第三話「女神領の新領主」---中編2---

「いや、できねぇだろっ!!」 


 吐き出した言葉の勢い的には拳骨級なのに、魔法発動寸前のハイゼルに軽くチョップを入れて制止させる。

 本人もさすがにそうですよね風に反省した面持ちになっている。人は一度ボケようとすると空気が変になるか、元に戻るまで止まらない生き物なのだ。

 なんて納得しながらも、アミネスにそういうことをされ過ぎてツッコミを入れてしまう。また割とガチで。


「今から敵って見なされる可能性が余裕であんのに、行ける訳ないだろ。何故に低く言った?」


・・・あの声音の冷淡さは、真夜中のロウソクありコースだったらトイレに行けないレベルだぞ。朝起きたらおねしょしちゃってるよ。


 声に迫力はあるも、有言実行的にチビリそうなのを抑えている。いざ殺されるの実感とか当たり前に初めてだから。

 すると、見かねたアミネスがカイザンの肩を叩いて、


「大丈夫ですよ。ミルヴァーニさんがそうだったのは、他領地への交流遠征に出る前の話ですから」

「遠征一回で人格が変わるものなのか?」


 不十分なフォローを入れられたところで、困るのはカイザンだ。困った末、意味もなくそっち方面の話を発展させる。


「クラスの端に居た奴が夏休み明けの体育祭で急にバク宙披露したみたいな?」

「えっ、あっ、たぶん、そうですね」


・・・急にどうでもよくなるなよ。


 アミネスに何段階かテンションを下げられ、道が横に逸れまくったが、ハイゼルが何も言わずに怖いくらい見守っていてくれたお陰で簡単に修正可能。

 話は、ミルヴァーニの気性に関してに戻る。


「大丈夫ですって。もしもの時には、我々女神種が総勢力で対応しますから」

「あっ、そこまでやってくれんのか」


・・・総勢力って、戦争で治めんの?


 一抹の不安を感じつつ、対応してくれるなら問題ないだろうと思う。

 政治ごとにあまり関心のない女神領主様だ。


「・・・・そろそろ、私も向かわないと間に合わないので」


 魔力が溜められていた指先で空中に円を描くと、足下に魔法陣の軌跡が出現。ハイゼルは、最後に一礼と一言を言い残し、その中心に立った。


「分かった。でも、警戒をしておくよ。念には念を、備えあれば嬉しいなだもんな」


・・・備えあれば憂いなしだっけか?


 この際、そんなことはどうでもいい。最強種族の言ったことが絶対に正しい。ということにしよう。

 話が終わったのだと思い、消えようとするハイゼル。しかし、まだ言うことがあったのを思い出したカイザンに服を引っ張られて体の一部を魔法陣から出された。それだけで発動停止状態。


「それと、俺の前ではエイメルを様付けで呼ぶな。今は俺が女神領領主の最強種族なんだからさ。意味はよく知らないけど、新進気鋭のな」


 カイザンの余談をスルーして、ハイゼルは転移魔法で消えてしまう。

 また、アミネスとの二人だけの空間になってしまった。話すことは特にないから沈黙のまま徒歩でミルヴァーニの所在地、中央広場に買い物とともに向かうのだと思われたが、


「カイザンさん、肩書きを名乗る時はちゃんと最初に有名無実って入れてくださいよ」


 さっきハイゼルに向けて新進気鋭を使った件の発展。今も分からず使ったけど、多分合っている。

 というか、本当に分からないからどんどんと輸出しないでほしい。


「次から次へと俺が余裕で知らない四字熟語使うのやめてくれない?」


・・・正邪の判別が付かないとツッコミを入れにくいんだよ。


 現在、アミネスから一般教養が本当に欠けているとの気の毒な目を一直線に浴びさせられているものの、気にしてもしょうがない。

 とは言え、さすがに恥ずかしいとは自分でも思うので、旅に出る際は大図書館から国語辞典を持って行こうと決意する。....後に、カイザンは異世界の字が読めないことを思い出す。今のカイザンには知る由もない。

 旅前の予定がまたひとつ加わったところで、今度はアミネスが「そう言えば」と話を始めた。


「確か、ミルヴァーニさんが遠征から帰って来るのってもう少し先の予定の筈なんですよ。仕事を急がせてまでも帰って来た理由は、実に明白ですね」


 分かりやすく'明白'の一言を強調するアミネス。まるで、これが分からなかったらとてつもないバカみたいな....。


「だから余裕で分からないって、どこが何がどのように明白な訳?」


 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。カイザンは聞いた時点で既に一生分の恥を負う人生を行くことになっている。

 もう何度アミネスから哀れられていることか。


「どうして分からないのかが理解できません。この場合、どう考えてもカイザンさん以外に目的がないでしょう。一応のため、会いに行くのはハイゼルさんの説明が滞りなく進んだ辺りが宜しいと思いますよ」


 失望と説明と提案を両立できるアミネスに深く感心する。

 改めて思うのは、旅においてのアミネスの存在にある重要性。異世界転生以来、ある意味での心の拠り所であり、その心を平気で読む少女。

 一つ、提案を切り出そうと思う。


「旅に出たらでなんだけどさあ...」「さあ、道具調達を再開させま.....何か、言いました?」


 友達とは違う男女の会話の中で、最も困るべくはある程度喋っちゃった後で声が被っていたことに気付いた時。この状況に対し、あまりに久しぶり過ぎて耐性の薄れた某元高一男子は、


「いや、何でもなくはない」

「どっちですか?」


 精一杯の誤魔化しだと解釈してもらいたい。

 一切の興味がなく、それ以上は何も聞こうとしないアミネスは、指先を唇に当て、考え込むように空を仰ぐ。

 ハイゼルの行ってしまった今、旅の道具を探し出すのはカイザンではなく、アミネス担当となっている。

 次にどうするか、これから旅先でも必要な能力。顔の向きを戻して振り返ったアミネスに期待する。


「カイザンさん、一度図書館に戻ってみませんか?」


 突然にも予想外なる提案、意図を察しようと努力するけど、結局は首を傾げて。


「なして?」


 使ったことのない方言が口から漏れた。バラエティー番組の見過ぎを異世界にまで引きずってしまっているようだ。


・・・とにもかくにも、とりあえずは理由を聞こう。


「エイメルさんなら遠征経験もとても深い方ですし、昔からの知識とかで旅に関しても何かと知っている可能性がありますから」


 いつも命令も指示にも大抵も多少も従わないアミネスだが、ちゃんとエイメルをさん付けに変えている。


・・・っていうか、アミネスってだいだいがさん付けだよな。


 よく考えてみれば、アミネスってこの一ヶ月はエイメルのことずっとさん付けだった。

 きっと、小さな帝王の小さな命令にしか従わないのだろう。カイザンは知る由もない。


「いいけどさ、また歩くのかよ。あそこから相当距離来たと思うんだけどさ」

「そんなことだと、もし旅先でカイザンさんが不祥事を起こして、衛兵さんから逃げないといけなくなった時には、すぐに捕まっちゃいますよ」

「想定が余裕で早いよ」


・・・って言うか、そうなったらお前も追われる立場だぞ。客観的に言いやがって。


 帝王のお手伝いさんという立場をしっかりと理解してほしいものだ。言動を全面的に肯定してくれたらいいのに。.......叶わぬ夢。


「無駄なこと考えてないで早く行きますよ。ハイゼルさんばかりに任せる訳にはいかないんですから」


 責任をしっかりと持つアミネスと違い、カイザンは面倒だと言った表情を隠せずにいる。隠したところで読まれるだけの話。


「いいじゃん、任せておけば。俺のモットーはいつだって適材適所なんだ。俺らはゆっくりと歩いていればいいさ」

「今が適所ですっ!!」

「はっはいっ!!」


 怒鳴られた条件反射で思わず敬語での了解。こういうのの積み重ねでカイザンはトラウマを抱くタイプ。アミネスは分かっていて攻めているなら、とてつもない才能を感じるところだ。

 本来であれば、反論に反論を重ねる長時間対戦の果て、心的にカイザンが大被害を被る状況だが、これ以上ここに居ても旅へと近付かなさそう故、


「じゃあ、道案内は頼んだ。なんせ、俺の記憶はこの領の半々半分くらいしか余裕で覚えてないからな」


 自慢っぽく言って、内容の悪さを相殺してみた。


「はいはい、では行きますよ」


 できてなかったらしい。

 だんだんとカイザンの扱いが雑になったのもハイゼルの前で無駄話を続けた結果。笑いの一つでも取れていれば。

 そそくさと大図書館へ歩いて行くアミネスの背を追いながら、これからのムードメーカー地位向上を決意する。

 その、直後だった。


「は?」


 感覚的に空間が固められ、肉眼で理解できる程の圧倒的な魔力が、カイザンとアミネスを囲むように一帯を席捲。

 周囲から隔絶される刹那の体感が全身を駆け抜けると、時を移さずして見える全てが背景と化してライトのように明滅。それらの謎の現象が一瞬のうちに起こり、無理解から解放された頃、既に場面は切り替わっていた。

 座標特定からの強制範囲転送、転移系統の最上級高位魔法である[瞬間転移]だ。

 突然の出来事過ぎて逆に慌てない二人、その正面に驚いた顔のハイゼルが立っている。

 今の転移魔法、ハイゼルを疑いかけるも、動揺の様子からそうでないと判断。

 となると、必然的に。

 ハイゼルの後方で、魔力の余韻を残した手をこちらに向けるあの女神が、犯人ということになる。

 それに加えて、ここが広場であることから、こいつが例の外交官であることほぼ間違いない。

 桃色の長髪を風に乗せた彼女は、ハイゼル以上に高貴な服装に身を包み、周囲の女神種からの歓声に湧き上がることなく悠然と。手を下げ、真剣な眼差しで見つめてきた。


「突然の呼び出し、心より謝罪申し上げます。一つ、早急の用件があり、失礼ながら手荒な真似をさせていただきました」


 服装の豪奢さも相まって、心的圧力は向かい合ってこそ強いものだ。

 ちなみに、カイザンもそう言った服装が原則ということになっている。本人が民衆の目を盗んで、動きやすい服装を心掛けていることは今のところ、全女神種が知っている。カイザンは知る由もない。

 謝罪に際して深く頭を下げる外交官ーーーミルヴァーニ、立派しの礼儀を知らない強めの口調にカチーーンときた。アミネスで慣れていたお陰で小さめの怒りで済んだことに感謝してほしい。

 何か言ってやろうかとも思うが、この状況はハイゼルとの会話から考えていた、最悪の想定に進んでしまったのだろう。

 怒りは出さないで話を続ける。


「えっと、楽しく買い物してたところを邪魔された訳なんだけどさ。大切な領主の暇潰し、それに相応するような用件なのか?」


 これがこの一ヶ月での唯一の成長かもしれない。

 高校生時代のカイザンであれば、翌日から女子全員から陰口叩かれるくらいのめっちゃ引く言葉攻めをしていた。


・・・あれのトラウマは余裕で大きいよ。


 実体験はあるらしい。なら、ここに来てからの成長はゼロだ。...でも、ほんの少しは策士になっているのかも。

 語りかけながらゆっくりと前に進んでいたカイザンとミルヴァーニとの距離は、ウィル種の特殊能力の効果範囲である約五メートルとなった。

 もしもの時には、すぐにウィルスを改ざんすることができる。だから、堂々と調子に乗れる最高の場面だ。


「もし、その緊急用件が調子悪い時の俺の発言くらいにくだらなかった場合、領主としての権限を行使、お前に罰を下す」


 指差しで挑発、ついでに笑みを浮かべる。

 今のカイザンには、あの時のエイメルのような余裕がある。二次元脳で全てが予想の範囲内。こんな因縁の付け方、アミネスの言葉を借りるなら、目的は実に明白だ。この後、こいつがする事なんて。

 上部だけの女神領領主の言葉を受け、ミルヴァーニはカイザンとは違う、あの時のエイメルの顔になる。


・・・あいつってそんなに顔あったっけ?


「私は、ミルヴァーニ・メービラス。...元、女神領領主のエイメル・イリシウス様に永く仕えてきました。私の要求は一つ、貴方に領主の座を降りてもらうこと。.......カイザン様。私から貴方へ、女神領の公式な決闘を申し込ませていただきます」


 向けられた指先から差し出されたあまりに一方的な果たし状、想定通り過ぎて笑みがこぼれる。


・・・さあ、ここからが俺の輝かしい暇潰し、その前哨戦の始まりといこうか。





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 曰く、ミルヴァーニは女神領で二番手の実力者らしい。そんな奴に決闘を挑まれた。ある意味では好都合、エイメル並みの余裕さはありそうだ。

 女神領の掟において、挑まれた決闘に相手側が同意した場合、正式な原則の下に勝利した際の条件を課せることが可能。いや、それが一般的である。

 ミルヴァーニの出した条件は、カイザンの追放とそれに伴うエイメルの女神領領主復帰。

 決闘はカイザンが呑まなければ、危険を冒すことなく今の地位は変わらないまま。会って早々に決闘を申し込むようなふざけた無礼者を追い出すことすらできる。

 そうしないのは、こいつを利用するため。


・・・君子危うきに近寄らず、って言うけどさ。あくまで挑んできたのは、ミルヴァーニの方、利用しない選択肢はないよな。


 さっきアミネスは、カイザンとエイメル、二人の決闘を観た多くの女神種が従っていてくれているのだと言っていた。それは所詮、全女神種の半数にも及ばない数である。さらに、その大半が従ってくれていればあわよくばの昇進あるかもと期待を抱く表面上の忠誠心に過ぎない。

 見れば、周囲には今の時点で相当数が居る。

 ここで改めてカイザンが力を証明すれば、忠誠心は絶対的な服従となり、また新たな信頼を勝ち取ることができるのは必然的。そして、これは正式で平等な決闘だ。ミルヴァーニが勝利した際の条件を提示するならば、こっちにだってその権利はある。

 一対一の決闘で負ける気なんてさらさらしない。行った先に利益しかないのなら、領主になって利己主義者になったカイザンが断る理由などある訳がない。


「いいぜ、その決闘。面白そうだから受けてやるよ」


 面白そう。この決闘でカイザンが求めているのは、結局はそこかもしれない。つまらない領主生活にかけられた最高の暇潰しと言える。

 カイザンの承諾にミルヴァーニは、無意識か安堵の表情を浮かばせていた。条件を聞かない状態なら当然の反応と言えよう。

 それを覆してやるため、カイザンは指を二本立てて条件を提示する。


「俺が勝った際に求める条件は二つ程ある。....俺とアミネスが旅に出ている間、お前には女神領領主としての仕事を代わりにこなしてもらう。加えて、旅の中での転移要員に任命する」


・・・一石二鳥どころの話じゃないよな。ネギ背負った鴨を手掴みで捕まえたくらいの。

 

 例えがよく分からないのはさておき、この条件をミルヴァーニがどう受け取るか。

 もし負けてしまえば、条件内容も含め、領主の権限で一生働かされる可能性だってある。

 エイメルへの忠誠や忠義より、自分のこれからを取るべきだ。

 カイザンは、エイメルを決闘で倒し、今の地位にあるのだから。

 示された条件に、ミルヴァーニは事態を重く捉えていた。


「.....今、何と?」


 空間が凍てつくような感覚が脳を強く刺激した。

 鼓膜が受け取った振動は、数秒前とは一変、とても低く冷淡な色を持っていて。

 さすがに、余裕にあったカイザンも身震いで何歩か下がるレベル。込められた感情は怒り、それ以上の動揺で間違いないだろう。

 何故に?の疑問を心で必死に噛み砕いて、相手の感情を抑えようと聞かれた通りに答える。


「だから、アミネスと旅に出るから.....」


 そこまで言った時点で確信を得たミルヴァーニの理性は、理解不能のまま一時的に崩壊した。

 何か言葉が口から溢れ出そうとし、真冬の如く両の唇が猛烈に震える現象に。


「ああああああああああアミネスと、二人っきりで旅に出ると言うのですかあああああああああ?」

「ごめん、'あ'しか聞き取れない」


・・・一部、音声に不具合が生じてまぁーーーす。


 言い終わった後にも'あ'が漏れ出ている。たぶん、ミルヴァーニってハイゼル並みに面倒なタイプだと思う。

 発言から考えれば、よくいるだろうアミネス大好き野郎の一人。女性のロリコンだ。いろいろと反応は無視して決闘を終わらすのが吉。

 ......そんなつまらないこと、カイザンがすることなど、断じて否。

 誰かさんを真似て、徹底的にイジめる。もとい、からかう楽しさを知りたい。


「いやー、たぶんね。旅さ、何年くらいは余裕で超えると思うんだよ。もちろん、アミネスと一緒にな。お前には、俺とアミネスが二人仲良く旅している間、頑張ってもらいたいよね」


 演技力バッチリ、特にアミネスの名前を強めに言ってみた。名の本人は今、カイザンへの不満げを露わにしつつ、無言でじっと見つめている。....睨んでる?


・・・まあ、後で謝ればいいこと。さて、ミルなんとかの反応はどうだ?


「ふっ、ふざけないでもらいたい。成人も超えていない異性が二人で永くを共にするなどっ!!」


 ミルヴァーニの赤面を理解するのに、数秒費やした。それと同時、カイザンの顔も急に赤くなって、


「おっおおおおおおお前、何考えてくれたんだよおっ!!しっししししし神聖な暇潰しを汚すんじゃねぇよ、この変態っ!!」

「なななななななあはっ。........貴様ごときが領主など、あってはならない。私が、貴様を追放してやる」


 濡れ衣の羞恥と長い髪で怒髪天を衝きそうなくらいの憤怒が影響して、無礼な敬語から思いっきり一転した。


・・・普通にタメ口以上じゃん。なんか、化けの皮が剥がれたみたいな。つか、アミネスのこと好きすぎだろ。


 ミルヴァーニの怒号が耳に響いてくれたお陰で、カイザンはさっきまでの羞恥心を全部改善しての通常運行に成功。もはや忘れている。

 ミルヴァーニがここまで爆発してしまった以上、ここからは優しく、余裕だけで喋っていこう。


「言っておくけどさ、女神領領主としての女神領領主な俺に引導を渡すのはまだまだ早いぜ。随分と年取って腰がゴリゴリになるまで現役でやったるからな。目指せ、健康百歳だ」

「前後半、よく意味が分からないのですが」


 カイザンがまたよく分からないことを言うもので、今度はミルヴァーニが正気に戻ってアミネスみたくツッコミを入れてきた。最初と同じ空気に戻っただけだ。


・・・さっさと終えた方が宜しそうだな。


「条件を増やすんだけどさ。その決闘、呑んでやる代わりに、始まりはここで今すぐってどうだ」


 この提案的命令要求の意図は、現在カイザンにある有利さを保つため。

 これさえ受けてくれれば、勝利を掴んだもの同然。


「.....分かりました。条件を呑みましょう。貴方には、決闘の同意者側の権限もあることですしね」


・・・しゃあっ!!こんで、後は改ざんしちまえばいいだけだな。


 心の中までに留まらず、喜びを全身と声でも表現する。ガッツポーズをミルヴァーニに見られた。恥ずかしい瞬間をアミネスから生温かい目で見られた。


 カイザンがここまでの勝利を確信できたのは、シンプルに負ける要素がどこにもないからだ。

 ウィル種の特殊能力[データ改ざん]は、一定範囲内という限定的距離制限がある。その長さは、約五メートル以内。多数の魔法を使いこなす女神種なら、遠距離での攻撃で距離を空けたまま相手を一掃するなど、赤子の手を捻るのと同じこと。

 つまりは、もし、特殊能力をミルヴァーニが知ってしまった場合、距離を取られるのは確実。さらに、外交官ともなれば、少しの時間で特殊能力を知るのなんてのは造作もないことで。......それを防ぐためか、全領地には共通したルールがある。

[両者、互いの種を既知であること]、ミルヴァーニに種族を言わないことは、このルールに反するため、言わなくてはならない。


・・・大丈夫。アミネス曰く、五千年前の種族戦争で数多の種族が絶滅した。ウィル種もその内に入っているらしい。特殊能力、知ってはずがないんだよ。


「ルールに従って、俺の種族を教えてやるよ」


 この世界で種族を見極める方法はいくつかある。

 その中で最も信用性が高く、簡単な方法は一つだけ。

 それは、首元に刻まれた種の紋章である。

 人は種として生まれた時点で首元にその種族を表す唯一無二の紋章が刻まれ、他領地に入る際の検問所などで種族を示すことに利用される。

 他種族同士の決闘では、これを公開する代わりに、口頭で真実を述べるのがルールである。

 要は、種族の知識が深ければ深いほど、決闘での勝率は格段に高くなるということ。

 アミネスやエイメルすら知らなかった[データ改ざん]は、この駆け引きでは最強だ。


「この私に種族を名乗るなど、特殊能力を教えるのも同然の行為にあると思うべきです」


 相変わらずの自信に満ち溢れている。偉そうに、さあさあ言ってみなさい風の口調だった。そんなにエイメル歴が偉いのか?と嫌味的に問いたくなる。


「はいはい、知る訳ないから。自分でハードル上げちゃうと、足引っかかって恥ずかしい思いと痛い思いをするだけだぞ。.....なーんて注意をしつつ、本当に特殊能力は言わないからな。種族名だけで我慢しろよな」

「笑止、私の知らない特殊能力など存在しないと、何度言えば分かるのですか?エイメル様の下でどれだけ尽くしてきたことか。四千年前、全ての補佐を担当してきたのですよ。役に立とうと、どれだけ知識を深めたことか。どれだけ神話を復唱したことか。さあ、名乗るがいいです。後悔の始まり・・・」

「俺は、ウィル種ね」


 話が長くなりそうなので、遮るように自己紹介。でも、実は終わろうとしていたのにオチを邪魔した形に。

 今までのちょっとした会話からしたら激怒してくると思われる行為だ。それなのに何故、沈黙が訪れたか。


「・・・・・・・・・・・・は?」


・・・ホント、理由は明白だよな。


「やっぱり、知らないよな」

「かぁっ」


 ため息混じりに落胆の意を乗せて言ってみた。

 どんどんとミルヴァーニの顔が熟していくのがよく分かる。そりゃそうだ。あれだけ傲慢に語った後なのだから。

 ここで一つ、感想を申し上げたい。


・・・ヤバイくらいにスゴく楽しい。


 アミネスから一方的にされる側からの転換、謎の快感が気持ちいい。高揚感とも言える。

 本心から言えば、ずっとこのままでいる方の選択肢を選びたいのだが、グッと抑えて状況を進行させなければ。


「んじゃまあ、お前は女神種で特殊能力は[魔力増幅]、俺はウィル種って分かったところで、始めますかっ」


 すぐにでも始めようとするせっかちなカイザンを、ミルヴァーニが慌てて引き止めようとする。


「まっ待ってください。せめて、特殊能力だけでもお教え願いたいのですが」


 急に正しい敬語に戻り、下手に回って出て交渉を始めてきた。

 然しものミルヴァーニも焦る。一応はエイメルを倒した種族。当初は卑怯な手でも使ったんじゃないかとの推測も、カイザンの特殊能力が不明とあればどうしようもない。


・・・せめて特殊能力だけって、その交渉は特殊能力が全てだろうよ。


 カイザン的結論は、もちろん教えないに決まっている。男が一度言ったら有言実行。女性にも理解してほしいものだ。.....都合が悪い時の件は、前に言った通り。


「知ってるから不要とか言ってたのはお前だろ。それに、このルールに強制力は存在しないらしいな。なら、時間は有限、あれだけ自信があったんだし、さっさと始めちまおうぜ」

「ああああああいやあのその、私の特殊能力は知られていて、カイザン様の特殊能力を知らないのはどうかと。ああ、ももちろん、身勝手な要求であることは理解しています。それでも、お教え願いたいのです」


 あの反応があって以来、カイザンの上から目線とミルヴァーニの下から目線への変化はとても著しい。借金の取り立て人と返済者と言ったら、誰もが信じる光景だ。

 このままだと、一向に話が進まない気がする。...側から見てそう思った少女が一人。


「あの、カイザンさん」


 無意味な口論交渉の中、仲介するようにアミネスが割り込んだ。

 ミルヴァーニが一瞬だけ久しぶりの再会で乙女な顔になり、カイザンが何の用だ?と眉尻を少し下げる。

 両方からの違う反応に挟まれ、原形を留めたまま嫌そうな顔で答えた。


「早くしてもらえませんか?」


・・・急にシンプルなの。


 言葉に一切の工夫がない。これはどうしたものか。

 普通に返すべき、との答えに至るまで脳内感覚一分、現実で二秒を費やした。


「俺だってさっさと終わらせたいんだよ。それなのに、こいつがいつまでも駄々をこね続けるから。余裕で困ってんだよ」


 ・・・自分で教えなくていいって言ったのにやっぱり教えろとか、どんだけ傲慢なんだよ。女神領領主か?ってんだよ。


 そんなことを大罪抜きでしていいのは、全大陸で一人だけだ。


「私はただ、平等な条件で決闘を行いたいと言っているだけで」

「ほら、こねてる」

「どこがですか?」


 ミルヴァーニが言い返すよりも早く、アミネスが反射的にツッコミを入れた。

 いつも通りの変わらぬ通常運行。勝てる気が益々倍増した気分に。

 一方でミルヴァーニは、先程の指摘を真摯に受け止めて。


「ぬぅ・・・・・分かりました。全てを語らなくていいと申し上げたのは確かに私です。それに、同意者側の権限もあることですし、仕方がありません。このままで始めましょう」


 悔しそうに顔を顰め、小鼻を膨らます。テンションだだ下がり、二人きりの個室でされたら言葉が出ないくらいに。


・・・なんか、敗北を受け入れたみたいな。...まあ、それはそれで良いんだけど。


 さっきから同意者側の権限がどうとか言っていたけど、たぶんカイザンにとって良いこと。


「一応聞くけど、本当にいいんだよな?」

「はい」


 交渉と言える交渉はなかったが、何とか秘密は守り抜けた。

 こういう時、人は安心して何故だか現状報告を口にするものだ。


「ふぅー、やっと負けてくれたか」

「えっ、私、負けたんですか?」

「交渉に関してですよ」


 明らかにミルヴァーニの言語理解が狂い始めている。

  本気で聞いてきたもんだから笑いそうになった。あと少しで哄笑していたかもしれない。

 何にせよ、ミルヴァーニが負けるという事に対して敏感になっている証拠。アミネスがフォローを入れてなければ、カイザンはそういうことにしていただろう。誰も嘘なんてついてないからね。


「そうだ、丁度良かったよ。アミネス、決闘には、細かい原則とかあったりするのか?」


 アミネスと仲良いアピールのため、ミルヴァーニには聞かない。

 その意図に薄々気付きながら、


「重要なのだと、審判が一人だけ必要であるとかそういうのくらいです。あとは、両者の準備が出来次第、開始です。....あぁ、私は審判しませんから」


 二人の視線から何かを感じたのか、アミネスが前もって役を断った。

 カイザンが小さく舌打ちしたのが微かに聞こえた。


「そうか。原則の下とか言っても、意外と自由極まりないんだな」


 自由と言っても、審判が必要なことが面倒であることに変わりはない。結局は第三者に勝敗を決められるからだ。


・・・審判、か。いよいよ何かの試合みたいだな。


 そう思って周りを見てみれば、カイザンたちが転送されてから未だにあたふたと慌てているハイゼルはとりあえず置いておくとして、他の女神種たちが中央広場を囲むように見守っている大観衆状態になっていた。

 あの時の同じ、いや、それ以上の数。まったくもって、計画通り。これならカイザンの支持者はあり得ないくらい多くなってくれるはずだ。記憶力的な問題もあるが、周囲の者たちのほとんどが初めて見る顔ばかり。この決闘に勝つだけで、一体、一石何女神だというのだ。


・・・まあ、条件で言っちゃえば、領主の座を賭けた決闘だもんな。集まらない筈がないか。.....そういや、あん時ってハイゼルが審判やってたっけか?


 怖いけど、任せてみよう。

 そう思って、あたふた放心状態のハイゼルの両肩を叩いて、目の焦点を合わせる応急処置を施してみる。案の定、よく分からないけど、成功したみたい。


「じゃあ、ハイゼル。審判を頼む」

「・・・・・・・えっ。あっ、はい」


・・・応急処置、失敗か?


 点一個につき約二秒の沈黙あり。本当に性格が掴めない。

 ちゃんと確認しとかないと、


「おい、俺が何役を頼んだか言ってみろ」

「神官です」

「ダレトクなんだよ、その立場は」


 自身たっぷりの元気さで返答されても、ツッコミ免除にはならない。


・・・ミルヴァーニへの条件にハイゼルの教育も含めないとマズイな。終わるよ、この女神領。


 審判の件は、アミネスに説明させた。


「では、カイザン様とミルヴァーニ様の決闘の審判、私ハイゼルが担当させていただきます」


 文面では分からない震えた声でぎこちなく審判を始めた。エイメルとの時はこんなんじゃなかったのに。

 ハイゼルの尋常じゃない異常によって掠れた指示に従って広場の中心で二者間の距離を取ろうとした時、


「ハイゼルの審判で大丈夫なのですか?」


 不意に本気で心配するように聞いてきた。もちろん、ミルヴァーニから。ハイゼルへの音漏れ防止か、とても声量が小さい。ほとんど予想で内容を推測する。

 何でだ?と顔だけで聞き返すと、前屈みになって声をさらに小さくしてきた。釣られて、カイザンも右足を前に出して倒れる姿勢ギリギリで音を拾いにいく。アミネスから見れば、普通に会話すればいいだろうに。の一言で切り捨てれる光景だ。

 ミルヴァーニの疑問には納得しかないが、一応長年の理由ってのも聞いておこう。今後の教育方針にも繋がる。


「彼女はですね。働く時にはとても真面目でしっかり者。なのですが、予定が狂ったり、予想外の出来事が連続して起こるとストレスで放心する癖があるんですよ。正に今がそうでしょう」


 明らかなる問題点を、ほんと困りましたねと笑みをこぼしながら語るミルヴァーニ。まるで、知っていながら見守るという言い訳で放置したゆとり世代風な。ちょっと、イラッとした。


「その、放心するって、そんな述語的扱いになるくらい余裕でヤバイの?」

「はい、公私ともに認める程の」


・・・自分で認めてんなら、いよいよアウトだよ。データ改善の余地なしの重症患者、問題児。


 責任者ミルヴァーニの堂々たる態度に言い返す言葉が見当たらず、結果的に審判への不安を増大させて話は終了した。

 まあ、大丈夫だろうと信じる他ない。もし、第一審に不服があれば、控訴とか上告をしてしまえばいいさ。その際、アミネスには裁判員として出席してもらおう。これは民事ではなく、刑事裁判ってことで。

 そろそろ二人が定位置に着かないとハイゼルがおかしくなるかもなので、近かった距離を決闘基準分に空けて、そそくさと移動を終わらせる。ギリギリで平常心を保させることに成功した。

 今から領主の座を賭けた決闘です感の抜けまくった現場の空気は、観覧へと戻ったアミネスを筆頭に、傍観者たる女神たちがそれっぽく雰囲気作りを開始し始め、周辺から中心へと修正が完了している。


・・・さっ、違った意味で公私ともに準備万端ってことで。


「じゃあじゃあ早速、始めようか」


 緊張とはかけ離れた、気の抜けた声で開始宣言。

 観覧から歓声が響き渡る。きっと、アミネスには応援されてないだろうけど、期待には応える。期待すらされていなかったら、期待されるように頑張る。....それは、日常的にどうにかするものか。


 こんなに余裕で居られるのは、何度目も言うが、負ける気なんてさらさらしないから。さっき、強制力のないルールに従って種族を話したのは、カイザンが勝てた理由をそれにしてほしくないからだ。

 カイザンが当てはまる最強種族の噂は、この一ヶ月で原形を留めない程に枝分かれと成長を続けてしまっている状況。それは、領内の一部でも何故だか同じこと。

 通常思考、客観的に考えれば、決闘相手の実力も特殊能力も未知数であり、自分よりも格上の可能際がある以上、初手は警戒から先制は行わないはず。これは、エイメルとの決闘でほぼ実証済み。


・・・となればですよ。負けるはずないよね。


 距離を空けたことにより、ミルヴァーニとの間はパッと見で六メートル程度。開始と同時に踏み込むことさえできれば、[データ改ざん]の範囲内たる有効距離五メートル内に入る。

 勝利の笑みが止まらな過ぎて困る。


・・・おっと、顔に出そうになったぜ。早く、始めよう。


「おい、さっきから返しが全くないんだけど。開始の合図とかどうなんの?」

「いつでも構わない。そちらが決まるといい」


・・・まーた、敬語がどっか行っちゃったな。


 せめて慇懃無礼な方がまだ気分的にいいかもしれない。と思う今日この頃今し方なカイザン。


「じゃあ、譲ってもらって先手必勝ね」


 それだけ言い残し、右手を掲げる。

 開始の正式な合図であり、これにミルヴァーニが対処できない時点で、この決闘は始まりから終わりまで、ずっとカイザンの独壇場にある。


「詳しい説明は終わった後、特別に教えてやるよ。俺の、ウィル種の特殊能力は、[データ改ざん]だよ。覚えとけ」


 自身の言葉に反応して淡く光を灯したのは、カイザンの掲げられた右手のひら。魔力が徐々に流し込まれていき、薄くも一つの色を成そうとしている。

 ただ、それは無という色だ。無属性魔力。対象者に何らかの方法で干渉し、一時的な改変をもたらす特質魔法の特有現象に似ている。

 ウィル種の特殊能力はまた、それと違った部類に属するものだ。

 この光は、ただの改変に留まるものではない。

 使える種族なんて、絶滅危惧種を除いて稀少な存在だ。故に、気付くのには時間が必要とされる。


 そして、カイザンーーーー最強種族には、そんな時間を与える意志はある筈がない。


 ようやく察したミルヴァーニが焦り、目を剥いて反射的に魔力を集中させる。

 それよりも早く、行動するだけのこと。


「さあ、俺の求める最高の暇潰しの糧になってもらおうじゃねぇかっ!!」


 叫び、数時間前から考えていた決め台詞で自身を震え立たせる。

 ミルヴァーニに向けられた手のひらは、既に十分な魔力が溜められ、直視を拒む光量で周囲を照らしている。


「........特質魔法」


 ミルヴァーニは魔法展開を中断させ、光を見つめながら後悔に満ち足りた声音で小さく呟いた。

 そんなことをされては、エイメルに言ったことをこいつにも言ってやりたくなる。


・・・後悔しても、余裕で遅いんだよ。


「女神種、ミルヴァーニ....」


 発動条件の半分を満たした。あとは、この距離だ。

 魔力を包み込むように手のひらを握る。肘を後ろに引いて、踏み込みから距離を詰めて....。


 その、大事な一歩目で気付いた。

 ......二人の距離が、余裕で六メートル以上あることに。


・・・マ、ジかよ。

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