第四話「女神領の新領主」---後編---

  ウィル種の特殊能力[データ改ざん]の発動範囲内に入るために踏み込む。

 その、大事な一歩目で気付いた。


 ーーーーー二人の距離が六メートル以上もあったことに。


 刹那の思考がカイザンの脳内を駆け巡った。

 この場での対処行動、一体どうすればいいのか。ここで正しき行動を取らなければ、確実に負ける。前のめりの体勢だし、顔面に魔法放たれる。そんなことをされれば、お嫁に行けなくなってまう。

 絶対にどうにかしなければ.....社会的に死ぬ。オリンピック風に言うと、クリスマス・男子シングルになんてなりたくない。


 一歩踏み込んでの残りの距離は、五メートルまであと最低四歩はくだらない。普通、計算をミスっても最低二歩までだ。カイザンには空間把握能力が本当になかったらしい。ないのにカッコつけて勝利後のことばっか考えてた。恥ずかしい、もう言わないで。

 四歩なんて、今は刹那の思考で動きがスローになってるけど、実際に元に戻ったらミルヴァーニはすぐに魔法を放てる。間に合わない。


 いっそのこと、このまま賭け要素で放ってしまうか。

 でも、あれだけカッコつけて決め台詞を言った直後、不発だった時の羞恥的な痛感は計り知れない。

 今更、自分がちゃんと距離を測っていなかった件については悪いとか思わない。今思うべくは、今考えるべきは、


・・・どうにかして、こいつの隙を作らないと。隙.........ってなったら、あれか。


 古典的だが、一つだけ思い付いたことがある。この集中一人時間差状態じゃ、これしか思い付かなかった。

 思考が解除され、スロー世界から元の世界に戻される。動くなら、一瞬で済ませるのみ。だとしたら、これ以上に使える騙し技が存在するだろうか。いや、しない。と信じる。

 特殊能力と関係のないもう片方の手で、傍観者たちの方向を指す。その先に居るのが誰か、説明する必要は特にない。

 決め台詞を無かったことにするくらい、全力で叫んでやる。ミルヴァーニの全注目を他へ集めるために。

 以上の計約二秒の思考で、行動に移る。


「あっ、あそこにアミネス、とエイメルーーーッ!!」


 古き良き語り継がれる伝説の[あそこにUFO]作戦のミルヴァーニ用。

 カイザンの指した方向にミルヴァーニ以外の観覧女神の視線まで集まり、その中心のアミネスはあまり見ない困った顔に。

 巻き込んだことは悪いと思ってるから、これが終わったら必ず謝ると誓う。

 だから今はこいつを。

 果たして、反応や如何に.....。


「えっ」


 カイザンの声が脳内に響き渡り、刹那の思考がミルヴァーニの脳内を掻き乱した。

 魔法生成への集中を虚無に落とし、彼女の頭は今、エイメルとアミネス、特にアミネスのことでいっぱいに。

 苦し紛れにカイザンがテキトーに指した方向に体ごと向けて、アミネスを探す。


 反射的な反応が自制心を通り越した。それが、ミルヴァーニという、アミネスのことが大好きな女神の悲しい性である。

 アミネス脳により、溜められた魔力は既に元の色を取り戻し、ミルヴァーニが再度戦闘に戻るには確実に時間を要する。


・・・これなら、一気に行ける。


 なるべく姿勢を低く、後からの加速に頼らず進む。


「ぁ....」


 掠れた小さな声が微かに届いたのは、ミルヴァーニがある意味で狂気から正気に戻った頃。

 大切にしたいが今は不要な感情を振り払い、慌てて魔法の再起動準備に。

 眩い光は今まさに無防備なミルヴァーニを侵そうとし、すぐ目の前で、カイザンが笑っている。

 これを脅威と言わずして、何と言うか。もし、カイザンを狂った奴とか言ってしまった方は、今すぐこのページを閉じよう。


「いくぜ、[データ改ざん]ッ!!」


 発言後、手のひらに在る光が消滅。間も無くしてミルヴァーニを一瞬の内に包み込んだ。


「くっ、これは一体?」


 光が発する雑音の中から、ミルヴァーニらしき声が聞こえた。無論、彼女以外にはあり得ないのだが。

 声音は決して強くなく、怒りが込められている訳でもない。そこにあるのは、ただ困惑の感情のみ。ひたすらなる無理解。


 身体的外傷も、精神的な異常も全く感じられない。

 一見して、無害。大した効果を持たないただの光。これが、ウィル種の特殊能力。

 ーーー全種族にとって自尊心の代わりとなる代名詞、それが与えられし特殊能力。よって、そんなものが効果のないただの光なんて事、あるはずがない。


 だから、ただ困惑するのだ。不可避であり、抗いを無為とするこれが、何であるのか。自分はどうなっていて、どうなってしまうのか。

 光がいつの間にか消えていたことに遅れて気が付く。だとして、ミルヴァーニに安堵の感情が湧くことは決してない。

 初めて体感した無理解の違和感。正邪の判別において、脳より先に体がそれを邪であると認識してしまっているから。


 突然の脱力感が全身を支配。力の抜けた膝から関節に従って崩れる。とっさの判断で片手を着き、地面に衝突した際の顔面への社会的大ダメージを防ぐことに成功。だが、呼吸が荒くなり、肩で息をしている程の状態でこれから何ができると言うのか。


 明滅していった光が、全てをミルヴァーニから奪ったような感覚だ。自身から感じる筈の魔力も、今は空白となっている。


「って、思ったまでが不正解。奪った訳でも、消えた訳でもないぜ」


 自分の事で精一杯になっていた中、嘲笑うように声がした。

 まるで心を読まれたように考察を言い当てられ、同時に不正解を言い渡してきた。

 ミルヴァーニの若干驚いた表情にカイザンも驚いた顔に。


・・・合ってたんだ、良かった。


 テキトーに考えていそうなことを言っただけだけど、合ってるなら安心。ふと見れば、正解を要求する瞳と目が合ってしまった。


「あー、答えは言わないからな。決闘が終わるまでは。.....それより、さすがは女神種。俺よりも何かしらたくさんのウィルス情報ステータスが高いらしいな。感服ですよ、まったく。.....でも」


 これぞ正に慇懃無礼。最後のまったくは、全くの意味で使っている。

 不調で進行形のまま息の荒れるミルヴァーニには、その上からかけられただけのただの見下す言葉でも、深く響き渡っている様子。今日のカイザンは運が良い。

 ほんの少し前までは今年一番の焦りを最短で味わっていたくせに、今はすっかり領主としての態度。

 それにしても........実に、ショボい決闘だな。

 だって、比較してしまう。エイメルの時はこんなものではなかったからだ。


「エイメルの時は、辛うじて立ってたぜ。二番手と一番手でここまで差があるものかね」


 エイメルはこの特殊能力を受けてもなお、お顔にはしっかりと出ていたけど、平然と立つことができていた。同じこと、同じものを改変されても、これだけの差がある。


・・・実は、エイメルって凄い奴だったりするのか?


 今のところ、カイザンのエイメル評価は、ただの成り上がり用踏み台。改善する必要がありそうだ。

 おっと、大事な決闘中、話がズレた。

 この決闘でカイザンが求めていたのは、旅に関しての重要案件。領主仕事の代理と旅の転移要員。それとともに、ミルヴァーニを倒すことで領民から強者的な信頼を獲得すること。

 だと言うのに、このままだとショボいあっさりとした結果として終わってしまう。

 そうなってしまえば、なんだミルヴァーニって弱かったんだと認識されて終わるのは分かっている。カイザンが強いのだと認識されなければ、意味がない。


・・・だから、セリフだけでも威厳を残す他ない。この様子だと、エイメルみたく殴って決闘勝利とか、帝王の名がさらに濃くなっちまうから無理だもんな。


  [データ改ざん]を受けても立っていられたエイメルを、あの時、カイザンは殴って倒した。

 ウィル種について知らぬ者は、客観的に観てカイザンの超絶な剛腕を考えるはず。故に、皆はカイザンを最強と褒め称えている。

 だからこそ、それがない今、罵倒を繰り返して彼女の自尊心や威厳さを奪うことで、周囲からカイザンが大きく見えるように。

 この考えがまず、帝王だ。と思う少女が一人。匿名希望。


「くっ.....」


 相変わらず体の不自由に抗おうと歯を噛むミルヴァーニ。

 どう考えても、エイメルのように反撃なんてできないと思わせられる。

 叡智の象徴と謳われる女神種が、勝機のない状況で無作為に挑んでくるとは到底思えな......。


「こんな屈辱、あってはならない」

「おっ.......いいぜ、文句があんなら反撃してみろよ」


 正直、言葉だけで威厳さを作るには無理があるとは多少なり感じていた。

 実に、好都合な。


・・・無抵抗を殴るのはさすがに気が引けてたけど、同意してくれんなら話は別だ。


 歯を噛み砕きそうな全力顔で立ち上がろうとするミルヴァーニに合わせ、何歩か後ろに下がる。

 数秒後、まだ立ち上がれそうにない。

 さらに数秒後、ずっと無様な画が続いている。

 さらに数秒後、まるで生後十ヶ月。あともう少しで立ちそうだよお母さん。

 .....もう、あれから何分が経っただろう。あのハイジも車椅子をアルプスから落とす奇行に走るくらい時が経った。


「さて、どうしたものか」


・・・無事に立ち上がれたと仮定して、こいつの'今の'防御力を考えたらソフトな程度のパンチで殴るしかないよな。....ソフトか、あれだな。


 思い当たるのは、これまた一つ。

 ミルヴァーニの準備ができて、無力ながらも襲いかかり次第、一発叩き込んでやろうと思う。


「で、準備の方はまだでしょうか?」


 もう我慢しきれん時間は待たされた。

 いい加減、イライラが止まらないよ。

 カイザンの怒り、されど、ミルヴァーニは返さない。


「もー、行っちゃうか?」


 不意打ちいいですか?と領主らしく聞いてみる。

 それでも、ミルヴァーニは返さない。

 ....そこで唐突に、とある可能性が浮上した。


・・・これって多分、あれだな。


 ミルヴァーニは確かに不自由な体に翻弄され、立つことすらままならなくなっている。

 ......でも、それが。


「っ!!」


 ......演技だとしたら。


 震える足で、不意に強く踏み込んだミルヴァーニが、殺意を宿した瞳で見つめてきた。一瞬で立ち上がったその姿に、観衆は皆察せざるをえない。

 彼女は、カイザンの隙を待っていたのだろうと。

 最初の苦しみが本当のものだったのは疑い用もない。だが、女神種ともあろう種族が耐えられない苦痛ではなかったということ。

 動けない演技で油断させて、カイザンを確実に倒そうとしていた。自分の自尊心よりも、エイメルへの忠誠が上を行く。

 改ざんされた'今の'ミルヴァーニには魔力がない。地面を蹴って近付いて来る彼女は、おもむろに護身用の短剣を懐から抜き出した。

 刃は既にカイザンの目の前にまで迫っている。この世界には治癒魔法があるため、決闘である程度の軽傷、いや、深傷すら負わせることも原則には一切反することがない。

 ミルヴァーニは本気だ。なら、カイザンもそれに応える。

 全力で、ミルヴァーニを迎え撃つのみ。


「はい、デコピン」

「がばぁっ」


 気の抜けた一言から放たれた一般的なデコピンが、ミルヴァーニの額にコツンと良い音を出した。

 直後、凄まじい衝撃。を受けたかのように軽々と後方に吹っ飛んだ。

 勢いが全身を貫いて、そのまま地面に突き刺さり、浅い女神型の凹を綺麗に形成した光景に、観覧の者達の顎は外れかけてしまっている。


・・・外れちゃったら、ミルヴァーニのせいにしよう。それよりも、こっちだ。


 ヒビの間に翼が刺さってる。

 うわっ、痛そうといった第三者的な感想を言いそうになったのを我慢して、慌てた感を醸し出した感じで駆け寄る。

 こんな有り様、帝王のやり方と呼ばれてもおかしくない。自尊心を伏せて、謝罪の言葉をかける。


「ごめん、小指にしておけばよかった」

「大して変わらないですっ」


 コミュ障を疑わせる言葉選びの無さに、観覧のアミネスからツッコミが入れられた。

 遠くに見える姿にナイスツッコミと視線だけで伝え、仰向けで倒れているミルヴァーニに目を向ける。同時に、ため息を吐いた。

 反撃しそうもない。動きそうもない。

 だって、気絶しちゃってるもん。

 旅へのはやる気持ちを抑え、早く起きてくれることを願いつつ、そう言えばこいつ、胆力もゼロになったんだと納得した。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 ミルヴァーニがカイザンのデコピンを受けて目を開けたまま気絶してから、数十秒が経った。

 字面と戦闘を客観的に観て取れるミルヴァーニの印象は最悪としか言いようがないが、観覧の者たちからの騒めきはない。


・・・大人しく見守ってくれんのは助かるけども、........俺に起こせっての?男子高校生が見知らぬ女性を無理やり気絶させた時点でアウトなのに、そんなの犯罪レベル高すぎ。帝王じゃねぇか。


 結論から言って、どうしょうもない。

 どうやら、アミネスはカイザンの状況を分かってて近付いて来ないっぽいし、ハイゼルはミルヴァーニのやられように驚いて自分も気絶しかけてるし、顎外れかけてるし、たかが外れちまってるし。どうすることも......。


「・・・・・・・ここは」

「ぉ」


 ミルヴァーニの弱々しい声が微かに聞こえたから、嬉しくてガッツポーズした。もちろん、心の方で済ませている。

 今、彼女の視界が映しているのは仰ぐ空のみ。誰に聞いた訳でもない。きっと、誰かが優しく答えてくれるのだと、そう思うのはあの日から諦めていたから。

 開けっ放しだった目の乾燥にしばらくもがくと、朦朧とした意識の中で上半身だけを起こして頭を押さえている。デコピンで脳震でも起こしているのだろう。翼がもげそうになったのは、グロいので見なかったことに。

 深呼吸をしてようやく落ち着いたミルヴァーニと、よかった自分から起きてくれて、と安心しきったカイザンの目が合った。


・・・これは、現状の説明要求か?


 そう解釈してカイザンが口を開くと、運悪くミルヴァーニも喋り始めた。


「まずは、おはようとでも言っておくか。つっても、お前が気絶してから数十秒。今はみんな、お前が起きてハイゼルが無事に決闘の結果発表をするのを心待ちにしているところ.......って、自分で状況を整理すな、話を聞けっ」 「そうだ、思い出しました。私はエイメル様に領主の座へと戻っていただくために帝王なる男に決闘を挑み、特殊能力を知らされぬまま卑怯な不意打ちを受け、前頭葉を銃で撃ち抜かれて.........何か、おっしゃりましたか?」

 

・・・ずっと声被ってたからな。....つか、帝王なる男って何だよ。


 もう一度デコピンをしてやりたい気持ちを必死に抑えて、ミルヴァーニが状況を理解した様子なので話を進める。

 そのためにはまず、審判にも入ってもらわないと。


「おい、ハイゼルや。自意識の方は起きてるか?」

「・・・・・・・・はっはい」「こりゃ、ダメだ」


 点が二個くらい続いた時点で結論は出ていた。

 ハイゼルをどうしたものか。規則に従うと誓ったからには、明らかな勝利だったとしても、審判のジャッジ無しには成立しない。


「なあ、ハイゼルってどうし....」


 仕方なくミルヴァーニに救援要請を出そうとしたら、いつの間にかうっすり元気になって、しっかりと立ち上がっていた。

 不調の大半が演技だったとはいえ、まだ無理解が体内を蝕んでいるはずだ。女神種、元最強種族ともあれば、尚更のこと。あの特殊能力は格上にこそ通用するものだから。

 うっすりとでも体調を治したことは凄いことだ。


・・・まさか、また自慢とか言い出すんじゃ。


「私の負けです」

「えっ」


 唐突な発言に思わず自慢の聴力を疑った。一応言うと、帝王は全部が自慢。もちろん、他を知らないだけのただただ自称。

 驚いた表情が落ち着かないカイザンを見て、ミルヴァーニが。


「.....一方が認めれば、審判の判定なしに決闘の勝者敗者は決定するんですよ。知りませんでしたか?」

「いや、そっちに驚いたんじゃなくて...」


・・・あらやだ、この女神自分で認めてくれるような素直な子だったなんて。 ていう驚きでさ。

 

 当然、ミルヴァーニはカイザンの心を読めないけど、ここで何を話すべきが何かは分かる。


「端的に言って、驚きました。あの一撃の威力はきっと、貴方の特殊能力が私にした何かが影響しているのでしょう」


・・・見事に正解。さすがは女神種ってとこだ。でも、


「後悔が遅いのは女神種全共通なんだよな」


 どうやら、本当に俺の勝利を認めてくれるらしい。今の勝者だけがしていいような発言に反論がなかった。無論、それだけが決め付けている訳ではないが。

 まあ、デコピンで気絶なんてしたら、その後の続行は恥ずかしくてできたものではないだろうし。


・・・そう考えたら、俺って結構ひどいことしたのかな。


 決闘で勝って良心が傷付くなんて、それだけ聞いたら正に帝王ではないか。償いの一つでもしておこう。


「まあ、気絶させちまったのは悪いと思ってるよ。代わりと言っては何だが、俺の特殊能力を教えてやるよ」


 特別大サービス、気前の良さを売りにしていこうか迷っている女神領領主様。

 その大胆な代償行動の内容が聞こえた観覧の女神種たちが、興味津々に耳を傾け始めた。

 そこまで気前は良くないから小声でお送りする。


「俺の、ウィル種の特殊能力は、[データ改ざん]。相手のウィルスが俺のウィルスよりも優っている全ての要素、つまり、ウィルス情報ステータスをゼロにすることができる最強の能力なんだぜ。つっても、範囲は限られてるし、相手のウィルスを読み取るには種族名と名前を知っているのが必須条件。しかも、魔力量的に一対一じゃないと勝てる気がしない悲しい特典付きだ」


 小声であることを忘れて、途中から自慢したくてしょうがない声のボリュームになっていたと言い終わってから気付いた。


・・・まあ、前半が聞かれてなければ大丈夫だろう。きっと。


 償いとかじゃなく、単なる自尊心で特殊能力を語られたミルヴァーニは、頭の中でカイザンの説明を復唱して、分かりやすく内容を要約してくれた。


「つまり、私は貴方よりも幾多ものウィルスが優っているということですね」

「うるせぇ、二本指でデコピンしてやろか?」


 キメ顔で目を合わせてきたから躊躇なく構えた。

 デコピンと言いながら、握り拳状態にあるのは見逃してほしい。


・・・このままだと本当に殴っちゃいそうだ。


 ハイゼルは未だに目の焦点が合ってない様子だし、この女神領に長く居座るのは危ないと思う。暇になったのもそのせいだよ。負のオーラで包まれているんだ。

 この際、自分で仕切って早々に終わらせよう。早く出たい。


「てな訳で。決闘の勝者、兼領主として命ずる。お前は今日から俺の代わりに仕事を務め、旅の中での転移役になれ。......加えて、俺の特殊能力、くれぐれも広めるんじゃねぇぞ。約束破ったら、針千本に糸通せよ」


 決闘前に約束させた条件を領主らしく命令みたく申し付け、機密情報に関しては地獄の罰を予め伝えて絶対に逆らえなくしてやった。

 昔、カイザンが家庭科の補習課題でそれを言い渡された時、絶望で二時間はただ針を見つめていたのを思い出す。翌日、担当教員が補習前日に彼氏からフラれて八つ当たりがしたかっただけだと知った時は、101本目の針にただただ愚痴をこぼしていた。

 カイザンの提示した罰内容もまた、八つ当たり以外の何物でもないが、敗者であるミルヴァーニに従わない選択肢はない。勝者、兼領主最高。


「ご命令のまま、勤勉に職務を全う致します。........言っておきますが、貴方に服従するという訳ではありませんことをお忘れなきよう。貴方という存在が領主に在ること、決闘を終えても尚気に入りませんから」


 あくまで、カイザンには敗者として規則に従うと誓うだけで、領民として忠誠を誓うことにはまだ抵抗があるという。

 領主に対して堂々と言い放つその姿に、自分の身分を普通に忘れて引き気味になるカイザン。引きつった笑みの途中で思い出し、決闘を通して大得意になった余裕の笑みに切り替える。勝ったから余裕とかもう関係ないのに。これはそう、威厳だ。


「最強種族に対して、随分と正直だな。どうなっても知らないぞ」


 いや、お前は知ってるだろ。と自分でもツッコミがすぐに思いつく警告を発した。

 ミルヴァーニはそれを片手を上げて制すると、諦めたような表情で六言。


「ですが、の話ですよ。勝者たるウィル種としては認めざるをえません。ウィル種は確か、あの時代の戦争で絶滅したのですよね。ということはつまり、現種王の地位は貴方に在るということ。神話で語り継がれる[憤怒の神]ヴィッセルの力は全領地の者が知っています。また、不服ながら貴方は創造種に選ばれしウィル種のようですし.......カイザン様なら、この領の権限を持たれることに一切の怒りも疑問も感じませんよ」


・・・ごめん、長くて途中からの内容入ってない。


 悪いとは思ってる、心の中で。だし、心の中から謝る。

 知らない言葉とかあったし、ちゃんと復習したテスト範囲内から単語を出してもらいものだ。予習を見越してテストを作るな。


・・・ていうか俺、種王なんだ。女神領の領主やってて、ウィル種の種王とか肩書きの大渋滞。これに帝王が入ったら、いよいよ侵略者だな。


 恥ずかしいけど、異名はいつか自分で決めた方が断然いい。

 将来の自分を想像して、決意する。なるべく、厨二病っぽくないやつを。....道は長そうだ。

 腕に力を込めて己に誓っていると、目の前のミルヴァーニが何かに気付いて視線をずらした。嬉しそうな顔。ゆっくりと近付いてくる足音にカイザンも反応する。


「カイザンさん、やっと終わったんですね」


 振り向くとほぼ同時に声をかけられた。

 声の主はもちろんアミネス。先程のツッコミのおかげか、痰が絡むこともなくよく声が出ている。


「おー、アミネスは、応援とかしててくれたのか?」


 数秒は何を言おうか迷って、願望混じりに言ってみる。否定されても、心では応援されていなかったのだと理解しているから、ダメージは最小限になる予定だ。


「そんなまさかですよ。応援されてるって本気で勘違いしていたならごめんなさい」

「その発言によって生まれる傷への謝罪は?」


 謝罪という予想外の変化球が飛んできた。 公衆の面前でなければ、躊躇なく胸を押さえ悶え苦しんでいただろう。いつもと違う痛さ。


・・・ぐぅーーー。まあ、何にせよ。これにて決闘は終了しましたってオチで、次に引き継ごうか。

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