第十二話「ふたつの意志」---後編---
前書き
レンディの見解から、ウィバーナが魔法を使える種族との多重血であったことが判明した。
洗脳者により強化されたトリマキを一掃するため、稲妻のように自ら戦場の真ん中へと走るウィバーナ。
足先から雷が炎へと変換され、トリマキ全員を巻き込む炎の回転蹴りが炸裂した。
ウィバーナの足が新たに纏ったのは、純粋な赤をした炎だった。トリマキたちがそれに気付いた時、既に意識は呑まれ、溶解されるような状態で彼らを瞬く間に煉獄の内へと包み込んだ。
「がァァアああああああああアーーーっ」
一体、何人の声が重なっていただろうか。
怒声か、悲声か。はたまた、嘆きか。込められた感情は複雑に重なり合っている。
どれも正確にはわからないが、ただただ複数人のものであるのは間違いない。
一人また一人と呑まれていき、颱たいふうの目の役割を持つ中心で、雷の余韻を残した蹴りが彼らを勢いと衝撃で貫き、薙ぎ払われたようにそこから火だるま状態で飛び出してくる。
流炎に洗脳の薄れた自覚を支配されていき、飛ばされた先で盛んにも燃え続けるそれを必死で鎮火させるために方々で転がり回っていた。
いくら叫んで、暴れて、必死に足掻いて、恐れてすらいない死に対して足掻き続けても、炎が消えることはない。自意識が消そうとしても、魂は目前の死へと突き進もうと、それを受け入れている。
一見して、それは。
ーーーーーーーーーーーー残酷だ。
そう一言で片付けることはできる。
果たして、その一言はどちらに向けるべきか。
彼らを焼いたのは、ウィバーナだ。しかし、抵抗すれば消せない火ではない。抵抗させないのは、洗脳者だ。
洗脳魔法とは、そういうもの。一度魂を支配されてしまえば、盲目的・強制的に服従。あるいは、無意識の内に事が起こされる恐怖。身体で何を起こされようと、魂の決定には逆らえない。
一種の呪い。解呪方法は、洗脳者が一定範囲から離脱するか、洗脳者が解くか。どちらにせよ、洗脳された側にはどうすることもできない'残酷さ'。
守衛として、この惨劇を止める義務がある。
トリマキ全員を薙ぎ倒した頃、炎風が徐々に散り始め、焦げ臭さの中から逆さまのウィバーナが姿を現わす。
回転の遅くなった状態から両手で地面を弾いて、空中で軽々と身を回して綺麗に着地する。
彼らを焼いた訳だが、ウィバーナには一切の焼け跡がない。魔法の制御とは、物質との調和を保つこととされている。火属性魔力が基となれば、触れた物質を燃やすことが可能となるが、調和をして場合は標的となる物質以外は何の影響も受けない。
つまりは、業火の中心に居たウィバーナは衣服や身体のどこまも焼けてはいないということ。
しかし、その顔には明るさの全てを失ったような罪悪感以外は虚無に在るも同然。
彼らトリマキは、ただでは気絶も許されない。
それが分かっていながら、こうしなければならない現実。十四歳の少女にはまだまだ重すぎるんだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ウィバーナの生み出した炎の竜巻がもたらした被害は、予想外にもトリマキたちの熱傷以外には無かった。それは、彼女が炎風の動き一つ一つを操作する技量の持ち主だったからだ。
いつもの天真爛漫さからは考えられない。今日は本当に驚かされる。
操作された炎は、横に広がるのではなく、空高くへと昇り続けていた。過言でもなく、獣領の何処からでも観れるレベルで。
だから、獣領を一望できてしまう場所からは丸々と観えてしまうのだ。
「あれは、ウィバーナの魔法だね」
王城の一室で優雅そうに窓の外を見つめる領主リュファイス。
「ルギリアスが許可を出したなんて報告は聞いていない訳だし、こんな昼間からだけど光衛団が現れたのかもね」
自分の領にしては楽観的でやたら他人事な口調と気のなさ。それに対して、その傍らに立つ少女もまた、リュファイスの態度が影響して、あまり気にしていなさそうな。
「お兄様はそう言うけれど、獣領の総人口には一切の変化がないわ。....この嫌な臭いはきっと、洗脳でもされているんじゃないかしら」
ことわざ的意味ではなく、小鼻をうごめかしてその臭いを感じ取る。
「そうかい。...あっちの方向は確か、カイザンくんたちの居る宿だったはず。ウィバーナも居ることだし、ルギリアスもきっと向かってる。大丈夫だろうね」
確信とは程遠い推論であるが、彼にとってのそれは、絶対なるモノに他ならない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「もういい、下がれ」
黒くなる寸前まで焼け焦げても尚、ウィバーナに対して敵意を向けていたトリマキたちを、レンディがため息混じりに制した。
身体を地面に引きずるように場外へと移動していく。
・・・やっぱりか。
トリマキたちの洗脳は、レンディを介して行われているもの。故に、トリマキたちの行動中はレンディの動きに何らかの障害があるのだろう。これは、その逆もまた然り。
こうして、場面は整った。
「約束通り、俺が相手になろう」
立ち上がり、一歩二歩とゆっくり前に出る。
肉体的には特段強そうとも思えない体格と肉付き、一般的な中肉中背。獣耳からして基は犬、猟犬とも言うべきか。
彼が洗脳の中心とすれば、一番力を与えられている存在。
目の前で対峙するウィバーナには、それご真に理解できているはず。
でも、決して退くことはない。そこに意志が在るのどから。
「力の限り、抗うがいい」
「にゃっあ」
言い終わるのと同時、片腕を引いた姿勢でウィバーナを睨み付けたまま、小さく踏み込んだレンディが強靭な脚力だけで飛び込んだ。
止める暇のない最短距離を一気に突き抜けた先制攻撃。確実に獲物を狩りに行く。
対し、本能が何かを感じて反射的に腕を交差して防御の構えとなる。衝突した瞬間、凄まじい威力も押し寄せる衝撃に小さな身体が軽々と吹き飛ばされる。
ここは住宅街も同然の場所だ。飛ばされていく先、レンガの壁面に叩き付けられ、土煙が巻き上げられる。爆発でも起こったかのように。
側から観てただのイジメだ。
「ウィバーナっ」
魔法を解放して、絶対的な優勢に立ったと思われていたウィバーナが、たった一回の拳撃一つでひっくり返った。
思わず安否確認を込めて叫んでしまったカイザンは、自制心を通り越して安全地帯たる宿から飛び出してしまった。
「カイザンさん、戻って」
宿に連れ戻そうと、アミネスも外に出る。
そこで、カイザンをの腕を慌てて掴んだその時、ふと視線をずらした。....レンディの狂気的な瞳と目が合い、足を止めた。
正確に言えば、目が合っている訳ではない。
レンディの視線の先にあるのは、アミネスの首元。創造種の紋章を見られてしまった。
絶滅危惧種たる創造種。向けられた瞳は、新たな標的を見つけたように光る。...それではまるで、前の標的が、ウィバーナが既に敗北してしまったということになる。
そんなはずがない。安否確認への返しはなかった。だって、彼女が今返すべきなのは、安否確認でも、カイザンに向けてでもないから。
何かに気付いたレンディが、アミネスから視線を外して正面方向を静かに見つめる。
直後、一帯の視界を埋めるように再度高く巻き上げられる土煙。次に発生するのは、周囲を飛び交う高圧の静電気。それらに包まれながらも中心でしゃがみ込み、攻撃の体勢にありながら負傷した部位を押さえている。
・・・深傷、なんだな。
ウィバーナはいつも楽しそうに笑う女の子。
反撃に移れずにいるその姿は、余裕さから焦りに転じている。
それでも、立ち上がった。立ち向かって領を守ろうとする意志は消えちゃいないんだ。
再び魔法機器から大量の色が流れ出し、ウィバーナがそれを身体に宿す。
髪の毛が逆立ち、全身で纏い、全身を包む雷が濃密さを増していく。
レンディの初撃、あれが本気でなかったのは察せる。それなのにスピードも威力も桁違い。防御に伴い地面に突き刺していた両足を簡単に離された。
ウィバーナ自身、自分がこの領での相当戦力であることは自覚しているところだ。
レンディを倒せたとて、いずれ洗脳者との戦いが待っている。
敵が一人とも限らない以上、今、自分がここで負ける訳にはいかない。
一撃を返すなら、倍以上の反撃で。
雷速に加わり、踏み込んだ足の力が大地を簡単に割り、稲妻の如く速さで残像だけを残す。
そして、そこに。
「いい一撃だ」
レンディの感嘆の声もまた、微かな絶望を残す。
ウィバーナの飛び込んだ方向で、正面に手のひらを真っ直ぐに差し出したレンディがいる。一歩も動くことなくそれを受け止めたレンディがいる。
正に異質。異業を平然と為され、続いて拳を握られたウィバーナは驚愕に目を見開くことしかできない。
賞賛から一変、それを嘲笑うように格上が告げた。
「......だがな。決定的に欠けているんだ。貴様はまだ、本当の殺意を。殺人ということを知らない。故に、だ。俺が身を持って、証明してやろう。貴様が守ろうと足掻く、その者らを」
その先を口にしなかったレンディ。
必要がないんだ。誰もが理解できる。その先を。
ウィバーナがここで負ければ、カイザンたちは他の誰でもないウィバーナの前で殺される。自分だけが生かされて、親友たちが...。
そこで思考を無理やり中断させて、本能じゃない感情での対処に動く。
ウィバーナの拳を掴んだまま、耳元で語りかけたレンディ。最後に強く言い放ち、宣言通りにまずウィバーナから濃密な殺意を向ける。
掴む右手を自身に引いて、ウィバーナを近付ける。もう片方、左手には殺意が形となった。
狙うは頭蓋。確実に動けなくさせようとしてのこと。
至近距離での攻撃。回避不能、それに威力は計り知れない。ただの防御では意味がないのは、実践済み。
だったら、イレギュラーを重ねるだけ。
こめかみに付けられた魔法機器の名称は、[三色の魔導器]。まだあと一色が残っている。
「らあっ」「くっ」
悪意に呑まれる寸前で、ウィバーナが対応手として前に出す右手に還元された魔力が集まり、さらなる彩りを持つ。それは、限りなく純粋な青だ。
渾身の殴りがギリギリで形成された水の盾で受け止められる。
水属性魔力の特性[硬化]による緊急防御、一瞬で破壊されて両足が浮いてしまうが、攻撃の威力も同様に無くなっている。反撃するなら、今だ。
握力で抜けずにいた左手は、攻撃に際して解放された。すぐさま引いて、腰のポーチに差し込む。拳撃が効かないとなれば、クローで相手にするしかないと判断。
浮いた両足の片方をつま先だけだ着地。次の踵を待たずして、前のめりに低く跳躍。懐を抜けて、防御の及ばない距離に入る。
水の盾による防御は完璧とは言わずとも成功した。
ということは、素早さよりも威力を重視した炎ならば、レンディにダメージを与えられるのかもしれない。
水が炎となり、盾だったものがクローの炎刃となる。
燃える切っ先がレンディの顔面に向けられ、焼き斬られる未来が想像された。
だが、気付いた時には。これが戦闘においての当然と言えよう。
「ぐはっ」
ウィバーナの手首に手を添えて、小さく軌道をずらすだけの最小限の動きでクローを避けたレンディは、守りも何もない空いた腹にカウンターを叩き込んだ。
「速さから重点を外せば、避けることなど造作もない」
今回は吹き飛ばされなかったが、その分、衝撃が凝縮されたような音の鈍いとても重圧的な威力。
急激な吐き気で膝を着こうとする中で、レンディの言葉を脳が理解した。ここで着くのは、自分が負けた時だけ。
踏ん張り、ギリギリで耐え抜くことに成功。レンディからも驚きの表情がこぼれる。
このムカつく顔に、一回だけでも跡を残してやりたい。クローを装備しているのだから、当てることさえできれば、抉ることすらできる。
「はぁああっ!!」
右腕を引く。それに合わせて、レンディが腕を出して防御を固める。続いて放たれたのは、まさかの左ストレート。右はただの牽制、ノーモーションならスピードは関係ない。
「当たると思ったのか?」
上半身ごと後ろに傾け、その勢いのままバク転。伸ばされた足先でウィバーナの腕を上方向に蹴り上げて、余裕の間を保ったまま回避。
またしても避けられた。こんなものでは諦めない。
迷わず、牽制の役目だった右腕を。間を挟まずに、炎を流れるように移動させ続け、次に右足、回し蹴りの要領でさらに左を。
今度こそ、カウンター覚悟で前へ前へと。
巧みな体術で攻撃を続ける。守衛としての最高レベル。....どれもただ回避されるだけでなかったのなら、その言葉は栄誉のまま終わっていただろう。
「どうして」
「貴様が、弱いからだ。たかが獣が、下等種族が身の程を弁えるんだな」
捨て身で全力を賭した。なのに、勝てない。攻撃が通用しない。速さも防御も、何もかもに劣る。
レンディからの答えが返された後、上から衝撃が落とされ、地面に屈伏させられた。
「........強い」
朦朧とする意識の中で、弱々しくこぼした。
「自分を過大評価するな。相手が強いだけ、その回答はただの自己欺瞞だ。己の弱さを受け入れろ。貴様らが本能と呼ぶそれは、思い浮かべるだけに留まらない、ただの偶像崇拝に他ならないのだぞ」
容赦のない言葉がのしかかってくる。
ウィバーナの否定は、獣種から始まり、アイデンティティすらも貶めるもの。
「魔法に関して、俺は詳しい方じゃない。だが、七属性魔力の上位色は教養の範囲内だ。雷属性は[紫電]。火属性は[緋炎]。水属性は[潤碧]。貴様のそれはまだまだ下位に在り、高位とは程遠く、あまりにも不十分なもの。下等な種族が不純な魔力を駆使したところで、何ができる?俺の、高位の力を与えられしこの俺にに勝てると思っているのか?」
魔法の基礎となる魔力には、濃密レベルとして上位色が存在している。彼の言う通り、ウィバーナはまだそれに達してはいない。保有する魔力を全て注ぎ込もうとも、一秒でも上位色に保つことは不可能。
たとえ、レンディが正しく、ウィバーナに現状を打破する力がないのだとしても、
「絶対に、負けられにゃいから」
今すぐ立ち上がり、立ち向かわなければ。勝てる勝てないではなく、立って戦わなくちゃいけない。
獣種をバカにしたこいつを。守衛として、時間稼ぎ....。
「意志が弱いようだ。守衛として、実に恥ずかしいことだろうな」
何もかも、レンディの言う通りだ。
ウィバーナが発したあの言葉は、口からこぼれただけの弱音。本能は既に敗北している。本能はもう、諦めている。
完璧な回避を打ち破り、越えられない防御を決定的に崩し、圧倒的な攻撃を防ぎきる。
レンディの、洗脳者の戦いを根本から覆す以外、勝てる要素はない。
果たして、そんなことが自分にできるのだろうか。
親友を、ついでにカイザンを背に庇う中で、勝算などなくして敗北し、抗う術なく膝を着いて、哀れにも屈伏した。
ここで負けてしまえば、次の標的はアミネスたちになる。
自分がどうなろうと構わない。親友として、アミネスを、護衛として、カイザンを守らないといけない。そう思うのに、分かっているに。体が動かない。立ち上がれない。本能が恐れをなし、再起を不能とさせている。
勝って、守ると決意して自分が確かにいる。諦めて、負けに向かう意志が少なからず在る。この矛盾がウィバーナを戦わせようとしない。
あの嘲笑うような声を聞くたび、心が震える。次に恐怖に支配され、無様に殺られてしまうのを覚悟しようとするのを止められない。自分が洗脳に堕ちようとしているのを抑えられない。
自分では、この消えかけの意識の中では、どうすることもできない。
「そろそろだろ」
どんどんと、五感が機能を疎かにしていくのを感じた。瞼が視界を閉ざし、思考は闇に落ちていく。意識がどこにあるか、そんな簡単な事すら、自分ではもう分からなくなるまでは一瞬のこと。
意識が消失したことで、'獣種ウィバーナ'の戦闘はここで終了した。
.....紋章が色を失い、真っ黒な負の感情がウィバーナを纏い始めたのは、丁度その頃である。
後書き
カイザン&アミネス パターン4
「なんか、こうして雑談するのも久しぶりだな」
「そうですね。最近はこういう場面が少なかったので」
「じゃあ、早速始めちゃおうか。...俺が思うのはさ、最近の若者って言葉が自由なとこあるよな」
「カイザンさんってお年寄りでしたっけ?」
「目があれが答えが分かる質問をするなよ。違くてな。例えばさあ、とてもとかスゴイとかを「クソ」にしたりするんだよ。クソって、直訳はう○こだからな」
「不潔ですね、カイザンさん」
「俺に言うなよ。....一回さあ、小学校の時に隣のクラスで紙飛行機を飛ばしてるのに参加した時、一機だけ長く飛んでてさ、それを見て誰かが言ったんだよ」
「あれ、クソ飛んでんじゃん」
「心を読んで先手を打つな。...つまりは、直訳したら、う○こ飛んでんじゃんだろ。小六はまだ辱しめってのを知らないなと同学年ながら思ったよ」
「カイザンさんこそこんな話を引っ張った時点で辱しめとか分かってないじゃないですか」
「すっすみません」
「では。次回、最暇の第十二・五話「ふたつの意志」続き。.......ウィバーナの誕生日って確か、六月十六日だったな。獣種で十(獣)があるって丁度いいな。..じゃあ、後の六は何だろう?」
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