第八話「なろう系になれなかった帝王」

 内容ホラーをわりとポップな口調で語るアミネスに、カイザンは怒号を言い放った。闘技場での獣コールに勝るとも劣らない。


「行けないよっ!! 怖くて何処にも行けないよっ!!」


・・・狼にでも出くわしたらどうする?疑いの眼光が刄のようだよ。


 最も最悪の場合、夜に一人でトイレに行けなくなる。

 この宿には、一階のロビーの両端にしか手洗い場が設けられていない謎の間取りで、上記の事になってしまえば、階段のキシキシ音は恐怖でしかない。ここは三階だ。


 独り、恐怖の空想に陥るカイザン。もはや諸悪の根源が誰であるかは分からないが、ぱーとなーをそうさせたアミネスは創造機器を取り出して何かを描き始める。軽やかな指さばきだ。

 カイザンをただ待っているだけでは現実復帰しなさそうとの判断で造ったものは、


「[クリエイト]」

「がはっ」


 これまでに何度か経験のある衝撃が脳天、あるいは、旋毛つむじのど真ん中に直撃。有り余る程の勢いが口から漏れた。

 椅子に座っていた体勢、首が後ろに傾いて、霞む視界が頭上に無数のヒヨコが飛んでいるのを発見。記憶混濁の中、床に頑張って手を伸ばし、落下してきたそれを拾う。

 固い感触を確かめて、それが何なのかを数秒で推理する。

 これはおそらく、千の水をもすくい上げ、万のリアクションをも統べて、数多の芸人をも笑いに導いた神なる器。


「....って、ただのタライかよ」


・・・混乱してたから、神器並みの説明をしたよ。


 芸能界でタライをあまり見なくなった時代、笑いがマンネリ化とはなっていない今だ。灯りの下の燭台とも言えるが、現代でへ古いものとなってしまっている。


「うん......なんで、タライについてなんか語ってるんだろう」


 数秒前の自分の正気を考える。長く考えると、第二撃目が来そうだから早々に帰還。


・・・状況から察するに、アミネスが俺を呼び覚ますためにやったのだろう。


 さっきまで仕切り役だったアミネスに、仕事を再開してもらおう戻ってきたアピールをする。見れば、もう一度タライを実体化する寸前であった。

 思わず防衛的に構えると、惜しそうに創造機器をしまって停滞していた話を再開させた。


「では。タライの歴史についてしっかり復習してところで、次に行きましょう」

「対策わいっ!!」


 ツッコミをチョップとともに放った。

 限りなく無ダメージに抑えたはず。でなければ、心が傷む。一生ツッコミを入れられなくなると性根が腐る性で生まれたカイザン。

 昔、カイザンがカッコつけて使っていたタイガー・ホースというやつだ。

 詳しくは、日本語訳しよう。


 アミネスはさっき、新聞の誤報でカイザンの立場が非常に危うくなると言っていた。

 つまり、夜道に襲われたり、意味もなく罵倒を吐かれたり、足を引っ掛けられたり、下手したら[五神最将]とかいう守衛団に連れて行かれるかもしれない。

 そうなってしまえば、女神領との全面戦争だ。みんなきっと、戦ってくれるはずだ。


・・・となると、ミルヴァーニが筆頭か?.........大丈夫、だよね。


 しかし、それはあくまでそうなってしまった場合のこと。そうならないために、アミネスには対策を聞きたい。


 現状、カイザンがツッコミを入れたままの状態。アミネスがため息を吐いて返す。


「ですから、次で対策を。誤報による領内での危険向上のための対策、誤報が晴れてから闘技場でもっと勝ちやすくするための方法を、次で話そうとしたんじゃないですか。それなのに...」

「ごめんって言えばいいんだろ。今の俺は通常の精神状態じゃないから。はい、次」


 無理やりに話を戻す。

 アミネスは不満そうにしながらも、役目を全う。

 まずは、カイザンの全身を一瞥すると、


「カイザンさんは、中肉中背の体型。言うまでもないですが、獣種と、それ以外とでも近接戦闘になってしまえば勝ち目はありません。痛い目に遭います。最低でも、ぽっくりいきます。...となると、ある程度に距離があっても先制ができ、獣種にないものが必要です」


 随分と叩かれたけど、堂々と言い返す材料がなくただ黙る。すると、「ここまで理解してますか?」との視線を受けた。

 理解してますと言ったら嘘を含む質問だから困る。ここは、どちらでもない答えで。


「そうです、何かが必要です」

「ということなので、土属性魔法の基本、[スィンク]を覚えてはどうでしょうか?」

「何それ、旅に出れたことより嬉しいじゃんかっ!!」


 今日一番に素早く反応したカイザン。獣の本能的なそれよりも速かったのではないだろうか。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 気分ウキウキのままの部屋を出たカイザンたち(テンションが高いのは、もちろんカイザン独り)は、高級な宿にして当然ある大きな裏庭に移動した。

 さっきまでは低かったり、高くなったりで情緒不安定のぱーとなーに若干引きつつも、アミネスも続いて裏庭に向かう。

 そもそも、アミネスが居ないと何もできないし。

 一階のロビーに裏庭へと繋がる扉があり、出入りはそこからのみとなっている。

 毎度毎度、受付にいる宿主に頭を下げて。帝王のせいで客が寄り付かないのだから。


 宿の裏庭は、獣領広場にあったような金持ち感のある噴水が中央に陣取り、美しい七色の花畑が間を抜けるレンガ道。予想外にも広い。銭湯だったら、「やったぁー、独り占め」って叫んでいたはず。

 まあ、帝王が住んでいるからのこと。

 アミネスの指示に従って、子供用?いや、御坊ちゃまのために用意されたっぽい砂場を使用させてもらう。


「そんでそんで、そろそろ教えろよ。その[スィンク]って魔法はどんななの?」


 ただただ魔法というファンタジーな用語に浮かれてここまで来たが、しょうもない魔法だったらガッカリどころではない。部屋出る前に聞くべきものだったんだろうけど、後悔先に立たず。

 まずは先に内容を聞こう。

 というか、聞かないと始まらない。

 当たり前に浮かぶ質問を受け、自慢気に語り出す。内容は短いが。


「土属性基礎魔法[スィンク]は、狙った位置に陥没を起こす魔法です。陥没範囲、操作許容範囲などは込めた魔力量に応じて強化される基礎魔法特有の嬉しい特典付きです」


 一秒も止まらずにスラスラと、目を逸らすことなく。面接だったら満点である。

 実際は、途中でカイザンが目を合わせていることに耐えられないモゾモゾ感を感じて視線をずらしたから、アミネスがどうなっていたかは分からない。


・・・そういや、目を合わせて喋ることなんて今までそんなになかったからな。もっと早く経験しておくべきだったかも。


「ってかさあ、なんでもっと早く魔法のこと教えてくれなかったんだよ」


 欲を言えば、女神種に教えてもらって大魔法とか覚えてみたかった。一応は、異世界転生者。それぐらいの才能があってもいいだろうに。

 カイザンの抱く哀れな欲情は、問いに対する答えも含め、遠回すことなく直球に無理と言われた。


「今日じゃないと無理だから、今日に言ったんじゃないですか。今の時期には珍しいですが、'魔力風'と呼ばれる現象がここ、獣領にも来たようです。魔力風とは、適性のない魔法の習得に利用できるんです。特に、カイザンさんみたいに特殊能力が無属性魔力で形成される場合、染まりやすくて相性が良いんですよ。エイメルさん曰く、カイザンさんは魔力保有量が少ない上に、適性は一つだけですから」

「何回言わせるつもりだよ、情報は小分けにしないと分かんないって。....でも、いろいろと否定されまくってたんじゃないかと思うから、さっさとレッスンに入ろうか。魔力なんちゃらを利用して」


 長々とした説明は本当に苦手だ。

 数学はもう、基本的には数字しか読まないタイプのカイザン。

 ともかく、何をするかは理解できた。

 魔力風とやらを利用すれば良いのだろう。

 ただより怖いものはないというこのご時世。


・・・暇以上に怖いものなんてない。


 それに女神領領主で不本意ながら帝王。

 利用できるものは全て利用するカイザーだ。

 ってことで、早速やってみよう。な精神のカイザンにため息を吐くのはアミネス以外にいない。


「はぁーー。...魔力風が非常に貴重であること、もう少し分かった方がいいですよ、ホント。奇跡としな言いようがない程。それに、運良く土の魔力風。調和が取りやすい属性なんですから」

「なるなる 。要約すると、俺の運が奇跡を追い越した訳だな」


 女神領の一ヶ月。あれだけ暇な時間を過ごした分、運はとてつもなく貯まっているはずだ。


・・・ギャンブルとかあるかな、この領は。


 どっちかと言うと、運よりも賭け。高校生がしていいものじゃない。帝王は例外かもしれないけど、良い子は真似しちゃいけない。

 自分で考え、自分で納得する独り性格主義者。

 奇跡発言に際して、「運」と言ったカイザンに、アミネスは「うーん」と眉尻を下げた。


「まあ、魔力風は四大災害の一つに入る程、密集してしまった際の大被害は問題となっているんですけど。カイザンさんが呼び寄せたってことで、もしもの時の全責任を背負ってくれるのなら、やり場のない怒りにやり場ができて獣領の皆さんは大助かりですね」

「やり場のある怒りはただの暴力だよ。領全体からとかだったら、お前も標的の一つにされるかもだぞ」


 最初の表情から良い提案ですね、さすがカイザーさん。と言いたげに明るくなるアミネスに、ツッコミを入れるカイザン。

 二人の会話はいつ攻守が入れ替わるか分からない。

 多くの理由は、カイザンが打たれ弱く、防御が崩れやすいから。

 例えばまた、さっきのラリーでのツッコミに対して、


「女の子一人への暴力ぐらい、最強種族の首一つで十分に許容できますよ」

「当たり前なんだけど、俺の首は一つだけだからな。そんな、唯一無二だけど、無くてもいいかな。みたいな扱いはおかしいよ。むしろ、狩られた時には闇市場で相当高く売れるはずだぞ」


 自尊心から最後に蛇足を入れたカイザン。言ってから急に黙った。


・・・自分で何言ってんだろう。


 先程の補足。カイザンが打たれ弱いのではなく、アミネスの口撃、もとい、からかいが強すぎるだけだ。

 打ちのめされたぱーとなーが何も言い返さないのを確認し、勝利の余韻を色濃く残したままのアミネスは進行を再開。


「これまでで質問とかあります?」


・・・これまでに無駄な話が多かったな。どうして、多かったの?とは聞かないか。


 数秒前の不元気っぷりを置いてけぼりに、あっという間にの元気を見せたカイザン。心とは何だろう。


「質問ねー。まあ、あるとすれば、やっぱり...」

「無いようなので、実際にやってみましょうか」


 おそらく、発展するタイプの無駄話、と判断して質問を却下。自分で聞いたくせに。との気持ちの必死で噛み砕く。

 [スィンク]についてのあらかたの説明は終わったようで、早くも実践練習に。たぶん関係ないけど、準備体操を済ませて。


「よし、やろうか。うん、やろうか」


 分かりにくいレベルで急に声が裏返る。単なる緊張だ。


・・・いざ魔法となると、結構なくらいに上がるもんだな。手汗で魔法が滑りそう。


 言ってることが自分でフラグだと気付き、やはりこういう時は深呼吸だと思って心音を落ち着かせ.........られない。

 ここっていう正念場の緊張並みに酷い。受験の面接以上に震える。深呼吸なんかじゃ通用しない。


「では、どうぞ」


 アミネスからの直接のお声がかかってしまった。心音は未だに落ち着かないけど、やるしかなさそうな雰囲気に。作為的だ。

 頼んだ方としてはやるしかないし、最強種族としても失敗する訳にはいかない。ミスれば、従う女神種たちも侮られてしまう。いや、カイザンが女神種から侮られる。

 パートナー関係の優位性を保つためにも、失敗する訳にもいかない。


「分かった、いくぞ。.............えっ、何を?」


 腕を構えた体勢で固まっていたカイザン、しばらく経ってこら目的を明確に問う。


「ですから、[スィンク]を」

「やり方を教わってないよ」


・・・ノリツッコミみたいになったじゃねぇか。恥ずかしい。あれやって大滑りしたことあんだからやめろよな。


 過去のトラウマを抉られつつ、魔法の使用方法を教わる。創造種も獣種同様に魔法変換能力に乏しく、見て真似ることができないのは実に不便だ。

 言ったら何か言い返されそうだから言わないけど。賢明な最適解とする。


「魔力風にただ身を委ねるだけです。特殊能力を普段使うのと同じように手のひらに魔力を集中、後は魔力風を意識すれば、自然と彩りが与えられます」

「やってみるけどお。できなかったら、お前の監督不行き届きというか、そういうののせいだぞ」

「大丈夫ですよ。カイザンさんならできますって。出来なかったら、女神領に帰りましょう」

「嫌だ、あんな狂った所。頑張る」


 あなたの領地でしょうが。と多少の失望を込めて長らく息を吐くアミネス。

 そのうち、悲憤慷慨にでもなるんじゃないか。と我ながら思うカイザン。

 彼は、これすらも暇潰しと思えば成功するんじゃないか?とも思っている。


 女神領でミルヴァーニと決闘した時に言ったみたいに、「俺の求める最高の暇潰しの糧になってもらおうかっ!!」って、誰かにぶつけたら爽快なのに。

 ここでパートナーからナイスな提案。


「足下に放ったらどうですか?」

「自分を糧にするとかダレトクなんだよっ!?」


 提案に疑問で返す。Q&Qならぬ、P&Q。どっちにしろ、答えはない。

 [スィンク]は魔力量に応じて陥没を起こす魔法と聞いている。もともと、人の真下を狙って放つ魔法なんだろうけど、自分であれ他人であれ、対人での勇気はまだ持てない。R18指定は必要だ。

 そう考えると、少年法とかはどうなんだろう?少年院とかはあるのかな。


・・・そこは今度聞けばいいさ。この段階で時間は取らない方がいい。


 言われた通り、特殊能力同様に手のひらへと魔力を送る。

 まだまだ魔力制御に慣れていないカイザンは、念じるようにして魔力を送っている。発動までのタイムラグがあるために、早く意識的な集中を完璧にしようと日々努めています。


 手のひらに集まった無色の魔力が風に呑まれ、色を受け取り、土属性の魔力と化す。その瞬間、自分の中に何かが刻まれたのを本能的に理解した。


・・・今だ。決めてやるよ。


「いくぞ、[スィンク]ッ!!」


 狙うは、砂場の中心。五歳児が作ったような城を狙う帝王さ。

 目を大きく見開き、威勢良く言い放つ。

 直後、放たれたのは弾丸に近い。

 予想外の速度で手のひらから光が飛び、砂場と関係のない大幅にズレた地点に着弾。魔力量から、半径二十センチ程度の円形の陥没が発生。

 突然の陥没で、支えを失った周囲の木々が根こそぎ倒れていく。

 推定で銀貨何十枚にも及ぶ被害。後で払わないと。

 この燦々たる結果に、パートナーからは厳しい意見が寄せられています。


「どこ狙ってるんですか?」

「狙いが難しいんだよ。言わせんな、察しろっ!!」


・・・俺はなろう系主人公とは違うんだから。


 不要な出費を計算したアミネスが可愛い顔を顰め、カイザンが顔を真っ赤にして言い訳をする。二言目で台無しになってるけど。

 いっそのこと、沈黙にしていてくれていた方が恥ずかしさを軽減できたのに。


「さっき言ってたエイメル曰くのやつ、感覚的に分かったよ。俺って、本当に魔力が少ないんだな。初級の魔法だけどごっそり持ってかれた感じ」


・・・[スィンク]二回と[データ改ざん]一回で全消費ってとこか。


 魔力の消費は自覚を通っていく。

 特殊能力や魔法を使うと、何かが抜けていく妙な感覚が体内に残る。使っていれば慣れるとアミネスは言うが、一向に耐え難いまま。

 男子的なムズムズ感。変に聞こえるかな?


「何はともあれです。体内に土属性魔力が刻まれたの、感じましたか?」

「あー、それっぽいのなら。じゅわぁーーーーってのが」


 例えると、炭酸風呂に浸かった気分。

 バブは少し違うな。


・・・あれだよ、あの。あれに似たんだよ。.....ちよっと出てこないから、今の忘れて。


 こうして、カイザンは新たな技を手に入れた。

 ならば、することは一つ。


「いい気分になった訳だし、朝っぱらから闘技場に行ってくよ」


 バナナを知った原始人のようにはしゃぐカイザン、アミネスの反応を見てからそれを抑え、すたすたと闘技場へと向かって行った。


 またも、悪名を広めに。


・・・そういや、獣領での対策ってことで[スィンク]を教えてもらっけど、まさか、もしもの時には守衛に放って逃げろってことか?


 自分の心配はもちろん、アミネスの思考も心配し出してしまった。


 というかそれ以前に、危険な状況で何故に闘技場に行くのか。カイザンは自分の思考力の無さには気付いていない。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 その朝は、特に騒がしかった。

 獣種たちの朝は早く、いつも二度寝を妨げるようにやたら大きい音で仕事を始める彼ら。

 最近はそれに慣れ始めた頃なのに、今日は本当にうるさい。

 普通なら手のひらで耳を塞ぐのが一般的だが、あまりに響きやすいので人差し指を耳に突っ込むやり方での緊急対処。

 ちゃんと、アミネスが勝手に入って来ていないかを確認の上で行なっている。


 カイザンはこの世の何よりも暇が嫌いだ。それと同列にあるのが、朝の二度寝を邪魔されること。

 故に、とても機嫌が悪い。


 自室で着替えを整え、直せる程度に寝癖をいじる。

 廊下に出たところで、丁度アミネスと会えた。同じく、機嫌は悪そう。けれど、目立つ寝癖はない。女子力は高いのだ。

 話を聞くと、アミネスはどうやら、騒ぎの元凶をカイザンだと思っていたらしい。納得できるが、したくはない。


・・・さすがアミネス、パートナーをよくもそう思えるよな。


 この宿は、階を登るごとに客室のランクがグレードアップしていくシステム。

 二人の部屋は、最上階三階の両端の部屋。

 異常な騒がしさは、一階。というよりは、その外から。とりあえず、確認しに行く他ない。


「で、この騒ぎは何なんですか?」

「分からないから見に行くんだろ。それとも、まだ俺が悪いと?」


 アミネスの機嫌は少しずつ戻りつつあるが、カイザンは一向して斜線上にある。


・・・元凶が男ならまず殴るね。子供でも大人でも。屈強な若者の場合は、平和的解決だな。女性の場合は見逃しましょー。


 男というのに賭けて、殴ることを決意。

 拳を強く握りしめて、無勝手流のデタラメな構えに。隣から小さく笑われたからやめる。


「やあ」


 階段を降りている途中、声をかけられ、その美声に引き寄せられるように最後の段に。

 それが自分に向けられたものだと、確信があったのではない。ただ、逆らえないと感じただけのこと。

 声音からして男性のもの。声の方向、宿の入り口こらだ。

 受付の人が目を剥いているのを視界に入れつつ、騒ぎの中心を目前にする。


 扉の前に悠々と立つ青年。周囲に多くのビーストが集まっていることから、有名人であることは間違いない。

 後ろの方で女性のファンたちが垂れ幕を掲げている。

 そう、こいつはイケメンだ。付け加えるなら、清楚系の。

 領民とはかけ離れた立派な正装に身を包み、アミネスがカイザンのと見比べる程に端正な顔立ち。

 無闇にイケメンを振り撒くのではなく、隠しながらも漏れ出るイケメンさで周囲を恍惚とさせるクールさ。

 獣耳は小さく、女性受けが高い。


・・・これは、殴れねぇな。


 微笑する青年、神々しくすら感じる。

 だが、殴れないのはそれだけが理由じゃない。

 さっきから宿の奥で宿主が酷く怯えている。恐怖というよりは、領民としての服従と見えるものだ。

 つまり、こいつは。

 カイザンが確信にたどり着こうとした時、


「こんにちは、女神領領主のカイザンくん。初めまして。僕は、獣領領主のリュファイス・フェリオル。同じ領主としてよろしくね」


 優しく笑いかけ、優雅に一礼した。


「同じ....領主」


 突然のご対面に警戒する様子のカイザン。あくまで、それは外見。内では、


・・・んだ、こいつ。同じ領主って、女神種と獣種を同等化とかありえないんですけどー。


「...カイザンさん」「はい、すいません」


 アミネスに読まれたので、すぐに謝った。ただの八つ当たりだったし。


 目の前の青年ーーーーリュファイスがカイザンをくん付けした理由は、友好関係を示したいからだ。それは何となく分かる。

 下手すれば、相手の怒りを買う行為。それを帝王に....。


 その度胸と勇気に免じて、許可してやろう。


「ああ、よろしくな。リュファイス、さん?」


 心では帝王、現実では弱気。まずは、さん付けから入ろう。としたら、


「同じ領主なんだから、さんも疑問系も要らないよ。呼び捨てで構わない、僕は君をくん付けをするけどさ」


 彼はそう言って、握手を求めるように手を差し出す。

 じっと見つめるカイザン、心の方を読んでみよう。


・・・まったく、綺麗な手をしやがって。爪で皮膚片、採取したろか?


 アミネスが背後から肉をつまんできた。思ったより強め。


・・・痛い痛い、分かったから。


 パートナーから促されて手を取り、友好の証として強く握ると、それを超える握力で返された。

 これは、どちらかが潰れるまで終わらないパターンだと思ったので、さっと手を離した。

 リュファイス側も同じことをしたおかげで変な空気にならずに済んだ。


「で、リュファイス。用は終わりか?」

「早速なことで申し訳ないんだが、王城に来てくれないか?大事な話があるんだ」

「............へっ?」


 隣の晩御飯に突撃するくらいに急な申し出に、カイザンは素っ頓狂な声を出し、アミネスは微笑んで、当の本人たるリュファイスは魅惑的な笑みを浮かべた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 時はそれと同刻のこと。


 獣領の全四方位に設備された刻限塔。

 その北に位置する塔の天辺に、獣領を見下ろすような二つの人影が。

 フードで顔を隠した少女と、白の外套に身を包む男。


「ラーダ様、そろそろのはずです」

「........了解。これより、任務の実行段階へと移行する」


 男は、転送された手持ちの機器で時刻を確認し、少女に対して頷くと、それを手のひらの闇で破壊した。

 その行動に少女はため息を吐き、遠くに見える王城を静かに見据える。


「副産物として、最強種族ですか。...無事に成功すれば、ルフォールド様が喜ばれるでしょうね」

「...ああ、そうだな。...最強種族だ。リーダーやミューハを差し置いてそれを名乗る不届き者、愚者には俺が執行してやらねばならんのが種としての宿命」


 悪意は、漆黒の闇を纏い、狂気に笑っていた。

 その手に握られた鎌は、禍々しくも怪しげな魅力を持ち、強靭な刄は'彼ら種族'にこそ相応しいと、そう無意識に思わせる。

 死屍累々の宴。騒乱はそれと同じくして、獣領を悪意で覆う闇である。


 西の大陸を制する光衛団、

 その幹部[十字光の武衛団]No.サード ラーダ・デスイアル。




後書き



カイザンとハイゼル   パターン1


「なあ、ハイゼル」

「..............えっ。あっ、はい」

「どうしてお前はそうなんだ?」

「そう、というのは、放心の件に関してですか?」

「確か、公私ともに認めたんだったな。お前自身、自分で分かってんなら改善の仕様があるんじゃないのか?」

「改善、ですか。自覚を通らないので、どうしようもない気がするのですが」

「そういや、そうか。.....なら、お前は一生そのままなんだな」

「はい、私はまだ二千年歳ですから。あと、三千年はこのままのつもりです」

「さすが女神、こんな奴をあと三千年もこの世にのさばらせる寿命を持ってんのか苦笑笑」

「カイザン様。というより、ウィル種というのは、何歳ほどで?」

「転生してから身体に変わりはないんだ。寿命は百いったら良いねってとこさ。アミネスたち創造種ももそうだろ」

「端的に、可哀想ですね」

「アミネスみたく言うな。....ふっ、でも足りないな。アミネスならそこは、本気で哀れみそうな視線を向けてこようとするんだぜ。...あくまで、からかいで」

「ホントですか?....ふふふ、女神領の人々は皆さん、面白いですね」

「お前が言っていい台詞ではないぞ、それ」


「じゃあ、次回。最暇の第九話「依頼が呼んだ出会い」....カイザンさん、領主さんに呼ばれるとか何かやらかしたんですかね」


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