第二話「女神領の新領主」---中編1---

 女神領は建物や移動手段などの全てが魔法の応用となっている。

 いつでも輝き続ける中央時計台や周辺の建物、通る者の魔力により転移魔法が自動起動される転移門ワープ・ゲート、あとは意味もなく道が浮いていたりもある。

 どれも非戦闘用でない特効魔法の一種。転移系統や変質系統がいい例だ。

 これらの魔法は全て、税金のように領民から徴収される魔力によって成り立っているらしい。


・・・どう考えても魔法の無駄使いだよな。....いいなあ、俺も魔法とか普通に使いたいよ。こんな使い方すんなら俺に才能の片鱗でも分けて欲しいよ。


 女神領は確かに広いが、ワープとか要らないと思う。翼があるなら飛んで行け。


「魔法があって少しでも不自由を減らせるのなら、使って損はないと思いますけど。それに、集められた魔力は領の結界維持にだって利用されているんですよ」


 税金で成り立っているとは言え、転移門ワープ・ゲートに必要な魔力は通り主からの徴収、つまり、税金を払っていても魔力量に乏しい人材は使用不可能。カイザンももちろんのこと。


・・・いろいろとガミガミ言うけどさ、俺だって転移とかしてみたいよ。そりゃね。でも、ウィル種は魔力が余裕で少ないとか最悪。男だけど女神種で生まれたかったな。


 実際、女神種には男も居る。しかし、女神領の掟により、成人して子を作った者は領を出なければならないらしい。そのため、女神領ここには男の子までしかいないのだ。


・・・女神ばっかって、最初は余裕で良いと思ったけど。大半が全員漏れなく...。


「良かったじゃないですか。前にカイザンさんが言ってた、はーれむ?でしたっけ。....まあ、ほとんどの皆さんは百歳を超えていますけど」


それが一番の問題点なことは言うまでもない。

 これ以外にも、女神領にはたくさんの掟が存在している。制定者はエイメル、なんと女神種初代種王らしい。五千歳は軽く超えている。


・・・そういや、言語理解の件があったよな。最初は難だと思われた。

 

 決闘の際、エイメルとの会話が成り立っていたことから、既に話すことには何の不自由もないことは証明されている。'話すには'、お察しの通り、文字の読み書きはさっぱりである。


・・・いやー、俺もこの一ヶ月は覚えようとしたんだよ。でもさあ、こっちの言葉ばっか覚えたら日本語の方がゲシュタルト崩壊とか余裕で起こしちゃうかもだし。


「何ですか、その言葉は。そんなのはどうでもいいので、本当に覚えてくれませんか、文字の読み書き。私にどれだけ仕事をさせる気ですか」


 領主の仕事をする際、アミネスには文章の全てを音読してもらい、よく分からなかったらそのまま押し付けている。悪いとは思うけど、最強種族だし良いよなと言う気持ちになってしまう。これも全てエイメルが悪いのだ。決闘で負けたりするから。


「で、どうしてお前はさっきから普通ふっつうに俺の心を読んでんだよ。客観的に見て独り言だぞ」


・・・何となくスルーしてたけど。一方のキャッチ能力がめっちゃ低いみたいな会話のキャッチボール続けてたぞ。ホント、側はたから見て独り言だ。


「そんな事ありませんよ。カイザンさんが女の子と話すのに緊張して全く喋れない人みたいに見えてるだけです」


 そう言って軽くカイザンを事実のように罵るアミネス。いつも通りのラリーだ。反論しようか迷った結果、事実として受け取った。

 現在、二人はエイメルの大図書館へと徒歩で移動中。発案者であるハイゼルは仕事のため、商業区へと一人向かってしまった。

 正直、エイメルの元に二人だけで行くのは心的に厳しい。'自称'死闘を繰り広げた相手だからではない。申し訳ない気分になるから。

 女神領の掟の一つ、領主が関わる決闘において、領主側が敗北した場合、相手と同等の地位になる。

 あの場でのカイザンは侵入者、地位に変えれば最低地位にあった。

 エイメルは今、最低地位として大図書館で働かされている。ハイゼルが言った、エイメルが代理できない理由がこれだ。


・・・会いにくいだろうよぉーー。絶対、俺のこと恨んでるから。無理だって。誰だよ、発案者。


 一キロ先、ハイゼルがくしゃみをした。

 誰かのせいにしてなきゃやってられない気分だ。いっそ、エイメルが最低地位に落ちたのも誰かの仕業にしてしまえばいいさ。例えば、掟の制定者ーーーーエイメルだった。自業自得にしておこう。カイザンは何も悪くない。


「とか言っている間に着いちゃいましたよ」


 ずっと下を向いていた顔を上げると、目の前には巨大な図書館があった。元居た場所から一直線にここへと向かってきたのだから当たり前だけど。

 これ程の大きさな理由は、シンプルに本の量からだ。魔法や種族にその特殊能力、領地についてなど、最強の種族に相応しき知識書の数々だ。

 入る前に一応、深呼吸でもしておこう。アミネスには空気を読んで待ってもらって......。


「入りますねー」

「やっぱそうなるよねー」


 いつものノリでアミネスがさっさと扉を開ける。その影に隠れてカイザンも渋々中に入っていく。まだ緊張してるのに。

 もう入ってしまったし、覚悟を決めよう。決意し、堂々と挨拶をしてやろうと思った。それよりも早く、エイメルはカイザンたちに気付いていた。


「これはこれは、アミネスにカイザー様。どうなされたんですか?」

「お前も.......。親から授かった名前を勝手に改ざんしないでくれないかな」


 この世界での英語という概念がどうなっているのかは不明だが、とにかく失礼極まりない話である。


・・・勇者とかで広めるにはどうすれば良かったもんなのかな。ウィル種がダメだったかなー。


 それを読んだアミネスは、小さく呟くと、堪えきれずに....。


「勇者............ぷふっ」

「毒舌吐いてくれた方が何割かマシなんだけどっ!!」


 笑われた。鼻で笑われるより刺さった。何なら呟いた後、一回こっちのこと見てから笑ったからね。

 危うく殴りそうになったのを歯を噛んで耐え、溢れんばかりの羞恥を必死に抑えて今回の訪問目的、エイメルとの話を始める。

 二人は、司書スペースの前に置かれた椅子に腰掛ける。カイザンが先に座った後、アミネスが隣一つ空けて座った。


「ちょっと聞きたいことがあって来たんだけど」


 歯を噛んでいたから怒ってるみたいな聞き方になった。エイメルはあの時同様、気にしていないようだ。

 決闘のことは一切触れず、穏便に話を進めよう。


「聞きたいこと、ですか。して、その内容はどういった?」

「俺.....たち、旅に出ようと思ってさ。領主の代理が必要なんだよ。お前なら適任な女神知ってるかなって」


 アミネスに旅に一緒に行くアポを取っていないことを思い出して固まってしまったが、勇気を出して続きを言った。アミネスからの反論はなく、了承されているのだと判断する。

ホッと一安心、旅への一歩を踏んだ気分。あとは代理さえ決まれば。


「代理・・・・・それなら、ミルヴァーニが宜しいのではないですか?」

「いや、誰だよそれ」


 最高の提案をしたと一瞬だけドヤ顔になるエイメルに最速のツッコミを返した。真に率直な感想を述べただけである。と言うか、エイメルってこんなキャラだったんだ。随分と親近感の湧く元領主だ。

 それよりも、ミルヴァーニなんて名前は初耳のはずだ。いや、聞いたか?領主が取り仕切る上位領内会議でそんな名前が出たような気がする。

思い出せそうで思い出せない。なんか悔しい気持ちになったところで、一つ空けて隣の椅子から。


「ミルヴァーニさんは、この領の外交任務に勤めている方です。丁度一ヶ月前、他領地へと向かったので、カイザンさんは知らなくても当然ですかね。ダメな領主なんですし」


ため息混じりの隠せない失望。混ぜないで、隠して。がカイザンの悲しい嘆き。

 アミネスの言った外交官なる者は、他領地との貿易などの交流、協定や同盟関連の手続き、または公際法(国際法)等の制定会議に関わる重大な役職に属する。言い換えれば、多種族との関わり合いの全てに精通する存在だ。

 となると、一つの可能性が唐突に思い浮かぶ。


・・・ここに来る異世界転生前にそいつが行ってくれてなかったら、エイメルじゃなく、そいつと決闘してたのかもな。


 今でこそ考えてみれば、あの決闘はエイメルに確かな余裕があって勝利できた。もし、他の者ならば..........女神種とはもう絶対決闘したくないと思う。

 まあ、する機会とも今日でおさらば。明日まで待つ気もなく、今日から旅に出るつもりなのだから。


・・・あれ、俺って今フラグ立てた?......いや、こういうのは気にしたら負けか。


「じゃあ、エイメル。そいつが帰って来たら、伝えておいてくれよ」


 早々に話を切り上げたく、面倒な報告はエイメルに任せることにした。この一ヶ月、任せる仕事のみ多くやっている領主様だ。

 一方、任されたエイメルは困った顔で、


「あの、私からですか?」

「うん、それ以外になくない?...今日の内にここを出る予定を今さっき決めたしな。何か問題でもあるのか?」

「問題ありです」


 即答で物申す、もとい意見したのはエイメルではなく、アミネス。ちょっと怒っている、あるいは、不満げ。どちらにせよ、顰蹙を買ったことに間違いない。


「今日の内とか、そんな話聞いてないんですけど」

「だって、我慢ならないんだもん。....もちろん、付いて来てくれるんだよな」


 身勝手な子供的理由からの誤魔化しを含めた一方的な要求。普段態度からして、アミネスには言い返す権利が十分にあるのだが、


「はあ・・・・まあいいですけど。カイザンさんは私がいないと何もできませんからね」


 この、仕方がありませんね風の了承に一番驚いたのは、他の誰でもないカイザン。もともとアミネスには付いて来てもらおうと考えていたけれど、長い時間を要するのは必然的だと思っていた。だから、まずは無理やりにでも同行させようとしていたのに。


・・・読まれていた、のか?.....なんか企んでたりしないよな。余裕で怪しいって。


 旅に二人で行ける喜びは大きい。その反面、アミネスが素直に受け入れたのは怪しいと思う他ない。

 それを全部心で喋ってしまっているカイザンでは、一生答えに辿り着けないだろう。


「エイメルさん、ここの本を何冊か借りてもいいですか?種族と領地に関する本は必要だと思うんです」

「宜しいですよ。では、ご要望の本は私が探して参ります。....見つかりました。これですね」


 依頼受諾から数秒も経たずにエイメルが二冊の本をアミネスに手渡した。

 転移魔法の応用でエイメルは探す時間と持ってくる手間をカットしたのだ。本来なら、物体転送テレポーテーションは物体の在り処、つまりは座標を完全に把握することが必要不可欠な高位魔法。それを平然と日常生活で使用する異常さ。


・・・さすがは元最強種族ってことだよな。...加えて、ホントに魔法の無駄使い種族。


 無意識に嫉妬の目を向けていた。

 魔力保有量が少ないためにカイザンは転移魔法なんて夢のまた夢。女神種が一般的に使用している魔法すらも使った瞬間に、全魔力を無くした存命の生き死体となるのは明白。

 ただただズルイと思うしかない。

 そう言えば、創造種は魔力は有れど、特殊能力以外の魔力変換は苦手らしく、アミネスもまた魔法と言える魔法を使ってはいない。

 エイメルから受け取った本をカバンに入れ込むアミネスを横目に、同族を見つけた気分でホッと一息吐く。

 と、安心したら急にある事を思い出した。


「あっそーだ。.....ここで一つ、重要な報告がありまーす」

「漏らしちゃいましたか?」

「思春期男子としては重要案件だな、それ。.....違くてな、話しておくべきことがあるんだよ」


 誰かからの邪魔はあったが、改めて、カイザンの醸し出す重々しい雰囲気に、エイメルが緊張した面持ちで雰囲気作りを率先、アミネスは暇そうな顔になり、しまったはずの本をわざわざカバンから出して読み始めた。

 アミネスは何があってもいつものままだ。カイザンに興味がないだけかも。


・・・でも、大丈夫。これを言えば、驚かないとか余裕でない。


「俺って実はさ、異世界から来たんだよ」


 沈黙が発生した。または、静寂とも言う。

 予想通りのリアクションに若干の笑みをこぼし、続いて転生について話を進めようとすると、アミネスが目線を本に向けたまま言葉だけ返してきた。


「この一ヶ月、何度も読.......言ってましたよ。異世界、転生?既に聞き慣れましたから、反応の仕様がないですね」

「言う、の前に読むって言いかけたよな?・・・・まあ、呑み込むのが早いのは助かるよ。エイメルはどうだ?」


 嘘だ。本当はもっと激しく驚いて欲しかった。アゴが外れてくれてもよかったと思ってる。....これはまあ、嘘だけど。

 アミネスは諦め、エイメルに向き直る。


「カイザン様が異世界から来たとなると、いろいろと合点がいきますし、十分に信じられるかと」


・・・こっちもかよ。この一ヶ月、女神種の冷静イメージってほとんど薄れてたのに。主に誰とは言わないけれど。


 それはともかく、エイメルの合点がいくという点には、アミネスも同意で頷いていた。


「それは私も思いましたね。種族戦争で絶滅したはずのウィル種が急に復活して、突然にも女神領に現れた。変な言葉も使いますし、一般教養が薄いですし、文字も読み書きができない。最初に着てた服とか、気の抜けた性格とか、珍奇と言いますか。いろいろと変でしたよ」

「話の内容が途中から変わってない?」


・・・余裕でディスられてたよね、多分。....まあ、信じてもらえたってことでいいんだよな。きっと。


 信じてもらえたってことに関してだけ一件落着感を出すカイザンに、アミネスから一言。


「で、カイザンさんが異世界から来たと分かったところで、何だと言うのですか?」

「えっ・・・・いや、特にないね。二人の反応を見たかっただけと言うか、この後に話は一切発展とか余裕でしないって言うか...」


 ごみごみと理由を思いつくだけ述べ、結果まとまらないまま思考がストップ。またも、アミネスから一言。


「まとめると、無謀であったと」

「.....あながち、外れていなくはない結論だね」


 公称帝王に対して、ここまで辛辣に事実を言えるのはアミネスだけだとつくづく思う。

 分からないけど、良くない空気になってるってのも。


「えっと、じゃあ。他、俺に質問とかあったりする?」


 場を仕切って、話を転換。質問コーナーを開設してさっきのをなかったことに。すると、エイメルがゆっくりと手を挙げた。


「では、私から一つ宜しいですか?」

「いいともだけど、エイメルからって何か怖いな」

「普通の質問ですので、どうぞ安心してください」


 安心してと言いながら急に声音を低くするあたり、あの時は演じているキャラだとばかり勘違いしていたが、どうやら素の可能性急浮上。

 どんな質問が来るのか、身構える必要がありそうだ。


「・・・・カイザン様は、ウィル種についてどう思われているのですか?」

「どうって、何がだよ」

「貴方様の特殊能力はおそらく、対象者のウィルスに一時的な改変をもたらすもの。ウィル種のウィルは、ウィルスを表していると、そう思われますか?」


 ウィルスとは、種族の根源とされる体内に刻まれた情報体ステータスの総称。

これは、一つの古代神話に繋がる。

 何千年も前から語り継がれる神話では、始まりが人間種であったとされている。

 人々は神と呼ばれし一人の存在を尊み、強く崇めていた。

 家畜を飼い、育て、食す。農地を開拓し、稲作を繰り返し、人口が増える度に広い土地を切り拓き、領土を拡大し続ける。

 そうやって、人々は幾多もの工夫を凝らし、命を繋ぎ続けていた。

 しかし、そんな平和は束の間のこと。

 無力で無知な人間種を、大規模な自然災害が襲った。

 自然の猛威の剥く牙は想像を上回る程の凶暴さを持ち、逃げ惑う人々を豪風で薙ぎ払い、建造物の数々を駆逐。大地震の衝撃は地表の大半を席捲、激震が次々と二次災害を生み出しては、破壊を続ける。

 ボロボロになり、絶滅すら危ぶまれた人間種に、神は慈悲深くも施しを与えてくださった。

 人間種の代表とした三人の女性は、神から知恵と知識の受け皿と、自然現象へ介入する術を形として授けられた。

 それが後の女神種であり、魔力を御するウィルスを与えられたのだとされている。

 それから、人間種が困難に苛まれる度、神は新たな種族を創り続けた。その後の、五千年前に各地で勃発した領土を巡る大規模種族戦争は、また別のお話である。


・・・ウィル種とウィルスの関係性は特殊能力から言うまでもないけど、そんな簡単なことあるのか?


「ウィル種のウィルはウィルスから、そんな簡単な筈がないだろうよ」


 カイザン的には、な訳ないという予想より、そうであってほしくないという願望の方が強い。

 仮にも最強種族であり、自称主人公。自分の大事な種族がそんな簡単であってほしくないと思うのは当然のことだ。


「設定?ですか」


エイメルが首を傾げる。その反応から数秒、カイザンが理由に気付く。


「あぁ、いや、ごめん。分からないこと言ったな。余裕で忘れて。....質問への回答は、違うと思うってことで」

「そう、思われるのですね...」


 最後にエイメルは意味深な反応だけ残して、用事を済ませたカイザンたちは大図書館を出ることになった。

 借りた本二冊は旅から帰って来たら返すと約束をし、再び二人だけの状況に。

 エイメルが視界から見えなくなると、何だか安心して思わずホッと一息を吐く。そして、突然膝から崩れて落ちた。


「どういう状態なんですか?」

「緊張して疲れたんだよ。力みまくってたの気付かなかったか?」


・・・エイメルだぞ。最低地位に誰かのせいで落とされた元最強種族さんだぞ。分かってるのか?


 一つの可能性に怯えてどれだけカイザンが緊張し切っていたことか。

外見からは悟られないように気を付けていたけど、アミネスには気付かれていたのではないかと思う。


「気付かないですよ、見てませんでしたから」

「視界には入ってだろうよ」


 軽く首を傾けられた。逆にスゴイよ、あの場で視界に入れないの。

 これ以上言っても特に意味は無さそうだから緊張の理由をもっと明確にして話を進める。


「まあ、エイメルが本当に丸くなっててくれて良かったよ。復讐とかマジ余裕で勘弁だから」


 何気ない安堵の言葉に、アミネスが眉尻を下げて落胆したような顔で。


「名声の全てを奪われてないのですから、復讐なんてあり得ませんよ。カイザンさんとの決闘に敗れ、哀れにも領主の座から落とされた訳ですけど、エイメル様が種王であることは変わりません。なので、領地の名は、エイメル様の家名たる[イリシウス]のまま。女神種の最高戦力に他なりませんから」

「余裕で知ってるよ、それくらい。誰に向けての説明だよ」

「・・・・」


 ヒロインとして設定補足をしたアミネスは、主人公のカイザンに的確に詰められて沈黙を作った。




 __________________________





 大図書館内で領主代理の件の一応の解決と、副産物的に知識書を得た。

 次に向かうべき場所は、商業区。アミネス曰く、旅に必要な物品を何かと揃える必要があるとのこと。考えれば誰でも思い付くことを偉そうに言っていた件は、今後のためにも指摘しないでおく。

 女神領の商業区は、他の領地に比べても随一な程の面積を誇る広大さがある。そのためか、領内の大半を商業区関連の土地が占めており、品数は小物も含め、軽く一億を超えているとか。理由は、各大陸の領地から様々な物が取り寄せられているからだ。本来であれば、領民と認定許可された商人のみの立ち入りが許されている場所、カイザンは領主なのだがギッリギリ許されている身分状態にある。

 こういう場所での買い物なので、一応、アミネスからカイザン専用のリュックっぽいカパンを造ってもらえた。一ヶ月前の輝かしい高校生活をふと思い出す。嫌な思い出が出る前にシャットアウトした。


・・・とまあ、旅に向けて順調な訳ですけども、商業区って事はまたアイツだろ。


「アミネスちゃんにカイザー様、商業区ここに何か用が?」


 気配を察知したか、急に転移魔法で現れて笑顔で出迎えてきたのは、もちろんのことハイゼル。

 元領主の側近であった彼女は、何十年前に人手不足からジョブチェンジしたところ、こっちで上手くいったからだそうで。

 暇潰ししか頭にないカイザンとて、領主成り立ての頃は多くの上位地位の者たちの会議やら難しい話し合いやらに参加させられた時にハイゼルと共同して仕事をした時もあった。この広さを一人で管理する能力はピカイチだと個人的にも思う。よく分からないけど。

 ハイゼルの出迎えは領主的には嬉しいが、もうちょっと心の準備とか考えてほしい。背後より、目の前で現れるのが結局一番怖い説を提唱したい。

 その気持ちをグッと抑えて、返しを待つハイゼルに。


「後半部分には、そうだ。前半部分には、違うと答える」


・・・ほんの少し前にカイザーを訂正しただろ。つか、アミネスの後に呼びやがったな。こんにゃろ。俺は帝王...じゃなくて、最強種族のカイザーだぞ。あれ、どれが正解だっけ?


 さすがに名前いじりを同じく奴から二回以上もされるのは癪に触りまくるので、今度二人だけになるタイミングがあったら罵倒を繰り返してやりたい。

今度、だから近々は無理だな。殴ったりとかも勇気出ないから。

 何度も言うが、女神領商業区はハイゼルの管理下にある。

 カイザンは腐っても、腐り切っても、骨だけになっても領主。商業区を歩くだけでも彼女の同行は必要とされる。


・・・まったく、面倒な身分だ。


「なら、エイメルさんと交代されては?」

「復讐真っしぐらだろ。最高地位に戻られたら俺終わりだよ」

「根はお優しい方ですから、命はともかく、自尊心までは取りませんよ」

「お前、俺のこと、命より自尊心プライドが大事な男だと認識してんのか?」


えっ、違うんですか?と言った顔を見せてきた。

 一見、仲良さそうに命だの復讐だの残酷な話をする二人。今はハイゼルに連れられて目的地へと向かっているから付いて行けばいいだけだから言い争い放題。

 なのだが、前触れなく足を止めたハイゼルは振り返って、


「カイザン様、何処に向かわれるのですか?」

「いや、知らないで案内してたのかよ」


・・・こいつ、絶対に女神種で一番ヤバいだろ。余裕で。


 頭のネジが一本抜けてるとかじゃなく、貫通して脳細胞ニューロンを傷付けまくっているのだろう。エイメルやアミネス曰くの、ハイゼルは仕事をキチンとこなしてるとかが嘘としか思えない。一緒に仕事をした時の記憶とか多分、思い描いた理想的な。

 嘆息して、ハイゼルに分かりやすくちゃんと伝えてあげる。


「あのね、俺たちはね、旅にね、行くためのね、準備がね、商業区でね、整えられるんだね....じゃなくて、整えられるんだよ」


 文節で区切れば分かってくれるだろうという判断の下、優しく教えてあげた。すると、ハイゼルは何かを理解して、聞いてはいけないことを聞くかのように恐る恐る尋ねてきた。


「カイザン様、大丈夫ですか?」

「お前のウィルスぐちゃぐちゃにしてやろうか?」


 こいつ、哀れんできやがった。聞き方が特にムカついた。

 実際にはウィル種にそんな能力は存在していないのに、お前殺すぞ並みに言い返した。自分はあまり短気でないと自負するカイザンがここまで感情的になったのは久しぶりの事だ。

 アミネスの影に隠れて激しく深呼吸、怒りを抑えるために尽力する。今度は試しに普通に言ってみよう。


「おっし、旅に役立つもんとか売ってる場所に案内してくれよ」

「分かりました、はい」

「逆じゃない?」


・・・ってか、普通に分かるのかよ。何だったんだ、あの文節分けは。


 どうにかして、ハイゼルとの関わり合いを減らそうと決意する。

 案内は大丈夫だろうとの思いでハイゼルの背中を追いかける二人。そこで、カイザンが不意に「そう言えば」と、アミネスに疑問をぶつけた。


「エイメルの時は、本を借りただけじゃんか」

「それがどうかしましたか?」

「旅の準備って、お金の方はどうすんの?」


 今更ながら思った。よくよく考えれば、旅に出れば絶対必要となるものだ。旅に出たいと言いながら全く計画を立てていなかった自分が悪いというのはちゃんと理解しているから。

 まあ、アミネスならそこら辺できている。と信じての質問。それにアミネスが返したのは、


「それについては大丈夫です。領主への支給として払われる資金は全て、私が保管していますから。これが.....先週の」


 アミネスがカバンから給料らしき封筒を取り出した直後、反射的にあらゆるツッコミを忘れたカイザンが奪い取ろうと飛びかかった。

 しかし、封筒を持つ手を軽く傾けられ、略奪に失敗。勢い余ってすぐ横に積まれていた箱に顔面から突っ込み、そのまま一回転。

 いつまでも無様な姿を見せる訳にはいかないので、すぐに立ち上がった。

 この間、ハイゼルは背後の小騒ぎに一切振り向こうとしなかった件については、見なかったことにしよう。

立ち上がったカイザンは、ぶつけた顔を押さえてアミネスに並走する。


「酷い、顔はダメだろ。もうお嫁にいけないじゃないか」

「何がどうなってもお嫁にはいけませんよ」

「今の時代は違ぎゃっほい」


 いつもと変わらない、一方が消極的な言い争の中、カイザンが変な声を出して踏み出そうとしていた足を後ろに退いた。

 原因は、突然にも足を止めたハイゼル。危うく顔面から背中にぶつかりそうになった。上位地位の女神種の服装のだいたいが背中開いてるから本当にセーフ。

変な声を出さされたことに普通にムカついたから悪態をつこうとすると、ハイゼルを含めた、おそらく女神領の全ての女神種が何かに気付いたように空へと視線を向けているのが分かった。

 突然の反応、驚きながらも同じ方向を見てみる、......何も見えない。彼女らはきっと遠くを見つめているのではなく、気配的に何かを見つめているのだろう。


「おい、急に何?」


 目の前で手を振ったりして注意を引くと、


「....帰って来ましたね」


 視線をずらさぬまま、明確とは言えない答えを述べてきた。

 

「主語を抜かすな。帰って来たのは、ダ・レ?」


 カイザンの二度目の質問に対し、ハイゼルは一向に視線を逸らさないまま無視を続けている。スゴく悲しくなるよ。

 領主の質問への答えを即答しないなんて、カイザンの機嫌が悪かったら反省文八百文字以上並みの罰が必要だ。

 最終的に目を閉じて意識の中で会話らしきことを始めたハイゼル。何か怖いから懲罰に関しては置いといて、説明は困った時のアミネスに任せよう。


「時期的に考えて、エイメルさんが仰っていた外交官、ミルヴァーニさんですよ」

「あーあの。もう帰って来たったんだ。その、何とかさん」

「ミルヴァーニ・メービラス、さんです。重要人物ですので、しっかりと覚えてくださいよ」


・・・ミルヴァーニ、ミルヴァーニ、ミルヴァーニ、ミルヴァーニ、ミルヴァーニ、ミルヴァーニ。


 何故か心の中で復唱するカイザン。アミネスだからいいものの、側から見て黙り込んでる様子に。

そんな復唱にやたら時間をかけると、


「........うん、面倒だから代わりに覚えておいてよ」


 投げやりでも投げ出した訳でもない。適材適所を真っ当したまでだ。そもそも、女神領領主なカイザンが何故そんな面倒なことをしなければならないんだ。という言い訳を復唱の間に考えていた。覚えるのをそっちのけにして。

 たまらず、アミネスも本日何度目かのため息を吐く。幸せの逃げまくりだ。


「カイザンさんの脳って、設計やら構成やら、もろもろ雑な作りなんですね。もちろん、褒めてますよ」

「未だかつて、雑を使った褒め言葉を俺は知らないんだけど」


 一つ、可能性があるとすれば、日本と異世界とでは言語解釈が微妙に違うんじゃないか説。アミネスが後半にもちろんを付け足した時点でそれは説立証ならずだ。


「まあ、そのメービラスってやつ」

「どうして、家名を覚えたんですか?」

「....女神領領主な俺がお出迎えに行った方がいい感じだよな?」


 結局覚えられなかった名前はいつかの時にきっと暗記するだろうと考えて、そろそろ話を進めないと。

 ふと周りを見れば、周りの女神種が続々と平常運行へと戻っていた。

 当然、いつの間にか魂が戻ってきていたハイゼルがカイザンの疑問を受け取ると、何か言いにくそうにあたふたし始め、目を泳がしたり言葉に詰まったり難しい顔をしたりの果て、計三分かけてやっと口を開いた。


・・・お前も話が進まない原因だよな。間違いなく。


「難しいことに、あの方は。ミルヴァーニ様は、元領主エイメル様に四千年間仕えてきた方なのです。....要するに、女神種で一番彼女を崇拝し、絶対的忠誠を捧げている。ということです」

「女神領領主な俺の大切な三分と天秤にかけたらシーソー式に飛んでいくような情報なんだけど」


 カイザンの遠回しな例え方に、しばらく沈黙ができる。

 例え内容がよく分からないからではない。カイザンの偏差値を一とするならば、二人は五十。くだらないと思いながらも理解している。理解できていないのは、カイザンの方だ。

説明はいつも、アミネスのため息から始まる。


「言ったかもですけど、カイザンさんの脳って雑な作り方されてますよね」

「できれば、聞かなかったことにしたいけどな」


 ・・・って言うか、急な物言いはもはや罵倒だよ。


 と考えるが、アミネスとて理由なく罵倒.......からかいをする筈がない。と信じたい。と思いたい。


「あの、カイザンさんの察しが悪いのは知ってましたけど、ここまでなんて驚きを隠せません。隠す気もしません。・・・・つまりは、ですね。ハイゼルさんも含め、多くの女神種の方々がエイメルさんとカイザンさんの決闘を目撃しています。あの光景を観ていたからこそ、カイザンさんを領主と仰いでいる方も多い筈。ですから、それを目撃せず、この領で最もエイメル様を深く信仰していたミルヴァーニさんが、急に現れた非新進気鋭の帝王さんに逆らうことなく、純朴に従ずると思いますか?」


・・・一部、心から訂正させてもらうぞ。知らない四字熟語に非を付けられたのはともかく、帝王って誰だ?せめてカイザーにしろよ.......いや、カイザーもダメだけどさ。


 と心の声は裏の方で、表ではしっきりと答える。


「従ずるんじゃね?」


 日常的に心の声を使いこなしていたが故に、制御は完璧だ。

 しかし、心の方ばかりに気が行ってしまい、内容がテキトーになってしまうことも。発言から数秒後にどうして自分があの結論に至ったのかと悩むのはいつものこと。進歩と進化をしないのが、女神領領主なカイザンだ。

 何も考えずに出した答えを、アミネスは、


「........従ずる。その考えも一理あるかもですね。一度、会いに行ってみましょう。きっと上手くいきますよ」


 満面の笑みでそう言うと、気配の発生源たる方向を指した。

 浮かべられた笑みの意味を、カイザンは知っている。


「ウソ、大変なことになるって顔で言ってる」


 悪戯も度を過ぎたら時間になりかねない。

 でも実際のところ、前置きなしに急にカイザンが現れたら本当に危ないかもしれない。何千年級の忠誠、反乱を起こすのは決して不思議なことではないのだから。

 誰かに、先に行って説明してもらう必要がある。


・・・アミネスだと俺のことを心の底から悪く言うかもだし、エイメルは普通に考えて余裕でアウト。となると......仕方ないか。


 エイメルに任せてしまった場合、元の地位を求めてミルヴァーニと共闘とかされそう。そうなってしまうと、全女神種が.....考えない方がいい。

 幸い、女神領には誰にも逆らえない掟がある以上、一対一の決闘にはなってくれる。そうなれば、ウィル種は負けない。実に、カイザンに優しい領である。


「ハイゼル」

「はっはい。何でしょう?」


 明らかなる年上から敬語で返されるこの快感はいつ感じても素晴らしい。

 カイザンに声をかけられてとっさに反応したハイゼル。近くにあった店の机を借り、ミルヴァーニ用に商業区の管理書類をまとめていた仕事前向き女神。その書類、どっから出した等の疑問は呑み込む。


「お前が先に行って、俺のことを言っといてくれよ。なるべく穏便に、絶対に素晴らしい感じで伝えておけよな」

「なるべくと絶対にの位置が反対ですよ」


 身の危険より風評が大事、世論に敏感な領主様だ。.....領主は別に、選挙で決められたり不信任案とか出ないけど、従ってもらえないとただの独裁政治。


・・・是非、ハイゼルには頑張って言葉を探してもらいたい。


 年下から言語能力を期待されるハイゼルは、任された役目に関して疑問を見つけた。


「あの、カイザン様も来られるんですよね?」


 女神が下手から恐る恐る聞いてくる様子が実に爽快だ。様付けで敬語だぞ。何回聞いても飽きないからいい。

 なんて浸っているとアミネスから白い目で見られるのは既知のことなので、平静を装いながらさっと答える。


「もちろん、俺たちも挨拶しに行くぜ。そいつはエイメルの言ってた見込み十分女神だからな」


・・・説明の甲斐あって従ってくれるならすぐに命令するし、従わないのならぶん殴ってでも無理やり忠誠を誓わせるか。


 後者も一つの選択肢としてあるが、心も体も肩書き以外はまだまだ十六歳。そんな勇気は到底ない。アミネスは、カイザンならやりかねないと思っていることは置いといて、ハイゼルの役目が重要視される。


「では、できる限りの説明をこちらで。口上手な他の者にも救援を要請し、女神種史上最高に完璧な対応をさせていただきます」


 今から戦争です、と同じくらいの声音と勢いで安心してと言わんばかりのハイゼル。


「そんなにもの奴なのか。会って早々に怒り狂ったように魔法放ってきたりしないよね?」


・・・想像したら逆に盛り上がる展開だな。二日はつまらなく居られそう。.....治療室で。


 女神種の持つ特殊能力[魔力増幅]は、あらゆる魔法の威力や範囲、付与された効果すらも魔力量に応じて倍増させるというもの。

 あの時はエイメルにそれをさせる前に改ざんしてやったが、奇襲されたりしたら対応の仕様がない。転生する前と同じ身体能力で軽く避けられるような魔法は撃たないだろうし。

 想像がどんどんと広がり、怖くなって下顎が猛烈に震え始めた頃、同じく想像していたハイゼルはカイザンとは違った結論に至ったようで、


「確かに、多方面において何かと行動力のある方ですが、会って直ぐに決闘を申し込んだりはしませんよ。.....敵と見なすその時までは」


最後を怖がらせたいのか、声音をやたらと低くして言うと、指先に無色の魔力を込め始めた。

さっき大図書館で見たばかりの転移魔法だ。どうやらもう行ってしまうらしい。聞くこと頼むことはあらかた片付いた訳だし、安心して物品集めを再開....。


「いや、できねぇだろっ!!」


ハイゼルの最後の一言に、カイザンは自分でも耳を塞ぎたくなる程の怒号を言い放った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る