第十四話「多重血の少女」
…「僕の推論も含めて話をまとめると。僕の領民が何者かに洗脳されて、カイザンくんらを襲撃。実のところの狙いはそれを助けるウィバーナで、何らかの理由で守衛団を中心から崩そうとしたって感じなんだろうね」
王城に連れて行かれたカイザンは、ルギリアスとともにリュファイスの待つ本会議室に。アミネスはと言うと、ウィバーナを別棟の五神最将本部に置かれた治療室に運んで行ったようだ。ウィバーナのことは任せて大丈夫だろうと思う。
アミネスは当分ここに来ることはない。となれば、何があったかの説明は全てカイザンに託される訳だ。
....個人的に思ったことも含め、できる限りわかりやすいように努力した。
リュファイスの言う、レンディ本来の目的。
領民すらも洗脳したのは、変な動きをさせないためと、考えを浅はかにさせるためもの。レンディはわざわざ演説のように領民たちへと五神最将の不審な行動の数々を話した。現実には、どれも正当な理由を持った守衛としての行動に他ならないものでありながら。
それに、ウィバーナに対して投げかけた言葉も、精神的に壊す意図が深い。
リュファイスの見解通り、洗脳者の目的は守衛への信頼を無くし、機能そのものを崩すためだったのだろう。
そんな事をする理由。いや、それを狙う者たちには、現状で確かな心当たりがあった。
「結論から言って、例の一件と考えて間違いないだろうね」
例の一件とはつまり、獣領に迫る暗影、光衛団に他ならない。
リュファイスの説明から簡単に倒せるなんて考えはもはや無かったが、領民を使ってくるなんてのは想定外にも程がある。いつ、また襲われるのか。そう考えてしまうのは必然的なこと。
・・・だからって、怯えてるだけってのもおかしな話だよな。今ある情報から少しでも対策を立てる必要があるか。
「その、洗脳魔法ってとこから相手の種族を特定したりとかできんのか?」
洗脳魔法はファンタジー異世界でもそうそう見ない部類故にあまり詳しくないが、領全体に張る行為は規格外だって言うのは理解できる。
となれば、その能力に優れてた種族を探せばいいだけのこと。
同じく魔法に詳しくない獣種とはいえ、書庫とかで....。
「君はさっき、全員の意識が繋がっているようだったと言っていたね。それはつまり、一人の人物から同時に洗脳がされているということなんだ」
一般教養の範囲内とでも言いたげのスラスラと述べていくリュファイス。
顔も能力も秀才ぶりを発揮する獣領領主に対し、女神領領主が抱くのは嫉妬のみ。今はアミネスが居ないからそういう視線を向けれる大チャンス(ただの八つ当たり)。
「君の言う通り、割り出すのは簡単なことだよ。心繰系統の魔法は特に制御が難しいと聞くからね」
洗脳者の件については特定を待つとして、まだ考えるべき点が山ほどある。
一つ目は、今回の宿前戦線の間接的な主導者レンディに関して。
洗脳魔法を発動するには、標的に対していずれかのことをしなければならない。
洗脳者はまず、表層の洗脳で領民たちに考えを浅はかとする群集心理と同調圧力を強要し、レンディを利用してウィバーナを中心として守衛団全体を悪として内容を語ったことで、[五神最将]に疑問を待たせる。
それこそが、洗脳を浸透させる条件の一つなのだ。
となれば、表層の洗脳ではなく、操られていた程に深く洗脳されていたトリマキやレンディたちは、直接的に何かをされたことになる。
「あいつらは、洗脳者と会ってる」
初対面と会う時は普通、首の紋章を見るのが当たり前の行為。つまりは、彼らから情報を聞き出せば早い話なのだが。
トリマキらは今、骨や臓器をめちゃめちゃにされたま気絶状態。レンディ曰く、再生力は意識が平常である状態で任意で行われる魔力運動故に、本格的な治療はまだまだ不可能なのだ。
「という訳だから、ルギリアス、もう調べたんだろ?」
「もちろんです」
リュファイスからの突然の投げかけに、ルギリアスは即答した。
なにが?と思うカイザンの反応に気付いてか、彼は結論からそれを話す。
「彼らは洗脳者と会っていないでしょう」
「えっ」
驚きの発言に、カイザンもまた即答のえっ。
畳み掛ける細かい説明の連続。
「洗脳者はレンディと領外で会っていたようです。そこで洗脳にかかった模様。そこからレンディを使って動いていたようですね。洗脳の発動距離の問題で、領内に姿を現していただけかと」
さっきの揉め事から三時間しか経っていない中で情報を集めたルギリアス。
・・・優秀過ぎてムカつく。
素直な感情を口にするカイザンの心を、表情からそれとなく読み取ったリュファイスが、追い詰めるべく優秀さを引っ張り出す。
「って事は、君はもう調べたんだね」
同じ内容を聞くような質問に、ルギリアスは先程までの答えの補足を入れる。
「レンディは一週間前から今の守衛組織に不満のある者を集めていたようです。しかし、どれも数を埋める程度の役目。どれも獣種としての実力は低く、ウィバーナには指一本触れることもでき........た者が居るらしいですね。それも足に抱き着いて」
徐々に低くなっていく声音は、トリマキへの強い怒り。今にでも治療室へと殴り込みにでも行きそうな程の。
ミルヴァーニにウィバーナ大好きvarを見つけた。それよりも、
・・・えっ、俺の知らない間に一日くらい経過した?
あまりの情報量に自分の時間感覚を疑う。
優秀な者には難があるものだと異世界ここに来て何度も思う。
本当によく分からない人ばかり。加えて、ルギリアスの説明でもっと分からないことも増えた。
「ますます分からないじゃねぇか」
洗脳者はもともとウィバーナがレンディを殺すことを予測していたとしか思えない。実際はルギリアスがやったことだが、ただ一人自分自らが会った人物だけが
それなら、レンディが見せていたあの怒りはそうだったのか。.....思えば、レンディには不可解な行動が多かっような。
これが一つ目の考えるべきこと。
もう一つは、光衛団について。
「なあ、そろそろ聞きたいことがあんだけど」
怒るルギリアスとそれを宥めるリュファイスの注目を集めると、カイザンは今更ながら問う。
「その光衛団って奴らが獣領を狙う理由は何だ?俺の故郷からすれば、そうする理由は植民地や奴隷。でも、西を支配してる奴らがわざわざ東に来るのはおかしいだろ」
「依頼だよ」
この領の人はみんな即答ばかりだ。
意味を考えれば恐怖するその答えを、リュファイスは冷静に語った。
「何者かが、獣領を潰して欲しいと光衛団に依頼したんだよ」
・・・潰す....一体、誰がどんな目的で。
湧き上がる恐怖と重なる疑問。
洗脳魔法という脅威が増えたことでもかなり危うい状態というのに、まだまだ敵は居る的な展開。
・・・いよいよマズイ展開じゃねぇか。
レンディ戦でよく分かったことではあるが、カイザンはほぼ役立たずな存在。敵が強ければ強い程意味を成す特殊能力を、強い相手に対して放つ元々の技量がないからだ。
さすがに自覚してしまっている以上、他力本願をカイザン作戦の主眼とする他ない。
「まあ、この領の全勢力でかかればきっと大丈夫さ。悪事を企む者たちを後悔させてやればいいだけのこと。君の言う事が正しければ、敵は一人で来てくれるんだろう?」
「いや、それが分かんなくなったんだろ。また洗脳魔法を使われたら領民が敵になる訳なんだぞ」
最悪、洗脳者が誰も経由せずにそれを行えば、何の障害も気にせずに全領民を味方として操ることも可能かもしれない。不明要素が多いと、そんな予想すらあり得てくる。そこで、再びの疑問点。
「あれ、そういや。俺らはどうして洗脳魔法の影響を一切受けなかったんだ?」
カイザンやアミネスはもちろん、宿の主や王城に居たであろうリュファイスたちにも影響がなかったことはおかしな点だ。
「それはだね。洗脳魔法[ブレイン・コントロール]は、特定の条件下でのみの発動だから、きっと僕たちはそれに含まれなかったってだけだと思うよ」
・・・運が良かった、ってだけなのか。でも、たまたま過ぎるっていうか、都合が良過ぎないか。
本来ならもっと突き詰めるべき点だが、今はやめておいた方がいい。ここではあまり重要でない点なのだから、変に難しくさせるのはいいこととは思えない。
ここは普通に納得した感じにしておこう。
「へぇー。ってか、そんなカッコいい感じの技名なん..........アビリティ....レント」
ふと思い出した英単語。という訳ではない。
これは、あの時、ウィバーナがトリマキたちを相手にしていた時、小さく鳴り響いた言葉だった。
小さく呟いただけのカイザン。獣種たる二人が拾えない音ではない。
「っ、カイザンくん、今なんて?」
「えっ、いや、そう言えばそんなのが聞こえたなっ思って。...よく考えたら、これが聞こえたからあいつらがおかしくなったな」
急に詰め寄ってくるリュファイスと、その奥で睨みつけるような視線を向けてくるルギリアスに圧されて、慌てて話す。
それが蓋を開けたように、あの時の描写が蘇ってきた。確か、ウィバーナが魔法を解放するまで一時劣勢になったのは、その言葉が聞こえて、トリマキたちが急に強くなってからのことだ。
それに何か心当たりががあるのか、しばらく考え込んだリュファイス。同じく結論に至ったルギリアスと目を合わせ、無言で頷くと、
「.....分かったよ、洗脳者の正体が。[アビリティ・レント]は、特殊能力[ボロゥ・マジック]の特殊錬技。つまりは、死神種ってことになる」
・・・死神種。...確かに、高位っぽい。
不鮮明だった敵種族が判明した。だけではない。リュファイスは、洗脳者の正体が分かったと言った。彼には死神種ということから、検討が付いているのだろう。
「.......それで、洗脳者ってのは」
「光衛団幹部[十字光の武衛団]No.サード 死神種ラーダ=デスイアル。[死屍累々の執行人]の異名を持つ者だ」
この世界に種族においての階級があるのなら、数字も階級の一つ。サードは三番目。相当な手練れであることは間違いない。
ひとまず、種族が判明したのだから、作戦の立て様はあるかもしれない。
「これからいつ戦いが始まるか分からない。休める時には休んでおいた方がいいから、会議はこれくらいにして、カイザンくんたちはゆっくり休んだ方がいいんじゃないか?」
「そうだな。でも、アミネスが戻ってくるまでは先に休めないし.........なあ、ウィバーナが多重血だった件についてどうして話してくれなかったんだよ」
リュファイスの優しい提案を軽く流して、自分だけ知らされていないイジワルな件について話を始める。
「それについては、本当にすまないね。多くの人は多重血を異端だと差別するから、話さないのが護衛を付けるのに何かと都合が良いと思ってのことだ」
リュファイスの言う差別。レンディはウィバーナが多重血と知ってから、罵倒を繰り返していた気がするし、小心者の共通認識的なものなのだろう。
「そういう理由なら仕方ないけど。で、獣種ともう半分は何なんだよ」
「それが僕たちも分からないんだ。彼女は捨て子でね、王城の庭で生後何日で母親に捨てられていたところを拾われ、ここで育てることにしたのさ」
ウィバーナの過去はどうやら相当深いもののようだ。
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その頃、[五神最将]本部の治療室にて。
気絶しただけのウィバーナと判断されたウィバーナは、ただベッドに寝かされていた。
しかし、アミネスには気がかりながことが。
レンディを倒すはずだったウィバーナは、突然何かに苦しみ、意識を失ったように見えたからだ。
親友として、あらゆる心配が尽きない状態にある。
「.......んぁ」
「あっ、起きたんだね、ウィーちゃん。良かった」
小さく声を漏らしてゆっくりと目を開けた姿に、心から安堵するアミネス。
目覚めたばかりでうまく状況を掴めずにいたが、徐々に意識が覚醒していき、全てを思い出した。
....そして、自分の無力さに気を落とし始めた。
「.....ごめん、わたし、守れなくて」
「えっ?」
いつもは前向きなことから考えるはずの彼女が、頭を下げた。それもそうだが、アミネスには謝られる事に全く見当がないのだ。
・・・どうして、謝るの?
思わずそう問おうとした。それを遮るかのように、続けざまに。
「ルギリアスが来てくれたんだよね。ほんとに無事で良かった。時間稼ぎにはにゃれたんだよね」
「....ウィーちゃん」
「わたし、許可されてにゃいのに魔法を使って、それにゃのに手も足も出にゃかった」
・・・でもその後に、ウィーちゃんは....。
そこで気付いた。ウィバーナには、レンディを圧倒していたあの時の記憶が無いことに。
第一章[獣領の騒乱]編 前部 完結
カイザン&リュファイス パターン2
「レンディが上から目線だった件について。死神種って、実際のところはどれくらい高位の種族な訳?」
「そうだね。種族は階級的に分けると、五段階はあるんだ。死神種は上から二番目の二界種族なんだよ」
「となると、一番上には女神種って感じか」
「もちろん、女神種は一界種族だよ。他には、天使種や悪魔種なんかが代表的なものさ」
「そういう面々が揃うって危ない匂いがするな。....低レベルな一番下はどんな?」
「そんなことを言われた後だと言いにくいけれど、君の相棒の創造種は五界種族だよ」
「えっ、そんなに下に見られてんの」
「伝説に記されているような創造を果たせた者は今のところはいないらしいし、数も減ってすっかりと絶滅危惧種。五界種族は非戦闘種族や知名度の低い絶滅危惧種が集まるところなのさ」
「なるほどな。......最強種族な俺ってやっぱり、一界とか余裕で越えて、零界とか言っちゃうのかな?」
「それは無理だね。そもそも、階級を定めたのは、全種族の創生神イデア様なんだから」
「また神話かよ。俺一つも知らないから、なるべく避けた会話を心掛けてくんない?」
「じゃあ、次回、最暇の第十五話「暗い夜のこと」....
の前に、前部で出てきた用語やらの解説が入るらしいよ」
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