を見せた。人差し指から小指まで、指輪が填められている。それら全てがDODのレア・アイテムであるが、その中で人差し指に填められている指輪を示した。


超絶スーパーウルトラレア・アイテム『パーフェクト・エリクサリオン』だ。毒、麻痺、石化、沈黙、催眠、混乱、魅了の七大異常を無効化してくれる。お前たち! コイツの瞳を絶対に見るな! コイツの眼は相手を洗脳する!」


「わかったわ! でも、それならグッディは……」


 ヴァイスは何も言わず、剣を構えた。次の瞬間には、ヴィラゴを間合いに捉える。左肩から袈裟斬りする。


「クッ!」


 辛うじて煙化で逃れるが、左肩から血が吹き出た。黒煙は逃げるようにヴァイスから離れ、そして再びスキルを発動した。状態異常は自分には効かない。ヴァイスは無視して接近しようとする。だが一瞬視界が歪み、そして足がもつれた。ヴィラゴの口端が歪む。


「クハハハッ! 我輩の特殊能力『鏡の国の住人』です。今、貴方は意識と肉体が分離しています。右手を動かそうとしたら左手が動き、左に動こうとしたら右に動いてしまう。肉体を動かせなくなった気分はどうです?」


「ヴァイスッ!」


 レイナが叫ぶ。ヴァイスは立ち止まり、手を動かした。右手を持ち上げたはずなのに、左手が持ち上がる。


「貴方は簡単には殺しませんよ? 四肢を切断してダルマにした上で、彼女たちを美味しく頂くところを見せつけてあげます。ではまずは、剣を持っている右腕からっ!」


 ヴィラゴが剣を構え、斬り掛かってくる。だが斬ろうとした瞬間、ヴァイスの右腕が動いた。


「ガハァァッ!」


 ヴィラゴの右肩が深々と斬られ、辛うじてくっついている右腕が、ダラリと落ちた。首が刎ねられる前に、煙化で慌てて逃げた。


「フーン。DODのデバフスキル『混沌の鏡世界』と同じか。だがパーフェクト・エリクサリオンが効かないということは、DODのスキルではないのか? 未知のスキルだな。貴様……どこでコレを身につけた?」


 確かにデバフは効いているはずなのに、ヴァイスが普通に動き始める。最初は緩慢に、そして一気に加速する。


「なぜだ? なぜ動けるのです!」


 ヴィラゴは叫びながら煙化で再び距離を取った。


「舐めるなよ? 俺は累計PKK一万回以上、世界ランキング第一位のGrand勇者Braveだぞ? 混乱のデバフ対策なんてやってて当然だろ。左右真逆の世界なら、右に動きたいのなら左に動けばいい。それだけの話だ」


「それだけの話で済むはずないでしょうが!」


 追い詰められた吸血鬼は、思わずツッコんだ。実際、DODの中でも「混沌の鏡世界」は凶悪なスキルであった。大半の人間は掛けられたら動けなくなる。阻止するためには、スキル枠に対抗スキルを入れるしかない。だが、DODの上位クラスでもごく一部のプレイヤーは、鏡文字を練習したり実際にデバフを掛け合ったりすることで、貴重なスキル枠を埋めること無く真逆の世界に適応しようとした。吐き気を催すほどの混乱を克服し、適応した一握りのプレイヤーの一人が、爽快ウォッカことヴァイスであった。

猛スピードで煙を追いかける。煙化している状態では、攻撃もできない。やがてヴィラゴが実体化した瞬間に、脇腹を蹴り飛ばす。


「ガハァァッ!」


 吹き飛ばされ、床に倒れる。ヴァイスは悠然とした足取りで、ヴィラゴに近づいた。肩を蹴り、仰向けにすると腹部を踏んで押さえ込んだ。喉元に剣先を突きつける。


「終わりだ。物理的な力を受けている限り、煙化はできないはずだ。余計な真似をするなよ? お前には、洗いざらい喋ってもらう」


「つ、強い。まさか貴方のような人間がいるとは……」


 剣を突きつけられ、ヴィラゴは両手を上げた。いまだ笑みを浮かべているのは、真祖としてのせめてもの矜持であろうか。ヴァイスは警戒しながらも、後方に声を掛けた。


「この階層にグラディスがいるはずだ! ミレーユ、確認してくれ。緑色の点がグラディスだ」


 巻物スクロールを開くと、それほど遠くない場所に緑色の点が浮かんでいた。それを見て、レイナたちが笑顔になる。


「ヴァイス、確認したわ! そんなに遠くない!」


「よし。お前たちはグラディスを確保しに行け! だが気をつけろ。血を吸われている可能性もある。武器を持たせず、俺の到着を待て!」


 結界を解き、五人が走った。部屋にはヴァイスとヴィラゴの二人になる。ヴァイスは剣を突きつけたまま、冷静な表情で質問した。


「さて…… 先程の質問に答えて貰おう。お前は一体、何だ? 先程のスキルといい、ステータスが表示されないことといい、お前はDODのNPCでは無い。どこから来た?」


「……貴方の強さは、我が輩のあるじに匹敵しますね。まさか主以外に『プレイヤー』がいたとは」


「何だと?」


 ヴァイスは一瞬、混乱した。瞬きほどであるが、その瞬間を吸血鬼は逃さなかった。右手からA級純粋魔術を放つ。ヴァイスは左腕で防いだが、爆発の力で吹き飛んだ。


「しまった!」


 慌てたときには、既にヴィラゴスは黒煙となって部屋から出ていた。


「クソッ!」


 ヴァイスは急いでアイテムボックスから「巻物スクロール」を取り出した。グラディスたちの居場所を確認して疾走った。





 レイナたちがその部屋に入ると、褐色肌の女がほぼ全裸の状態で吊るされていた。


「グッディッ!」


 悲鳴を上げて駆け寄る。グラディスは虚ろな表情で顔を上げた。


「レイナ…… 来て、くれたのか」


「酷い…… 直ぐに降ろすから待ってて!」


 ガシャガシャと音を立て、グラディスを降ろした。憔悴しているため、石床にへたり込むが、外傷などは無い。その時、後方から足音が聞こえた。警戒しようと振り返ったときには、既に室内に男が立っていた。





「どうやら、血は吸われていないようだな。魅了チャームや他の状態異常も無さそうだ。取り敢えず、ポーション飲んどけ」


 魔眼イビルアイでグラディスを確認したヴァイスは、アリシアに赤い小瓶を渡した。慌てて駆け込んできたのはヴァイスであった。全裸状態のグラディスを隠すように、レイナが前に立つ。


「どうしたの? 吸血鬼は殺したの?」


「それがな…… 取り逃がした」


 その瞬間、頬を思いっきり抓られる。正確には抓ろうとされる。常時発動パッシブスキルのため、レイナの「攻撃」は無効化されるが、ヴァイスは自分の失態を素直に謝罪した。課金アイテム「安心戦隊」を出入り口において稼働させる。これで真祖トゥルー吸血鬼ヴァンパイアであっても入ることはできない。呷るように水を飲み干し、グラディスもようやく落ち着いた。


「グッディ…… アイツに犯された?」


 ミレーユが真顔で直線的な質問をする。アリシアが後頭部を叩いた。グラディスは苦笑しながら首を振った。


「危ないところだったがな。私は無事だ。プラテットを使った得体の知れない『拷問』を受けただけだ。躯に異常は無い」


 グラディスは破られた服を捨てて着替えた。鎧を身につける。金属の冷たさが、火照った肌を醒ましてくれるような気がした。状態異常ではないが、数時間の責めを受け、躰がオスを求めていた。


(戦えば落ち着くだろう。一時のことだ……)


 グラディスはそう自分に言い聞かせた。レイナたちはグラディスの内心に気付かず、安心して笑顔を見せる。


「そう。ならこれで、迷宮討伐完了ね。少しここで休んで、地上に戻りましょう。ヴァイス、休憩中に言い訳を聞いてあげるわ」


「ウィンターデンに戻ったら、祝杯を上げましょ? 当然、ヴァイスの奢りでね」


 アリシアや他のメンバーも笑ってその場に腰を降ろした。グラディスとしては一刻も早く戦いたかったが、他のメンバーは自分を助けるために、無理を重ねてきたのだ。ここで我儘を言うわけにはいかなかった。できるだけ下半身を刺激しないように座ろうとする。


(クッ 濡れている。こんな姿をヴァイスに見せるわけには……)


「グラディスはコレを使え。楽だぞ?」


 アイテムボックスから布張りの折り畳み椅子を取り出す。DODのキャンプ道具の一つである。


「わ、私は別に……」


「いいから座っておけ。疲れてるだろ?」


 ヴァイスは無表情のまま、有無を言わさずに椅子を用意する。


(この男は、気付いているのか?)


 表情からは読み取れないが、グラディスは素直に椅子に座った。ゴツゴツした石床よりも楽に座ることができた。ヴァイスも床に座ると、口を開いた。


「あの吸血鬼…… ヴィラゴニア・ツェペリンが口に漏らした。どうやら俺以外の『異世界人』がいるようだ。ヴィラゴニアや、おそらくゾディアック、アスモデウスの親玉だろう。彼奴等の親玉となればレベル999、つまり俺と同等の奴だろうな。それを聞いて、一瞬だが隙を作ってしまった。そこを突かれた。俺のミスだ」


ヴァイスはそういうと立ち上がった。部屋から出ていこうとする。その後姿にレイナが声を掛けた。


「待って。どこへ行くの?」


「エレオノーラ。確認だが上位エルフの力は、ルーン=エルフに何処まで通じる?」


 それだけで全員が理解した。連れされたのはグラディスだけではない。他のエルフたちはどうなっているのか。想像するだけで、身の毛がよだった。エレオノーラは暗い表情で首を横に振った。


「私は弓師です。残念ですが、できることは多くありません。この地のさらに北、世界樹があるグラン=グレーン・メイルまで連れていけば、何とかなるかもしれませんが…」


「……そうか。お前たちはここで休んでいろ。手を汚すのは俺だけでいいだろ」


 ヴァイスはそのまま振り返らずに、部屋から出ていった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る