第五話「旅の始まりは獣耳で」

「見えてきましたね」


 下を向き、黙々と歩いていたカイザン。

 隣で並走するアミネスの声に反応して首を上げれば、今いる高所から巨大な壁に囲まれた領地の一望が覗けた。


 特殊能力[強調五感]を持つ獣種が制する領地、東大陸所属の獣領だ。


 一般的な面積に見えて、領の外へと広がる畑地帯を含めた総面積があの領地の全て。

 普通の領地と違った点では、やはり巨壁の他ない。


 アミネス曰く、過去に悪魔種との戦争が起きたようで、その際に作り上げたとか。所謂、城塞ってやつだろうか。


 前にエイメルから聞いた話によると、種族戦争は起こること自体珍しいことだが、悪魔種の侵略は例外らしい。

 女神領が何年も費やして領地を山々に囲ませ、それを含めて絶対領域としたのも、悪魔種のことを考えてとエイメルは言っていた。

 しかし、一方で獣領の巨壁は高過ぎて、獣種でも全力を出してすら越えられない者がほとんどというのが現実。


 全種族の共通認識は、悪魔種が絶対的な悪であること。貪欲の象徴と戒められる存在。

 獣・女神領の他、全領地でも彼らに対するそう言った取り組みが行われたために、悪魔種に並ぶ高位種族の天使種が撃退を名乗り上げ、見事に領地を陥落させることに成功するも、多くの犠牲者に加えて、生き残りの復讐に遭ったりもし、逆に領地を奪われたなんて話もある。


 悪魔種、特殊能力[変幻自在]。自分が想像する同性の姿に変身することが可能。ただし、想像で変身できるのは、実在しない人物。しかし、自分が直接傷付けた相手ならば、その者の能力すらも受け継いで完全同一化、自分が傷を負うまでは変身は自らで以外は解けないという。


・・・普通な感想として、会いたくないね。うん。...あっ、最強種族としてはどんと来いって言うか、普通に余裕ってかさ。うん、そう。なんだよ。


 巨壁に関しての詳細は後にするとして、獣領は綺麗な円形をしていて、それを中心とした同心円状に畑地帯が広がっている。

 近くには川も流れているようだ。


 ちなみに、この世界には海という概念が存在していない。

 全ての領地がそれぞれの方角にある四大陸に散らばっており、それを囲む水を永水と呼んでいる。


 これに関しても、調査に向かった大陸の代表者たちが永水を渡ったきり、数十年の歳月が経った今尚戻ってきてはないとか。...怪談ではありません。



 そんな話はさておき、見える領地に感慨を抱く少年は小さく、ほんの少し不満げに呟く。


「思いの外、近いもんだな。地図ではもっと遠いと思ってたけど。あっさり着けちゃったよ。旅感に欠けるな」


・・・女神領の決闘でミルヴァーニを転移要員に任命した訳だけど、いきなり使うのも面白くないと思って歩いた現状。


 旅に出発してから数時間も立っていない頃、旅先の領地がもう見えてしまっている。正しくは、そこまで近くから見ているのではなく、高くから見下ろしている状況。

 カイザンたちの居る高所とは、女神領付近の山々の一つ。坂道の外れ、崖からただ見下ろしているようなもの。後はゆるやかな坂道を下り、少し歩くだけで着きそうだ。

 嬉しさの反面、高校入学のようなちょっとした緊張もある。


 そう言った感覚をアミネスにも一緒に感じて欲しいと思うが、


「数年前の事です。四大災害の一つである黒龍がここらで厄災を振り撒いたために、地形変動が起こったんですよ。ですから、その地図はあまり正確ではないんですよ」


 先程こぼしたちょっとしたQに、Aを真っ当に返すのみ。


・・・もっと、感情豊かに話を発展してもらいたいね。全肯定は諦めたからいいよ、もはや否定された方が話が長続きしてるしさ。....なんだ、この関係。


 気になる単語がいくつも登場していたり、関係に対する不満改善なんてのは、後でどうにかすればいいこと。覚えていれば。

 今はそれよりも、はやる鼓動と歓喜の祝福を抑えきれずにはいられない。

 だって、ここに、この領に来た理由は、その種族は。


「獣種だぁーーーっ!!」


 何の前触れも溜めもなくカイザンが叫んだ。

 前触れがなかったために空気も吸わなかったので、そんなに長くは息が続かなかった。


 カイザンたちが一番最初に選んだ領地(アミネスの意見は一切反映されず)は、獣種の棲まう獣領。領地史上、最も先に向かうべき領地だとカイザンが強く推したため。それ以外に向かう領地なんてないと。....いや、妖精種があったか。

 とにかく、叫ぶのも当然。

 となると、アミネスの反応も当然。


「急に何ですか?そんな大声で隣から叫ばれたら驚くんですけど。考えてください、領主なら。今のは帝王の行いですよ」

「んぁ、ごめん。....そんなに驚いてなくない?」


 内容とは真逆に冷静なツッコミを入れるアミネス。内容だけは勢いが凄いのに。

 一般的な「わぁっ」とか、期待しちゃう「きゃっ」とかの音は全く出なかったし。

 アミネスは時に辛辣とはいえ、感情がない訳ではない。たまに笑顔は見せるし、嫌な顔だってカイザンに対しては表に出す。

 と言うことはおそらく、お得意の心を読みぃの、からの回避。何の素振りも見せずに。

 逆にそれらの要素を総じてのが、アミネスの魅力ヒロイン力なのかもと思い始めている今日この頃。


「驚かないのも当然ですよ。カイザンさん、さっきまでずっと叫ぶ気満々でしたもん。言葉にはしてませんでしたけど」

「心を読んでましたって認めた方が早いだろ、それ」


・・・もう、なんかこの感じ落ち着くわ、逆に。


 こう思ったのは、何も今日だけの事ではない。

 前にも一度、それについて言いたいことがあった。


「なあ、アミネス。前に俺が何か言おうとしたところで、運悪くお前の声と被ったことあっただろ?」

「あった、のでしょう。か?」

「まあ、あったんだよ。あん時に提案しようと思ってたんだよ、俺らの関係性の改善を」


 場面は、ミルヴァーニとの対面前の事。ハイゼルが転移魔法で迎えに行った後だ。

 あの時は久しぶりの状況に翻弄されてアミネスに発言権を譲ったから、言いたいことが言えなかった。

 今回こそは言いたい。旅が始まった今だから。


「主従を逆にするんですか?」

「俺に何の利益があるんだよ」


 そう、これがきっとアミネスの魅力ヒロイン力と自分へ必死に暗示する。してなきゃやってられない。

 ...その結果、こう思うのだ。


「俺たち、旅のパートナーにならないか?」


 もともとよく分からない関係だった二人。

 旅が始まる。これを機に終止符を打ち、新たな関係性を創り上げることが必要だと女神領で考えていた。

 多分、アミネスなら受け入れてくれると思う。何となく、そんな確証があった。

 カイザンの提案に、アミネスは一瞬だけ何かを思い出したように目を見開く。それからすぐに我へと返って、首を傾げる。


「ぱーとなー。って、どういう意味ですか?」


 魔法や特殊能力と違い、英語を通常会話として使うと何故だか言いにくそうになる異世界の人たち。

 確か、アミネスの、創造種の特殊能力は[万物創成クリエイト]、パートナーくらい言えるだろうに。

 異世界七不思議に認定だ。


「発音は、パートナー。意味は...そうだな。簡単に言うと、相棒だな」

「相棒.....へぇー、良いかもしれませんね。その、ぱーとなー」


 どうやら気に入ったご様子。または、今までの待遇が嫌だったか。前者と信じたい。

 発音の方は厳しいようだけど。頑張れ、マイ・パートナー。


「言いにくいなら、惜しいけども相棒とかでもいいんだぜ。肩書きだけ変えれば...」

「いえ、私たちは、ぱーとなーです」


 若干食い気味の了解。言えてないけど。


・・・まあ、アミネスがそれでいいと言うのなら。


 秘書またはお手伝いさん。改めて、パートナー。または、ぱーとなー。


 これで、やっと最暇の旅が本格的に始められる。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「にしても、でっけぇーーーーもんだな」


 あれから数十分で高所から降りたカイザンたちは、遠目に見ていた獣領のすぐ近くにまで来ていた。

 畑地帯に入る前、既に感じられる巨壁の威圧さに圧倒されて足を止めている。

高さはゆうに約百メートルを超えている。カイザンの空間把握能力の無さは対ミルヴァーニ戦で明らかになっていることから、約八十メートルといったところか。

 最初はこの壁について聞いた時、とても暗い場所だと思っていた。二つの意味で。

 しかし、この世界には太陽のような光源が二つあるため、影に関してはあまり気にする必要がないのだ。壁に囲まれるのだって、性格が暗いからではない。


「カイザンさん、足止めてないで急いでくださいよ。日が落ちるまでに済ませたいことが山ほどあるんですから」


 前方から叱り付ける声が。神の声ではない。

 巨壁に見惚れて人気漫画を思い出すカイザンを置いて、一人先へと進んで言ったマイ・パートナーからだ。


・・・山ほどの予定って、女神領にガイドブックでも出回ってんのか?


「せっかくの旅なんだから、そう、かっかすんなって。ゆっくり行こうぜ。俺は別に、野宿でも構わないと思ってるし」

「私は嫌ですよ。外で寝たいなら、お気の済むままお一人でどうぞ。スリにあっても知りませんから。私はカイザンさんの持っているお金の分まで、高級な所に泊まりますね」

「まず、お前からスリされてんじゃん、俺」


 対等な関係が聞いて呆れる。

 毒舌の切れ味は治まるどころか、増すばかり。舌にやすりでも仕込んでいるのだろか?


・・・さっきのパートナー宣言はどこに行ったんだよ。というか、対等の意味分かってます?俺のパートナー関係を。


「提言します。私基準のぱーとなー関係ですから」

「訂正する。俺基準でのパートナー関係だよ」


 関係性を変えた意味はあったのか?と、過去の自分を早くも全否定するカイザン。

 よく考えたら、表面上での関係性変更では、根本は変わらない。中身に変化がなければ、意味はない。


 このパートナー構造の盲点と言える点を考え、自分にため息を吐くカイザン。気付くと、前にいた筈のアミネスに追い付いていた。待っていてくれたのだろうか?

 いや、待っていたことに変わりはないが優しいからとかじゃないと思う。


「予定の件。逆にお聞きしますけど、カイザンさんにはご予定やご計画がお有りで?...ないですよね、カイザンさんですし」

「決め付けから入るなよ。...そりゃ、もちろん、無計画だけど。俺ですしー」


・・・だって、女神領にあった本とか、文字読めねぇし。俺、純粋な日本人だし.....あっ。


 テキトーに言い訳を探したから、文字の一件をあまり考えずに言ってしまった。

 こんなこと言ったら、なら文字覚えろよと夜な夜な勉強させられてしまう。嫌だ、俺は暇潰しがしたいんだ。と暗闇に嘆く毎日に。


 アミネスの返答がどうなるのか。


「....でしたら、コロッセオという闘技場でボコボコにされてみてはどうですか?」


・・・やったー、文字についてなかっ....。


 聞き捨てならない提案をスルーした気がする。

 よく聞こえなかったから、もう一度。


「...もう一回、どうぞ」

「でしたら、コロッセオという闘技場でボコボコにされてみてはどうですか?」

「うん、まず、それについて、お兄さんに利益というものを教えてもらおうか」


 いつもの声音でしれっと旅のご予定を入れてきた。

 普段通り過ぎて内容に耳が行かなかったくらいに。


・・・まったく、恐ろしいパートナーだよ。


 提案内容の第一印象では当然ながら不利益しか感じない。無論、利益があったとしてもやらないが。

 天下の最強種族がボコボコにされていい訳がないのだよ諸君。


「つーか、獣種ってのは身体能力が凄いんだろう、王道的展開的に。かすり傷で済むのか?」

「それはもちろんのこと、アザ以上に何本か折れますね」

「知ってて提案したのかよ」


・・・嫌だよ、何本もパッキリいかれるのなんて。パキパキ良い音鳴るくらいだったら、ASMRに録音して。


 自分を抱きしめて身を守るカイザン。アミネスって意外と狂気的なのかもしれない。

 そんな疑問を肯定してしまうのが、アミネスの悪戯で意地悪なところ。


「パッキリというか、下手すれば、ぽっくりいきますね」

「それ、死んでない?」


 言った後、堪えきれずに微笑のこぼれるアミネス。

 ....これだから、本気で憎めないんだよ。

 と思ってもすぐに。


「というか、あれだけ旅に出たがっていたというのにですよ。どうして予定を立ててないんですかね、失望とかの諸々を隠せません。隠す気もありません」

「オブラートの包み方教えてあげようか?......っていうか、予定ってそもそも何だよ。観光地巡りでもするってのか?.....それよりか、不利益がボコボコポッキリぽっくりの利益についてを話したまえよ」


 何度も言うけど、利益があったとて実行はしない。....聞くには聞くけど。

 実のところ、コロッセオだけには興味がある。闘技場なんて言われたら尚更のこと。

 表面では隠しつつ、心の中では犬のように尻尾をフリフリするカイザンに、アミネスが「では、お聞きしたいことがあります」と続けた。


「次の質問には、カイザンさんの主観ではなく、客観的な立場からお答え下さいね」

「国語かよ」


 途中で客観的な感想を述べたら、口答えした奴に向ける瞳で見られたから黙ることにした。

 それを見届けると、満足気に話を進める。

 一応補足すると、さっきから歩きながらの会話です。


「今や、女神領の新領主、異名すら持たなかった新たなる最強種族の出現は、各領地にとって恐怖の象徴となろうとしています。というか、もうなってるかもですね。...そんな中、自分たちの領に突然カイザンさんがヒョンと現れたらどう思うでしょうか?...さあっ、諸悪の根源たる帝王のカイザーさん、お答え下さい」


 ぱーとなー地位を活かし、少し高圧的な態度で質問を投げかけてくる。終始、笑顔を崩さず。

 一ヶ月前のカイザンでは、一言一言に物怖じしてしまいそうな。年下の少女にですよ。

 アミネスの言う諸悪の根源は正にその通り。ここ最近で東大陸の領地が慌ただしかったというのは、女神領領主として嫌でも情報が耳に入ったから覚えている。誰のせいかって、言うまでもない。

 そこを口撃されたら、カイザンは一発で意気消沈する。


「それはその.....万全なる警戒態勢だろうな。疑わしきは罰せよ、ってか?」


 こんなこと、アミネスに言われるまで思いもしなかった。

 改めて、悪い意味で最強種族、帝王という者の存在について考えてみる。'疑わしきは罰せよ'。皆、自種を守るためにそういう判断を取らざるをえないことだって十分可能性の範囲内。

 自分は爆弾なのだと。そう理解した。


「まあ、そこまではいかないにしても、警戒態勢はかなりのものです。...実は、獣領にはあの巨壁の下、このまま進んだ先に関門があって、そこを通るには紋章を見せる必要があります」


 自分を見つめ直して早数秒、いきなりの第一関門に遭遇してしまうらしい。


 全種族に共通している数少ない点の一つ、自種の象徴である紋章の存在。

 生まれた瞬間から首元に、その種を表す唯一無二の同族共通の紋章が刻まれる。

 つまり、それを見せるということは、自分の種族を明かすということ。

 問題は紋章の件だけではない。

 決闘以外で強気になることを忘れてしまったカイザンには、関所で問い詰められたりすれば押され負けして真実を述べてしまうかもしれないのだ。

 ワケありの者にとっては、どれだけ真実を偽れるかだと言うのに。

 現在、アミネスの頭の中ではこのように考えられている。既にカイザンは失敗を引き起こす要因とされているようで。


「幸い、私の創造種は絶滅危惧種で、紋章どころか、その存在を知ってる人すら少ないですし、カイザンさんのウィル種は既に絶滅。紋章に関しては気付かれないと思っていましたが、もしもがあります。なので、情報収集を行いましょう」


・・・何この子、凄い頼りになるぅー。


 坦々とした口調で進めていくアミネスに、謎の安定感、いや、安心感を深く感じる。

 実際、個人的には紋章に関しても安心感は抱いてもいいはずだ。ミルヴァーニが知らなかったことがいい例のように、カイザンの噂は謎の種族となって広まっているため、ウィル種であるとは広まっていないのだから。

 でも、アミネスがそう言うのなら、情報収集は他にも何かしらの理由があるのだろう。


「ちなみに、情報収集ってのは、第一村人発見みたく?」

「何を言っているか分かりませんが、たぶん違うんじゃないですか」


・・・絶対、よく考えずに結論決めただろ。パートナーだろ、俺らは。


 隣から読める心の声に面倒そうな顔をしつつ、アミネスはしっかりぱーとなーとして役目を。


「この畑地帯は既に獣領の一端に入ります。ですので、ここで歩く人に話を聞いてみましょうという感じです」

「なるほどなー、あながち俺のは外れてない訳だ。となると、役割分担が必要だな。アミネスは、質問役・聞き手・メモ係。俺は.....たまたま残ったタイム・キーパーで」

「存在価値あります?......私一人で十分ですから」


 修学旅行のインタビュー要員をテキトーに並べたら運良くカイザンに簡単な役が回ってきた。それが災いしてか、役から外された。


・・・ちっ、タイム・キーパーを侮りやがって。修学旅行のインタビューや生徒会役員選挙なんかじゃ重要要員だぞ。....まあ、任せるけども。


 心では反抗しながら、体では二歩ほど後ろに下がってアミネスに最強種族として労働を命ずる。いや、聞き込みに関する全権を委ねる。パートナーっぽくね。

 そうして二歩前を歩くアミネスは早速第一村人を発見して声をかけている。

 パッと見は五十代後半、無精髭ではあるが優しい面持ちのお爺さん。軽そうなくわを肩に載せ、骨の形が浮き出る程に細い体をしている。

 首に刻まれている紋章は、本に書かれていた獣種のそれと確かに合致する。のだが、本当に獣種なのかと疑ってしまう。

 筋肉質とも中肉中背とも違う。いくら老いてるとはいえ、獣種の力強さってのに欠けている。

 ....一つ言えるのは、このお爺さんには犬の耳と尻尾が生えているということ。


「こりゃあ、獣種だな」

「紋章があるじゃないですか。邪魔しないでください。うるさいです、下がってください」


 一人、勝手に納得しているカイザンを空いた手で「しっしっ」と追い払う。すっと食い下がってフレームアウト。してのにずっと邪魔そうな視線。


・・・これ以上に下がれっての?


 不満そうなぱーとなーを横目に、目の前のお爺さんに聞き込みを開始するアミネス。簡単に了承は得たようだ。


「お嬢ちゃんは可愛いから、何でも聞いてくれて構わないよ。がはははは」


 思わずカイザンは剣の柄を握る。

 それをアミネスは制止させない。何だか怖くなったので、ゆっくり手を離す。


「すみません、獣種について詳しく教えて欲しいんです。私の居た領地では、獣領についての情報があまり手に入らなくて」


・・・エイメルの大図書館にはめちゃ本あったけど、あん中にないってあり得るのか?......あっ、まさか領内機密的なアレかっ!!


 と期待するカイザン。そんなものを話す訳が無いだろうとの考えには至らない。


 アミネスは優秀だから嘆息しつつお爺さんの話に耳を傾ける。


「まあ、それはしかたのないことじゃな。ワシら獣種はほとんどの種族から下等と見下される。それは、ワシらのような者がいるからじゃ。...獣種にはな、三形態ほどの分かれがあるんじゃよ」


 通常型[アニマル](獣種ではあるものの、身体能力は平均を軽く下回り、獣としての要素がとても薄い。獣種のウィルス内に在る遺伝子が弱いのだとされ、領内では獣種の劣等種族と、まるで別種族のような扱いを受けている。他、身体獣化が行えない。領を囲む城壁の外で家畜や稲作を行うことが義務付けされている。全獣種の人口の内、約十パーセント程の数)


 獣身型[ビースト](獣種としての身体能力に非常に優れ、獣耳や尻尾といった獣要素が発達しており、五感の一つとして使用可能。それにより、特殊能力[強調五感]が、アニマルよりも多様性に特化。また、身体獣化による筋力強化を魔力の消費で行うことが可能。ビーストの全てに、領内でのあらゆる権利の保証と義務の確立がされている。全獣種の内、約九十パーセントがビーストである。一部のビーストには、ごく稀にウィルスの特殊性で異能を持つ者も現れるとか)


 獣神型[シリウス](外見のかなりが獣要素に濃く、常時身体獣化状態に近い圧倒的個体。ビーストの身体能力を遥かに凌駕し、五千年前の種族戦争では高位種族とも互角に戦えていたとか。全獣種の内、約一パーセント未満に含まれる)


 と長々と説明をしてくれた。メモの時間を一切与えぬ上舌で。


「ワシが知っているのはこれくらいじゃ、アニマルの中でも情報に長けている方じゃから、信用してくれて構わんよ」


・・・まあ、長かったしな。


 そう心では思いつつも、年相応と言える優しい笑みをこぼすこのお爺さんには同情の念しか湧かない。

 お爺さんの言うことが本当だとしたら、この笑みの奥では同族からの差別に苦しむ姿もあるのだろう。

 何だか、胸がキュッとなった。ドキッとかじゃなく。さっき剣を抜こうとしたことをどうやってなかったことにしようかと悩む。このまま胸の内に留めていようと思った。

 そのカイザンの慌てようをお爺さんは気にせずに、


「他に、何か聞きたい事はあるかの?」

「いえ、これだけで十分です。お忙しい中、本当にありがとうございました。お仕事頑張ってくださいね」


 輝く笑顔でお爺さんに感謝の言葉を述べるアミネス。

 遠目からだが、カイザンにも横顔の一部と優しい言葉遣いは届いた。

 二つの理由でじーんとくる。


・・・えっ、何それ。そんなの言われたこと無いんだけど。えっ、猛烈に剣抜きたくなってきた。


 アミネスからそれを言われてたい気持ちが溢れ出したが、おそらく、絶対に無理だ。女神領でなら死ぬまでに一度くらいはされたかもしれないが、パートナー関係成立で叶わぬ夢に。


 そんなこんなで、最終的にお爺さんへの嫉妬心だけを残し、聞き込みはアミネスが満足したようで早くも終了した。


「なあ、関所の話とあの質問、何の関係があったんだ?」

「前から知っていたことに含め、確認したかっただけです。さっきの質問のおかげで、獣領内に明確な差別があることが判明しました。それだけでも十分なんですよ」

「へぇーーー」


・・・いや、関係は?


 アミネスはただ、会話のラリーを少なくしたかっただけなのだろうと後になってから気付いた。


「そうだ、獣種ってのは身体能力が凄いってのはたくさん聞いたけど、魔法の方はどうなんだ?」


 獣種の特殊能力[強調五感]は、身体の一部に魔力を集中させることで五感の一部を強制強化させるもの。女神種と比べれば、魔法という概念とは一線を隔すように感じる。


 こんなこと、女神領の本になら普通に書いてあるけど。

 ここいらでアミネスも「文字覚えてくださいよ」と言って、しっかりため息を吐く。


「...獣種は創造種と同じように、ウィルスの形質的に魔力に色を与える行為がとても苦手なんです」

「えっ、お前も魔法使えないの?....じゃあ、創造種はお絵描きして実体化させるだけか」

「....ぱーとなーとして、カイザンさんにタライを落としたくなりました」

「どこにパートナーが関係してるの?」


 さっきとは違った笑顔で創造機器を取り出すアミネス。創造種の[万物創成クリエイト]は生き物以外は相応する魔力量さえあれば何でも造れてしまうのだから怖い。

 アミネスは完全に、ぱーとなー関係を乱用している気がする。...いや、してるね。


・・・話を逸らそう。


「さっきの爺さんの話は、どこまで知ってたんだ?」


 新たな質問をしながら、両手でどうどうと落ち着かせる。アミネスは不満げに創造機器をしまった。

 本を読めないカイザンとは違い、アミネスは読めるし、元々の知識も深い。ある程度は知っていたはずだ。

 カイザンの問いに、アミネスは二択に迷った末に、正確には答えないようにした。


「獣種の三形態についてはあまり詳しくありませんでしたが、シリウスと呼ばれる方々が既に存在していないというのは聞いたことがあります。....例の、悪魔種との戦争で。現状で獣領を守護するのは、ビーストの精鋭五人による守衛団[五神最将]です」

「さっきの爺さんもそうだけど、情報は小分けにしてもらいたいな。一気に言われると覚えられないタイプだから、俺」


 正直、三形態の呼び方すらもう覚えてない。


・・・なんだっけ、ロシアの牛肉料理みたいな名前の形態。ビーフスト....、ビーストか。他は忘れた。


 いろいろと抜けて、ここぞという場面以外は他力本願の最強種族だから仕方ないよ。と自分に言いきかせる。


・・・にしても、爺さんを最初に見たときは絶望したもんだが、この先に居るのは、所謂ビーストと呼ばれる獣人たち。....つまりは、会える訳だ。


 旅の初めに獣領を目指した理由はこれに限る。


「やっぱり、旅の始まりは獣耳からだよな」


  転生早々に女神と会えた事が一番素晴らしく、最も厄介な場面であるが、何よりも求めているのは獣耳に他ならない。


せっかく異世界に来たのだから。


待ち受ける個人的幸せを前に女神領での事を振り返るカイザン。長かったある意味での苦難からやっと解放された心地良さ。


頭での回想が数分前にまで来たところで、ふと思い出した。


「あれ、闘技場の利益って、教えてもらったっけ?」


 本日二度目、アミネスが会話のラリーをどれだけ短縮したかったかを思い知った。



次回予告雑談


カイザン&アミネス パターン1


「なあ、ボコボコの利益ってのは....」

「カイザンさん、前に調理実習がどうとか言ってましたけど、...料理なんて器用なこと、できるんですか?」

「失礼な。俺にだって料理の一つや二つ...」

「例えば?」

「...野菜炒めとかだな。三種程度の野菜を炒めて、はい完成ですって感じ」

「野菜を傷める?傷んだ野菜の何が美味しいって言うんですか?」

「な訳ねぇだろ。火を通すってことだよ」

「へぇー、スゴく簡単な調理方法ですね」

「自分で聞いたくせに興味無さげだな。....あれ、俺って何聞こうとしてたんだっけ?」



「では。次回、「最強種族は暇潰しを求める!!」略して、「最暇」第六話「闘技場にて」....ということは、ボコボコの準備ができたんですかね?」

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