第十一話「ふたつの意志」---中編---
「ウィバーナ、助かったよ。ありがとう」
カイザンは主人公として、ちゃんと感謝と謝罪を言葉にできる子。
もちろんその言葉は、宿の外でカイザンたちを背に庇うように立つ彼女に向けて。
「んーんぅ、これがわたしの仕事だから」
それに対して、ウィバーナはレンディから目を逸らさないまま明るい声音で告げる。彼女なりに、カイザンたちを安心させようとしてくれているらしい。
それが分かっていても、聞かざるをえない。今だけはウィバーナはとても頼りな存在だが、それとともに安心がそこに在る訳ではないのだ。
「単刀直入だけど、大丈夫なのか?....お前の実力はリュファイスか聞いているけど、あいつらも相当な手練れっぽいぞ。特に、あのリーダー格....」
疑問と同様に、洗脳の可能性に関しても単刀直入に教えたいところだが、発動条件が分からない以上、下手に話す訳にはいかないのかもしれない。
そう思い、途中で言葉が止まった。
・・・ウィバーナがこの洗脳に分かっていないのなら、それが原因でってことも....。
「大丈夫だよ」
どうすれば良いのか、自分では判断でが付かず、何もできない悔しさで歯を噛むカイザン。
その様子に気付いてか、一番感情のこもった端的さで返された。
続いて、補足説明のように述べた一言は、何か過去の出来事を引きずったような声音で。
「わたしはもう強くにゃったから、あの時は違うんだよ」
「ぇ」
最後の内容がどういう事なのか分からず、場面不相応にも聞き返そうとしてしまったが、ウィバーナはすぐに笑顔に戻っていたので、躊躇いの心が上回った。
この状況でも今のウィバーナは守衛として実に頼もしく、どこに出しても恥ずかしくない姿をしている。護衛される側的に、とても誇らしい。
こんな気持ちになれば、安心が湧かないはずもなく。
ウィバーナを心から信じしてみようと思う。そうしないと、後でアミネスにどやされそうだ。
さっきまで振り返らずに会話を行なっていたウィバーナは、前方に意識を残したまま片足を下げて、上半身のみを後ろ方向に向ける。
視線の方向は、カイザンはもちろん、奥で見守るアミネスに向けてもだ。
「それにね、リーダーにゃらすぐに来てくれるから」
最後に無邪気にも笑ってみせたウィバーナを見て、安堵の気持ちで胸を撫で下ろす。ーーーーーその瞬間、カイザンは反射的にウィバーナの名を呼ぼうとした。
後ろを向いて視線をずらした隙を突いて、トリマキの一人が音もなく接近していたのだ。視界に入るはずのカイザンたちですら、近くに来るまで気付けなかった程に。
今から叫んで、避けろと警告したとしても明らかに遅い。間に合わない。それが分かっていても、声に出さずにはいられない。
だって、トリマキが振りかぶった腕とその瞳には、濃密な殺意しか宿っていないから。
ここで声を大に叫ばないのは、人としての倫理が問われる。
「うぃば....」
「にゃっ、と」
直後のこと、あまりにも一瞬の出来事過ぎてよく分からなかった。
情報処理が唯一滞りなく行われて理解できたのは、殴りかかったトリマキが今、屋根の瓦の破片の雑多に顔から埋まっているということ。
ウィバーナに向けて振り落とされた獣化済みの腕、頭蓋を砕きにかかったその一撃はピンポイントに脳天に狙いを定めた攻撃。
振り向いたままのはずのウィバーナは、それを首を軽く傾けるだけで対応し、真横に到達したトリマキの腕をさっと掴み上げ、自分よりも遥かに重いはずの体躯を軽々と前方方向へと投げ捨てた。
飛ばされたトリマキは宿の三階部分を越えて、瓦が規則良く並べられただけの屋根に顔から突っ込んだ。
動く気配は感じられない。
「すっげーな」
端的な感想がこぼれる。
それがウィバーナを女の子的に褒めた言葉であるかの追及は控えてほしい。
「ふぅー」
一仕事終えた後のように息を吐いて、手に付いた汚れをパッパッと簡単に払う。
不意打ちである奇襲を見事に防いで自慢気に両手を腰に置くウィバーナ。
それを見たレンディは、ある種での納得のご様子。
「獣種の[強調五感]か。種族の中でも珍しく常時発動が可能な特殊能力。だが魔力消費を考えれば範囲はとても狭いはずだ。つまり、さっきのは主に反射神経の問題か。下等な獣種とはいえ、領最高の守衛団の肩書きは伊達ではないということだな」
分析を終えて、レンディがカイザンたちにまで聞こえる声量でそれを述べた。
獣種の特殊能力[強調五感]がある以上、彼ら種族には死角が一切存在せず、あらゆる奇襲もどんな隠密行動も通用しない完全感知能力で対応されるのみ。
興味的な検証をするために仲間一人を使ったレンディは、
「突然の不意打ち、申し訳ない。こちらもまさか戦場で正面に立つ敵に対して視線を背ける者が居るとは思っていなくてな」
相変わらず意図の不明な言葉選び。何故、謝罪などするのか。
それがウィバーナを惑わそうとするのが目的ならば、一切聞かないというのに。
だって彼女には今、
「にゃら、ここからが本番にゃだね」
戦う意志以外の他は在りえないのだから。
ならば、レンディもそれに答えるだけのこと。
彼の浮かべる笑みは、相手を見下すそれと同等なるもの。自分が直接的に手を出さない秘密手でもあるかのような。
「では、始めようか」
始めの合図として、レンディが手を上げると、前に立つトリマキが順に動き出す。
注意力の分散のためか方々へと散り、それそれが異なる方向から迫る。
ウィバーナが始めに見せた空中で跳び蹴りを警戒してのことだろう。
全前方位からの一斉攻撃、獣の本能がそれへの対処を瞬時に行動とする。
「っ」
踏み込み、地を蹴り加速。
一・二歩単位でトリマキの一人まで接近、最短モーションでクローを突く。
十四歳の少女が放った一撃、みぞおちを刺されたトリマキが苦痛に悶えながら膝を着いて倒れ込む。
位置的に寄りかかられそうになったウィバーナが邪魔そうにそれをどかそうとしていると、間髪入れずに左右から獣腕が放たれた。
頭を打ち抜かれる想像をしてしまったカイザン、それを真っ向から全否定するのがウィバーナ。
初動作無しのバク宙でギリギリの回避を演出すると、尻尾で空気を叩いて中空のまま身を翻す。
そして、目を付けた場所はトリマキ二人の腕。標的を失って交差しかけている様子。
となれば、元の力がかかる方向へちょっと押しただけで、
「「ぐふっ」」
ボクシング史上、見れたらとても嬉しい最高の瞬間の一つ。...両者の拳が両者の頰に諸に一発ぶち込まれた。
予想外を通り越して、もう訳も分からず、放ちと受けるのが両方を行なったようだ。
しかし、これだけでは戦闘不能にはならない。
自分の反作用と相手側の作用が加わって、二者間に距離ができる。
そこに姿勢を低くして入り込み、まずは右のトリマキの脇腹には、今いる低空での跳び蹴り。その反動を利用して、もう一人にも同じく。完全にノックアウト。
時間にして数秒、たったそれだけだ。
だから、残るトリマキたちにも同様に。
彼らは、獣種としての素早さを持ち合わせていても、そこまでの実力を兼ね備えている訳ではないと、戦闘を交えたウィバーナは確信している。
トリマキたちがいくら群れを成そうと、同族の猛者からすれば、さして脅威と呼べるものではないのだ。
このまま、接近戦で徐々に潰していけば、ルギリアスが駆け付ける前にリーダー格ごと。
他のトリマキに対して向き直り、勝った気を隠せない表情のウィバーナ。
......彼女はまだ、フラグという言葉を知らない。
「[アビリティ・レント]」
ふと、その場に謎の言葉が魔力として席巻するように響き渡った。
レンディの口の動きがそう言ったと思われたが、それが聞こえた方向はレンディからではないのは明らかだ。
誰もが気を取られ、周囲の者たちの内に変化が起きていたことには気付かなかった。
「にゃっ」
悲鳴?的なのを上げて前に倒れ込む、寸前で両手を前に出して受け身を取る。
見れば、強烈な蹴りを叩き込まれて気絶したはずのトリマキが、足に捕まって後ろへと引っ張っていた。
一人が足に抱き付くように、もう一人がそれを補助。
そんな彼らの目は開いていない。
胆力や獣の生命力とかの問題ではなく、盲目的なそれはまさに異常。まるで、何かに....。
「ウィバーナっ」
カイザンの呼びかけに反応した直後、索敵に数名が引っかかった。
背後、数名の気配がすぐ近くにあるのが分かる。どれも異質な何かを帯びていると感じられた。
足に引っ付く彼らも含め、レンディのトリマキたちの様子は明らかにおかしくなっている。
さっきのは何かの魔法。いや、これ程の違和感だ。ここまでの効果ともなれば、種族の特殊能力と言われた方が納得がいく。
どちらにせよ、彼らにはもはや獣種という種の自意識は遠いもの。ただひたすらに命令を全うし、標的を狩るのみが使命。
さっきまでの統率さがまるで無くなった一斉攻撃がそれを物語っている。
それ故に、都合がいい。
多勢に無勢においては、集団を意識しないただの暴力が最も脆く、その戦闘での欠点だからだ。
刹那的なまでの思考速度が獣の本能で行われた。
驚異的な防衛本能から、脅威に対しての対処・反撃に出る。
「くっ」
それは悔しさから漏れたものではなく、踏ん張るために歯を噛んだウィバーナがこぼしたもの。
幸いなことに、トリマキからある程度に自由さを奪われたのは、片足だけ。
倒れかけの低い体勢のまま、残ったもう片方の足で前に踏み込み、前方の、自分に複数の敵意と殺意を向けるトリマキたちに、負けじと同等とはならない笑みを向ける。
「はぁーーーーっ!!」
片足の着いた地面が簡単に破裂、陥没する勢いでの襲撃を身に受け、それを力として後ろに下げられた足を前に振り払うように薙く。
その延長された先には、必死にしがみ付くトリマキ二人。向かう先は、迫る他のトリマキたちの中心だ。
ある意味で蹴り飛ばされた二人の身体の各部位が、やたらめったらトリマキの頭に叩き付けられ、自分たちで勝手に気絶を誘ってくれている。
さっき、一体、彼らに何が起こったのか。それを考えるのは後だ。
今は、彼らが反撃の体勢に入る前に、崩れた陣形の中に自ら飛び込んで、事と場合によってのヒット&アウェイだ。
これこそ、実に彼女らしく、本能に任せるところでは、獣種らしいとも言える戦い方だ。
残るトリマキをウィバーナは、無駄のない、洗練された不規則な動きで駆逐していく。
複雑に移動を繰り返して、相手を錯乱しつつ防御をすり抜け、俊敏な攻撃だけで急所を外した気絶狙いの一撃一撃。いずれも、素早さを重視した単発的な拳撃か、低空での蹴り。
おそらくは、王城流の拳撃。独学の無勝手流なら拍手を贈ろう。
バタン、と一人が倒れれば、ドミノでもしているようにすぐに次が倒れ、数はどんどんと減っていく。
そして、息一つ切らさぬまま大柄なトリマキを跳び越え、踵でそいつのうなじを叩く。それがおおよその二十人目、立てるトリマキはもう居ない。
それなのに、カイザンたちから何の言葉も飛んで来なかった。
空中でちょっとした疑問を抱くも、元居た場所に可憐な着地。
その後のターンにより、改めてレンディを視界に入れた。.....目の前の光景に、思わず、息を呑んだ。
「ーーーッ!! にゃっ、にゃんでっ!?」
戦闘中にも関わらず、疑問をそのまま口に出すウィバーナ。
本来、相手側に自分の情緒の変化を悟らせるのは不利なことではあるが、ウィバーナはさっきからずっと表に出しているので、そこに関してはあまり気にしていない。
それでも、ウィバーナがここまでの動揺を見せるのは非常に珍しいことだ。
さっき、気絶してたはずのトリマキが足にしがみついてきた時とは違う、決定的な不快感に襲われたウィバーナ。
彼女の目の前、確実に戦闘不能とされたトリマキたちが何事も無かったように悠然と立ち上がっていた。
訳も分からず一歩ずつ退いていくウィバーナに、
「一応のため伝えるが、そいつらをただ気絶させようとしても無駄だ。一蹴したいのなら、殺意を持ってして事に挑むんだな」
状態を伝えてくれた。これはきっと、レンディから垣間見えた一筋の優しさ、などではない。
この場でのウィバーナの役目は、ルギリアスが駆け付けるまでの時間稼ぎ、出来るのならリーダー格レンディの無力化。
時間稼ぎと言っても、このままの戦闘を長期に続けていれば、ウィバーナの身は体力面において厳しいものとなる。
それを防ぐには、彼らの数が減っていくことが前提条件。しかし、レンディの発言を信じるならば、トリマキたちは皆、気絶をせず、命令に従って薄い自意識の中で標的への攻撃を続ける。いや、最悪の場合では、命すら賭けるつもりだ。
.....つまり、守衛団の団員たるウィバーナが、彼ら領民に重傷ともなる深傷を負わし、無理やりにでも動こうとする身体を根本的に打ち破らなければならないということ。
残酷な立場に立たされたウィバーナは、笑顔から一変、表情から明るさの色が徐々に他の色に染まっていく。声音もまた、比例するもの。
「その人たちからはもう、獣種の匂いがほとんどしにゃい。....わたしが手加減をする理由にゃんて、もうにゃいんだね」
片足を前に、それと逆の腕を前にして構える。
瞳に奥に在る戦う意志を強く見せ、眉尻を上げたまま地を蹴った。
トリマキたちの異常な変化は、ウィバーナから戦場の笑顔を奪い去ったのだ。
後書き
カイザン&ウィバーナ パターン1
「ウィバーナ、突然だけど報告があるんだよ」
「急ににゃに?」
「毎回、一話一話が長い気がして、今回から一話に使う文字数を少なくすることになった」
「へぇー、そうにゃんだぁー」
「もう少し興味を持てよな。ご自分がご出演の作品のちょっとした発表だぞ」
「........」
「なんだよ、本当に」
「...前にアミちゃんが、カイザンはわたしのことを変にゃ目で見てるって言ってたから」
「大丈夫、俺が見てるの獣耳だけだから」
「........」
「.....ごめん、今の、アミネスには告げ口しないでくれると助かるよ」
「ということで、次回はこの話の続き扱いとなるので...........ねぇ、アミネスには言わないでよ」
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