第六話「闘技場にて」
畑地帯でお爺さんと別れて数分、獣領の入り口にある関門が見えてきた。
獣領を囲む巨壁もこの距離で眺めると無意識に口を、ぱっくり開けてしまう程。これまた、関門も大きく建てられたものだ。大工さんに心から心の中で賞賛を贈る。
あの後、実はお爺さんが余談程度に言っていたが、この巨壁は獣種が全力を持ってしても内から越えることは不可能に近いらしい。真相が定かではないのは、登った者には厳罰があるから。
経験はないけど、意味もなく疼いていたクライマー魂は奥底にしまっておくことにした。
「結構、並んじゃってますね」
只今、二人は関門前の長い行列の最後尾にいる。
上半身を傾けて確認した前方の人々の多さに不満を隠しきれないアミネス。
口には出さないけど、カイザンだって不満ありげ。どちらかというとアウトドア派なため、ゲームの発売日に並ぶとかは未経験だから行列に並ぶことへのイライラが止まらない。
・・・俺は最強種族だってのに。
「まあ、これだけの並びは、獣種が人気ってことじゃない?」
「それに関しては同意しかねますね。...こんなに並ばれたら、日が暮れる前までの予定が終わらないじゃないですか。....カイザンさんのせいにします」
「八つ当たりの相手にパートナーを選ぶなよ」
・・・付け加えれば、なりたてホヤホヤな。
逆にカイザンもそういう事を言うアミネスを心の八つ当たり先にしてしまおうと思う。仲の悪い人同士の精神関係だ。
だが、嫌なことばかりではない。人の多さは情報量の多さに比例するから。
行列に並ぶ者たちの多くは獣種以外の他種族ばかり。これなら、カイザンたちも安全に通行を許されそう。
「あっ、一人連行されましたね」
「えっ、マジで」
見れば、外見からして如何にも怪しそうな二人組が通行不許可どころか、領内のどこかに連行されてしまっている。
まさか、アミネスの言っていた[五神最将]とか言う守衛団に?
・・・下手したら、俺らもか。
「アミネス、今更聞くんだけど、関門の通行許可をどう取るうもりなんだよ。秘策的な」
やっと見えてきた関門の通行口、そこには三人の兵が立っている。
一人が事務役、名簿のまとめやらの書記だ。もう二人は衛兵役、獣種というのもあって、鎧のない比較的動きやすい装備になっている。
・・・つまりは、逃げてもアウトという訳だな。
気持ち的に後ずさるカイザン。すると、アミネスが前に出た。
「大丈夫ですから、私に任せてください。カイザンさんに質問がくるようなら、私に合わせてくだされば。あと、カイザンさんは紋章を見せないでくださいね」
「えっ。うん、分かった。頼むね」
言われた通りに、ダサいけど襟を立たせて紋章を隠す。
ここは、頼もしいパートナーに頼ってみよう。
「次だ。そこの二人、前へ出よ」
随分高圧的な態度で呼んできた中年衛兵のビースト。
・・・何だこいつ、俺は仮にも最強種族だっちょっと。
心で威張ろうとしていたらアミネスが先にトコトコと前に行ってしまったため、慌てて付いていく。
身分を隠す旅とはいえ、ときどきなりきっておかないと、いざ女神領に戻ったら混乱するかもしれない。
と思いつつ、穏便に済ませたいので指示に従う。先程の通行者が何を指示されていたかは見ていたので、お葬式で前の人のやり方を見たから堂々と線香に行く気分で。
「お主ら、旅の者だな。......見たことのない紋章だが」
・・・いきなり大ピーーーンチ。
心での実況、前からうるさいという視線を返された。当然である。
背後のカイザンに一視線向けたアミネスは衛兵に向き直り、そしてーーーー演じる。
「私たち、実は絶滅危惧種なんです。最近、領地が悪魔種に突然襲撃されて、領のみんなが、友達も、家族も殺されて。ホント、悪魔みたいな種族ですよ。...悪魔種ですから。私たち'兄妹'は何とか命からがらに逃がされて、獣領の近くに転送されて。しばらくの間でいいんです。長居する予定はないので、王都に出発する準備が整うまでは」
まるでマッチ売りの少女。怯えた様子で、健気にも生きようとする姿に全米はきっとなんかなる。
アミネスの完璧な演技にも、一応不審に思った衛兵は背後で隠れるカイザンに目を向ける。
アミネスに驚かされたというのもあるけど、普通に気を抜いていたカイザンは視線に気付いて、急いでそれとなく演じる。数秒は思い付かずにもじもじしちゃってたことはかなりのマイナス要素だったと反省しているようです。
衛兵はそんなカイザンを視界に入れているはずが、
「......そうか。大変だったのだな。我々獣種もまた、数年前に悪魔種に悪行を働かれ、多くの死傷者が出た。....リュファイス領主なら、同情してくださるのだろうな。うむ、しばらくの滞在を許可しよう。だが、[五神最将]への報告はさせてもらう。くれぐれも揉め事を起こさぬように」
そうして、無事に通行許可を獲得した。
関門を抜けると、しばらく城壁の下を歩く必要がある。なかなかの幅だ。それとともに、
「なかなか、ギリギリのところだったな」
関門からある程度離れた距離で、安堵の息をこぼす。
「まあ、あの守衛さんは門番としてかなりの凡才でしからね」
「どうして?」
・・・アミネスが俺以外に辛辣な評価をするなんて珍しい。
それを読んだアミネスは「まあ、確かに」的なのを小さく呟くと、
「衛兵の方に呼ばれてからあって気付いたんですけど、私たちの服装がしっかりとしているんですよ。普通、悪魔種との戦争に巻き込まれてしまえば、こんなに綺麗には居られませんから」
いや、ホントうっかりしてましたよ。と困り顔になる。釣られるカイザン。
「.......お互いにダメダメどうしの交流だった訳だな」
衛兵の能力の無さに助かったと苦笑、心では「おいっ、パートナーっ!!」と怒るカイザン。
その頃、関門では。
新兵スカークは、少し前に通した二人組に違和感を覚え、もう片方の守衛に詰め寄っていた。
「兵長殿。先程通した二人、本当によかったのですか?悪魔種用の検査もせずに。...それに、例の最強種族は、噂によればまだ子供だっていうじゃないですか」
「....リュファイス領主からの命だ。通せとのことだからな、仕方がないだろう」
「なっ。まさか、リュファイス領主が...。ということはつまり、[五神最将]への報告もしないということですか?」
「いや、しない訳にもいかない。ルギリアス様なら早急に動かれるはずだ。その時、この件を追求されるのは御免だ」
獣領領主のリュファイス・フェリオルと、[五神最将]団長のルギリアス。彼らが、カイザンたちの始まりの旅を...........変えようとする。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
電球のない薄暗さだけの残る石道、壁に取り付けられた松明による灯火だけを頼りに出口を目指す。微風すら通り過ぎる度に灯りが揺めく、非常に頼りない光だ。
関門を抜けた先の通路は、巨壁の下をトンネル状に伸びていることから、実際の幅よりもかなり長い作りになっている。これには、仕方のない設計上の理由があるらしい。カイザンたちの通る南門の巨壁には、刻限塔と呼ばれるものが併設されているため、通路の出口が塞がってしまう。そこで、通路を途中で曲げたりする訳にもいかず、トンネルとして伸ばす他なかったと。
並走する相棒から何を話される訳でもなく、ただただ足を進める。関門の並びの最後尾だったから、後ろには誰も続いていない。沈黙の中での無言程、時間の経過が遅く感じることはないと実感する。
長らく歩き続けた末、微かに香る獣臭に誘われたまま通路を出た。
久しぶりの陽光が網膜を刺激して、思わず目を閉じる。片手を掲げてそれを遮断すること数秒、ようやく目が慣れると、目の前に広がるの待ち望んだ獣領だ。
「はあー、すっげーなー」
獣領内部の様子を聞いていた時点での第一印象では、やはり中世時代のような場所だと思っていた。その予想もあながち間違っていないこともなさそうだ。
女神領とは違い、魔法という概念が一切存在しない領地。それを体現した獣領といっても過言ではない。
一般的な家々のほとんどはレンガや石材。店や宿屋、特別な建造物などは巨壁と同じ特殊な鉱物を使っているようだ。
南門を出たすぐにあるのは、噴水を中心とした広場。周りを花壇や木々が囲み、住宅街や商業区に進む道もまた両脇を花々で彩っている。
そして、南門を出たカイザンたちの真正面へと進んでいく一際大きな一本道は、獣領の中心である闘技場コロッセオを経由し、獣種の王城へと繋がる。
そして、そしてそしてそしてそしてそしてそして。
「獣耳だぁーーーーーーーーーーっ!!」
「本日二度目ですね」
叫んだ事で周囲からの注目を浴び、危険を察知したアミネスがカイザンから何歩か距離を取る。
その向けられる視線の全てが、獣耳を持つ者たち。なんだあいつ、近付かないでおこうと彼らからも心の距離と現実の距離を置かれる。
気にせず、カイザンは人生経験十六年、長年蓄積された感激を叫ぶ。
「すげぇーーーーーーーーよ。獣人って実在したんだな」
「獣種ですから。それにさっきのお爺さんや衛兵さんだって。...というか、実在って、そんな伝説の生き物みたいな」
いい意味で注目が無くなったところで、アミネスが通常運行を開始。
「すげぇーーーーーーーーよ。猫耳獣人って実在したんだな」
「獣種ですから。というか、それを求めて来たんじゃないですか。...あっ、今のなしです」
獣耳に関しては心から聞き出したことだととっさに思い出し、言い終わってからなかったことにした。
「すっげぇーーーーーーーーよ。肉食獣人って実在したんだな」
「獣種ですから。草食ばかりでは、家畜を飼う意味がほとんどないじゃないですか。卵とか牛乳ですか?」
神話にある通りでは、種族の始まりは人間種だ。獣種も一応、基となった動物に関係なく肉食草食の両方を持ち合わせている。
「すっげぇーーーーーーーよ。爬虫類獣人って実在したんだな」
「獣種ですから?それで言えば、鳥類とか魚類もいるんですよ。もはや獣ではないんですけど」
魚人がいるとは驚きだ。もし、両生類なんて獣人でいたらキモ過ぎだよ。
「すっげぇーーーーーーよな。俺ってやっぱ、最強種族」
「諸説ありますね」
・・・肯定しろよ。
嬉しさの半分が持っていかれた気分。
「で、感動的な感慨に浸り終わりましたか?」
・・・最後のでほっとんど無くなったけどな。
「...まーな。そんでさ、行きたいとこがあんだけど」
「予定が立てられたんですね。その行きたい場所というのは?」
「さっき、アミネスが言ってたあのコロッセオ。この、どう作ったかよく分からない獣領パンフレットに誰でも自由参加って書いてあんだよ」
関門の事務員から渡された書物。最初はなんだと思ったが、ただのパンフレット。
気になるのは、その製造方法だ。
印刷技術も無ければ、もちろん着色だって大変なものだ。
・・・全部が全部、器用な獣の手書きってか。そもそも、色ってどう手に入れたんだよ。孔雀の羽の絞り汁か?
「まさに、帝王の考えですね。普通に考えて、色彩のある花弁から取るだけですよ」
「あー、なるだわ」
自分でもどうして孔雀が出てきたかよく分からない。アミネスの言う通り、帝王に染まってしまったのだろうか。
アミネスに頷かれそうだから深くは考えないが。どーせ、読まれるし的な考えも定着しだした。
カイザンとて、頑張れば心の中で喋られないようにするくらいできると心の中で考えていると、アミネスがため息を吐いて「話を戻しますよ」と修正を行った。
「行きたいってことは、ボコボコの準備ができたんですね」
・・・そういや、領に入る前に言ってたな。
「あっそーだ。アミネスの言ってたボコボコの利益について自分なりに考えてみたんだけど、まさかあれって、最強種族が簡単にボコボコにされたら警戒が弱まるんじゃないかとか、あれ?こいつは違うな。みたいなのを期待してのだったのか?」
「正解です。よくできましたね」
「ないから、そんなこと」
アミネスに言われた時は、多勢に無勢。と当たり前のように考えていたが、この未来的パンフレットには、しっかりと一対一との記載がある。つまりは、
「決闘と同じだ。それとなく油断させて、改ざんしてしまえばいい訳で。負けるはずがないの。嘘でも演技でも」
「そう上手くいきますかね。獣種は身体能力を活かした戦い方ですよ。たった五メートルの範囲内の特殊能力で」
「ウィル種をバカにしやがって」
・・・まあ、いいさ。みせてやるから。
「ってな訳だから、さっさと行くぞ」
闘技場コロッセオは真っ直ぐ進んだ先に待っているのだから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「闘技試合の挑戦者希望の方ですね」
そう言って、営業笑顔スマイルでカイザンを出迎えたのは、小さな獣耳をした女性。
彼女が居るのは、闘技場の入り口付近の挑戦者用受付。優しい受付嬢雰囲気が漂い、耳がピンと立っている。ネズミが基となった獣人のよう。
渡されたのは羽ペンと記入用紙。古い漫画家の強いイメージである羽ペンは、初めて使うには難しい代物だが、時間を掛けてそれなりに掛けたと思う。
記入するのは、闘技場での公式な名乗りの要望と必要とあらば種族名の記載。こんなものはパッパッと書いて、すぐさま提出。
それを受付嬢は笑顔で受け取ると、「よろしいですね」と問いかけてきたので、首の上下運動だけで答える。
「では、確認させていただきますね。...えぇと、ウィル」
受け渡された記入用紙を確認と称してその場で読み上げる受付嬢、彼女の手元には今、何もない。
突然消えた記入用紙、驚くカイザンの服の襟が突然何者かに掴まれ、早すぎる動きであっという間に百八十度回転させられて後ろを向いていた、
「えっ」
よく分からずに戸惑っていると、横から見知った顔が覗いてきた。怒っているご様子。
受付嬢が読んでいる途中、反射的な動きでアミネスが記入用紙を取り上げたようだ。
「ちょっと、何を考えているんですか」
「何って何が。お前が非戦闘種族とは思えない動きをしたことについて驚きまくってる件か」
「違いますよ。どうして、ウィル種だとか明かしちゃおうとしてるんですかと聞いているんです」
・・・えっ、そんなに怒る?
「怒るに決まってますよ、そもそも関門での件はどう思ってたんですか?」
「そりゃあ、怪しくて連行される人とかいたからで、領にさえ入っちゃえばこっちのもんだと思ったんだけど」
「バカなんですか?バカなんですね。バカですよね」
「罵倒三連発は痛いよ」
アミネスの怒り気味説明をされまくった結果、名乗りと種族名は全て書き換えての提出となった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
観客席は、毎日のことのように暇な者たちが集まって四六時中の満員御礼。
獣の咆哮、というよりは熱気に満ちた盛り上がりコールで会場内は溢れかえっている状況で、挑戦者たちの入場を今か今かと待ちわびている様子。
闘技場の天井部分には何も作られておらず、陽の光が直接届く仕様。だというのに、声がよく響いている。
カイザンの決闘を見守ろうと観客席に来て、やっとの思いで空き席を見つけたアミネス。
隣の席の人の盛り上がりように嫌な顔を。
ただでさえ耳を塞ぎたくなるうるささなのに、それをさらに煽る形で実況が進行を始める。
どうやら、入場してくるらしい。
「いやいやいやいや、盛り上がってるじゃないですか、皆さん」
それに応えるのは、意味もない「オォゥーーッ!!」と言った返し。アミネスは両耳を抑えるけど、声量の程の衝撃がスゴくて体が斜めになる。
「へいへいへい、いい盛り上がりじゃないの。じゃあ、冷めちゃう前に早速だけど入場行っちゃおうか」
闘技場内の観覧席の端と端とを繋ぐ縦に伸びた特別スペース。そこに観覧用の席はなく、実況の方のマイクがたくさん設置されていて、そこからの実況。
アミネスは、入場宣言でまだまだ熱くなる暇人たちの圧力に耐えながら、実況の方の指す方向を追いかける。まずは、西の入場口から。
「もはやコロッセオの常連にして、勝利順位は不動の二十六位たる実力者。その名も、デイル」
塞いでいるはずのアミネスの耳を軽く抜けて鼓膜に大音量をお送りするハイテンション実況、それと同時にデイルという名のビーストがゆっくりと入場してくる。二十六位で実力者と呼ばれたのが恥ずかしかったらしく、顔を赤くして下を向きながらの屈辱的な入場だ。不動とか言われてるし。
そして、その被害は相手にも平等に。
「対する、その相手は。ここ、闘技場での決闘初体験にして、一ヶ月前に世界を震撼させた謎多き新進気鋭の最強種族。女神領領主のカイザーっ!!」
「カイザンだってのっ!!...ってか、バレてんじゃんっ!?」
怒り新党で入場よりも先に怒号を響かせたカイザンは、これまた同じく帝王イジリは彼を赤面にする。恥辱の限り。
そこまで思ったところで、秘密の内情が公開されていることに気付いた。
観覧は盛り上がり優先で内容をあまり聞いていなかったようで、デイルだけが冷静に聞いて相手の肩書きに度肝を抜いている。
アミネスに注意された後、記入用紙はしっかりと書き直して提出した。つまり、情報漏洩が誰の仕業かははっきりしている。
・・・こんにゃろー、あの受付嬢め。ネズミはやつだったか。
観覧席の中から水色髪を探して見れば、アミネスも同じく感情を抱いている。ただし、怒りは受付嬢に向けてではなく、カイザンに向けてだ。
闘技試合前でありながら、両者お互いにそれどころではない状況下。それでも、実況は形振り構わず進んでいく。
「今回の闘技試合は、他種族同士となっちゃっているため、門の解放防止制約を課させていただきまーす。ので、攻撃は十撃。または、十合までとしてくださいね。気絶させるか、負けを認めさせるかが勝利条件となりまーす」
「門の解放?」
・・・何それ、おいしいの?
と呟きながらアミネスにちらっと視線を送る。遠くでため息を吐くのが見えた。
・・・すげー、この距離でも読めるんだ。軽く六十メートルは超えてるぞ。
創造種恐るべし。
門の解放とやらについては、これが無事に終わったら聞くとしよう。....覚えていたらの話。
「両者、準備の程はいいかがなものでしょうか?」
対戦相手の正体を知らされて、いつかの女神のように放心となるデイルを他所に、カイザンは控え室で教えられた位置に移動。遅れて、戻ってきたデイルも移動を始め、お互いに距離の空いた配置に着いた。とりあえず、手を挙げて実況に合図を飛ばす。
二人の準備完了のお届けに、実況は目の前の机に置いていたマイクを手に取り、やる気モードとなる。
「それではではでは、これより、一日に何度も行われる内のなんてことのないただの闘技試合の一つ、正直どうでもいいような内容がまた行われるのだろうみたいな空気の中、始まろうとしちゃっている訳ですね」
・・・本当のことだろうけど、そんなこと言って誰が盛り上がるんだよ。
案の定、闘技場は外を通る馬車の音を身近に感じれる程に静かになっていた。
その場のスベったような雰囲気は、全て二人のせいにされている模様。
こうなったら、この怒りごと相手にぶつけてやろう。
「えぇと、実況の私自らの合図で、始めさせていただきます。よろしいですね。はい、開始っ!!」
「「えっ」」
息つく間もないようなスタートに疑問の声をハモらせたのは、カイザンとアミネスのみ。
獣種たちは驚く素振りを一切見せず、むしろ動揺するカイザンの様子を恒例行事のように観ている。
と、悠長に考える暇はなく、既にデイルは構えから地を蹴り、走り出した。
・・・やっぱし、女神とは違って先制狙いだよな。
デイルは、カイザンを最強種族だと認識している。エイメルたちとは違い、余裕がないからこその先制攻撃。
一見、不利な状況と捉えられるが、彼が女神種と決定的に違うのは魔法が使えない点。接近されることは、恐るるに足らずだ。
急いで右手のひらに魔力を集中させ、高密度に圧縮する。これはミルヴァーニから習ったことだ。消費魔力量を少し増やして密度を増すだけで、魔法が強化される。ウィル種の特殊能力においては、効果範囲の延長である。
チャージ完了、手のひらが煌めくのとほぼ同時、デイルが至近距離から好機と見て大きく跳躍をした。
直後、振り上げられた腕が急速に肥大化し、獣爪と獣毛が一部で急成長。ビーストが可能とする身体獣化、威力は人域を遥かに超えるもの。
貧弱な人間では、運良く気絶、悪ければ瀕死は不可避。でも、ただの回避なら十分にチャンスはある。
「獣種、デイル....」
学力も運動神経もイマイチなカイザンだが、名家として生まれたからには、不用意に突っ込む相手の初撃を避けるなんて造作もないこと。
利き手と反対の足をデイルに合わせて後ろに引く。そのまま体ごと傾けて、後はすれ違う姿を見送るだけ。正直、蹴りを入れられたらどうしようとも考えたが、この体勢からでは無理なよう。
闘技場の初戦相手であればこんなものだ。後は、獣種の誰も全貌を知らないウィル種の特殊能力を放つだけ。
跳躍の勢いにより空中で体勢を崩すデイルに、白の光が淡く輝く手のひらが差し出される。
「[データ改ざん]」
デイルの着地地点から光が溢れ出し、全身を包み込む。
それも一瞬、すぐに中から姿を現わす。本人は何が起こっているのかよく分かっておらず、ここから出なければならないという意志に駆られただけ。
しかし、あの光は受けてしまえば最後。ウィルス改変による能力汚染が体内を侵す。
「なっんだ、これ」
地面に踏み込む寸前で体が違和感に反応して、踏み外したように前のめりに倒れてしまう。
あらゆる能力の喪失は、肉体的にかなりの影響がある。ステータス以外に異常が起きなかったエイメルこそ、本当の異常だ。
踏ん張って、何とか立ち上がろうとするデイルが顔を上げ、カイザンを睨む。みんなこう言った顔になることは共通だ。
女神種よりも圧倒的にウィルスで劣る獣種、無となった能力自体少ないからか、立ち上がれないことはなさそう。
[データ改ざん]の効果にもまだ気付いていないようだし、倒すなら今だ。
「そんじゃまあ、俺の求める最高の暇潰しの糧になってもらおうか」
魔力の余韻が残る拳を強く握りしめ、デイルに近付く。
カイザンが無意識に浮かべる笑みを正面に、デイルが引きつった笑みになる。
その後の光景は、決闘とはあまりにかけ離れた戦いであったことはもう説明不要だ。
胆力ともに耐久力ゼロでありながら、なかなか気絶してくれないデイルを三発殴っての勝利をカイザンは手に入れた。
....不名誉な気が。
次回予告雑談
カイザンとアミネス パターン2
「カイザンさんって、本当に面倒ですね」
「なんだよ、藪から棒にそんな物言いは」
「カイザンさんを見ていたら、何となく言いたくなったんですよ」
「何だそれ。.......面倒って言えば、俺の故郷はとにかく勉学関係が面倒なんだよ。外国の言葉も覚えなきゃだし、国語とかも面倒でさ」
「国語って、日常会話の一つに繋がるようなものじゃないですか。それすらもまともにできないから、カイザンさんはこうなんですね」
「いや、古文ってのがあってさ。昔の言葉とかあったりで、文字の読み方が違かったりするんだよ」
「例えば?」
「んー、そうだな。まうす、ってどう読むと思うよ」
「魔獣などの、ネズミの系統ですか?」
「いや、マウスじゃなくて。答えは、もうす。なあ、面倒だろ」
「カイザンさんと同じで、よく分からないですね」
「では。次回、[最暇]の第七話「種の門と風雲児」。.....作者曰く、感想が欲しいそうですよ」
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