第十九話「狂気の少女と王女の剣舞」---後編---

「まったく、どうして私が守衛の仕事を代わりにこなさなくちゃならないのかしら」


 不満げながらも、どこか誇らしげな声音。

 マントのような何かをさっと翻し、それに釣られて美しい金髪もまた揺れ動く。大剣を片手に持ち替え肩に載せた。刀身が月明かりに輝く。


「もう絶対に繰り返さないために、私がしつけをしてあげる。覚悟することね」


 その時、その場の誰もが、暗い戦場に一輪の花が咲いたのだと錯覚したのである。


 唯一違う反応を抱いた者が居るとすれば、目の前の光景を前に呆然とする内の一匹だろう。


「レーミア様..........れっ、れれれレーミア様ああああああああっ!!」

「えっ、急に何っ、怖っ。途中、'あ'しか分からなかったんだけど」


 現れた少女の名を小さく呟くと、しばらくの沈黙の後、大慌てでの跪きと同時に再度その名を叫んだ。目を剥きまくっているし、怒号なのかもよく分からない。


 華奢な腕に合わぬ大剣を振るう少女ーーーーレーミアに対し、ただ呆然としていたカイザンはほぼ隣からの発声に目を覚まされた。反射的なツッコミを忘れずに。


 即座に対応したカイザン、ただ耳を塞いだだけだが効果覿面。おかげで鼓膜破壊を回避。


 それができたのは一般的な耳ならではの行為。よって、聴覚に長けた獣種からすれば....。


「うるさいわよっ。勝手に人の名を叫ばないでもらえないかしら。そうされたら、なんだか私が悪いみたいに聞こえるわ。立場を弁えなさい。お兄様に告げ口されても知らないから」


 レーミアが怒るのも当然、ピーンと獣耳が立っているし。

 自分よりも確実に下の地位であれば何でも言えるあの立場に、カイザンは嫉妬しか感じない。女神領でも最近も、アミネスのおかげで地位を生かした態度は叶わなかったが。


 レーミアの怒号に対し、いや、あなたは知っているでしょ?との疑問は呑み込み、ルギリアスは抱く困惑を思いのまま疑問として発する。


「なっ、何故、レーミア様がここに?」


 何故、と理由を問うルギリアス。

 それに対し、レーミアは当たり前の行動とも言いたげな口調で返す。


「ウィバーナがピンチだから来てあげたのよ。悪い?」

「悪いも何も、これは我々の任務です。とても危険で怪我をしやすく、身命を賭すのも厭わない覚悟の下で......とにかく、レーミア様が刃振るう必要はっ」


 大剣を受けてから動く気配のないウィバーナを見つめながら、正義のヒーローのような大義名分を振りかざすレーミアに、ルギリアスは舌を噛みそうな程に早口でよく分からない理由で却下としていくが、


「あーもう、夜なんだから静かにしてよね。さっさと終わらせたいから、そこの使えるか分かんない最強種族も手伝って」


 会話の相手から早々に除外され、早く話を進めたいレーミアの八つ当たりにカイザンが任命された。


「初対面だからって、使えるか分かんないとか言っちゃダメだからな。ってか、誰だよ?」


・・・さっきから様様言われてるけど。最強種族の俺より言われてない?


 アミネスのからかいに返す気分の勢いで怒りを疑問でぶつけたカイザン。それに返すのは元会話相手役のルギリアス。


「いくら貴様と言えど、この領でレーミア様にそのような物言いは許されないぞ。レーミア様、この方は。リュファイス領主の妹で在られるぞ」

「俺、その領主と友達契約してるんだけど」


 ルギリアスが返し、それにまたカイザンが返した事で、会話の主導権はレーミアから二人へと移ってしまった。


 その状況に不満が無い筈がなく、今度は返しを待たないとする。


「ちょっと、いい加減静かに指示に従ってくれないかしら。現状から察する感じだと、この場での最高戦力は私。とりあえず、ウィバーナの相手は私が引き受けるから、それ以外は任せるわよ、最強種族」

「えっ、あ、うん」


・・・.....あっ、なんか、同意しちゃった。久しぶりにカイザーを言われなかったのが何だか嬉しくて....。


 しかも、最強種族だった。名前を知らないから仕方のない事だが。


「じゃあ、頼んだわよっ」


 アミネスに責められた時を思い出してしまい、簡単に押されて同意をしてしまったカイザン。不本意な返事であったが、相手側の気持ちなんて御構い無しにレーミアは柄を強く握り締める。


 理由は言うまでなく明確。斬り払われたウィバーナが、治癒再生の後、ほぼ全快状態で飛び込んできたから。爪を立てたその姿は正しくトラの遺伝子を持つ存在。


 対するレーミア。力のこもった言い切りから柄の握りを両手に切り替え、右肩よりやや上に構えた。そこで、斜めに一閃。目にも留まらぬ振り落とし。


 ウィバーナには当たらず、刃は一瞬にして地面に。それがレーミアの目的。ただ斬っているだけでは何の解決にもならない。


 振り下ろされた刃の軌跡が風刃のように浮かび上がり、前衛姿勢によって止まることのできないウィバーナの爪がそこに放たれる。


 力の方向は爪の勢いよりも優先的に軌跡をなぞって進んでいく。当然、進行方向にある他の力を歪めてでも。


「っに」


 剛風をもろに受けたような衝撃が腕をへし折らんとばかりに重圧としてのしかかり、地面へと突き刺さる。地を割る程の力、衝撃で上手く聞き取れなかったが、吐息のようにウィバーナの声がした。痛みをかなり伴うものだっただろう。


 だが、それでは終わらない。


「ちょっとの間、気絶してもらおうかしら....」


 振り落とした大剣の柄から左手を放し、引きと同時に握り締める。そこで他の獣種とは違う何かが起き、身体獣化を超える強化が施される。


 振りかぶりを最小限に、かつ威力を最大限にして。宣言通りか、気絶を狙っての向かう先はウィバーナの額。


 視線を着地点へと向けたその時、殺意に塗り潰されて色を失った虚ろに近い瞳と目が合った。


「っ」


 一瞬の不安感から集中が解け、不完全な強化状態での一撃。予想を裏切らず、ウィバーナは地面に刺さる右腕よりも前に左手を差し出して、指だけが獣化された握力頼りの防御で軽く防がれてしまった。


 ただの防御ではなく握力でレーミアの拳を拘束したのは、次の反撃へと繋げるため。爪さえ抜ければ、すぐにでも。


 力の重点操作で簡単に爪を抜いたウィバーナは、引きを最小限にして最短の反撃に出る。


 ウィバーナの本能が選んだ選択に、レーミアの目的は阻止された。ウィバーナの額を狙っての気絶、


「って言うのは無理だとしても、動きくらいはねっ」


 柄から手を放し、即座に捻って握り直す。

 両手で振るう姿すら違和感以外にないというのに、地面に刀身を立てたままの大剣を片手で振り上げるように払う。

 何も狙いを定めずにではなく、自身の左拳を受け止めたウィバーナの左手を防御頼りに容赦なく刃を叩き付ける。迫る獣爪が届く前に。


 先刻、ウィバーナに向けてレーミアが奇襲として放った[獣王之一閃レオ・フラッシュ]は、その大剣が持つとある特性を技としたもの。物理的攻撃ではなく、魔力を糧にした威力を重視しない斬撃を空気とした剣撃。


 故に、ウィバーナには致命的な損傷とはならなかった。レーミアとしてもそれを避けたかったからだ。

 だからこそ、ウィバーナの防御、出現するであろう水の盾に向けて放ったのだ。ダメージの有無よりも、衝撃で吹き飛んでくれさえすればいい。


 振り落としの際に刃の先を埋めたその大剣を、地を抉り取るように下段から上段への凄まじい斬り払いでそれを為す。


 狙い通り、切っ先が盾と衝突。足裏を地から離した瞬間、抜けかけの状態だった腕が運悪く脱出に成功してしまい、衝撃のまま飛ばされていく。


 その先で家々に突っ込むウィバーナ。レーミアこそ獣領の住宅街破壊者ではないのか?との疑問は一切受け付けず、夜空の輝きに刃を載せながらゆっくりと近付いていく。


 遠目にウィバーナを映す中で、衝撃から解放された姿を前にレーミアは足を止めて、再び正眼の構えを取る。そして、息切れ一つない晴れた表情で悪戯な笑みを以ってして語った。


「私に殺意を向けた事、根に持ってあげるわ。明日があったらお仕置きだけで一日を終えてあげるから、感情のない今の内から後悔の準備をしておきなさい」


 怯みも様子もなく、むしろ余裕さを持った有志在る瞳。だからこそ、ウィバーナも退く訳にはいかない。目の前には強者が、彼女にはその剣と、その力があるのだから。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




・・・すげぇーな。ずっと観てられるよ、あの戦い。


 と思いつつも目を凝らさないと見えない距離で戦闘を繰り広げ始めたレーミアたちがどんな戦いをしているのかよく分かっていないカイザン。その上、動きが速い。


「ルギ、お前視えてるか?あれ」

「....まさか。噂は本当だったのだな」


 質問に対する答えとは思えない返しをしてきた隣のルギリアス。

 驚きを持ったような小さな声音を不思議に思ってルギリアスの顔を横から覗き込むと、何やらごそごそと呟いていた。口調的にはカイザンに向けたものだろうに。


「獣種の特殊錬技[身体強化]。獣神型シリウスにしか使えこなせなかった特殊能力の応用、それにあの剣は種王の神器。....まさか、本当のレーミア様が受け継いでいたとは。リュファイス領主の才能の片鱗、それ以上を持っている」

「特殊錬技?前にリュファイスがそんなん言ってたっけか」


 それに関しては、王城でリュファイスから詳しく教えられた。

 獣種の特殊能力[強調五感]は、五感の一つ、または複数に意識を集中させる事で機能を魔力によって格段に向上させる能力。

 それを応用した特殊錬技こそが、意識の集中を身体へと向けたもの。獣神型だけが唯一完成させた技と聞いた。


 ルギリアスの呟きが正しいとすれば、レーミアはそれを我が物として悠々と使いこなせていることになる。何千年もの歴史を覆す才能を持ち合わせていることになる。


 いや、真偽を問うまでもない。門を開き、魔法を操るウィバーナと互角かそれ以上に戦えている時点でそれは疑いようもないことだ。


・・・ウィバーナの事はとりあえず任せておくのが最適解だよな。ルギじゃ心許ないし、今は怪我を治癒させてもらってほぼほぼ完治で戦ってもらわないと....。


 未だに驚きを隠せていないルギリアスを横目に、後の作戦に繋がる選択を考えていたカイザンは、近付く足音に気付いた。


「....あの、カイザンさん」


 聞き覚えしかない声音に呼ばれて目線を送れば、そこには夜と決して非対称とはならない水色の髪を微風で揺らす少女ーーーーーアミネスが。瞳の奥すらもか感情に揺れているのが見て取れた。


 現状を思った心配そうな声音を聞いて、直感的に安心させねばとの感情に駆られ、いつもののように気を抜ける。


「おー、アミネス。来てくれたんだな。無事で良かったよ、後で礼言っとけよな、あの姫さんに。って言っても今すぐじゃなくて、これが終わった後にな」

「それは分かっていますが、......そんな事より、ウィーちゃんはまさか」


 自然にこの一件が無事に終わった未来の話をした直後、一番触れられたくない事に触れられてしまった。この状況で触れないことこそおかしいことだが、それでもアミネスに聞かれたくなかった。


 さすがに気の抜けたままでは不謹慎と思い、真剣に謝罪の意を込めて。


「......門を開いちまった。聞いてた通りの暴走っぷり。今のウィバーナには理性がない。....だから、アミネスだけには観られたくなかったのに。ごめんな、止められなくて。今がダメでも、開く前からどうにかする方法はあったのに、俺は何もできなかったよ。本当にごめん」

「.........ほんとに、ウィーちゃんが。...でも、カイザンさんが謝る事じゃないですよ。それに.....」


 そこで、アミネスには言葉を区切る。暗い雰囲気を倍増させそうな行為だが、そんな意図はない。ただ、その先を強調させたいがため。


「カイザンさんなら、止めてくれるんですよね?」


 その問いかけを受け、カイザンには動揺が走った。いつも通りであれば、アミネスから期待されてるなんてっ!?となる所だが、今回は違う。


 カイザンならウィバーナを止めることができる。


 何もできなかったと言ったばかりだ。ごめんと謝ったばかりだ。でも、その問いに対してだけは全く別の答えを出せる。それが公称帝王、カイザンという男だ。


 問いかけから答えが出るまで、数秒もかかるはずがない。カイザンとアミネスのパートナー・ぱーとなー関係にそれはもう必要ないから。


「ああ、任せとけ。それに関しちゃ俺が大活躍してやるよ。最強種族の俺がなっ!!」

「あっ、今の私の発言がカイザンさんのやる気に繋がったなら、私が一番な大活躍になりますね」

「こういう時くらいは素直に応援とかしてくれよ」


 こういうやり取りが必ず起きてしまうのも、二人の関係に必要不可欠だ。


・・・まあ、お陰でいつも通りに行けそうな気がするから良いんだけどさ。


 カイザンの考えた作戦に、カイザン自身、不安がない訳ではない。成功しなかった事を考えてしまうのは当然のこと。

 でも、もう違う。アミネスが勇気をくれたようなものだから。


「ってことで、ルギ。そろそろいいか?」


・・・驚き済んだか?的な意味で。


 小さく頷くルギリアスにはあまり期待しないでおこう。


 前方、未だに激しい戦闘を繰り広げるレーミアたちを観る。ルギリアスの言っていた[身体強化]なるものを使っての互角戦闘だが、特殊能力同様に魔力を消費するもの。常時使用が可能な代物ではないことは明らか。


 つまり、レーミアは雷を纏うウィバーナの速さに対応して発動と解除を交互に使い分けられるているということ。リュファイスは相当な才能の持ち主と聞いているが、兄妹揃ってとか羨ましいにも程がある。


「にしても、あの姫さん。本当にウィバーナを押してるな。ルギリアスの敗北がどうでもいいくらいに」

「話を掘り返す必要はない。...それにだ。そんな事実はさておき、レーミア様があのウィバーナを確実に押している事は確かだが、我々としては長く任せるわけにはいかない」

「やめとけよ、瞬殺されるぞ。掃除屋を雇えってのか?俺は帝王で高級宿の高級部屋に泊まってる訳だが、金にはシビアな一面ありだぞ」

「カイザンさん、私相手じゃないからって調子に乗らないでください」

「はい、すいませんっ」

「.........」


 年下も、それもただの女の子に言葉でない何かで言い負かされている最強種族。ルギリアスの沈黙は正しい。


 とは言え、カイザンだって慣れたくないけど慣れている。すぐに立ち直って会話を続けることなんて造作もない。.....本当に慣れたくはなかったけど。


・・・おっ。


 二人ときどき三人の会話の中、それ以外の轟音が徐々に迫っていることにふと気付く。

 ルギリアスの言っていた残る団員の救援を期待したが、それで轟音があるはずなく。


「急に近付いてきた」

「下がれ、カイザン。俺が護衛してやろう」


 徐々に近付いていたのウィバーナとレーミア。レーミアの巧みな誘導か何かで、二人まとめて接近し始めている。

 このままでは....。と判断したルギリアスが前に出るが、カイザンとしてはその判断に異議あり。


「いや、いいって。逆に不安だから」

「カイザンさん...」

「ルギ、さっさと俺を護れっ」


 アミネスに続きを言われる前に素早く訂正。ルギリアスはさっきよりも可哀想な奴を見る目で居る。ウィバーナが近いのだから、公私混合せずに仕事を全うしてほしいものだ。


 押されてある訳でもないレーミアがカイザンたちからあまり離れずに戦闘を続けているのには理由がある。それが分かってか、アミネスがその理由の答えとなる質問を代弁した。


「それでカイザンさん、ウィーちゃんを止める方法ってやっぱり」

「俺の[データ改ざん]以外には無いぜっ。......と、ここで朗報。溜まったぜ、特殊能力分の魔力がよ」


 その言葉待ってました並みに声量を張ると、右手のひらに光を灯す。魔力をずっと溜めていたのだろう。そのおかげで使用量回復までが簡単に分かる仕組みに。


 この暗い夜。その光はもちろんレーミアにも届いている。カイザンの作戦も何となくは想像ができる。


「なら、私とルギリアス、他の団員とで注意を引きつつ動きを止める。それでいい?」

「おうよ。そしたら後は俺の久しぶりすぎる活躍所だから、任せてくれよな」


 嬉しそうに目を輝かせ、開いた片方の手のひらに拳を打ち付けるカイザン。ウィバーナよりも自分優先のように感じるのはアミネスだけだろうか。


・・・一石二鳥ってやつだよっ!!


 こうして、ウィバーナが開いてしまった獣種の門[獅子之獣乱]を塞ぐための大作戦が決行された。



 カイザン&レーミア パターン1


「なあ、姫さん」

「その呼び方は嫌いね。レーミア様と呼びなさい」

「なあ、レーミア」

「なっ........はぁ、お兄様が言うから許すんだからね。...で、何か用?」

「妹のレーミアが優秀って事は、リュファイスも相当な優秀さって事だよな?」

「そうに決まっているでしょ。お兄様はあの若さでガイスト様に才能を認められたんだから」

「じゃあ、戦闘に関してもそれなりになんだろ。だったら、どうして一緒に連れて来なかったんだよ」

「私にはそこまでの権限がないの。それに......いえ、それだけの事。分かったら、今の戦力だけでウィバーナを止めるわよ」

「話を無理やりやめられた気がするけど、提案に関してはオーケー。俺の魔力も貯まった事だし、次回はしっかりと活躍させてもらうぜ」


「ってな訳で、次回。最暇の第二十話「久しぶりの活躍所」......こんな夜は早く明けてほしいもんだな」

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