第9話 北方の都市「ウィンターデン」

【小解説】DODにおけるレベルアップについて


 VRMMO-RPG「Dead or Dungeon(DOD)」においては「レベル」という言葉には大きく三つの概念が存在している。


1.プレイヤー自身のレベル

2.スキル成熟レベル

3.装備成熟レベル


 1は文字通り、プレイヤーの「Jobレベル」の合計数値である。DODの各Jobには「基本職」「中級職」「上級職」と三段階があり、また複数の基本職が組み合わさることで、新たなJobが出現したりする。プレイヤーは経験値を積み重ねることで、Jobレベルを向上させていく。それに伴い、攻撃力や防御力、素早さなどのステータスも上昇し、所謂「強くなる」となるのである。つまり1とは、VR技術が登場する以前の「テレビゲーム」の時代から続く、RPGの基本的なレベル概念に相当する。


 2は各スキルに設定されている「成熟度」のことである。最初はFから始まり、E⇒D⇒C⇒B⇒A⇒S⇒Mと成熟していく。いわゆる「使い慣れた技」という概念が、スキル成熟レベルと考えて良い。例えば剣士のスキルである「三連突き」は、剣士を選択したプレイヤーは誰でも習得できるスキルであるが、成熟レベルがEの場合とMの場合では、発動速度や威力に明確な違いが出る。これはPvPにおいて如実に顕れる。上級職のスキルは、基本職のスキルよりも威力が大きい。しかし成熟レベルがEの上級スキルは、成熟レベルMの基本スキルに負ける場合がある。発動速度が違うからだ。どれほど破壊力があるスキルであっても、当たらなければ意味がない。DODでは0.01秒の差すら厳密に判定される。当たらない上級スキルより、必中の基本スキルの方に軍配が上がることも多いのである。


 3は「一つの装備をどの程度時間、装備していたか」によって判定される。つまり「使い慣れた装備」という概念が、装備成熟レベルと考えて良い。これは主に「青ランク以上の装備」に大きく関わるものである。青ランク以上の装備は「効果付与」が発現する場合が多いが、装備成熟レベルが上がると「新たな効果」が発現することがある。一度発現した効果付与は消えることは無いため、一つの装備を使い続け、十分に効果付与が発現した段階で、別の装備に切り替えるのが一般的である。


 このように、DODでは複数のレベルが組み合わさって、プレイヤーの戦闘力を形成している。DODは十年間のサービスの中で、上級プレイヤーと低級プレイヤーに大きな差が付いた。そのため、低級プレイヤーが早くレベルを上げるための救済措置がなされている。つまり三種のレベルを同時に上げる方法が存在している。それが「上級プレイヤーとのPvP」である。闘技場やギルド内の練習試合などで上級プレイヤーと闘うことで、低級プレイヤーは勝敗に関係なく「Job」「スキル成熟」「装備成熟」の三種全てに経験値が入る。そのためギルドによっては「ウチにはLv999が沢山! すぐに強くなれます!」などの宣伝文句で、新規メンバーを募集している。


 Lv999となり、殆どカンストした最上級プレイヤーにとっても、この機能は「終わらないやりこみ要素」として一部からは歓迎されていた。もっとも、単独ソロプレイヤーにとってはあまり意味のある機能では無いため、Lv999となって引退するプレイヤーも多かったのは事実である。





 数日を掛けて、ウィンターデンに行く。ダンジョンで起きた顛末をギルドに報告するためには、ヴァイスがいたほうが良いというレイナの判断からであった。実際、リューンベルクのギルドに戻って報告をしても、どこまで信用されるかが不安だったため、ヴァイスもして同意ウィンターデンに同行した。道中ではメンバーから質問攻めにあう。剣技や魔法などはもちろんだが、一番困ったのは「どこで修行したのか」「誰が師匠なのか」などの過去についての質問である。答えようが無かったので、「話せない」「話したとしても理解できない」と答えた。


「ヴァイスは馬の乗り方が下手。練習したほうが良い」


 腕の中でミレーユが呟く。六色聖剣は途中の集落で馬を預けていた。ヴァイスは一番背が低く、身が軽いミレーユと一緒に馬に乗った。ミレーユがヴァイスの前に座り、後ろから抱えるようにヴァイスが手綱を握る。DODの移動手段は「飛翔フライ」「転移門ゲート」などであり、こうして馬を乗るようなことは無かった。馬術など学んだこともないヴァイスは、ミレーユに教えられながら馬を操った。


「ヴァイスは不思議。強いのに馬に乗れない。名前も知られていない。助平な出歯亀なのに私の胸を揉まない」


「おい、最後のは余計だ。まぁ色々と事情があるんだよ」


 やがてウィンターデンに入った。リューンベルクとはまた違った趣のある街である。大山脈からの河を利用して、帝都まで船での物流を行っているようだ。レンガ造りの街並みを眺める。六色聖剣の名は街中に知られている。彼女たちと一緒に街に入り、さらにそのうちの一人と一緒に馬に乗っている男に、道行く人々が注目した。だがヴァイスは特に気にしない。冒険者ギルドの前で馬を降りる。


「良い街だ。人々の表情には不安は浮かんでいない。よく統治されているようだな」


「ウィンターデンは皇帝陛下の直轄領なの。五年ごとに帝都から代官が来る。貴族がいないから、私たちを取り込もうとする輩もいない。冒険者にとっては気楽な街よ」


 レイナが横に並ぶ。グラディスや他のメンバーは、荷を下ろして馬を繋いでいる。ギルドマスターへの報告は、レイナとヴァイスの二人だけで行う。横に並んだ女冒険者をチラと見る。「イイ女だ」とヴァイスは素直に思った。女性の冒険者はリューンベルクにもいるが、男に負けまいとする「棘」や「擦れた部分」がどこかにあった。六色聖剣の女性たちは、女性としての魅力を十分に持ちながらも個々に強く、そして強固な結束を持つ冒険者パーティーである。その中心にいて纏め役となっているのがレイナとグラディスであった。異なる性格が上手くハマり、強い求心力を生み出している。このパーティーは更に強くなるだろうと確信した。


「明日にはこの街を立つつもりだ。数日間だったが、名にし負う六色聖剣と同行できて良かったと思う」


「なら、私達の家に泊まれば良いわ。男を泊めたことは無いけど、貴方なら歓迎よ」


「そうはいかない。こうして並んでいるだけで、先程から男どもの視線が痛いのだ。これ以上は目立ちたくない」


「あら…… 案外、そういうことを気にするのね? ならせめて、今夜は奢らせて。馴染みの店があるの」


「解った。楽しみにしている」


 二人はギルドの建物に入った。





 六色聖剣とヴァイスとの「打ち上げ」は、ウィンターデンの中でも高級な料理店で開かれた。鶏の煮込み料理や小麦粉を平焼きにした「ピザ」などが並ぶ。少し酒が入ったのか、レイナが不満を表明した。


「ヴァイスッ! 貴方は野心が無さ過ぎるわ! 何よ、ギルドでの態度はっ!」


 二時間前、ヴァイスとレイナはギルド長に報告した。六色聖剣が総掛かりで攻めても倒せない魔物の出現、そしてそれを単騎で撃退した冒険者の存在。この話はギルドを震撼させた。だが前者は信じられても、後者は信じられなかった。レイナもグラディスも、ヴァイスがゾディアックを撃退した場面を見たわけではない。


「シュヴァイツァー殿の話だが、オリハルコンクラスの六色聖剣でも敵わなかった魔獣を、ゴールドランクの貴方がたった一人で退けるなど、どうにも信じられません。ダンジョンに出現する魔物が強化しているという報告が複数あることから、六色聖剣の報告はまだ信じられるのですが……」


「私は見ました! ヴァイスは私達を助け、あの魔獣ゾディアックを蹴り飛ばしたのです。あの一撃だけで、彼がどれ程の強さかが解ります。ヴァイス、貴方も何か言いなさいよっ!」


「レイナ、落ち着け。ギルド長の意見も尤もだ。俺は嘘をついていない。だが相手を信用させる材料に欠けるのも事実だ。ゾディアックという強大な魔物が出現し、今もどこかで生きている。情報収集と対策を検討するという結論で十分だろう」


「貴方はそれで良いの? 単独ソロでの真純金オリハルコン、ひょっとしたら神鋼鉄アダマンタインにだって……」


「必要ない。俺の強さは、俺自身が知っていればそれで良い。ギルド長、いずれにしても危険な魔獣が生き残っていて、他のダンジョンも変化している。冒険者たちへの警告と情報収集の徹底をお願いしたい」


 ヴァイスはそう告げて、立ち上がった。レイナは舌打ちしたそうな表情を浮かべ、それに続いた。そして今、珍しく酔ったレイナがヴァイスに絡んでいた。


神鋼鉄アダマンタインよ? アダマンタインッ! 最強の称号! 最高の名誉!」


「レイナ、少し醒ませ。絡みすぎだ!」


 グラディスの説得も虚しく、レイナは酔いつぶれてしまったようで、ヴァイスにしなだれ掛かった。いつの間にか、閉じた目尻に涙が浮かんでいた。


「強く…… なりたい……」


 小さな呟きに、ヴァイスは言葉を返すことが出来なかった。





 帝国北方の都市ウィンターデンは、



「ハァッ…… ハァッ!」


 レイナは肩を上下させ、息を乱していた。ヴァイスが下から突き上げる。


「あうっ!」


 背中を仰け反らせた。


「甘いッ!」


 重心の移動とともに、躱したはずの木刀が斬り下ろされる。肩を軽く打ち込む。木刀には革を巻きつけているため、それ程の痛みはない。だがそれでも指先まで衝撃が走る。レイナは木刀を落とした。


「それまでっ!」


 グラディスが止めの声を掛ける。ヴァイスとレイナは、互いに向き合って一礼した。 ウィンターデンの冒険者ギルドでゾディアックの事件を報告してから一週間、ヴァイスは未だに、ウィンターデンにいた。「自分たちを鍛えて欲しい」とレイナが懇願してきたからだ。ヴァイスとしても、DODのレベル概念、経験値概念がこの世界でも通用するかを確認する機会と捉え、その依頼を引き受けた。魔眼を使って、開始前にステータスを確認する。一週間前のレイナのステータスは以下であった。


========================

Name:レイナ・ブレーヘン

Level:209

Job:魔法剣士

最大HP:20254

最大MP:15905

状態異常:無

========================


 冒険者ギルド専用の訓練場で鍛え続けること一週間、現在のステータスが以下である。


========================

Name:レイナ・ブレーヘン

Level:220

Job:魔法剣士

最大HP:21313

最大MP:16819

状態異常:無

========================


(やはりDODのレベル上昇の仕組みと同じか。俺と戦えば、レイナたちは更に強くなる。もっとも、JOBやスキル設定などはどうするのかは解らんが…)


「では次は私だな。まだ一週間だが、レイナの動きが速くなっている。どうやら特訓の効果は思った以上に大きいようだ。ヴァイスにはとことん、付き合ってもらうぞ」


「あのなぁ…… 俺は一応、善意でやってるんだぞ? 少しは遠慮しろ」


 苦笑いをしながら、ヴァイスは剣を構えた。一週間前のグラディスのステータスは以下であった。


========================

Name:グラディス・ワーゲンハイム

Level:207

Job:ガーディアン

最大HP:26501

最大MP:7515

状態異常:無

========================


 そして現在のステータスが以下である。


========================

Name:グラディス・ワーゲンハイム

Level:217

Job:ガーディアン

最大HP:28023

最大MP:7834

状態異常:無

========================


(グラディスはパーティーメンバーだ。俺のようにオールラウンダーになる必要はない。レイナがオールラウンダーになり、他の五名は特化型プレイヤーで成長させるか。それにしても……)


 剣を交えながら、グラディスの躰を見る。身長も体つきもレイナと良く似ているが、動き易さを優先させた露出の多い服を着ている。汗の珠が褐色肌を伝い、豊かな胸の谷間に落ちる。


(眼のやり場に困るな)


「何をボーっとしている!」


「おっと!」


 グラディスの打ち込みを躱す。今のは少しだけ危なかった。グラディスは、自分の胸に見とれていた男を一睨みする。


「全く。これだから男という奴は……」


「悪いな。俺も健全な男だ。イイ女に見惚れるのは仕方の無いことだ」


「なっ…イイ女だと? クッ…… 余計なお喋りは無用だっ!」


 グラディスが顔を赤くしながら打ち掛かってくる。こういう反応をするから可愛いと思えてしまう。六色聖剣は一名を除いて「男に不慣れ」であった。アリシアだけは、妙な艶っぽさを発揮して擦り寄って来たりする。それぞれが自分の得意領域でヴァイスと「PvP」を行う。多少の差はあるが全員が一週間でレベルが十以上、上昇していた。


「最初は実感がなかったけれど、一週間もすれば解るわ。全員が強くなってる。もちろん、私も」


 レイナが嬉しそうな笑顔を向けてくる。ヴァイスが口を開きかけた時、訓練場に怒鳴り声が響いた。


「レイナッ! 誰だ、その男はっ!」


 銀色の鎧に緋色のマントを羽織った、やたらと派手な男が立っていた。レイナはあからさまな溜息をついた。





「なぁレイナ。コイツ、誰だ?」


「気にしないで。リスト、私たちは今、訓練中なの。邪魔しないで」


「こんな得体の知れない男とだと? 俺の誘いを無視しておいてか! 貴様、一体何者だ!」


 男は嫉妬と憎悪の眼でヴァイスを睨んだ。ヴァイスは涼しい顔で返答した。


「俺の名はヴァイスハイト・シュヴァイツァー、リューンベルクの冒険者だ。縁あって今は六色聖剣と一緒にいる。で、お前は誰だ?」


「雑魚に名乗る名など無いっ! レイナは俺の女だ! とっとと失せろ!」


「俺の女?」


 ヴァイスがレイナを見た。レイナは溜息をついて首を振った。


「どうしてもってしつこかったから、一度だけ一緒に食事してあげたの。ただそれだけの関係よ。何を勘違いしたんだか、それ以来ずっとコレなの。リスト、いい加減にしてちょうだい。ヴァイスは私たちの恩人、彼への無礼は許さないわよ?」


「なるほど、要するに『勘違い野郎』か。典型的な雑魚キャラだな。あぁ、リスト君。しつこい男は嫌われるぞ?」


「黙れっ! 俺を侮辱するか!」


「おい、リスト。いい加減にしろ!」


 グラディスが鋭い声を出す。だがリストはそれを無視して剣を抜いた。レイナは怒りの表情を浮かべたが、ヴァイスが肩に手を置いた。


「解った解った。レイナはお前の女なんだな? なら、お前をここで倒して、俺の女にしよう」


「ヴァ、ヴァイスッ? 何を言って……」


「俺の女になるのは嫌か?」


「別に嫌というわけじゃ… って、そうじゃなくて! なんでそうなるのよ!」


 顔を真っ赤にしているレイナの様子に、リストの嫉妬は激しく燃え上がった。本人の自覚が無いだけで、誰の目から見てもレイナはヴァイスに惚れている。リストは眼を血走らせ、剣を構えた。


「貴様っ! レイナに馴れ馴れしくしやがって! ここで殺してやるっ!」


 ギルド内での刃傷沙汰は厳禁である。だがリストはそのままヴァイスの胴を突いた。レイナが止めようとした時には、剣は勢い良く、ヴァイスの胴に突き刺さった、様に見えた。


「「ヴァイスッ!」」


 レイナとグラディスが同時に叫ぶ。だが様子が可怪しいことにすぐに気づいた。ヴァイスは微動だにしていない。だが剣が刺さっていないのだ。リストは驚愕の表情を浮かべていた。


「レイナ、そして皆も良く見ておけ。いずれお前たちが辿り着く地平だ。これは『上位物理攻撃無効化』、レベル五百… まぁグレーターデーモンくらいまでの『あらゆる物理攻撃』を完全に無効化する常時発動能力パッシブスキルだ。剣だろうと槍だろうと拳だろうと、それがたとえ不意打ちであったとしても、俺には全く効かない」


「なん…… だと?」


「……凄い」


 リストは叫びながら滅茶苦茶に剣を振り下ろした。だがどんな攻撃も相手の躰には届かない。スキルにより、すべての物理攻撃が無効化されてしまうからだ。ヴァイスはゆっくりと右手を前に出した。剣撃を無視してリストの前に出す。何をしようとしているのか、皆が理解できた。ミレーユが呟いた。


「ぺちっ」


 そんな可愛らしい音ではなかった。爆発のような衝撃がリストを吹き飛ばした。デコピン一発で、リストは二メートル近く弾き飛ばされ、意識を失った。ヴァイスは舌打ちした。


「しまった。やり過ぎたか?」


 ミレーユがリストに近づき、顔の前でしゃがんだ。


「ん、大丈夫。生きてる」


 ツンツンと棒で突っつく。どうやら呼吸はしているようだ。グラディスは腕を組んで頷いた。


「アイツは実力がないくせに、親が裕福なことと『紅の騎士団』に入団したことで、勘違いをしているからな。これも薬だ」


「でも一応、回復魔法を掛けておきましょう。主よ、惑いし愚かな子羊に、汝の憐れみを与え給え……」


 微妙に酷い祈りを唱えながら、ルナ=エクレアは回復魔法を掛けた。ヴァイスは頷いてレイナの前に立った。左腕を細い腰に回し、レイナを引き寄せる。レイナは驚き、両手でヴァイスを押し退けようとした。


「これでお前は、俺の女だ」


 そのまま唇を重ねた。レイナは最初だけ少し抵抗したが、やがて力を抜いた。





 アウグスト・ディールは憂鬱な表情で手紙を読んでいた。リューンベルクの冒険者ヴァイスハイト・シュヴァイツァーとウィンターデンのギルドマスター、ロベール・カッシェからの手紙である。両ギルドの中間に出現した、新たなダンジョンの調査に向かったヴァイスと六色聖剣は、強力な魔獣の出現を確認した。その魔獣は姿を消したが、共同討伐の計画は引き続き進め、ヴァイスハイト・シュヴァイツァーと六色聖剣とで、ダンジョンそのものを討伐することを提案する、という内容である。

 そのことについての異論はない。問題は、ヴァイスがそのままウィンターデンに留まっているということだ。ヴァイスからの手紙では、六色聖剣と訓練していると書かれているが、アウグストは「(ヴァイスが)六色聖剣全員を訓練して(やって)いる」と見抜いていた。いかに六色聖剣であろうと、あの超級冒険者に勝てるはずがない。


… ウィンターデンでは彼を「ミスリル級」で迎える用意がある。リューンベルクの善処を期待する…


 ロベールからの手紙の末尾に書かれている文章は、アウグストの表情を険しくした。冒険者がダンジョンから持ってくる希少素材は、その街の経済を左右する。魔獣や山賊の討伐で街道の治安も良くなる。冒険者ギルドは各街にあるが、優れた冒険者は常に取り合いであった。ヴァイスは単独ソロ冒険者である。リューンベルクに根を張っているわけではない。このままウィンターデンに移籍する可能性は十分にあった。


「ヴァイスを縛る方法はないしな。せめてリューンベルク籍のままで居てくれるよう、お願いをするくらいしか出来ないか……」


 アウグストは筆を取った。





「……朝帰りになっちゃうわ。みんなに、謝らなきゃ」


 レイナの呟きに、ヴァイスは黙ったままだった。絹のような滑らかな手触りの金髪を撫で、吸い付くような白肌の感触を愉しむ。六色聖剣はレイナとグラディスが中心核だ。それを壊してはならない。だからヴァイスはレイナとグラディスを立てるようにしていた。リーダーのレイナが自分の女になったことをグラディス以外のメンバーは当たり前のように受け入れた。そうなるだろうことは、前々から予想していたらしい。グラディスはそうした「気配」に気づかなかったらしく、少し不満げな表情をしたが、理解はしたようだ。


「ただし、分別は弁えてもらう! 訓練場でイチャつかれたらこっちは堪らないからな!」


 怖い顔をしてそう言われた。レイナが躰を持ち上げた。揺れる豊かな胸が視界に入る。落ち着いたはずの獣欲に再び火が点きそうになる。レイナが自分を見つめてくる。


「ねぇ、六色聖剣に入らない? 貴方がリーダーになっても良いわ」


 だがその誘いに、ヴァイスは首を振った。


「俺はパーティーに入るつもりも、自分で作るつもりも無い。六色聖剣はレイナとグラディスが中心だ。それで上手く纏まっている。俺が入ればバラバラになるかも知れん」


「そんなことは無いわ。みんな、貴方のことを尊敬している。貴方のおかげで、私たちは強くなっている。貴方がリーダーになれば、もっと強くなれると思うの」


「手は貸してやる。強くなる手助けもしてやる。一緒にダンジョンを討伐するのも良いだろう。だが俺は単独ソロに拘る。これまで、そうやって生きてきたんだ」


「どうして、そこまで単独ソロに拘るの?」


「俺が『Grand Brave』だからだ。何が正義で、何が悪かは俺一人で決める』


 理解は出来ないだろう。だがレイナはそれ以上の追求はしなかった。ヴァイスの唇を塞いでくる。


「解った。今は諦める。だから、もう一回……」


 再び、身体を重ねた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る