第十二・五話「ふたつの意志」続き
「なあ、アミネス。俺らはどうしてやることもできないのか?」
屈伏するウィバーナをただ見下すレンディ。
その数十メートル先でただ立ち尽くすだけの二人。無力という歯痒さに耐え切れず、カイザンが地面を強く蹴る。
そんなぱーとなーにアミネスは返す。
「何もできませんよ。もし、ここで私たちが何かしてしまえば、あの方の標的はカイザンさんになります。そうなってしまえば、ウィーちゃんの負担がさらに重くなるのは分かりますよね。...勝利を願って見守る他ありません」
「うん、説明は分かっけど、何で標的が俺個人?」
親友がピンチの状況でも平常心を保てているアミネスに感心する。
この場で平然としていられるのは酷い事だが、心配でおかしくなり、変に事を起こさないことは善なる行動。
しかし、アミネスはそれを分かってている訳ではなさそうだ。となると、何が彼女をそうさせるのか。
「お前は、この状況でも。本当に....信じられるのか?」
正直、関係が深い訳でも浅い訳でもないカイザンは、平然となんてしていられなかったし、勝てるのかと不安にしか思っていない。
それが親友ともなればどうだ? もう一ヶ月以上は親友と会っていないカイザンにはよく分からない。
そんな浅はかとも言える質問に、アミネスは当然カイザンに対してため息を吐き、真剣な眼差しで答えた。
「信じられるとか、ウィーちゃんなら絶対に勝てるとか、そういうのじゃないんです。今、ウィーちゃんは私たちのために必死で戦ってくれている。何もできない私たちに、勝手な選択をする権利はありません。しちゃいけないの、分かってます?」
言い終わった後、言い負かしてやったと言わんばかりの勝ち誇った笑みを浮かべられた。言い返す気力が全て削がれる破壊力だ。
・・・破壊力って、もちろん良い意味での。
アミネスの言う通りだ。
結果を受け入れる覚悟なんて、身を任せた時点で決めていなければならないことだったんだ。
今、改めて思う。
「まあ、そういうことだよな。分かったような気分」
分かりきったような笑みでの対抗。
「私の主観的な考えを述べただけです。私たちの大切な友情を勝手に理解してもらいたくないんですけど」
「これが無事に終わったら、まとめて土下座するから見逃してくれよな」
急に引きつったような笑みになり、震えかけの声で約束した。土下座の件ではなく、無事に終わる事について。
もう見守るなんて話じゃないらしい。レンディがこちらに向き直り、標的が自分たちにされているのだから。
・・・いよいよマズイことになったのか?
この状況、ある意味では当初に予定していた通り。
レンディ一人を相手にし、[データ改ざん]を放って圧勝。...あんな戦いを見てからだと余裕では居られない。少ない魔力を無駄撃ちするだけだ。
となると、剣でたまたま当たっちゃった作戦でいくか、[スィンク]を連発するか。
・・・あそこまで魔力を語られた後だと、低レベル魔法を放つのが恥ずかしいよ。
諦めて、同じピンチに立つ仲間に何故か救援要請。
「アミネス、何か良い作戦あります?」
「作戦なんて要りませんよ」
「へあ?」
予想外の即答返しに、未だかつてこんなものが俺の口から出ただろうか?というおかしな声が。
アミネスから満ち溢れる信頼という名の絶対的な自信に疑問があるが、聞いてもよく分からなそうだから問い詰めないでおく。
ふとレンディを見れば、こちらに近付いて来ていた。数十メートルと言ったところか、恐怖を煽ろうとゆっくりゆっくりと歩いてるからウザい。
と思う間に当たり前だが時は進み、十何メートルまで。
慌てて本日二度目である同じ危機に在るパートナーに救援要請。
「おいおい、どうすんだよ」
「言いましたよね。作戦なんて要らないって。仮にでも最強種族なら、もう少し堂々としていたらどうですか?」
アミネスの謎の余裕に益々の疑問を抱いて、再びレンディに目を向ける。
ある程度の距離で深く踏み込んで、飛び込んでくる気満々のご様子。さらに慌てててててててて。
きっと、こういう慌てようを見て楽しんでいるんだろう。そんなレンディが心からウザァい。
・・・何て考えてる暇じゃない。
「だっから、どこからそんな余裕が......」
「私たちを守るって、そう約束してくれた強くて優しい女の子が居るんですから」
カイザンへと跳躍しようとしていたレンディ。その直前と言ってよい。
周囲一帯に圧力がかかった。例えるなら、魔王の復活に第三者として立ち合った時みたいな。...そんな経験はないけど。
その凄まじい程の威圧に、レンディすらも得体の知れぬ何かを感じたように目を剥き、動きを中断させて振り返る。
レンディの突然な動きに警戒するところで、標的がズレたのかと思ってホッとしたカイザン。遅れて視線を向ける。レンディに迫る姿を見届けることすらできず、刹那の内に視界から消え去った。
気が付くと側面から突風とともに砂埃が直撃するが、勢いが強過ぎてすぐに通り過ぎていく。
一瞬の息苦しさのまま、突風の発生地点、レンディが吹っ飛んで行ったレンガの家を首を傾げて見つめるカイザン。そしてアミネスは、宿前の広場の中心を見つめて、空気をいっぱいに吸い込んだ。
もちろん、レンディは謎の現象的なので吹き飛んでいった訳ではない。この場で、この状況で。レンディを飛ばすことができるのなんて、一人しかいない。
跳び蹴り後の着地の姿勢から踵を返し、頭を振って短い髪を払う。
「ウィーちゃんっ!!」
この場で唯一信じていてくれていた親友の呼びかけに、ウィバーナがいつもの笑顔とVサインで返してくる。
英雄の帰還は、とても早いものだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ホッとした安心に包まれる一方で、恐怖すら感じる光景だ。
驚くべきは、彼女の身体に一切の傷がないこと。あれどけ負傷したにも関わらず、平然と立っている。まさに、異質な存在。
カイザンだって、アミネスと同じく救世主の再現に素直に喜んでやりたい。ふざけながら何故、無事で居るのかを聞いてやりたい。いつものようにまた。
しかし、そここら先を問う権利は、カイザンにはない。
「貴様..........何故、動けている?」
蹴り飛ばされたレンディが遠くからそう問いかけた。
自分が突っ込んで崩壊した家の一つ、ヒビの入ったレンガに体重を預け、垂れる程度の吐血をしながら冷静な声音で。
彼の肉体がいくら負傷しようと、洗脳者に直接的な影響はない。間接的な面では、一種の通信障害。
故に、レンディの中が痛む素振りを見せることはない。
負傷でそうなっていたのは、数秒前のウィバーナも同様であった。なのに、全快したような動きで今日一番の威力を。レンディの疑問はごもっともな。
しばらく流れる沈黙は、ウィバーナが何も答えないからではない。レンディも含め、数名がなぞなぞでも出されたように考え込んでいるからだ。
例えるなら、金曜日の終学活の余った時間で担任がなぞなぞを出すけど、すぐに下校時間となった。「答えは来週の月曜日に出す」と言い残したその日の帰り道。....だーれも喋らない。自分が先に正解を出したいから。
・・・そういうのって、だいたい月曜日が祝日で休みだったり、待ちに待った正解発表いざ当日、答えがめちゃくちゃつまらないパターンが多いんだよな。
どんどんと深くまで思考に浸っていたカイザン、そこでアミネスからの生暖かい視線に気付いて、真面目に考えてみる。
やっぱり、思い浮かぶのなんて....。
「獣人の、超再生能力とか?」
そう、獣の驚異的な回復力。、または、再生能力。カイザンの知識内で説明できるのは、これしかない。だが、それが答えでないと次に語られた。
「獣の再生力については知っている。知っているから言える。貴様は異常であると。再生能力はあくまで体外の小さな傷を治癒させるものであり、なおかつ意識の平常時に任意で行われる魔力運動だ。貴様は負傷により意識を失いかけ、俺の洗脳にかかろうとしていた。故に、貴様は異常だ。何らかの意志によって創られたような申し子と言えるな。.......答えろ、貴様の半分はなんだ?」
ほぼ同時に正解にたどり着かれたと思って悔しくなったけど、徐々に低くなって怒りの込められていく声音に恐れをなして二歩だけ退く。結果、一番前のつま先に垂線を引いた時にアミネスが少しだけ前に出ている感じにした。
護衛対象の悲しい逃走を他所に、ウィバーナは満点の満天笑顔を苦笑いに変えて。
「わたし、アミちゃんと同じおにゃ女おんにゃの子にゃんだよ。異常とか、リーダーに怒られちゃうよ」
純粋なウィバーナの誤魔化しは実に外れている。
カイザンならここは可愛いからと許すけれど、レンディでは意味のないこと。
「答えろ。貴様には答える義務がある。多重血、獣種ともう半分を言え」
前にアミネスの言っていた多重血なる存在。獣種以外のもう片方の種族が魔法を使える種族なのだとしたら、ウィバーナが使えていたのも納得がいく。
果たして、そのもう一つの種族とは一体何なのか?
カイザンも、親友のアミネスすら教えられていなかったであろう隠し事。ルギリアスやリュファイスからも話が出なかったことから考えて、重要機密か誰も知らないのか。
みんなが答えを待っている。不必要な間を空けて、ただでさえ集まっている注目をさらに不要な程に集めたウィバーナは、緊張した面持ちから演出すると、急激に申し訳なさそうな顔をして...そこからまた満面の笑みで。
「わたし、知らにゃいから」
・・・いや、知らないわかぁーーーーーーい。
心で喋ることになれていなかったら絶対に口から漏れて行動にも出ていただろう。
これへさすがにアミネスも笑いかけ、空間が大滑りした後のよつな悲しい静寂に。
その中、有難くもレンディの咳払いが響いた。
「...................まあ、いい。仮に貴様の言うことが真実だとして、本当に知らないのだとしたら、俺は種族として異端を執行する義務がある。知っているのなら、もう一度同じ状態にして無理やりにでも聞き出すだけだ」
相変わらず、対峙する者の精神に威圧をかける物言い、見えない悪意が形となって押し寄せるが如く。
朦朧とした意識の中で、この威圧がどれだけ心を蝕んだことか。
でも今は、負ける気なんてしない。堂々と宣言できる。圧倒的強者に言ってやれる。
「やれるもんにゃら、やってみろっ」
「な」が「にゃ」ににゃるのは変わらにゃいけど、込められた意志の重さはまるで違う。まるで、似て非なる何か、別人も同然だ。
さっきまであれ程までに絶望に堕ちていたはずなのに、一体何が。
レンディとて、その疑問がない訳ではない。ただ聞いただけでは、こいつは答えないことが分かっている。
「獣の娘が、高位の種族を侮辱するとはな」
「下位に在るのは、お前の方だろ」
底知れぬ怒りで激昂したレンディ、小さく返された言葉は誰にも届かない。
強い怒りが再生力を促し、全身の浅い傷が急速に治癒されていく。
レンディもまた獣種としての技量を持ち、再生能力を活性化させられる遺伝子を持つ者。これを今のレンディができるのは、洗脳者が肉体と完璧に同調し、適応している結果。
それでも、の話。自身を高位と名乗る洗脳者の力を借りても、所詮は表層の傷を癒す程度の再生力。時間を多少費やしたとしてダメージが消えることもなく、確実に治癒への絶対的な集中が必要となる。深傷を治すことは不可能で断言できるこの能力、下等と呼ばれる種族なのも納得がいく。
レンディの証言通り、ウィバーナが異端であるのが間違いないということの証明だ。
傷を全快した今のウィバーナ、何かが異質で異常。種の異端児に他ならない。
後書き
カイザン&ルギリアス パターン1
「カイザン、突然だが貴様に言いたいことがある」
「おいおい、呼び捨てとは聞き捨てならねぇな」
「ウィバーナの事だ。ちゃんと優しく扱ってあげているのか?」
「敬語はどうしたよ、おい」
「護衛だが、無茶は絶対にさせるなよ。あの歳だ。傷なんて残すわけにはいかないんだぞ」
「おい、聞けよ。過保護が過ぎるぞ、ビースト・ペアレント」
「それに、貴様と一緒に居た娘と特に仲良くなっているそうじゃないか。信頼できるんだろうな?」
「それに関しては答えてやるよ。どうやら、あいつは俺以外には毒舌を吐かないみたいだ....」
「それにだ。最近の....」「いや、結局聞かないのかよっ」
「じゃあ。次回、最暇の第十三話「目覚めし意志」...........ウィバーナに何があったのか気になるけど、早々にレンディをぶっ飛ばしてもらわないとな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます