第十六話「死神の罠」
それは、死神種ラーダがルギリアスとカイザンと対峙する前のこと。
獣領に再び舞い降りる前、数時間は遡るだろう。
光衛団本拠地、その一室で二人は再会した。
「ラーダ、久しぶりじゃないか」
「.......挨拶は不要だ。まず要件を話せ、ハル」
その者は、光衛団幹部[十字光の武衛団]
No.エイト 服従種 ハル=カテーナ。
振り返らず、そのうえ仲間に対してやや高圧的な口調のラーダは、まるでイラ付いているようにそう問い質した。
殺意も込められているのだろう。空気が凍り付いたように色を変えた気がする。
しかし、ハルには一切気にする様子はない。怯えることはなく、慣れた様子で答える。
「...あなたにしては珍しく時間をかけているってのを聞いたからね。それを疑問と興味に思って今こうなってるの。要件はお分かり?」
答えから予想できる要件の内容に、ラーダは顔を顰める。ハルからすれば顰蹙を買った覚えなどないが、彼からすれば、ただの嫌味な問いでしかない。
その嫌味とは、任務終了が遅いなどという馬鹿にされている意味とは違い、ラーダの思惑に興味を持とうとしているところにある。
ハルに冗談も偽りも通用しないのは、幹部としての長い付き合いの中で既に経験済みだ。
だからこそ、真意を知られないためにも偽りを吐く。振り返り、変わらない瞳の色を向けて。
「下等な獣とは言え、領一つを落とすんだ。それなりの時間と策略が必要となるのは当たり前のことだろう」
「なら、リーダーはどうして、あなた一人を指名したのかしら?」
間髪入れずに、次が問われた。
何かを探る標的がラーダからそれ以外へと移された訳だが、安心できる訳でもない。
「領を潰せとの任務は今までのからはあまり類を見ない特殊なもの。あなたの言う通り、たかだか獣ごときでも、それ相応の戦略は必要。リーダーもそう考えるでしょうね。....なら尚更のこと。どうして、あなた一人だけなのかしら?」
この任務には、もともと三人が要員とされていた。
しかし、先日の下見から帰ったラーダが、リーダーに単独での実行を頼み込んだ。その要員の中にハルが入っていた事は、報告前の時点でラーダ単独での任務とされたため、本人は知らないはずだ。
それなのに、この違和感。リーダーの名前まで出されては、いよいよ危険な状態と言える。
ハルを睨んだまま、ラーダは沈黙となり、不穏な空気で息苦しい程の圧力が二者間で衝突し合う。
その中でも、元のままの表情を崩さないハル。
時間経過はたったの数秒。体感で言えば数分。重すぎる静寂に嫌気が差したのか、ハルが諦めたように小さくため息を吐く。そして、手のひらを前へ。
「............隠し事はやっぱり、こう聞き出すものね」
小さく、耳を澄ました分だけ聞こえる程度にそう呟いた。
直後、手のひらに溜められていた魔力に色が与えられ、狭い空間内で風の流れが急速に変化。収束するようにまとまっていき、凄まじい風圧を伴う塊となる。
その魔法、その瞳。そこに宿るものは、
「同じに組織に属する仲間に対し、そこまでの殺意を向けるとはな」
ただの殺意。
深く濃く、どこにも終わりの見えない闇。
服従種の特殊能力は、主人自体がそうでなければ意味を持たない。彼女はそれを体現する。
ハルのそれは狂気と同等。ラーダとて、容易に対処が可能なものではない。
風魔法の特性は[斬傷]。故に、刄で迎え撃つ。
真正面に風と対峙するラーダが、どこからか現れた曲刄の柄を握る。その手の魔力に与えられた色は純粋過ぎる程の黒。闇属性魔力。
風と闇。どちらも強者であり狂者。またも二人は沈黙の中で殺意を向け合う。
誰も近付けない感情で塗り潰された空間が形成されて、中心地点で当たり前のよう静寂が発生する。
それを始めたのも、作ったのも、そして、破るのも。同じ人物によって。
「........まったく」
先に言葉を発したのは、ハルの方だった。
飽きやすい性格という訳でないはずの彼女が一対一の状況で相手から退く選択を選ぶ事は珍しい。
言葉と同時に風の塊を握って、魔力へと還元。そのまま手の内に戻していく。
殺意が徐々に薄くなり、それを確認次第、ラーダも曲刄を収める。
「本当にあなたには冗談ってものが通じないのね」
二人が何事もなかったかのように元の状態になると、ハルが不満そうにこぼした。
「お前の瞳に宿る殺意はいつだって同じものだからな」
「仲間に対しては加減をしてるつもりよ。リーダーと交わした契約の通り、裏切りさえしなければ私が仲間に実力を行使するような事は絶対にない。.......それに、私は基本、相手に[グラビティ・ウィンド]で強制的に膝を着かせるのが主流。だけど、あなたたち死神種に魔法が通用しないのは知ってるわ」
結局はただの茶番だった。そう言いたいハルだが、本心でないのは常時浮かべられている笑みから丸分かりだ。
話が終わったのか、ハルが踵を返す。それを見届け、ラーダもまた同じく。
本当に厄介なやつ。その評価を会う度に正しいと思わざるを得ないラーダ。
それが彼女、服従種 ハル=カテーナという者。
「ねぇ、最後に聞かせてくれない?」
去り際、ハルらしくない優しい声音で呼び止められた。
「なんだ?」
ちょっとした動揺も挟みつつ、いつも通りの返し。
それを受け、意図不明の微笑みの後に語った。
「ずっと楽しそうな顔をしてるわね。面白い標的でも見つけたのかしら?」
いつだって、ハルの推論は事実と等しいもの。
その最後の問いで、ラーダは無意識の笑みを浮かべていたやく気付いたのだった。
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「........貴様は、誰だ?」
先制の機を逃しながらも、そう問いたルギリアス。
飛び出した後ろ姿の急な問いに後方で頭を傾げるカイザン。
そう言えば、と頭に出てくるのは、細かく抱いていた疑問の数々。点と点が繋がって、線になるというのはこういう事なのだと理解した。
確かに、今になって冷静に考えてみれば、ラーダの行動にはいくつかの不審な点があった。
当初の目的が交渉にあったのなら、何故あのような暴動を犯したのか。結果的に自分の種族が判明されてしまう結果になったのはある程度予想できたはずだ。
そして、何故カイザンの前に現れたのか。ラーダはかなり前からルギリアスの居場所とその接近に気付いていた。殺意など放っていなかったカイザンすら待ち伏せできていたのだから、それこそ最高権力者たるリュファイスを直接狙うことすらできたはずだ。
ラーダの目的は一体。その答えはすぐに分かる。
「やっと気付いたか。所詮、知能のないただの獣という事だな」
失望の一言を残して、目の前の死神はラーダではなくなっていく。
纏われた魔力が徐々に剥がれ落ち、真っ白な外套がただの布服に、長く印象的な黒髪が薄色の短髪に変わる。
そして現れたのは、形が他とは違う獣耳をした獣種だった。
一度、ウィバーナから聞いたことがある。
獣種の優秀な人材は稀に、生まれた時から獣身の異能と呼ばれる、基となった生物が関係するような力を持っているのだと。
今、カイザンたちの目の前にいるこの獣種。名を、レオン。確か、カメレオンが基となった獣種。その獣身の異能[保護者色]、許可を与えられた者の姿に変身できるというもの。
「お前は......っづ!!」
現れた姿にルギリアスが目を剥いた直後、獣領を濃密な殺意が席巻した。
圧倒的に悪意を抱いたそれに、カイザンも心を縛られる。一ヶ月前に受けたエイメルの警戒や怒りによる殺意とは違う、本物の殺人の意志。
押し潰されそうな程の圧に歯を噛むのはルギリアスも同様のこと。
だが、慣れはある。感覚的に圧力の抜け道を探し出し、殺意の発現地点を視界に移そうと上半身を傾けさせようと足掻く。
感情増幅の効果もあり、恐怖に囚われたように体が無意識に震える。動きが極限まで制限された殺意の重圧よりも遥かに重い。それでも意志は強く、抗いの果てに目を向けた。
獣種の特殊能力[強調五感]が任意の単位箇所で発動。視力が制限から解放されたように極限まで強化される。
方向は東の刻限塔。その天辺。凝視した先には、先程まで目の前にあった姿が、悠然とこちらを見下ろしていた。
ルギリアスは既に、全てを理解し終えている。
そこから予想できるラーダの目的。考えられるのは一つしかない。
「まさか、ウィバーナを一人にさせるのが狙いでっ」
歯茎が見えそうな程に大声で怒鳴るルギリアス。
「次に会う時、異端の娘が生きているといいな」
その一言と笑みだけを残し、洗脳が解けたのか、レオンが気を失って倒れる。
「くっそ」
狂気的な笑みを前に、ルギリアスはすぐさまその場から走り出す。目指すは、刻限塔。
「おいっ、置いてくなよっ」
四足歩行でもしそうな勢いで飛び出し、あっという間に姿の見えなくなる姿に完全に置いて行かれたカイザン。
ルギリアスの考察が正しければ、今頃ウィバーナが本物のラーダと対峙している可能性がある。このままカイザンが追いかけても、獣種二人の戦闘の邪魔になる可能性が高い。とりあえず、ルギリアスに任せて大丈夫だろう。
となると、カイザンにできるのはこの現場の後処理ぐらい。
そう思って、広場中心の噴水前を見つめる。そこには、気を失って倒れたままのレオンが。
「.......洗脳、解けてるよね?」
某推理漫画から考えれば、眠ってからが本領発揮。安易に背中を向けてしまうのは危険なはず。
と思いつつも、このまま普通にしていても何も起こらないことは明白。何が起こるか分かっていながら後ろを向かないといけないという現実。
・・・........つらっ。
仕方がない。向くしかない。
すっと深呼吸をして、数秒間心構えを整えてからゆっけりと踵を返してみると、
「らあっっ!!」
「やっぱり、来るよな。獣種レオンっ」
振り向きをほぼ二回同時に行ったためにターン的な行動をしてみれば、護身用か何かの短剣を握りしめたレオンがよく分からない掛け声で襲いかかってきた。
・・・こうなることは想定済み。となったら、もちろん準備してるよなっ。
ターンの終わり際、カイザンが背中で隠していた右手を差し出す。淡い光を灯したそれは、既に条件を満たした状態にある。
だから、後はただ叫べばいいだけのこと。
「[データ改ざん]っ!!」
久しぶりに放ったにも関わらず、命中率は完璧に良好。光の着弾地点は飛び込んだレオンの着地地点とぴったり重なる場所。
この夜、ここで魔力を使ってしまったことに後悔を抱く件について、今のカイザンは知る由も無い。
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気絶したレオンになど目もくれず、ルギリアスは走り続ける。
「なんだっ!?」
強調五感が遠方で起こった爆発音を感知。それが何であるのか分からず、答えの返されない問いをこぼす。
不安が色を増し、加速するルギリアス。
広い大通り、狭い路地。あらゆるルートを駆使して、刻限塔の方向に向かう中、ウィバーナの気配がその真下で止まっていることに気付いた。
数十秒後、一つの路地に差し掛かり、急ブレーキをかける。
そこに、
「ウィバーっぐっ...」
ウィバーナの気配を感じた路地裏を見つけ、その名を叫ぼうとした時、隙間風のようにそこから出ていた風が猛威となって吹き荒れた。
圧倒的な威圧に似た重圧。横から圧され、足先がどんどんと後ろへと下がっていき、地面と面しているはずの足裏が簡単に剥がされて、踏ん張りの効かない状況となって後方の壁面へと吹き飛ばされた。
凄まじい衝撃のまま叩き付けられ、苦痛を声にならない叫びで発する。
壁から落とされて膝を着き、最悪の展開を予想してしまう。
それであって欲しくないと願うのに、本能は何もかもが手遅れであると通告する。
今、目の前の路地裏で気絶から目覚めた少女は、種の門を開放してしまったのだと。
カイザン&アミネス パターン六
「カイザンさん、聞きましたよ」
「俺の輝かしい領主生活についてか?」
「違いますけど。...聞いた話によると、カイザンさん、例の死神種と対峙した時、自分も戦闘体制に入ったらしいですね。まだ[スィンク]も使いこなせていないのに、浅はかとしか思えない行動ですね」
「いやいや、俺だってしっかり戦えるから。特に、今の時期ならな。それこそ、ランプの魔人並みの力はあるぜ。なんてたって、俺はウィル種ミスだからな」
「何を言っているのかよく分かりません」
「....さっきから辛辣さに欠ける言葉ばかりだな。どうした?具合でも悪いのか?」
「いえ。ただ、最近の私の出番が少なすぎる気がして」
「それは、深刻な問題だな。確かに、ここんところはウィバーナが活躍しっぱなしだったし。そろそろ、アミネスが大活躍するような場面があってもいいはずだよな」
「主人公のカイザンさんがそう言うのなら、きっとそうなるんでしょうね」
「あれ、もしかして俺、使われた?」
「......」
「では。次回、最暇の第十七話「獅子の獣乱」.....まあ、ウィーちゃんの大活躍は、親友の私としてはとても嬉しかったんですよ」
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