第十三話「目覚めし意志」
ウィバーナの異質さ、それは恐怖とも捉えられてしまう程のもの。
安全地帯から戦場を見守り、ウィバーナの帰還で助けられたはずのカイザンも抜いた剣を収められずにいる。隣に居るアミネスもそれに気付いてる。何もそう言ってこないのは、自分もそういう気持ちだからか、一切の疑問もなく無条件でウィバーナを信じているのか。一番可能性があることとしては、カイザンを無視しているとか。
ウィバーナがこちらには敵意は向けず、レンディにその全てを注いでることは武の素人たるカイザンにだってもちろん分かっている。それでも収めない、いや、収められない理由は、彼女に対して抱く感情によるものなのは間違いない。
ーーーーーーー震えが、ただただ震えが止まらないだけのこと。
剣を抜いた右手、鞘を握る左手、辛うじて立っているだけの両足。あまりに震えが止まらないので、我ながら笑みがこぼれる。
この状況を端的に説明するならば、
・・・俺、十四の女の子を怖がってんだよな。
それを、隠したいがために引きつったような笑みをつくってしまう。
「アミネス、頼みがあるんだけど」
どうにもならないことにおいて、何でもアミネスなら頼ろうとするのは、領主になって以来のカイザンの弱みであり、一種の強みでもある。
いつもより真剣味のある深い声音に、パートナーは反応してくれた。
「何ですか?」
今回だけは、嫌そうという訳ではなく、仕方ないなと言った感じの声音。
パートナーとしてスゴく安心感がある。だから、頼りたくなるのがアミネスのぱーとなー、カイザンである。
「目、覚ましたいから、殴ってくれないか?」
「はい、では。[クリエイト]」
「えっちょぶふっ」
描かれたのは、タライ。描いたのは、アミネス。実体化したのは、タライ。落ちたのは、タライ。落とされたのは、カイザン。落としたのは、アミネス。殴ってと頼んだカイザンのパートナーは、タライを落としたアミネス。
眠気覚しにタライ落としなんて、昭和臭が強い。魔力を絞り出してでもパイ噴射をしてほしかった。しかも、もう平成終わるし。
というか、前々から用意していたような早さだった。実際、用意しているんだろうけど。....いや、そんな話じゃなかった。
・・・華麗なる、じゃなくて、可憐な女の子殴りを期待したけど、どっちにしろ覚めたからいいや。
何をされようと、アミネスなら結局許してしまうカイザン。
人を改ざんする前に、まずパートナー関係を改善するべきだろうに。....結果的に良い方向に行くのだから、カイザン的にはこのままでもいいだろうと考えている。
変わらず、このままで。
「じゃあ、やるか」
不必要となった剣を鞘に収め、アミネスが吐いたのを軽く超えるくらいに空気を吸い込んで、
「ウィバーナっ!!」
意味そのままに広い広場で、ちっぽけな男の声が響く。名の本人に届けとの思いで。
「むん?」
聞いたことのない反応の仕方で振り向いてくる。新鮮さの薄れない可愛いやつだ。
この場面、この状況で、カイザンがかけてやる言葉。信じてるとかは違う。少しでも信じられなくなった時、それが負けになるから。
だか、、確信をさせてもらうんだ。そのための、彼女からの確約が欲しい。
「絶対に、何が何でも何をどうしてどうやっても何をしてでも何を賭してでも何かとりあえず何か適当に.....負けんじゃねぇぞっ。俺らの首がかかってっからな」
まとまらないまま発言した事はさておき、伝えたいことは伝えた。返しに期待するだけ。
「にゃにの中身がよくわかんにゃいけど、アミちゃんのは保証するよ。カイザンのはわからにゃいから」
「にゃんだとっ!!」
護衛の公私混合問題に釣られた猫人語で怒りを挟みつつ、頼り甲斐のある背中を向けてくれるウィバーナには早くも感謝の念でいっぱいだ。
結局、カイザンに向けての確約は下りなかったものの、一つの確信は得れた訳でもある。
さっき、カイザンの大声で集まった注目は一つだけだった。最初からずっと、領民が皆全く反応を示していない。
彼らも洗脳されている。操るまでには深くはなくとも、周囲に洗脳が空気的に汚染されている訳だ。
側から見れば、健気な少女が強者に対して立ち向かおうとしている。洗脳された彼らにとっては、正当な決闘にでも見えているのだろうか?
「そろそろ、いい頃じゃにゃい?」
ウィバーナが上から目線で告げた相手は、視線の先で仁王立ちのレンディ。意識を集中させて、獣種の再生力を活性化。浅い傷のほとんどが綺麗な肌へと戻っていく。
「わざわざ待つとはな、貴様の考えが分からない」
レンディの言う通り、ウィバーナは待っていたのだ。そこの辺り、今のウィバーナの余裕さが滲み出ている。
それとも、変身中に攻撃したらアカン的な暗黙の了解が?
・・・そうなると、守衛五人でそれぞれの色を担当する必要があるな。
丁度、[五神最将]なんてのもあるんだし、団員のやる気向上に繋がるかも。な訳ないが。
「獣種の誇りは大事にしろって、リーダーが言ってたから。正々堂々と戦いたいの」
・・・さっき、思いっきり不意打ち仕掛けたの誰だよ。君だよね。
空気を読んで誰も言葉にしてツッコミを入れようとしないので、さすがにカイザンも心の中に留めておく。言葉にしていたら、みんなに引かれていただろう。
・・・高校時代なら入れてたな。
昔のカイザン情報はどうでもいいとして。
ウィバーナの言った正々堂々。レンディが治癒をある程度施した今、その状況は成された。
「もう一度差しでやれば、絶望に堕ちてくれるのだろうか」
「試した方が早いよ。....来にゃよ、また」
そう言ったウィバーナは、平等な戦いの下、クローを再び懐に戻す。
それでも、この場は平等とは言えない。
魔力を変換するウィバーナと洗脳により力を得たレンディ。一見してとも思えるが、数秒前、彼はその条件下の中で圧倒的に勝利した。
「でも、今のウィバーナなら」
・・・それとなく、オーラ的なのが勝ってるんじゃないか?
カイザンに見えているオーラは錯覚か何かって事で。
ウィバーナの見せたハンデ行動に対し、レンディは顰めっ面のまま戦闘態勢に入る。そして、獰猛にも怒りを発源として叫ぶ。
「くたばれーーーーーーッ!!」
震激する咆哮と同時、強く蹴られた地に大きな亀裂が生じ、それだけで地割れ的な破壊が発生する。
前に飛び込む跳躍で距離を詰め、大きな一歩目の着地後に果てしない加速力で駆け出す。獣の遺伝子が持つ身体能力、少しある距離なんて話にならない。
拳撃が人域を超えた速度で、濃密な悪意と殺意で放たれる。
込められた感情を察するのも一瞬のこと。臆する必要はない。
迫るレンディに合わせて、ウィバーナの華奢な腕が突き出される。振りかぶった分と接近の勢いを上乗せしたうえに獣化された拳に対して、ただ前に出されただけの拳。想定外にも、衝突した両者は互角にもお互いを弾き、激しい反発で離れ合う。
二者間にできた明確な距離。互いに崩れた体勢の中で、より速く攻撃に転じられるのは、雷からの加護を身に宿すウィバーナだ。
レンディの攻防、敵の牙城へ一気に攻め込む。
軽快な走りでの接近は、ヒトの視界では捕らえることのできない圧倒的な速さによるもの。
低い姿勢で間合いを詰めて、あらゆる判断をさせる前に速攻で一発。後手の有利さが本来とは別の形で発揮される。
そうやって、至近距離での振り上げがレンディの顔面を雷速で撃ち抜く。はずだった。
「一度失敗したことをもう一度するのか。学習のない獣め」
後ろに足を下げて体勢を整えたレンディは、ウィバーナを右肩から押さえて攻撃を受け流したまま、耳元で語りかける。またも精神面での威圧を行う。
その上、掴んだ肩を自身に寄せて引き、下腹に膝を刺す。今まで上半身のみでほとんどを行ってきたレンディ。意表を突くのもこいつのやり方だ。
なら、ウィバーナもまた自分のやり方で。本当に学んでいないんのがどちらであるか、知らしめてやる。
確かに、一度は失敗した。あの時、ウィバーナは反撃を受けた。....でも、直撃は受けていない。
「なっ」
強烈な膝突きに水の盾に覆われた手を添えるだけで完全防御とした。
なにっ!?とポーカーフェイス越しに仰天するレンディに対し、余裕の笑みのまま笑ってしまうのを必死に堪えながらのウィバーナ。予想通りの結果と言った表情。
この状況にレンディの余裕さが一部砕け、水の盾が弾け飛んだ。
学習じゃない。彼女ら獣種は、肉体から本能で学び、それを魂に刻み込む種族。レンディだって、洗脳さえされていなければ、威力はともかく、相手の防御を掻い潜ることぐらい難しいことではなかったはず。
「ちっ」
小さく舌打ちが聞こえ、代わりと言わんばかりに刺した膝を伸ばして二段に重なる攻撃で対応。今の体勢であれば、ウィバーナは攻撃に移れない。それを踏まえて、攻めを選択した。
盾の範囲から考えて、蹴り上げられれば、防御の意味はない。選ぶのは、回避の一択。
掴まれた肩に体重を預けて、両足を地面と平行に開く。加えて、膝に添えていた手のひらを押して、反作用により体を浮かす。
レンディを利用した見事なまでの新体操。百四十度曲げられた蹴りを百八十度の開脚で避けた。軽やか過ぎる戦いぶり。
・・・ジャンプのT字開脚とか生で観るの初めてだわ。いやはや。
常人では再現不可能の戦闘に心から拍手を。もはや大曲芸大会。
回避から浮いたままのウィバーナ。このままでは着地後にまた攻撃を受けてしまう。
分かっているのなら、今からどうとでもできる。ウィバーナならそれができる。
「っ」
目前ではいいように使われるだけと判断したレンディがウィバーナを離そうと肩を押し出す。
その寸前で隙を突いた蹴りが頰を直撃、低空で器用に脚を操作しての跳び蹴り。衝撃の余韻が脳を掻き乱す。
決定的攻撃、かつ隙を突いたもの。
しかし、この攻撃。レンディならば対処は容易であった。それでも対処をしなかったのは、
「にゃっ」
弾かれた頰のすぐ横にある脚を掴み、無造作に振り回して投げる。予想された反撃。攻撃を優先したが故に、対処はない。
このまま投げられるだけ。
そう思って諦めるまでがただの守衛団団員。今戦っているのは、ウィバーナだ。[五神最将]の若き天才、現役の団員。投げられても、受け身を取って跳ね上がり、綺麗な着地を決める。得点はかなり高い。
レンディの行った上記の行動。
普通なら少女の脚を許可なく触るなんて、ただの猥褻行為に他ならない。あまつさえ、不要と言わんばかりにすぐに投げ捨てた。きっと、洗脳が解けたら次の日の始めに十代の女の子から避けられる日々を送ることになるだろう。
着地先で猥褻犯に背を向けるウィバーナ。懲りもせずに音もなく背後から近づいて来るのが分かる。
獣種に死角はない。特殊能力[強調五感]、五感だけでレンディの位置の完全感知が可能。
卓越した獣種の才能なら、目を閉じていても五メートルの範囲内に存在する者の動きすらも完璧に理解できるとか。目を開けていても同様に。
レンディの拳は凄まじい威力のまま接近している。普通じゃ、間に合わない速さ。距離からして不可避。
普通じゃなく、ウィバーナは雷を纏う。表現的に稲光の如く、踵を返して瞬時に振り向く。その様は、一コマで画面が切り替わったよう。
振り向きと同時進行で脚を斜め上に振り上げる。圧倒的な速さと驚きの股開き。スカートじゃなくて本当に良かったと思う。もし、そうであったら、レンディの猥褻行為が重なる。
雷速に放たれたにも関わらず、狙った顔は既に首が傾けられていて掠りもしないのは承知の上。牽制も踏まえ、二段攻撃でやり返す。振り上げた脚でのかかと落とし。レンディを追いかけるように斜め方向に。
数コンマ秒後に頭蓋を砕かれようとしたレンディは、右半身に重心を置いて軽くターン。避けられた踵が再び地を豪快に割って、一帯を軽く揺らす。
レンディのターンで一般と違う点は、回転後に手刀を構えるあたり。獣種はロー・ブロウをしない主義。力に頼るのみの刀は、水平の軌道を描いて一閃。
剣に似た斬撃も、ウィバーナにとって大した脅威とはならない。....なんて、傲岸不遜な物言いはできず、回避行動を取るのは当たり前。
即座に膝を折ってリンボー体勢で手のひらを見送るも、前方から追加と思しきロー・キックが接近中。両足で地を弾んで、素早い後転で間を空けると、それを利用した踏み込みで跳び上がり、攻撃モーション中の無防備な顔面に一撃を叩き込む。その後、つま先から跳ねるように後方へ跳んでいく。
息切れ一つせずに一連の動作を成し遂げたウィバーナ。
窮地を脱した気分で、額の汗を拭う仕草をする余裕さも健在。
「......に、逃げるのか?」
息を切らした状態で、離れた位置に居るウィバーナにそう問うのはレンディ。彼に余裕さは微塵も残っちゃいない。
背中を押したら四つん這いにでもなりそうな。
「距離を空けただけだよ。それにしても、スゴく疲れてるね。それに大怪我、わたしそんにゃに攻撃してにゃいのにね」
憎たらしいけど邪気のないその疑問はあながち間違ってはいない。
ウィバーナの言う通り、レンディの身体中には大量の傷がある。殴ったりしただけではつきようのない、怪我の数々。まるで、体内から血が溢れ出たような肌の裂け方。
レンディがこうも憔悴し、傷だらけにある理由は、ウィバーナが強くなっているからではない。
「....そろそろ、限界か」
深い洗脳を長く続けた場合、洗脳された側には体内で異常が生じるもの。どこまでも洗脳者が悪意を持った魔法。
「ぶふっ」
遂には吐血した。
口を抑え、絶えず流れ続けようとするそれの不快感に耐えきれず、初めて膝を着く。
それが引き金となって、負傷部位の残傷から次々と流血して、止まることなくただひたすらに。
無数の流血箇所を二つの手で止血するのは至難の技、それだけの傷が醜くも露わとなっている。
これ程ともなれば、洗脳者にも何らかの影響があるだろう。
それでも、彼には彼なりの、種としてのプライドがある。レンディごときの肉体を崩壊させようとも。
「こんな体では限界が。......もういい、貴様らも手伝え」
怒鳴り一つで命令。実行までのラグはほぼゼロ。
言葉一つで魂が勝手に体を動かす彼らにとって、もはや個性なんてものは形をなくしている。全く同じ動きで構え、集団行動的に散開を始める。
レンディが手伝えと命令した者たちは、場外に控えさせられていたトリマキたち。
しばらくの休憩が与えられていた事で、焼け焦げようとしていたはずの肌は既に元の色を取り戻しつつある。再生力が古い肌の角質でも落としているのだろうか、なんと美容に特化した種族か。
「にゃー、正々堂々と戦おうよっ」
レンディとは、本当の意味でも相対する存在。血を吐くレンディに対し、疲れを顔に出さず、元気全開で不満を口にするウィバーナ。
どちらが生き残るかなんて簡単に判断できる状況で、レンディは諦めず、ウィバーナもまたそれに応える。
普通に戦闘を行える程度まで回復しているトリマキたち、レンディから与えられた力の効能は凄まじいものだ。
しかし、借り物の力を治癒だけに注いだのなら、今のウィバーナにとっては何の脅威にすらならない。
ウィバーナが始めに見せたあの回転蹴りは相当な魔力を消費していたことはカイザンにだって分かる。
魔力残量は少ない。そんな理由なしでも、今のウィバーナならトリマキごとき純粋な体術のみで事足りる。
笑みのまま駆け出したウィバーナ、姿勢を低くした超速体勢で、雷の助けを必要とせず地を蹴り続けて加速を重ねる。
急速に接近から、勢いを上乗せした膝蹴りでトリマキの顔面を突く。目を覆う骨を潰した。必然的に関節のまま曲げられたその足を伸ばすとともに、足先の触れる鎖骨部分を蹴って後ろに高く跳ぶ。跳んだ先に他のトリマキが待っているのは、獣種なら分かって当然のこと。
空中で華麗に仰け反って身を回す。体捌きを利用して、着地点を自由に操作。降りた先のトリマキの肩にそれぞれの足を置き、広場を見渡す。
足首を掴まれる前に跳躍なしでの前宙を行い、その過程の中で目前に映るトリマキの下顎目掛けて拳を入れる。それに回転の要素が加わったことで、強烈なアッパーとなって放たれた。何かが砕ける音。
しゃがみ込みながら着地したウィバーナは、その体勢を利用して瞬時に踏み込みから駆け出し、そのまま他のトリマキへと突っ込んでいく。容赦が無くなったのか、骨を確実に砕いて戦闘不能とするのをただ繰り返す。
防御・回避・反撃、彼らの戦闘において与えられた三要素、ある種でのアルゴリズムが機能を無くし、空間を自在に利用して戦うウィバーナが彼らを翻弄し始めたことは確か。
動きの細部から、一つ一つの行動が今までとは一線を隔す程に、呼吸や一挙手一投足に至るまでのものが玉の瑕を許さない完璧さで繰り出され続ける。
攻撃の威力、防御の硬さ、行動速度。魔法によって一要素を強化するのではなく、彼女本来の戦闘技術だけを発揮することが隙のない完璧なものとなっているのだ。
....一方で、レンディが自由となる時間は、酷く短いものとなった。
「使えない雑魚どもが」
元のタイマンに戻り、数秒の時間で残る魔力を治療に注いでいたレンディが怒りと悔しさで歯を噛む。
見れば、全身の傷はしっかりと浅く、場所によっては軽傷の数々が塞がっている。差しと言っておきながら、何と卑怯なことか。
その汚れた自尊心も、体内で侵され、蝕まれている。
治療のために時間を作ろうと、周囲洗脳を再開させた。それはレンディを経由して行われた洗脳。つまり、負荷は全てレンディが負うもの。
獣ごときの再生力で、高位に属する魔法の副作用に対抗できる筈がない。
「がああああああああああっ」
レンディが発狂して、止血した表皮から血が再噴射する。
ただの発狂も本能的なもの。すぐに正気へと戻る。治癒に注いだ魔力は既に底を尽いた。また洗脳者から魔力を借りようとすれば、体にさらなる悪影響が出る。
「なんと脆弱で貧弱な肉体だ。下位の獣は黙って洗脳されることもできないのか」
負のループに気付き、怒りを獣種に、下等なる種族へと。こいつは最初から、いつまでも獣種をバカにする。
種の自尊心を貶すことは許されない行為だ。
レンディの言葉を借りるなら、身を以てして証明してやる。獣種は他種族が思い浮かべる程に下等でないことを。今のウィバーナが、守衛の責務を果たそうとしていることを。
ここにいる[五神最将]団員が、獣種の、獣領の代表となって微塵の強がりなく宣言してやる。
この領に汚れた存在など不要、ここで'わたし'が渡してやるんだ。
魂が汚染されて心を失ってしまった醜い獣に生きる理由も、助かる権利もない。...洗脳が解けたとしても、彼らに存在価値はない。
ただの領民には生きる義務があり、守られる権利だってある。そして、ウィバーナに与えられた義務は、
「わたしの名は、ウィバーにゃ・フェリオル。[五神最将]の団員にして、フェリオルの家名を持つ者。この領の不届き者を処する者である」
まさか自分の名前まで「にゃ」ににゃるとは驚きだ。
その驚き以上にこの宣言は、相手に威嚇する役割以上の効果を持つ。
「わたしが、おまえに引導を渡す」
その言葉は、その引導は誰に向けられ、渡されたものなのか。
正面で満身創痍にあるレンディと、どこかでレンディを操っている洗脳者か。
どちらにせよ、この戦いの終幕を告げることに変わりはない。
ウィバーナらしくない言葉が続いたが、最後にあった決意の挑発と、眉尻を上げて浮かべた自覚のない悪戯な笑みは彼女らしさそのものだった。
本当に、無邪気で無垢で純粋で。アミネスに似た生意気さをたまに見せる少女だ。
戦闘と一切を隔絶した笑顔がそこにある。
この戦いに何一つ賭けちゃいない。だから、
「弱者が。たかが獣種が。たかが下等ごとき種族が。俺を、俺の力を受けたこいつを殺るとほざくのか。...ふざけるな」
こんな下等種族に、負けるのが許せない。
自分自身でないとはいえ、どれだけ力を与えたことか。洗脳魔法はされる側との調律と同調を必要とする。レンディはもう、他人ではない。
こんな下等種族に、負けるなんて許されない。
種の自尊心が、誇りが貶されるのも同然。実力で遥かに劣る獣に、間違いあっても負けていいことはない。
許せない。許されない。あり得ない。ふざけるな。
絶対に許せない。獣も、レンディも、自分も。...いや、悪いのも弱いのも、憎むべきもただの一人しかない。
全部が全部、全ては。
「ウィバーナァァァァァァァアアアーーーーッ!!」
こいつが、全部こいつが悪い。こいつが許せない。
異端は所詮、異常で異質で、この世界の悪意そのものに他ならない存在。
何の多重血だか知らないが、高位の種族から力を与えられたレンディが無様に屈し、醜くも血肉を晒し、敗北する。はあっ?ふざけるな。負け恥を晒すのは、いつだって愚かな弱者だ。戦場で笑顔を振り撒くこの娘に、死を刻んでやる。
不要なレンディの命を尽くしてこいつを、ウィバーナを殺す。殺すだけで十分だ。それだけで満足する。この勝利なんてのはどうでもいい、この戦い自体をただの執行と思えばいいだけのことだったんだ。獣種の命ごとき、生かすも殺すも簡単なこと。解釈の仕方もそうだ。
怒りを発源として、口が裂け切れんばかりに標的の名を叫ぶ。共鳴か、レンディの全身から血が溢れ出ていく。死が目前まで近付いてくる。気にもしない。洗脳者には一切の痛覚が届かないからだ。高位に洗脳されたのだから、命尽きる最期の時まで、その身を賭して盲従してもらわなければ。
命の喪失より、命を奪うこと。それが洗脳された下等なる者たちの、レンディに課せられた最後の宿命。濃密な殺意の意志は彼に在る。
姿勢を低く、血が失せてすっかり細くなった腕が貸された力により肥大化し、最後の一撃と言わんばかりに全力で駆ける。
力にみなぎる腕と生命は反比例、自ら死へと突き進む。
向かう先には、構えずにただ直立するだけのウィバーナと闇に在る死。
レンディが、洗脳者の意志が伝わっていながらも、消えることがないウィバーナの笑み、絶対に揺るがない余裕。......この少女には、絶対に勝てるはずなんてないのに。無意識の内に誰もが抱くもの。
それでも、止まらない。止まるわけには行かない。
....レンディを纏う殺意がさらに濃密さを増した頃、突然、ウィバーナの体が微かに震えた気がした。
震えというよりは、振動したというのが正しい。
それが見間違いでなかったことは、簡単に判断できた。だって、すぐに異変となって現れたのだから。
「うっ」
目を剥いて内に溢れる何かに侵されて胸を抑えたウィバーナは、こぼれた苦しみの一言を残し、抗えぬままゆっくりと目を閉じた。...力が抜けたように、体が前後に小さく揺れた後、前のめりに倒れようとする。
一体、彼女に何が起きたのか。
刹那の思考、考えることなんて一切ない。そんなものは血ともに消え失せていった。ただ、今が殺る時だと確信しただけ。この一撃を持ってして、終わりとするだけのこと。
構えがないのなら好都合、それでいい。もろに一撃をお見舞いして、殺す。
距離は間近、すぐ目の前。拳がウィバーナの幼げな顔に届く。あと数秒がコンマに。数十センチが数センチに。あと少しで行われる。
それは、異端の執行。醜い獣を、俺が。殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺してやるよぉォォォォォオーーーーーッ!!
「そこまでにしてもらおうか」
またも突然に事は起きた。
前触れなく、周囲の領民たちは洗脳されているにも関わらず、第三者の声が鳴り響いたのだ。さらに、それがすぐ近く、ウィバーナの背後から聞こえたもの。反応しない訳がなかった。
「.......ぶふぁ」
背後からその姿が現れたのに気付いた直後、視界に映ったのは残酷な血飛沫。もちろん、自分のものだ。
獣化された豪腕が鼻を折って、その先にある頭蓋を砕くヒビを入れ、遅れてきた衝撃が顔面を貫いた。
意識が消失し、魂が元の色を取り戻すも、肥大化した腕が役目を果たせぬまま弾けて大量に出血。肌が腐ったように汚れ、骨が浮かび上がり、粉々の頭蓋を抜けて眼球が垂れ落ちる。...これをもって、獣種レンディの命が消失した。
それに伴い、周囲のトリマキ、洗脳されていた者たちが次々と意識を失っていく。洗脳が解除され、借りていた力が所有者へと戻ったことにより、元の胆力がウィバーナの攻撃に耐えきれずに気絶してしまったのだろう。彼ら自体、そこまでの人材ではないのだから。
それを確認次第、カイザンたちは倒れたウィバーナの元に駆け寄る。アミネスが抱き起こし、息があるのをしっかりと確認。どうやら無事らしい。
その前で魂が抜けて動くことのできないレンディの体をゆっくりと地面に伏せさせるのは、今更登場、どっかのルギリアスさんだ。
カイザンたちを他所に、彼はもう目覚めることのないレンディに小さく語りかける。
「安らかに眠れ。お前は悪くない」
これ以上、獣種としての誇りを貶さないように確実に命を狩る方法を取ったルギリアス。他でもない、レンディのため。自種を貶すことを自分が行う程、種族にとって苦しいものはないから。
守るべき領民の死に対して、両手を合わせたまま頭を下げると、振り返ってカイザンたちに向き直る。
「すまない、遅れた」
端的に謝罪を済ませ、ウィバーナの体調を外見から目視で確かめる。
医師免許無しでの診察で問題なしと判断。今度は、周囲に幅広く目を向けて、領民の安否も確認。洗脳が解けたことで、傍観していた者たちが状況を掴めずに混乱している様子。
この後、彼らに事情を話さねばならないことを考えただけでスゴく憂鬱で疲れた気分になる。
それを考えたのと、やっと緊張感から解放されたのが混ざり合って、深いため息を吐いた。もちろん、ルギリアスの遅い登場にもだ。
すると、アミネスの腕の中、ウィバーナが小さく動いた。弱々しく目を開けると、頑張って口を開いて、
「もお、ホントに遅すぎるよぉー」
安堵よりも先に不満を言い残すのがとても彼女らしくて、カイザンたちも安心する。
頰を緩めたまま再び目を閉じたウィバーナ。
「さすがに緊張みたいなのはしてたんだな。目覚めたら、ちゃんとお礼言っとかないと」
と言うカイザンが一番緊張を解せていない。たぶん、後ろからわっ!!ってやられたら腰抜かすか気絶する。
今何とか踏ん張れている。プールの授業の時に、お腹を引っ込めているみたく。
「この場は他に任せ、詳しい話は王城、リュファイス領主の前で聞かせてもらう」
広場の者たちとレンディの死体は他の守衛に任せて、ウィバーナを担いだルギリアス。カイザンたちを王城へと連行した。
・・・なんか、容疑者みたいな扱いだな。
空の上の神に誓って、悪い事はしていないはず。アミネス曰く、存在以外は。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その頃、獣領で一番空に近い場所、刻限塔の天辺にて。
「....失敗したか。やはり、深層への洗脳は本来の意識との調和に苦しむものだな。特殊能力もうまく機能しない。ぶぶっ」
遠くから広場を見下ろす'洗脳者'は、長い独り言を重ね、吐血した。
「レンディの負傷か。俺の身体にまで影響の出る程の魔力、あの気配と威圧。........まさか、あの獣は」
最後にこぼしたのは、驚愕と嘲笑を込めて。
カイザン&アミネス パターン五
「やっと、レンディの野郎が倒されたな。怖いくらいに気持ちがいいぜ」
「人が一人亡くなったというのに、よくそんな気分で居られますね」
「そんな言い方されたら、俺がめっちゃ悪役になっちまうじゃねぇかよ」
「それにですよ。レンディという方はあくまで洗脳されていた訳ですし、哀れな犠牲はしっかりと悲しむべきですよ」
「哀れな犠牲呼ばわりも酷いと思うよ。俺に対しての口調に慣れすぎて、他でも使ったりしないようにしろよ」
「カイザンさんに言われなくても心得ています」
「心得るレベルだったら、俺にだって優しくしろよな」
「ぱーとなーは何でも言える関係ですから。契約解除条件は女神領に帰ることのみです」
「遠回しに、私はこれからも口調を変えませんって言ってるんだよな」
「勝手な解釈ですよ。人の考えを一方的に考えた結論や答えを出すのは、帝王的な発想ですよ」
「人の心を無断で読むやつはどうなんだよ」
「........次回、最暇の第十四話「多重血の少女」。ウィーちゃんが多重血だった件、そう言えばカイザンさんに言うの忘れてたって今思い出しました」
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