Grand Brave ~転生勇者の無双伝説~
篠崎 冬馬
第一章:英雄王の聖剣
第1話 転魂の迷宮
西暦2037年、科学者チャールズ・アヴァロンを中心とした研究チームは、大脳の電気信号を操作することで完全なヴァーチャル・リアリティの世界を構築することに成功した。40年前に流行った映画の技術が、現実のものとなったのである。「アヴァロン・システム」と呼ばれるこの技術は世界中で議論を沸騰させた。このシステムを使った場合、人間は現実と仮想の区別がつかなくなる。「生きる」とは一体なにか?という問いは宗教までも巻き込み、理論完成後も10年間は各国で厳しい規制が課せられていた。
西暦2049年、アヴァロン・システムの運用における国際的な協定、通称「アヴァロン法」が国連で可決され、各国がそれを批准した。「18歳未満は使用禁止」「連続4時間以上、仮想現実に入ってはならない」「死に至る衝撃は自動的に軽減される」などの細かい運用規定が定められる。それでも、アヴァロン・システムによりその後の世界は一変した。特にゲームにおいては、Virtual-Reality Massively Multiplayer Online Role-Playing Game(VRMMO-RPG)が爆発的に普及し、連続4時間の使用規制を破るための様々なツール、ソフトなども取引されるようになった。人類は、仮想現実という無限の
西暦2056年、VRMMO-RPG「DEAD or Dungeon(DOD)」のサービスが開始される。マフィア組織が開発したのではないかとさえ言われたこのゲームは、表向きは法規制を守りながらも「裏設定」が最初から施されており、連続4時間以上のインや性的表現、いわゆる18禁行為なども可能な「クラックツール」がサービス開始時から出回っており、薬物投与をした場合と同じ感覚を得ることができるなど、極めて自由度の高い(つまり危険な)ゲームであった。先進各国は真っ先にDODを規制したが、インターネット世界を管理することは不可能に近い。VPN接続の利用によりIPアドレスの追跡もままならず、また第三世界の某国にサーバーがあるため業務停止をさせることも出来ず、結局は法的には厳しく禁じているものの、各国に数多くのプレイヤーが存在するという「見て見ぬふり」の状態となっていた。
中堅企業につとめるサラリーマン、谷口悠は35歳の独身である。これまで付き合った女性がいなかったわけではないが、それも一昔前の話である。独身貴族と言えば聞こえは良いが、会社で働き、帰って寝るだけの毎日を過ごしている。たまに携帯電話が鳴ったと思ったら、大抵は両親からだ。友達といえる友達もおらず、もちろん恋人もいない。築20年の1DKのアパートに住み、週末も特に出歩くことは無い。そんな彼の唯一の趣味が、DODであった。月給の3割、ボーナスは殆どを課金に費やしている。休日は40時間近くインしているヘビーユーザーだ。無論、クラックツールは全て揃えている。法規制などクソ食らえであった。谷口悠にとってはDODこそが「生きている」という感覚を得られる世界であった。
「有難うございました。またのご利用をお待ちしております」
上級プレイヤーしか入れない「闘神の街」には、Non Player Character(NPC)と遊べる娼館がある。R18な女優たちをAIが演じており、ユーザーからの評価は極めて高い。
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Name:爽快ウォッカ
Level:999
Job:Grand Brave
Gold:95,310,709
Loon:25,200
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谷口が操作するキャラクター「爽快ウォッカ」は、数十年前のSF映画のキャラクターをもじったものである。DODは広大な世界の中に出現する地下ダンジョンに潜り、そこで様々なドロップアイテムを確保し、それで自分を強くしたり売り払ってGoldに変えたり、あるいは新しいアイテムを開発することができる。レベルの上限は999だが、サービス開始から10年近くが経っているためカンストしているプレイヤーも多い。そのため
「ウォッカさん。今日も娼館通いですか?」
ゲーム内で知り合ったプレイヤー「水無月綾瀬」が声を掛けてきた。見た目はチャイナドレスを着て腰に細剣を刺した巨乳の東洋美女であり声も女性のものだが、話し方が男である。AIの音声変換により女性の声になるが、話の内容までは変えられない。つまり男性プレイヤーなのだ。
「やあ、水無月さん。まあそうですね。給料が出たので3万課金しました。リアルでは3万だと1回分もありませんが、ここなら6回できますからね」
「僕も男にすれば良かったかな。アバターが女性なので、出来ないんですよねぇ」
「その辺のツールはまだ出てないみたいですね。性別変更するとジョブも変える必要が出るみたいですしね」
「悩みますね。そうだ。昨日なんですが、新しいダンジョンを見つけたんですよ。”転魂の迷宮”とかいうそうです。潜ってはいないんですが、座標はメモしてあるので、良かったらこれから行ってみませんか?」
「ダンジョンですか。ここのところ、娼館通いばかりやってたので、自分から潜るなんて久しぶりだな。良いですよ。行きましょう」
「はぁ、DODで一番有名な大勇者が娼館通いって…… まぁ最近では
「Grand」の冠は、同職種プレイヤーの中で総合戦闘力が最も高い者に与えられる。DODでは基本職の上に上級職、最上級職が設定されている。各職のレベル上限は99で、上限に達するとより上位職を選ぶことができる。また取得した職種の組み合わせで、新しい職が出現する。例えば僧侶と魔法使いの場合は、それぞれレベル50以上になると「賢者」が出現する。剣士と拳士の組み合わせでは「戦士」が出現する。各職の上限レベルが99であるが、そうした組み合わせにより無数の職を持つことが出来る。また無課金の場合はレベル99になれる職は10個までだが、課金によりもう一つ、職を極めることが出来るようになる。無論、重課金者である爽快ウォッカは迷うこと無く課金し、11個の職を極めた。ちなみに爽快ウォッカのレベル分けは
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剣士Lv:99
剣豪Lv:99
拳士Lv:99
格闘家Lv:99
戦士Lv:99
僧侶Lv:99
神官Lv:99
魔法使いLv:99
魔導士Lv:99
賢者Lv:99
勇者Lv:99
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プレイヤーの中には、剣士の最上級職「剣聖」と拳士の最上級職「拳聖」を取得した上で、両方を極めた者にのみ出現する職「海王」もいる。「魔導士」と「神官」を極めれば「
「正直やることが無いんですよねぇ。ギルドに誘われるんですけど、今更入ってもねぇ……」
爽快ウォッカはソロプレイヤーであった。同じようなクラッカーやソロプレイヤーたちとキャンプで談話したり、一緒にダンジョンに潜ったりしている。重た|い人間関係などはなく、その場だけのパーティーという気楽さが気に入っていた。水無月とは何度かパーティーを組んでいる馴染みである。知り合い以上友達未満程度の関係であった。
「ウォッカさんはGrandなのに
爽快ウォッカは肩を竦めた。DODでは数え切れないほどの素材がドロップするが、それらを加工しオリジナルの武器やアイテムを精製するのが「鍛冶師」「錬金術師」である。NPCにも鍛冶師はいるが、希少素材同士を組み合わせて強力な武器を生み出すには、よりレベルの高い
「
「餓狼天龍脚!」
二人は次々と魔物を倒しながら迷宮の奥へと進んだ。水無月綾瀬は「海王Lv99」である。他にも幾つかのJOBを得ているが、魔法は全く使えない。殴る感触が好きだからという生粋の「
「正直、拍子抜けですね。新しいダンジョンだから高レベルを期待していたんですが、これはせいぜいLevel200程度向けですよ」
「最近、新規ユーザーキャンペーンをやってたから、その影響かな?」
「
「どうします?第二層、降ります?」
「いえ、誘って何なんですけど、この程度のダンジョンなら正直、興味無くなっちゃいました。明日も仕事ですし、今日は落ちようかと思います。」
「土曜日なのに大変ですね。折角なんで、俺はもう少し探索しますよ。この程度なら俺一人でも行けますから」
「すみませんね。じゃあウォッカさん、また今度……」
「仕事、頑張ってください」
『水無月綾瀬がログアウトしました』という表示が出る。爽快ウォッカはそのまま迷宮を探索したが、第二層に降りる階段が見当たらず、出現もしない。
「おいおい…… 第一層だけって、変なダンジョンだな。やれやれ、デイリークエストこなしたら寝るか」
迷宮は出口を出れば、自動的にもとの街に転移される。出入り口に戻る呪文「
「……え?」
爽快ウォッカは思わず周囲を見渡した。そこは一面の草原であった。遠くに丘が連なり、森なども見える。自分は確かに出口から出たはずである。本来なら街に戻っているはずだった。そもそもDODは「Dungeon」と付いている通り、地下迷宮や天空島、巨神塔などの探索がメインである。こうした草原フィールドはギルドクエストなどで出るが、大抵は川辺でバーベキューをしたり釣りをしたり、つまりは
「遊び場」であった。
「どうなってるんだ? ここは……」
爽快ウォッカはここで異変に気づいた。普通であればあるはずの左上のウィンドウが、出ていないのである。慌てて
「%$#”’()&%$’()」
「……バグか?いや、その前にログアウトボタンが無い! チャットも、メールも無くなってる! え、え、えぇぇっ!」
爽快ウォッカは頭が混乱した。慌てて迷宮に戻ろうと振り返ると、そこは三メートル程進んだところで行き止まりの洞穴であった。深呼吸をしてもう一度、コンソールを呼び出す。
「%$#”’()&%$’()」
同じ表記であった。恐る恐るそこを押そうとするが、その手前で止まった。これがバグであるなら余計なことはしないほうが良い。
「そうだ! アイテムボックスッ!」
DODではコンソールやアイテムを保管するアイテムボックスなどは、プレイヤーが考えるだけで呼び出すことができる。これはプレイヤーの思考が電気信号となって読み取られるからだ。爽快ウォッカの呼び出しによって、アイテムボックスが浮かび上がる。上部には武器、防具、アクセサリー、戦闘補助、素材、冒険用品といったタグが並ぶ。一つのタグの中には、横に10列、縦に250行、計2500個の枠が並び、一枠に一種類のアイテムを9999個まで入れられる。普段はあまり開くことがない。戦闘中にいちいち選んではいられないからだ。例えば回復用の薬である「ポーション」と考えれば、それが手元に出現する仕組みとなっている。アイテムボックスを開くのは、店で買物をしたときくらいである。
「あれ? ここは文字化けしてないぞ?」
上部のタグにはしっかりと日本語で「武器」「防具」と書かれている。試しに「戦闘補助」から「ポーション低」を選択すると、目の前に赤い液体が入った小さな瓶が出現した。10秒以内に取らないと元に戻ってしまうため、手を伸ばして掴む。念のため、頭で考えてみる。すると同じように、ポーションが手元に出現した。
「アイテムボックスは機能しているのか。ではGoldやLoonは?」
アイテムボックス下部には金貨と紙幣のボタンがあり、必要な額を考えるだけでそれが出現する。金貨ならGold、紙幣ならLoonが出現する。Goldを押して一枚と考えると、金貨一枚が出現した。DODの金貨である。Loonを押そうとしたら手が止まった。Loonボタンが消滅しているからである。呆然としたあと、怒りで理性が吹き飛んだ。
「ふざけんなっ! 今日課金したばかりだぞっ!」
DODの運営をひとしきり罵倒すると、思わず座り込んだ。このバグが自分だけに出現しているのか、それともプレイヤー全体なのかを検証する必要がある。いずれにしても誰かとコンタクトを取りたかった。このままではログアウトも出来ない。
「街に戻れば誰かいるだろう。どっちに行けばいいのかな。あの丘に登れば見えるかも……」
爽快ウォッカは祈るような想いで、丘を目指した。小高い丘を登る間に、微妙な疲労感を覚える。本来、DODは精神的な疲労はあっても肉体的な疲労は無い。クラックツールを使えば痛みや疲労をリアルに感じることもできるが、カネを掛けてまでそうした負の感覚をリアルにする必要は無い。一部の「
「まさか、ゲームが現実になった? いやいや、有り得ないだろう。有り得ない。何かのトラブルだ」
そう言い聞かせて丘を登りきった時、眼の前の光景に愕然とした。ゲーム内では見たこともない山々の麓に、大きな街が見えた。その周りは畑が広がっているようである。収穫時期なのか金色に波打っていた。
「なん……だと?」
爽快ウォッカは呆然とした。10年間プレイしているが、こうした光景は見たことがない。アイテムボックスから「遠観の眼鏡」を取り出す。要するに双眼鏡だ。麦畑と思われる場所では、農夫のような男たちが刈り取り作業をしていた。街を見ると、かなりの人々が行き来している。DODではリアリティーを出すためにNPCにも表情を持たせているが、あれほどの人数をランダムに動かし、それぞれに表情を持たせるのは難しいはずである。爽快ウォッカは双眼鏡を仕舞うと、その場に座り込んだ。あまりの出来事に、何も考えることができなかった。ただ呆然と目の前の光景を眺める。
「………」
何となしに、コンソールを呼び出す。相変わらず細長い黒一色のウィンドウである。その最上部には文字化けしたバグが……
「キャラクター名を設定してください」
そこには確かに、日本語でそう書かれていた。
瞬きをしてそれを見つめる。一旦、ウィンドウを閉じて再びコンソールを呼び出す。同じ言葉が表示されていた。
「キャラクター名を設定してください」
爽快ウォッカは恐る恐る、その表示を押した。すぐに次のウィンドウが表示される。「名」「姓」と小さな二つのウィンドウが出る。爽快ウォッカはホッとした。こうした表示が出る以上、これはゲームの世界である。つまり運営者がいて監視している。幸いなことに、これから三連休である、バグは気に入らないが、いずれプレイヤーにも出会えるだろうしログアウトもできるだろう。
「面白い。転生モノの新しいサービスかな? 遊んでやるか!」
キャラクター名を考える。姓と名がある以上、これまでの「爽快ウォッカ」は使えない。
「やっぱり、格好いい名前がイイよなぁ~ とするとドイツ人っぽい名前かな。ラインハルトとか……いやベタ過ぎるな。濁点がつくのが格好いいんだよなぁ。ヴァ…ヴァ…ヴァイスハイトとか?」
名前の欄に「ヴァイスハイト」と記入される。頷き、姓を考える。
「ドイツ人の姓…やっぱりバイクとかベルクとかバッハとかが付くやつかな?シュタインベルク…いや、語尾が伸びるのもあったっけ。シュナイダーとか。うーん…… シュヴァイツァー?」
姓の欄に「シュヴァイツァー」と入る。
「ヴァイスハイト・シュヴァイツァーか。なんか勇者っぽいかな? 悪くないけど長いか? うん、ヴァイスと呼ばせよう!」
名前を確定させるとコンソールが消えた。普通であれば種族や職を選び、チュートリアルなどが始まるはずである。首を傾げてもう一度呼び出そうとする。だがコンソールが浮かばない。
「あれ? あれれ? これもバグ? ダメだこのゲーム。ログアウトしたら二度とやらねー まぁ取り敢えず、PvP装備に変更するか。装備改変は機能するのかな?」
コンソールが出ないため確認できないが、DODは装備固定という機能がある。プレイヤー同士の戦いのための装備一式や週一度のボス戦での装備など、いちいちアイテムボックスから取り出して組み合わせていたら面倒なので、予め設定しておくことで考えるだけで変更できる。
「うん、これも生きてるな。アイテムボックスが機能しているから大丈夫だと思ったよ」
様々な姿に変化していく。その中から、総合戦闘力を最大化する「対人戦闘装備」を選ぶ。剣、鎧、指輪など装備すべてが「
「出来ればスキルも試しておきたいんだがな。もしLv999に囲まれたら、
爽快ウォッカから改め、ヴァイスハイト・シュヴァイツァー(通称、ヴァイス)は装備を改めると、遠くに見える街を目指して歩き始めた。
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