第4話 ギルドマスターとのPvP

【小解説】Dead or Dungeon


 2056年にサービスが開始されたVRMMO-RPG「Dead or Dungeon(DOD)」は、サービス開始時点では他のVRMMOと同じく、法に準拠したごく普通のゲームと認識されていた。だが、サービス開始から僅か一週間で、DODの名前はネット上に知れ渡った。街中に「娼館」があり、実際に使えるという話が飛び交ったのだ。それと同時に、VR規制である「連続四時間以上のログイン」「性的刺激に対する遮断機能」などをクラックするクラックツールが出回り、女性キャラクターへの「集団輪姦」などが発生した。正にDODは「死かダンジョン冒険か」というゲームになったのである。


「襲われたくなければ強くなれば良い。強さを求めるならばダンジョンに潜れ」


 これはサービス開始時からDODの「ログインの間」に掲げられている文章である。この言葉は現実であった。仮想現実世界では「何をしても」、実際の相手を傷つけることはない。法の規制の外にあるのである。DODはサービス開始から半年で無法地帯となった。もちろん、一般的なユーザーはこうした事態を運営に報告、あるいは他サイトへの書き込みなどをして改善を求めた。だがDODの運営は、むしろそうした無法地帯を好ましいと考えているかのように、人間の欲望を刺激するような様々な機能をアップデートし続けた。その結果、良心的プレイヤーは激減し、中には精神的な傷を負う者まで出た。やがて、この危険なゲームをマスメディアも取り上げるようになり、サービス開始から一年後に、各国はDODを規制する動きに出た。


 ゲーム内でも、こうした無法状態を憂慮するプレイヤーたちが存在した。彼らはギルドを組織してPlayerP Killer'sK KillingKを行うなど、ゲーム内に一定の秩序を作ろうとした。秩序を求めるプレイヤーと、無法状態を歓迎するプレイヤーとの間で激しい戦いが続き、それは弱いプレイヤーほど犠牲になった。このプレイヤー間の戦争は数年に渡って続いたが、無法者たちは徐々に駆逐され、やがてゲーム内にも秩序が生まれ始めた。異常なほどにPKKにこだわり、その数は延べ一万回以上とも噂された一人のプレイヤーがいたのである。無法者からは「ムカつく捨て台詞を吐く偽善者」と嫌われ、PKの被害者からは「助けてくれる正義の人」と好かれたそのプレイヤーは、やがて「Grand Brave」と呼ばれるようになった。





 目の前に置かれた首に、アウグストは言葉を失っていた。腕を組んで壁にもたれ掛かりながら、トマスが口を出した。


「言っておくが、山賊は間違いなく全滅してたぞ。俺の仲間が直々に確認したんだ。一面が血の海で、死体も凄えことになっていたそうだがな。アレを見て、アイツはゲロっちまったんだよ」


「そうか。それは悪いことをしたな。燃やしておいたほうが良かったか?」


「いや、そんだけ激しい闘いだったってことだろ? 女でも抱いて一晩寝れば、大丈夫さ。というわけで、ヴァイスが一人で討伐したことは俺ら『夜明けの団』が保証する」


 アウグストは手配書と目の前の首を何度も見返し、トマスに再確認した。


「間違いないんだな? 間違いなく、一人で討伐したんだな?」


 アウグストの再確認に、トマスは眉間を険しくした。公国最高の冒険者も、ギルドマスターの椅子に座るうちに勘が鈍ったか? 目の前の男がどれほどヤバイ存在か気づかないのか? 鎧や剣を見てみろ。目利きじゃなくとも、尋常ではないことくらいすぐに判る。何より、背中から出ている気配が普通じゃない。想像を絶するような修羅場を潜り、絶望的な死線を超えてきたのだろう。それが判らないのか? 苛ついて思わず舌打ちしてしまった。


「……旦那、俺らはこのリューンベルクでも名の通った冒険者だと自負している。陽気に気楽に前向きに、粗にして野だが卑に非ず。これが俺ら『夜明けの団』のモットーだ。その俺らの証言を信じねぇってのか?」


「いや、スマン。そういう訳ではないんだ。だがあの規模の山賊を一人で討伐するなど、どうも私の常識が認めないようでね」


「だったら、ヴァイスとサシで試合ってみればいい。ギルドマスターとして冒険者のレベルを直に感じるのは大事だろ?」


「………」


「私としては、報酬と懸賞金を頂けるのであれば、それ以上は何も申し上げるつもりはありませんが?」


 ヴァイスの言葉に、アウグストのコメカミに血管が走った。公国最強と呼ばれている自分とポッと出の冒険者の試合など、本来ならば有り得ない。だがヴァイスはそんなことには全く興味が無いようであった。「勝って当然」という傲然とした態度に見えた。


「良いだろう。ヴァイスハイト殿、私と試合をしていただきたい」


「まぁ構いませんが、もし私が勝ったら純金級に昇格でしょうかね?」


「私に勝てたならばな」


 ヴァイスは肩を竦めて立ち上がった。アウグストは怒りの表情を浮かべ、ギルドの裏にある訓練場に向かった。トマスは嬉しそうに、手を擦った。





「得物は木刀、魔法の使用も認める。だが相手の殺傷は禁ずる。これは試合だからな」


「木刀ですか。良いでしょう。了解しました。あぁ、ちょっとだけ装備させてもらっていいですかね?」


 ヴァイスはそう告げ、魔眼を装着した。


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Name:アウグスト・ディール

Level:102

Job:戦士

最大HP:5875

最大MP:344

状態異常:無

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(お、戦士か。つまり剣士と拳士がそれぞれ最低でもLv50以上ってことだな。この程度では俺にはかすり傷も付けられないが、久々に技術戦をやってみるか)


「なんだ? その装備は? 何か特別なものなのか?」


「いえいえ、まぁ御守のようなものです」


 アウグストの疑問をはぐらかした。御守という意味で嘘ではない。PvPにおいて、相手の情報を出来るだけ調べるのは基本中の基本だ。自らを守るための道具である以上、御守と言えるだろう。魔眼を外して、ヴァイスは木刀を手に取った。五歩程度離れた場所で両者が向かい合う。トマスが手を挙げた。他にも、何人かの暇な冒険者が見ている。


「では、始めっ!」


 手が振り下ろされた瞬間、アウグストが動いた。喉元に素早く、突きを入れようとする。だがヴァイスは僅かに動いてそれを躱し、アウグストの胴を薙いだ。ほんの一瞬のことで、トマスですら僅かに見えた程度である。ヴァイスとアウグストの位置が入れ替わる。ヴァイスは木刀を肩に置いた。


「どうします? 続けますか?」


 相当に手加減をしている。実際には撫でた程度であった。だがそれが、アウグストには気に入らなかった。


「まだまだぁ!」


 歯ぎしりをして打ち掛かる。虚と実を織り交ぜながら、懸命に打ち込もうとするが、それらは全て、ヴァイスの洗練された技の前に打ち返された。実際には、ヴァイスから見ればアウグストの剣技は優れたものであった。だが圧倒的に力と速度が違っていた。ヴァイスが本気になれば、アウグストの一振りの間に数回は致命的な打撃を与えることができるだろう。汗を滴らせるアウグストに対し、ヴァイスは涼しい顔のまま立っていた。見守っている他の冒険者たちがヒソヒソと話している。目の前の光景が証明していた。シルバーランクの新人冒険者ヴァイスハイト・シュヴァイツァーは、プラチナ級冒険者のアウグスト・ディールを遥かに超える強さを持っていた。


 アウグストは認めたくなかった。強い冒険者に憧れ、己を鍛え続け、ようやく今の地位に就いたのである。薬草採取の仕事から徐々に実績を積み、少ない報酬に耐えながら、ランクを上げてきた。どんなに辛くても、朝晩と木刀を振り、己を鍛えてきた。危険な迷宮に潜っては素材を集め、傷を負った仲間を励ましながら担いで戻ったりもした。そうした過酷な日々の果てに、今の自分がいるのである。そんな自分を簡単に飛び越えていく存在を認めたくはなかった。


 肩で息をし、フラフラになりながらも、それでも打ち掛かってくる目の前の男に、ヴァイスは戸惑いを覚えていた。「私の努力が……」という呟きが聞こえてきた。それを言うなら、自分だって努力をしている。休日平日問わず、DODに相当な時間を掛けてきた。少ない給料をやりくりして課金資金を捻出し、惜しげもなくガチャに費やした。レアドロップを求めて、同じ魔物を何千回も討伐した。プレイヤースキルを磨くために、リアルでも格闘技や剣術を学んだ。DODのために費やした時間は、この十年で三万時間を超えるだろう。それ程に努力と時間を費やしてたどり着いたのが「Grand Brave」の称号なのだ。だがそれを誇ったりはしない。「努力の量課金額」を自慢するプレイヤーほど格好悪いものは無いからだ。


「下らんな。強くなるために努力するなど、当然のことではないか。自信を持つことは良い。だが努力手段を誇りにするなど愚かしいこと!」


 ヴァイスが一歩を踏み出した時、アウグストは凄まじい威圧を感じた。まるで巨人が出現したかのようであった。次の瞬間、自分を目掛けて木刀が振り下ろされてきた。いや、気づいたときには振り下ろされた木刀が目の前で止まっていた。相手の動きが全く見えなかった。アウグストは呆然としたまま、木刀を手放した。


「それまでっ!」


 トマスの声が遠くに聞こえた。





 アウグスト・ディールとの試合後、ヴァイス純金級ゴールドランクへと昇格した。それから数回、討伐系の依頼をこなしている。


(そろそろ、ダンジョンに行ってみるか)


 その日も、そんなことを考えながらギルドに顔を出した。


「オーク討伐?」


「はい、西の街道沿いの森に、オークの群れが見つかりました。まだ被害は出ていませんが、街道は行商隊の行き来も多く、早急な討伐が必要です。ヴァイスさんなら、早く終わるだろうと思いまして」


「構いませんが、いつもどおり素材回収は諦めていただきたいのですが?」


「大丈夫ですよ。依頼は『討伐』ですから。それに、ヴァイスさんの後を追って、若い冒険者たちが素材回収してますし」


 DODゲームとは違い、現実世界では魔物から素材を得るためには解体しなければならない。無論、そんな知識などあろうはずもなく、ヴァイスは倒した魔物はすべて棄てていた。それを狙って、青銅ブロンズ純鉄アイアン級の若い冒険者が集まってくる。


(まぁゲーム内でも、不要な素材は配っていたし、気にすることもないか……)


「では、依頼を引き受けましょう。今夜移動し、明日の夕方には戻ります」


 有り得ない程の速さだが、目の前の冒険者なら可能なのである。ギルド嬢は半ば呆れながら、書類に既決のサインをした。





「森林クエストとなると、装備の変更が必要だな。たしか『尊き四柱の熾天使セラフィム』の羽根と『神皇蟲ゴッズオーム』の糸で作った服があったはずだが……」


 出発前に、宿の部屋で装備の確認をする。たかがオークにオーバーキルのような気もするが、レベル999のオークがいる可能性だってあるのだ。


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装備名:暁に輝く聖衣服

種類:服

装備Lv:999

装備ランク:赤

物理防御力:+650

魔法防御力:+725

効果:速度上昇(極大)

   物理防御力上昇(大)

   魔法防御力上昇(大)

   状態異常耐性(極大)

製作者:Conrad Solingen

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「見た目は冒険者っぽい服だから、コレで良いか。後は武器だな。森の中となると短剣ショートソードだが、風神雷神刀は両手が塞がれるからなぁ。いっそ素手でボコるか? でもオークだしなぁ……」


 悩んだ挙げ句、ようやく装備が決まる。


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装備名:如意棒

種類:棒

装備Lv:999

装備ランク:橙

攻撃力:+360

効果:力上昇(大)

   速度上昇(大)

   状態異常耐性(大)

   形状変化

製作者:Conrad Solingen

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 半世紀以上も昔に人気だったアニメに刺激されて自作した「遊び武器」である。DODでは使ったことなど殆ど無い。形状変化の効果を付けようと無理をしたら、赤ランクにならなかったという「失敗作」である。


「仮に、上位三〇名サーティーズ並のオークが出たら、逃げるしか無いな。まぁそんなオークがいたら、とっくに公国は滅んでるか」


 装備が固まり、ヴァイスは宿を出た。





「伸びろ、如意棒!」


 構えた棒が伸び、オークの額に突き刺さる。その瞬間、顔全体が弾けた。


「あ……」


 元の長さに戻った棒を眺めて溜息をつく。魔眼を掛けて、目の前に群れをなすオークを観る。


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Name:オーク

Level:52

種族:戦鬼族

最大HP:8920

最大MP:130

状態異常:恐慌

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「こりゃ完全にオーバーキルだったなぁ。可哀想に、怯えてるじゃないか。ま、いっか。この際だし、色々とスキルを試させてもらおう」


 頭で念じて、スキルの入れ替えを行う。万一の為に「上位物理攻撃無効化」と「魔力無効化空間」は外さない。まずは格闘家レベル99で取得できるスキルを試す。


「百歩波動拳!」


 腰を落とし、両手首を合わせて掌底を突き出すと、青白い塊が高速で打ち出され。オークの腹を一撃でぶち抜いた。ズウンと倒れるオークを見ながら、ヴァイスは苦笑していた。


「……うん。スキだらけでとてもPvPじゃ使えねーよ。じゃ、次ね」


 剣豪レベル99で取得できるアクティブスキルを試す。如意棒を竹刀のように上段に構える。


「活人新陰流最終秘奥義『まろばし』!」


 そう言って、如意棒を振り下ろす。その瞬間、ヴァイスの姿がブレる。目の前の全てのオークの背後にヴァイスの分身が出現し、如意棒の一撃を加える。ほんの一瞬で、視界のオークは全滅した。


「……コレ、技名を正確に言わないと発動しないんだよな。しかも半径十メートル以内でないとダメだし。まぁ格好いいから良いんだけど」


 まだ何頭かのオークが残っている。ヴァイスは如意棒を地面に突き刺した。このレベル差なら何の問題もない。「魔法」を体験するためにDODの全プレイヤーが使える「詠唱しなければ発動しない魔法」も試そうと思った。

「ディーン・リン・フォーラル! 炎の精霊よ、古の盟約により命ずる。炎の槍となりて、闇より来たりし邪を焼き尽くせ! ファイア・ショット!」


 五十センチほどの火の玉が射出され、オークの顔面に命中する。


「ラクリール・フィル・スリーン! 水の精霊よ、悠久より続きし理を以て、我が呼びかけに応えよ。水の刃に依りて、我が敵を切り裂け! ウォーター・スラッシュ!」


 一メートル程の透明な刃が、オークを切り裂く。ヴァイスはご機嫌であった。


「無詠唱ばかりだったから新鮮だ。やっぱ魔法って格好いい詠唱が必要だよね」


 その後もヴァイスは「ストーン・バレット」だの「ウィンドウ・カッター」だの、DODでは殆ど使い道のない(というより誰も使いたがらない)基礎魔法を喜々として繰り出したのであった。





 街道沿いに棲みついたオークの討伐という依頼を半日で終えたヴァイスは、徒歩でリューンベルクに戻った。冒険者の多くは馬を使って移動しているが、ヴァイスには馬術のスキルが無い。DODでは殆どの場合「飛翔フライ」を使って移動していたが、この世界で目立つことを恐れ、日が昇っている間は使わないようにしていた。日が沈み、夜になった頃にリューンベルクに戻る。ギルドは既に閉まっていた。ヴァイスはいつものように、宿に戻ると装備を解除した。


「ヴァイスの旦那、もうお戻りですかい? 相変わらず早いねぇ」


 馴染みの酒場で、常連たちが声を掛けてくる。この街に来てから一月が経過していた。ゴールドランクになったヴァイスには、パーティーへの誘いが幾つも来ていたが、それらは全て断っている。DODの頃から、単独ソロプレイにこだわっていた。徒党を組んでPKKを行っていた「某パーティー」の戦いぶりを見た時、ただの集団リンチにしか見えなかったからだ。その時から、たとえ相手が複数のPPlayerKKiller者であっても、自分は単独ソロで戦うと決めていた。単独プレイヤーは他にもいたため、ダンジョン攻略などでは即席のパーティーを組んで戦う。攻略が終わったら別れる。そうした遊び方を十年近くやってきた。顔を合わせれば挨拶程度はするが、ツルムことはない。

 カウンターに座って、エール麦酒を頼む。炒った木の実、ニンニクとバターを掛けたパンが出される。この酒場で唯一「食える」料理だ。隣に気配が出現した。ギルドマスターのアウグスト・ディールであった。あの試合後、アウグストは自分に丁寧に詫てきた。元々が一本気な男なのである。自分が間違っていたと認めたら、素直に謝ることができる男であった。それ以来、ヴァイスとアウグストは、たまに酒を飲む間になった。


「本来なら数日は掛かるはずのオーク討伐が僅か数時間か。相変わらず非常識な強さだな」


「あまり目立たないようにはしているつもりだ。迷宮にも潜っていない。俺は別に、ランクにはこだわっていない。ゴールドで十分だ」


「この一月で山賊討伐が二件、魔物討伐が三件か。トマスから、さっさとプラチナに上げろと催促されている。ヴァイスを臨時のリーダーにして、一緒に迷宮に潜りたいそうだ。まぁ実績としては十分だが……」


「もう少しゴールドのままでいさせてくれ。討伐依頼なら断るつもりはない」


「そうは言ってもな。俺自身、ヴァイスには迷宮に入ってもらいたいと思っているんだ」


 アウグストはギルドマスターの顔をしながら、ヴァイスに語りかけた。





「知っての通り、この帝国には確認されているだけでも二十以上の迷宮ダンジョンがある。迷宮を管理することは国や貴族の責任であり、各街のギルドマスターの責任でもある。リーデンシュタイン公国は、自治が認められているとはいえ帝国の一部だ。問題のある迷宮は討伐しなければならない。帝国北方の中心地ウィンターデンに拠点を構えている『六色聖剣』が、また迷宮を討伐したそうだ。帝都でも迷宮討伐が進んでいる。リーデンシュタイン公国は何をしているのか、と言われかねん」


「なるほど。たしかリューンベルクの南西に三日ほど行った谷間に、迷宮があったな」


「東にもある。領外近くと少し遠いが、公国領内の迷宮であることに違いはない。俺としては、この『東の迷宮』を討伐してもらいたい」


「その理由は?」


「東の迷宮は、ここからでは馬でも数日掛かる。通常の冒険者パーティーでは準備などに手間が掛かるし、何より周囲には集落も何もない。万一、重傷を負ったとしても手当ができないのだ」


「街から遠いということは、食料などを予め買い置きしておく必要もあり、素材などを集めて売りに行くことも一苦労…… だから事実上、放置されているってわけか」


「そうだ。あの迷宮は冒険者には人気がない。だが人気がないからと放っておけば、周辺は魔物だらけになってしまう。現在は迷宮から溢れ出た魔物を討伐する程度でお茶を濁しているが、対処療法に過ぎん。根本を断ち切らなければならないのだ」


 ヴァイスはエールを飲み干し、杯を置いた。


「解った。俺がその迷宮を討伐してやる。だが対外的には、俺一人でやったとはしないでくれ。そうだな。『夜明けの団』との協働ってことで頼む」


「トマスは嫌がるだろうが、説得するしか無いな。だが、なぜそこまでランクの上昇を嫌がるのだ?お前の強さは、俺自身も認めているのだが?」


 ヴァイスは肩を竦めた。


「政治のゴタゴタは嫌いだ。ここは現実リアルだからな」


 強大な力は、為政者を恐れさせる。それを取り込もうとする他の勢力たちも蠢動する。DODにおいても、ヴァイスは暗殺対象の筆頭に挙がっていた。色仕掛けを仕掛けてきたプレイヤーさえ存在したのである。ましてこの世界では自分は完全な異質者である。どんな排除運動があるかもしれない。そうした政治に巻き込まれるのは御免であった。





 北方の都「ウィンターデン」は針葉樹の森と水の溢れる美しい景勝地である。エルフ族の森「ルーン=メイル」にも近く、薬草類が豊富だ。北からは毛皮や希少鉱石なども運ばれてくる。冬になれば寒さも厳しくなるが、四季折々の恵みがあり、人々は質素ながらも幸福に暮らしている。この街に拠点を構え、周辺の魔物や迷宮を次々と討伐しているのが、帝国最強の冒険者パーティー「六色聖剣」である。

六色聖剣の名は、全六名のメンバーたちの「髪の色」から来ている。


ハーフ・エルフのリーダー「レイナ・ブレーヘン」の金髪

ハーフ・ヴァリエルフの副リーダー「グラディス・ワーゲンハイム」の銀髪

魔族の血が混じっている魔導士「アリシア・ワイズバーン」の赤髪

上位エルフ族の大弓師グランドアーチャー「エレオノーラ・セシル」の緑髪

精霊魔法と錬金術を駆使する「ミレーユ・カッフェン」の青髪

聖フェミリア大教会の元聖女「ルナ=エクレア」の黒髪


 六色聖剣は、ウィンターデンの誰しもが敬愛する最強の冒険者パーティーであり、その名は他国にも知れ渡っていた。何より、リーダーのレイナをはじめ全員が見惚れるほどに美しいのも一つの特徴であった。帝国の貴族たちがこぞって嫡男の婚姻話を持ちかけているが、メンバー全員が無視していた。

 ウィンターデンの郊外に広い屋敷を構え、夫を亡くして働き口を探している未亡人や、閉経して蓄えで暮らしている少し老いた女性など三人をメイドとして雇い、六名で共同生活をしている。迷宮や山賊の討伐、希少素材の売却などで得た金貨は一万枚を超えている。


「そういえば、ギルマスから聞いたけど南に逃げた盗賊…… えーと、ガルドって奴が討伐されたそうよ?」


 大広間では、六名が思い思いの姿勢で寛いでいた。五ヶ所目の迷宮を討伐し、一週間程度の休みを入れている。アリシアが、艶めかしい生足を組み、自分の爪を研ぎながら話題を提供した。優雅な姿勢で香草茶を飲むエレオノーラが頷いた。


「そうですか。南というとリーデンシュタイン公国ですね。五十人以上はいたと思いますが?」


「我らが慈悲深き主よ。罪深き哀れなる者たちに、その輝かしき慈悲の翼を向け給え。この祈りを持って彼らの罪を浄化し、新たなる転生へと導き給え……」


 エレオノーラに向かい合って座り、聖フェミリア大教会の教典を読んでいたルナ=エクレアが祈りの言葉を唱えた。床に寝転がって本を読んでいるミレーユ・カッフェンが無表情のまま小さく呟く。


「無理。彼らの行き先は深い闇。何万回も焼き尽くされ、次に生まれ変わるのは蚊か蝿だと思う」


「リーデンシュタイン公国というと、確か『夜明けの団』というパーティーが活動しているな。ミスリル級と聞いているが、彼らが討伐したのか…… レイナはどう思う?」


 剣を手入れしながら、グラディス・ワーゲンハイムがリーダーに尋ねた。


「どうかしら? ガルドという山賊は数だけは多かったわよね? 私達ならともかく、ミスリル級のパーティー一つで討伐できるかしら? 何組かで合同で討伐に当たったのだと思うわ。それとミレーユ、エクレアの祈りに茶々を入れちゃダメよ?」


 金髪の美女が苦笑いをしながら青髪の少女に注意する。少女は本を読みながら「ん」と返事をした。全員が反応したので、アリシアは嬉しそうに話を続けた。


「実は、この話には続きがあるのよ。これは極秘情報だけど、ガルドの一味を討伐したのは、たった一人の冒険者だったそうよ?」


「有り得ない。レイナやグッディのような化け物でもない限り、五十名を一人で屠れるはずがない。もし事実なら、ソイツは人外の存在……」


「……ミレーユ、軽ーく私達をディスってないか? んん?」


 グラディスが寝転がる少女の背中を踏みつける。「キュゥゥ」という少女の声を無視して、レイナが考えるように呟いた。


「そういえば、ちょうどその頃、リューンベルクのギルドに新規登録の冒険者がいたわね。偶然かしら?まぁそれよりも…… アリシア、その極秘情報・・・・をどうして貴女が知っているのかしら?」


「えっ…… いや……」


「まさか、また男共を色仕掛けして聞き出したんじゃないでしょうね? 貴女に弄ばれて泣いた男が何人いると思っているの?」


「いやいや、ちゃんと一線は護ってるわよ? ちょっと一緒に、酒飲んだだけよ」


「……まぁ、そういうことにしておくわ。程々にね?」


 銀髪の美女が、青髪の美少女を折檻している。その様子を周囲の美女たちが笑って見守る。六色聖剣の平穏な日々は、もう暫く続くのであった。



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