第十一・五話「ふたつの意志」続き


 襲撃たる脅威を前に立ち向かうウィバーナ。


 一方で、宿に身を隠すカイザンたち。そのさらに後方、宿の奥で宿主が心配そうに見つめている。


 ・・・本当にごめんなさい。


 あまりの罪悪感でそれを声に出す勇気が出ない。


 ウィバーナの影に隠れていたはずのカイザンは、トリマキが飛び出したのとほぼ同時に宿へと一直線に逃げたのだ。

 そのため、今はアミネスと一緒に少しだけ開けた扉の隙間から外の様子を覗いている状況である。

 トリマキがもし裏口から侵入されては困るので、ときどき振り返ったりもしている。....その度に罪悪感を感じる理由は、この状況に対して。

 二人のさらに後方では、宿主が受付の奥の部屋から顔を出して、凄く遠くから心配そうに見つめている。獣領に来てから、何度あの顔を見たことか。逆に、あれ以外の顔を見ていないから、もうあれが真顔なのかとも思ってきた。


・・・本当にごめんなさい。


 そんな負の威圧を感じつつ、宿主には背を向けてウィバーナたちの戦闘に見入る。


「わたしにゃら、全部倒せる」


 正面にリーダー格を見据え、自身を鼓舞する暗示で闘志を見せつける。


「やってみろよ」


 挑発的、あるいは、高圧的に返された言葉など気にもせず、ウィバーナは先手とばかりに駆けた。


 種としての獣の本能が、彼らの異変さを知らせてくる。何者かの、別種族からの介入が確かにある。


 考えている暇は与えられず、すぐに状況が動く。

 進む先、レンディの前に次々とトリマキたちが立ちはだかり、余るトリマキたちが獲物を奪い合うように荒々しく、個別に次から次へと襲いかかってくる。


 近くから放たれた拳突いを軽く避けて、空いた腹に超威力の獣腕を躊躇いなく叩き込む。


 今、ウィバーナはクローを装備していない。

 獣種は本能に忠実な種族。戦闘となれば、自然的に獣化が行われてしまうことは多く、クローを装備することはそれを防ぐ役割も持つ。それに、あのクローの爪には刃がない。

 要は、手加減だったのだ。


 内臓を押し潰し、骨を砕く威力だ。

 しかし、彼らは平然として立ち上がる。確実に生命は削られていながらも、気にする素振りすらなくゾンビのような光景。

 奇妙な声で呻きを上げ、他は明らかに変貌した体格で獣領にない武術の構えに。


 一旦距離を空けたウィバーナ、その先に気配があり、音だけで攻撃を避け、続けざまにカウンターを。それも効かず、またその場から。

 まるで意識が繋がっているかのような連携、一人一人が他の者の動きを埋め、継続される止まらない攻撃が繰り返される。


 気付けば、彼らとの攻守は無意識の間に入れ替わっていた。

 何をしても防戦一方のまま、ウィバーナが見せる一瞬の隙も逃さず、その爪で、牙で、獣の攻が命を奪うために撃する。


 逃げ場が無くならないよう、傍観の領民たちを境にその外を場外とした広い戦場でなるべく一方向への動きをせずに縦横無尽に駆け抜け、華麗な身の捌きで全てを回避してみせるウィバーナだが、彼らも同様にそれを追いかけ、その結果、どれも完全とは言えないものとなっている。


 彼らの動きや一撃一撃の攻撃は、さっきとは比べ物にならない程に速く、とてつもなく重くなっている。

 回避と方向転換の寸前でそれが体に追いつき、皮膚上を掠って、脳の命令と動きの微妙な誤差が生じさせられてしまう。この状態が長く続けば、すぐに彼らの連携の猛威を受けることになる。多勢に無勢、今こそその言葉の脅威を思い知った。


 だからと言って、ここからただで反撃に転じるのもまた無理な話だ。

 それは、今の戦場での第三者から見ても、



「さすがにヤバいんじゃないか」


 隣に立つパートナーにそう問いかけるカイザン。


 彼の目には、ウィバーナの回避が一秒でも遅れれば.....という状況。実際、間に合わずに簡易的な防御で対応する姿もある。


 心配そうに見つめる瞳には、不安の色以外のものはもうない。

 それは声音からもまた察せること。


「ウィーちゃんなら大丈夫ですよ。私の親友を見くびらないでほしいですね」

「見くびっちゃいけないけどさー」


・・・追いこまれて、なくもないじゃん。


 アミネスの自信がどこから出ているのかカイザンには理解できない。単なる友情からのものとも思えない感情がこもっている。


 誰かの声が聞こえて、彼らの何かが本質的に変わってからの戦況の悪化は著しいものだ。

 数秒前までは避けの直後に放てていたカウンターも、今では行うことすら叶わず、ましてやダメージの一つも与えられていない。


「何を言おうと思ようと、カイザンさんには現状を変えることなんてできないじゃないですか。役立たずの帝王とはこの事です」


 ぱーとなーに現状よりも酷いことを言ってくるアミネス。

 本当のことを言うもんだから、言い返す材料がない。


・・・でも、俺にだってできることくらいあるだろ。


「俺の[スィンク]なら、関係のないところに放って牽制させることができるんでぜ。もしかしたら、ウィバーナの気も引いちゃうかもだけど」

「ダメダメじゃないですか」

「前にアミネスだって言ってただろ。適性のない魔法は制御がしにくいって。今だけだよ、今だけ」

「今の話をしているんですけど。.....結局、私たちにウィーちゃんを信じることしかできないんですよ」


 もともと、リュファイスからの依頼を受託する前からカイザンの身は危険なものだった。帝王は、恐怖の象徴、覚悟が無かったとは言えない。


 ウィバーナを信じたい。信じなければならない。


 彼女がトリマキたち、そして、レンディに負けてしまえば、ここでカイザンの旅は終わりだ。アミネスもただでは済まされない。


 ここは異世界、そういうことが一般的に起きている。



 結果的に思いがまとまらず、外の戦いに目を向けることしかできなかった。...すると、


「そろそろ......限界な事だろう」


 ウィバーナの体力消耗を待つだけの戦況の膠着状態を動かしたのは、またしてもレンディ。


「くっ、こうにゃったら」


 相手からの追及で何かを諦めたように呟いたウィバーナは、直後に放たれた跳び蹴りを避けるのに伴い、大きく後方に跳躍。丁度と言っていい程に宿の真ん前だ。


[強調五感]で既にトリマキたちから離れたことを確認したウィバーナは、奴らが再び来る前に事を起こすだけのこと。


 戦闘の構えをやめて、レンディに向き直る。

 目を閉じ、深呼吸のまま両腕を前で交差して、開眼する。彼女の中で、変換されるはずのない魔力の流れが起きた。


 直後、ピリピリと空間が痺れるのを肉眼と感覚的に理解した。

 肉眼で理解できたのは、至極当然のこと。何故なら、発源たるウィバーナがそれを纏っているのだから。

 こめかみ付近、謎の機械的な装飾品から色を持った大量の魔力が放出され、余剰なく少女を中心として包み込んでいる。

 その魔力に在る彩りは、彼女を物語るが如く純粋さを持った黄色だ。[加速]の特性を宿した雷属性の魔力。


 ......魔力が彩りを持つ。または、与えることで体外へと放つ。それはつまり、魔法への変換。獣種の特殊能力は体内で行われるために、魔法とは根本的に異なり、遺伝子的に不可能な部類にある。


・・・えっ、魔法? なんで、獣種は魔力を変換できないって言ってたのに。


 あの装飾品の効果は、あくまで色彩補正の補助。本質的にできない者には、補助など意味のないこと。

 となれば、ウィバーナには魔法が使えていたということになる。理に反する存在。


 パートナーの誇らしげな表情を横目に、カイザンを顎は外さないように必死。

 普通に考えて、その反応が必然的である。


「バカな、下等な獣ごときが魔法を。.........なるほど、貴様、多重血の半端種族か」


 驚きからの納得と軽蔑。

 レンディが言った下等な獣は、もちろん、獣種だ。


 種族にとって、種としての誇りと自尊心は絶対なるもの。それなのに、自種をそう呼ぶのは、本能的にあり得ないこと。可能性は一つ、それが確実なものとなった。


・・・こいつらやっぱり、洗脳系の魔法で操られて。


 レンディの中身は既にレンディ在らず。脳を、あるいは、魂を何者かに上書きされ、自意識の全てを乗っ取られている。獣種は魔法とは無縁の種族、耐性がある筈もない。

 驚くべきは、その洗脳力。平然とレンディを演じていただけではなく、トリマキたちも確実に洗脳されている。あの戦い方だけで確証ほ事足りる無情さ。

 範囲も濃密さも桁違い。能力の変化は洗脳者から借りたものだと考えるのが妥当。

 他種族を下等と貶し、数名に力を貸せる強さ。間違いなく、高位の種族。


 教養不足のカイザンでは、何種のんて分かる知識もないし、アミネスに聞くのは恥ずかしい。


 でも、心配することはもう無さそうだ。


 だって、この戦場を専売特許とするのは今のウィバーナだけだから。


「リーダーの許可がにゃいと、使っちゃいけにゃいの。すぐに終わらせるよ」


 ルギリアス絡みとなると、いよいよ本気のウィバーナ。雰囲気的にも声音的にもそれが分かる。


「そろそろ幕引きが近いらしい。貴様が力を証明したのなら、俺自らが相手になろう」


・・・もう、完全に洗脳者丸出しだよ。これだと、本人登場時の驚きとかが極端に下がると思うよ。いいのかな?


 怖いから声には出さない。


 レンディは、本人をさらけ出し、リーダー自らが大将として戦うことを宣言している。彼もまた、ウィバーナの変化を感じているのだ。


 誰も動くことのできない深い沈黙が流れた。

 二人が無言で睨み合い、獣としての意志を強く顕現させる。....そして、同時に笑みを浮かべた。


「殺れ」


 短く、殺意を込めて命令した。

 低く、ただ冷淡で。内容に礼儀の一切が消えた。


 ウィバーナは確信し、決意する。

 彼はもう領民ではない。手加減する必要も、躊躇う必要もないと。自分がこいつらを倒さなければならないと。


「いくよっ」


 返しもまた端的に。ウィバーナらしいと言えば、とてもらしい。

 しかし、ここからの戦闘はいつものウィバーナとは全く違うもので、獣種古来であり本来の戦い方とは正反対なるもの。


 瞬間的にウィバーナがしゃがみ込み、瞬きの間に残像だけが残っていた。.....稲妻が視界を通り過ぎて行ったのだ。


「えっ」


 目で追い切れず、声を漏らしたのはカイザンだけじ「ない。


 ドゥォオオオオオーーーーーッッ!!!!!


 まるで爆撃でも起きたかのような衝撃と爆音が響き渡った。

 反射的にその方向へ目を急がせる途中、ウィバーナの姿が目に入った。拳を前に突き出したまま静止している。


「ぐぶっ」


 苦痛の声。それに伴って、激しく吐血する。衝撃が強過ぎて、叫びにならない叫びを発せぬまま。様子からして、上半身の骨が何本かイカレて、しばらくは動けない状態が続くだろう。容赦のない一撃。


 ウィバーナに殴り飛ばされたトリマキが、民衆を抜けてレンガ造りの家に衝突していた。


 雷の恩恵を最大限に、雷速の獣腕を打ち込んだ。威力も速さも、もはや銃撃に近い。


 踏み込みから標的が気絶するまで、意識的に感じれた時間は一秒もなかった。


「すっげー」


 よく分からなかったくせにまた声を漏らすカイザン。

 動体視力はそこそこ、実力も視力もない。


「静かにしててください」

「....はい」


 素直に年下の指示に従い、口チャックのモーションを行う。


 ウィバーナのあの行為は見せしめ。もう容赦はしないとの忠告。


 それが分かっていても、トリマキたちが退く様子はない。レンディの影響を受け、笑みのまま接近してくる。


 洗脳された彼らにとって、仲間の敵討ちは汚れきっただけの大義名分。

 仲間の損失意識など関係なく、一斉に襲いかかる。


 パルクール的に跳び上がり、四方八方から出口を塞ぐような形で囲み、それぞれの戦闘スタイルで構える。

 今度こそ、逃げ場はない。


 だが、それは個人の意志ではなく、他人の悪意在りし意志によって仕組まれた戦術。言い換えれば、本能を無視したただの集団暴力。


 それぞれが他者の隙を埋めようと動けば、自分で自分の隙を埋めるのが疎かになり、他人任せ。個人を狙えば、対処として全員が襲い来る。

 一方的な命令で明確な意志のない彼らだからこそ、真に連携は存在しないと気付いた。


 何も一人ずつを相手にすることはない。


 前正面にいるトリマキたちを視界に映したまま、右足を後ろに退いたウィバーナは、後ろに大きく跳んだ。

 着地後、背後に待つトリマキが頭を狙って足を上段に振り払う。

 それを上半身を前に倒して軽く避けると、全身の雷が足先に凝縮された。


 直後、稲妻が割り込んだように、戦場の真ん中に自ら走り出す。跳躍で助走分をもうけたおかげで、加速限界に達するのは容易い。ブレーキなしでそのスピードを維持したまま片手を着き、斜めに勢いよくバク転する。

 逆さまのまま脚を広げ、立った尻尾でうまく軸をつくりながら両の手のひらで身体を支えながら回転。その間に雷が端から新たな色に変換され、赤く業火の如く燃え上がる。


「[スプリング・フレイム]ッ!!」


 純粋な炎を巻き込んだ回転蹴りが炸裂した。


 ウィバーナがそこに巻き込んだのは、炎だけではない。足として延長された炎たちが周囲のトリマキの首に次々と絡まっていき、炎車輪に誘い込まれていく。


 空へと昇り続ける炎の姿は差し詰め、竜巻のよう。....いや、炎の踊る様は彼女に合わせて言うならば、バネ、とでも言うべきだろうか。


ウィバーナ&リュファイス パターン1


「聞いたよウィバーナ、大活躍なんだって」

「うん、わたしスゴく頑張ってるよ」

「護衛はもちろん、守衛としての通常業務もそれくらい張り切ってくれてもいいんだよ」

「イヤだ。文字ばっかり見たくにゃいもーーん」

「領主の命令に従ってくれないと、ルギリアスに怒られちゃうよ」

「リーダーは怒ったら怖いから分かった」

「早いね。...ルギリアスはウィバーナには甘いから、怒ったりはないだろうけど」

「ん?...にゃんか言った?」

「いや、なんでもないよ」

「あっそうだ。今日はアミちゃんと遊ぶ約束してたんだった」

「僕の思い過ごしじゃなければ毎日してるだろ」

「じゃあ、仕事はまた暇にゃ時にだね」

「まったく、悪賢くなったもんだな」



「では。次回、最暇の第十二話「ふたつの意志」。.....もう、カイザンくんに知られちゃうなんて、予定と少しズレたな。まあ、僕の獣能でどうにもできることさ」

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