第十八話「狂気の少女と王女の剣舞」---前編---
ここから遠く離れた先、噴水のある広場から全貌を覗けてしまう刻限塔の真下で、とてつもない爆発音が響いていた。
中心物から何かが弾けたのではなく、強い衝撃によって大地が弾け飛んだような。そんな激しい音だ。
至近距離で聞いていたら、きっと鼓膜はとんでもない事になっていただろう。想像するだけで耳の安全を確かめたくなる。
そんな音は、微かながらカイザンにも届いていた。
「あっちって確か、ルギが向かった先か」
ラーダの正体が獣種レオンが、獣身の異能と呼ばれる能力により変身した姿だと知った途端、ルギリアスはとんでもない慌てようで走って行ってしまった。...当たり前のようにカイザンを置いて。
案の定、無戦力の一人となった状況で洗脳の解けていなかったレオンに襲われた訳だが、なけなしの魔力で対応。[データ改ざん]が次に使えるまでには、かなりのタイムラグが発生してしまう。
大人しく、レオンが目覚めるのとルギリアスが戻って来るのを待つのが一番の選択....。
・・・って訳にもいかないよな。....嫌な予感がする。ルギが最後に言ってた。今回の夜襲、ラーダの本当の狙いはウィバーナだって。....向かった方がいいよな。
先日の一件で、レンディに対して圧勝してみせたウィバーナならラーダ相手でも可能性はあるが、アミネスによれば、その時の記憶は一切無くなっていたらしい。
となっては、あの時の謎の覚醒状態をもう一度再現することは無理だと考えるのが妥当な判断だ。
その判断から推測できる現在のウィバーナの状況。互角に戦うなんて考えには至らない。
前にアミネスから種の門について聞いた時、多重血は門の開放条件がとても容易な状態にあると言っていた。
相手は肉弾戦ではなく、大鎌の刄による攻撃を選ぶはず。水の盾があったとして、防げるものではない。
門開放への道は遠くないのだ。
「もし、ウィバーナが門を開いて、領民を片付けたりしたら...........二人とも、悲しむだろうな」
翌日までにこの騒動を解決させ、アミネスとウィバーナ、二人には今までのように笑顔のまま居てもらいたい。
カイザンがそう願うことは、不思議なことだろうか?
「行かないと、いけないよな」
レオンの気絶体は放って置いて、音の方向へと走る。
時間が経てば特殊能力分の魔力は回復できるはず。種の門を無理やり閉じさせる方法があるとすれば、[データ改ざん]以外にないとカイザン自身気付いてる。
・・・それまで、待ってくれよな。
願いの意志が、ウィル種にとってどれだけ大事な存在かを知らないカイザンのそれは、単なる独り言の内に終わった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
目覚めない意識の中、暗闇からの覚醒を待つ中で失意の念だけが渦巻いていた。
それが何であるのか、何ために存在しているのか。自分自身、全て理解している。ウィバーナをどうすることもできなかった自分への失望が深過ぎるから。
唯一の可能性すら成し遂げることのできなかった自分が、ここで目覚めたとして、何ができるだろうか。
時間を稼ぎつつ、他の団員の合流を待ち、カイザンの特殊能力でウィバーナを止める。
それすらも、できなかったのだ。
もうあの時のようになりたくないと、嘆いて、誓ったのに。
種の門に対し、あまりにも無力過ぎた。その現実との直面に、心はもう折れている。
「..............俺は.........それでも見捨てる訳にはいかない」
「あっ居た。ってか、死にそうじゃん。生きてるかー?」
心の奥での葛藤から立ち上がろうとしていたルギリアスに、路地を出た先から状況に合わない気の抜けた声がかけられた。
嫌なくらいに聞き覚えのある気の抜け方。それに返すべく、数分前から満身創痍のはずの身体をゆっくりと起こす。
上半身を起こす程度で、さすがに立とうとはしない。無理をしないのが一番なのは獣も同様。
完全に回復するまで待ってほしいものだが、状況はそれを許さない。故に、ルギリアスは多くを説明しない。
「.....カイザン、ここに来たということは、何があったのか、あらかたの想像はできているだろう」
「....んぁ、まあ。たぶん、開いちまったんだろ」
心の片隅でそうあってほしくないとの願望が少しはあったのに、ルギリアスの頷きで肯定させれてしまった。
・・・やっぱし、本当に門を。ってなれば、俺とルギの共闘的なのでどうにかするしか。
他の団員がどうなっているか分からない以上、現状二人の戦力(一方は、最後のみ活躍予定)でどうにかするしかない。ただでさえ低い確率を上げるには、ルギリアスが完全に回復していることが前提条件。
だと言うのに、ルギリアスは種の門を開放したウィバーナと真っ向から衝突したご様子。
「で、俺はてっきり暴走状態のウィバーナに無謀にも挑んだルギがボコボコにされてると思ってたんだけど、案外と元気なもんだな」
慰めず笑ってやろうとも考えていたカイザンの淡淡な期待は視覚が真っ先に否定していた。
爪で引っかかれた様子もなく、打撲痕もない。普通に元気そう。
「獣の再生力だ。ギリギリで意識が残っていたおかげで、しばらく動かないだけで動ける程度には回復した」
再生力とは、レンディの騒動で大活躍していた獣種の能力の一つ。ラーダ曰く、意識が平常である時に任意で行われる魔力運動だとか。
「出たな、そのチート能力。動ける程度って、傷とかもほぼほぼ癒えてる様子じゃんか」
・・・腕の骨とかも治ったんだろ。もはやホラーだよ。首の一周とかできねぇよな?
映画のスタントマンとして働いてほしい。
「傷だけが治っても意味はない。身体にはまだ鈍い負傷がかなり残っている。戦闘ともなれば、まだ時間は必要だ」
・・・あー、回復魔法と治癒魔法の違い的な感じか。
確かに、大きな傷を負うと体力も削られる、
それに、ルギリアスの獣身の異能[月下の蹂躙]は、凄まじい程の体力消費が伴う。
今のルギリアスは外傷よりも体力面の方が危ないようだ。
「でで、追えるのか?」
同種族のルギリアスならウィバーナの匂いを特定することは難しいことでもないはず。暴走状態の意志なら一直線に移動していないという保証もないが、それでも通路が同心円状に広がっている。追いつけないことはない。....はず。
・・・屋根とか走ってなければ。
ともかく、ルギリアスがしっかり動いてくれれば大丈夫。.....なはず。
「その問いは、俺を舐めているのか?貴様程の速さでは走れる」
「お前も俺を舐めてんだろ」
・・・あっ、'も'って付けちゃった。
無自覚の嫌味に対して失敗した怒りを吐きつつ、ルギリアスに手を差し出す。それを素直に受け取り、ゆっくりと立ち上がった。
ルギリアスを先導にひたすら走る。何故だか灯りの無い道を。
ずっと疑問に思っていた。人が少な過ぎると。
夜行性すら歪める何か。領全体の静けさの原因は。
・・・また、洗脳魔法か。
心の中で深くため息を吐く。
先日の一件で一番迷惑したのは間違いなく洗脳魔法だ。あれさえなければもっと状況は良く動いていた。それだけの存在がまた、カイザンたちを窮地に追い込もうとしているかもしれない。
あれだけ殺意を向けていたラーダがウィバーナを生かした理由は分からない。ただ一つ分かるのは、奴がこの状況を観ていること。
・・・ホント、高位種族はよく分からない奴らばっかだよ。
「カイザン」
「んっ、何?」
心に置いていた意識の外から当然声をかけられ、慌てて問い返す。遅れて、ただ名を呼ばれただけだと気付いた。
「聞こえたか?」
「えっ、俺のお腹鳴ったの聞こえた?」
「違う。遠くで煉瓦の砕ける音がずっとしている。明らかにウィバーナだ」
ルギリアスの聴覚がその音を聞き取ってから、周囲の光景は変わり始めた。
歩く道を囲む平行線に延びた煉瓦造りの家々、それが徐々に酷さを増していくように破壊されている。上からの威力によって。
「なんだこれ」
「ウィバーナの所為しわざだな」
「そりゃそうだろうよ」
門を開いたウィバーナは、真っ先にルギリアスに襲いかかった。
本能的に強者との戦いを求め、勝利を得ようとしている。しかし、領民は外に出ていない。ウィバーナは匂いの感じる先をただ破壊するのみ。洗脳魔法により操られた領民は、身の安全というよりはもっと他の理由で姿を隠しているように思える。
緩くなった歩きから、音のする方向へと進む。
最初に破壊されたと思われる家から先が残酷な有様に。破壊はどれも一撃。ラーダが起こしたものではなく、明らかにウィバーナによるもの。
・・・これを全部、ウィバーナが。ありけるけど、ありえねぇ。
被害は甚大。一刻も早くこの破壊を止めなければ、領の危機であり、一人の少女を地獄へと突き落とすことになる。
・・・にしても、なんでウィバーナはこんな事を。
ふと浮かんだ疑問を読んだかのように、ルギリアスは答えた。
「ウィバーナは今、獣の本能に呑まれている。狩りの、弱者を狩ろうとしているんだ」
「弱者を狩る?」
まさに獣。基が猫とはいえ、あれだけの戦闘能力。虎の遺伝子も含んでいるのかも。
「俺だからあの猛攻に耐えられたものだが、ただの領民では確実に命がない」
冷静に自分は弱くなかったアピールを続けるルギリアス。
軽くスルーして、重々しい空気を遵守する主人公。
「それでも、誰も殺させない。それが俺たちに課せられた使命って訳だ。ウィバーナに悲しい思いはさせてられない。俺のパートナーにもな」
「ウィバーナへのそれは同感だ。早く他の団員と合流し、対処にかかる。それで上手く動きを止められたのなら」
「分かってる。俺の出番だろ。.........まあ、魔力が回復するまでまだ時間はかふっ」
自分の置かれる状況に一応補足を挟もうとした時、ルギリアスの腕が目の前に。それに続いて、体全体でカイザンを庇うように前に立った。
現状を考えれば、この行動に疑問が浮かんだりはしない。
「来るぞっ」
直後、破壊という名の蹂躙が急激に迫り、爆撃の如く轟音が衝撃ととともに訪れる。一瞬で目の前の建物が半壊、後に崩壊していく。
決して、対岸の火事なんかじゃない。
脅威は警戒を抜けて、すぐ目の前に現れた。
それは、噴水の広場でルギリアスが現れた時と同じ。突然にも、空から舞い降りる。
小さな姿が何処からか跳んで来たのか、凄まじい両足の踏み込みにより着地した。
そんな光景を一コマ一コマで正確に見届けられたはずがない。着地と同時に砂埃が舞い上がり、一瞬にして視界が埋め尽くされる。ただでさえ瞬きの間に起こるような事がこうも行われては理解が追いつけそうにない。
若干の息苦しさが薄れゆくのを待たずに、カイザンは当初は散歩と言いながらちゃんと持ってきていた護身用の剣の柄に触れて体制を整える。
「おいっ、ルギ。体調の方は良好か?」
「まだ半分も回復してはいないが、ウィバーナはまだこちらに殺意を向けていない。先制を気付かれる前に決めればいける」
「スニークキルとかするタイプなんだな」
・・・狼が似合うな、ほんと。
場を譲るつもりで一歩程下がるカイザン。魔力の回復していない状況でウィバーナを捕縛されても正直どうすることもできない件については、きっとどうにかなるだろうと。
砂埃が薄まって、視界にウィバーナの姿を捕らえたルギリアスが爪を立てる。
片足を下げ、踏み出す寸前のモーションで機を待つ。
そんな中でも、[強調五感]は自動的に発動される。三人の空間内に、獣とは違う匂いが迫ってくる。
殺意の色は微塵もなく、在るのは親友への困惑を宿した言葉。
「ウィーちゃんっ」
・・・っつ!! アミネス。
叫ばれた名、響く少女の声にカイザンは目を剥き、名の本人は。
「逃げろ、アミネスっ!!」
「グゥァアーーーっ!!」
カイザンの言葉を搔き消すように獰猛に叫んだウィバーナ。
自分の名を叫んだ唯一の親友へ、しかし、殺意を武器として、その爪を駆り立てる。
踏み込みはもはや見えなかった。圧倒的速さの接近から、数秒後には爪が振るわれる。
そんな事をさせる訳にはいかない。
「っ」
アミネスはまだ気づいていない。ウィバーナには正気がなく、親友である自分のことすら忘れてしまっていることを。
いや、その爪を見せられてもなお、自分が襲われようとしている現実に気付かないかもしれない。受け入れることなんてできない。
・・・現実にさせてたまるか。必ず守る。アミネスも、約束も。
隣を見れば、ルギリアスは既に動いている。意味がないことは本人も分かっているだろう。深夜を過ぎた今では、速さにおいて劣っているのだから。
ここで対処に移れるのは、この場ではカイザン以外にない。
反射的に手のひらに魔力を込める。土属性の魔力、目標箇所に陥没を起こす魔法、[スィンク]だ。
ここで[スィンク]を放てば、アミネスを守ることができるかもしれない。だが、魔力を消費したことで[データ改ざん]を放つまでの時間はさらに長くなり、ウィバーナ生還への確率は絶望的に低くなってしまう。
そんな事は考えなくても分かっている。分かっていて、今こうしている。この決断が悪かったなんて思わないし、後に後悔することもない。
ウィバーナよりもアミネスの身の安全を選択した事に迷いはなかった。どちらが自分にとって大切な存在か。それをただ選択しただけだから。
だか、その決断すらも遅過ぎた。
・・・くそっ、間に合わない。
二人の間の距離がどんどんと無くなり、炎を纏い始めた獣爪が震えた瞳に容赦なく遅いかかーーーーーー獣の意志を宿した大剣を身に受け、ウィバーナの華奢な身体が軽々と振り払われた。
「[獣王之一閃レオ・フラッシュ]」
吹き飛んだウィバーナが飛ばされた先にある家に衝突し、爆風が吹き荒れる。
風の風圧に圧倒され、勢いよく尻餅を着くカイザン。
意識は混乱し、状況はアミネスが無事であること以外理解ができなかった。ひとまず安心するべき場面でも、動揺は止まらない。
誰が、どうやって。当たり前に湧き出るカイザンとのルギリアスの疑問は、前方の砂埃から、アミネスを背に姿を現したその人に答えを出された。
「まったく、領主の妹である私がどうして守衛の仕事を代わりにこなさなきゃいけないのかしら?」
存在するだけで空間を照らし、決して血と交わることのない気の抜けた美声が、静寂を深くする。
夜の暗さに囚われた闇に輝く濃い黄色の髪は鮮やかな程の彩りを持ち、膝下を軽く越える長さ。綺麗さと可愛らしさを間取ったような顔立ちで、外見に年相応の華奢な身体の美しい容姿。
獣種らしい動き易さ重視の軽装だ。
戦場ではあまりにも異質。その少女がドレスを身に付け、大きな剣を片手で握ってさえいなければ、どれだけの男を手玉に取ったことか。
そんな彼女は、アミネスの安否を確認するために後ろに目を向けた後、目線と剣先をウィバーナへと向けた。
「さあ、ウィバーナ。姉身分の私が、もう絶対に繰り返さないために、精一杯のしつけをさせてあげるわ。覚悟することね」
悪戯に笑みを浮かべて、剣を軽々と回しながら肩に載せる。大剣の振りに伴う風が髪を再度巻き上がらせた。髪がなびいて、闇はまた一層輝きに包まれる。
その時、その場の誰もが、暗い戦場に一輪の花が咲いたのだと錯覚したのであった。
カイザン&ルギリアス パターン2
「こんな状況、領民が観たらどうなっちまうんだ?」
「洗脳されているが故に全てが固まった考えに至るだろうな。観たままそのままの光景を深く考えることなく」
「つまり、獣領の最高守衛団の団員が、破壊行為を繰り返しているだけってか。....最悪の一言で片付いてちまうな。それこそ、領の裏切り者」
「..........裏切り者、か」
「ん、どした?」
「.....カイザン、十六年前に獣領ここで起きた悪魔種との戦争を知っているか?」
「アミネスから少しだけ聞いたよ。確か、十六年前には第一次が、十四年前に第二次が起きたんだろ」
「その二次戦争は、悪魔種が一人で起こしたものだ」
「ひっ一人で?」
「[深淵の欲情]と恐れられたダーラスと言う悪魔種。奴が領内で門を開き、迎え撃った当時の[五神最将]団員の四名を惨殺し、領に多大な被害をもたらした。その際に生き残った一人、ザーレス・フェリオル。[五神最将]のリーダーだった彼は、門を閉じることができたが、ダーラスと関係を持っていた一人の女性を庇ったたために、裏切り者とされて領からの追放処分となった。あの方が何を考えてそうしたか、何があって、何故そうなったのか。今になっては、あの戦争の真相はまったく分からないままだ。ただ悪魔種が敵であると獣種に言い伝えるための材料になっているだけだ」
「へぇー。凄そうなのはよくわかっ..........やっぱ分かんないや。俺そうちう系苦手だから」
「じゃあ、次回。今回が前編だし、次は後編しかないよな」
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